episode 11 アルミュ・ナガツギ
誰何するトータツに聞き覚えのある声が反ってきた。
「――トータツか? 僕だよ」
トータツはすぐに扉を開けた。夜の闇に背の高い金髪が浮かび上がった。
アルミュはラフな私服姿で立っていた。
茶色を基調にした冬のファッション。コートの前を開けて、小粋に大きめなカラーのついたワイシャツを、第二ボタンまで外して着ていた。寒そうである。
どたどたと二階が騒がしい。
地上げ屋じゃないことを確認してチェスカが降りてきた。
「アルミュ! どうしたの?」
「いや、ちょっと近くに来たからさ」
「ご飯食べてく? 作りすぎちゃったから」
いいのか? と言った流し目でアルミュはトータツを見た。
「ああ。歓迎だよ。おれの家じゃないけど」
「じゃ、少しだけお邪魔しようかな」アルミュは階段を上り始めた。「あ、そういえば、昨日の探し人は見つかったかい?」
「うん、おかげさまで。ほんと助かった」
ミンツが部屋から頭を出して、階段を上がってくるアルミュを確認していた。地上げ屋でなく、残念なようなほっとしたような複雑な表情をして。
「彼がこの店のオーナーのミンツ。――ミンツ、アルミュはわたしの従兄だから」
チェスカは簡単に紹介すると、自分の部屋に椅子を取りに行った。
ミンツは相変わらず、初対面の相手に愛想が悪い。
ミンツに会釈をして、トータツの部屋にアルミュは入った。
「トータツ、なかなか簡素でいいじゃないか」
「物がないだけだけどね」
アルミュはこのときも飄々としていたが、アノンを目にすると急に背筋を伸ばして、表情を引き締めた。そして、小声で、
「トータツ。あの方は?」
アルミュの言いぐさは可笑しかった。
「昨日の探し人」
アノンはミンツの小型拳銃を弄んでいたが、アルミュの視線に気がつくと、綺麗なお辞儀をした。
アルミュは一歩近づいて、
「初めまして。アルミュ・ナガツキです。お会い出来て光栄です」
「アノンです。わたしもお近づきになれて嬉しいです。――位のある軍人とお見受けしましたが……、えっと」
「少佐です。よくおわかりになりましたね?」
「……はい。なんとなくですが」
そんな二人のやりとりを、既視感をもってトータツは見守っていた。
ミンツは自分に対するよりも、アノンに対して遙かに丁寧な挨拶をするアルミュが面白くないようである。
娘が連れてきた得体の知れぬ男を見るように舌打ちすると、コップを出してきて、アルミュの酒を注ぐ。
「ところで、少佐。政府がこの正面の道を改悪しようと企んでて困っとるんじゃ。あんた軍の将校ならなんとかならんかのう?」
「そんな、無理ですよ」
「軍と政府は仲が悪いのじゃろ? ごり押ししてくれんか?」
「仲が悪いのは確かですが、自分はそんな権限を持ち合わせておりませんので、平にご容赦」
あはは、とアルミュはミンツの陳情を笑って流し、すぐにアノンに向き直った。
「アノン君。トータツとはどういう知り合いなんですか?」
「……あ、その、実は……」
アノンは返答に窮しているのでトータツが助け船を出す。
「ウスタリカ号爆発のときに、おれが川に潜って避難してたら降ってきたんだよ」
「降ってきた?」
「……そう。降ってきたんだ」
トータツは自分の説明が自分でわからなかった。
彼女はトータツが泳いで達した川中に落ちてきたのだし、飛ばされたとしても、爆発からそこに達するまで随分と時間が空いている。岸に落ちた破片の風圧かなにかで飛ばされたのであろうか。
「その前はどこにいたんです?」アルミュは問う。
「わからないの」ぼそりとアノンが答える。
「わからない……?」
「彼女は記憶をなくしてる。だから、どこにいたのかとか、なにをしていたのかとか、自分が誰なのかもわからない。アノンって言う名前はチェスカさんが付けたんだよ」
納得したようにアルミュは深く頷くと、
「それはお気の毒に。でも、アノン君はついている。この連中は気のいい連中ですから」
「ええ。ありがとう。少佐もとってもいい人で――」
「アノンちゃん、それは違うわよ!」椅子を持ったチェスカが入ってきた。「この人は女の人に優しいだけだから」
「こら、チェスカ、なんていうことを言うんだ。僕がいつそんな真似をしたと……」
「あら、いつもしてるじゃない? この前一緒に食事してらした亜麻色の髪の可愛い子はどなた? 見かけるたびに女性が変わっているけど?」
「あの子は入隊したばかりで色々わからないことがあるというから――」
「じゃ、その前の背の高い綺麗な人は?」
「ん? ああ、あの人は政府関係のひとで、――っていうか、チェスカ、プレスカードで陸軍本部に侵入し僕のプライバシーを暴くのは職権乱用だ」
「べ、別にあなたのことなんかどうでもいいのに、目立ってるあなたが悪いんでしょ!」
トータツとミンツは二人の口争いに呆れていた。
アノンだけはそれを楽しそうに見ている。
「ところで、アノン君。失礼ですがおいくつですか?」
アルミュは雑談といった風に、ビスケットを頬張った。
「アノンちゃんは二十歳だもんね」
アノンがなにか言うよりも早く、したたかに酔ったチェスカがからかうように答えた。
「わたしはそのくらいだと思ってるんだけど、チェスカの言い方はなんか人をバカにしているように聞こえるわ」
悪びれる様子もなく、チェスカはけらけらと笑っていた。
テーブルの上の料理を完食したとき、五人はもうこれ以上食えぬといった具合に腹がいっぱいだった。
「いや、ご馳走になった。では、そろそろ僕はお暇しようかな」
「え、アルミュもう帰っちゃうの? 泊まってけば?」
酔っぱらったチェスカがアルミュの袖を引いた。
「バカをいうな。――ミンツさん。この人を介抱してやってくれませんか?」
なぜわしが、とミンツはぼやきながらチェスカをアルミュから引き離した。
「ナガツギ邸の造営がすんだら皆さんを招待します。では、失礼。――トータツ。ちょっといいかな」
アルミュは店の外までトータツを連れ出した。夜の街の冷え込みは、薄着のトータツにはかなり堪える。吐き出す息が煙のようだった。
「居心地がいいもんだから、つい長居してしまったよ。――本当はこれをおまえに持って来ただけだったんだ」
懐からアルミュは一枚の紙をトータツに渡した。
「……第四軍の通行証」
「そうだ。それがあればいつでも僕を訪ねてこれるから。くれぐれもチェスカに見つからないように。――それと、これは実習終了祝い」
アルミュはポケットから弾薬一箱を重たそうに出した。
「ありがとう。少し射撃の練習でもするかな」
軍人の贈答品で一番多いのが銃弾だった。
「あと二ヶ月くらいあるのか? 暇しているなら王国のために働け。第四軍は知っての通り諜報部隊だから、軍とは名ばかりで人がいない。いつも人手不足だ」
ミンツ銃砲店の店員になったのでそんなに暇ではない、と言いそびれた。言いそびれたと言えばもう一つ、今日、神罰、とか抜かした変な客が来た。それを話そうとしたら、アルミュの方が先に口を開いた。
「……トータツ。アノン君のことだが?」
「ん?」
「――いい子だな。この僕が言うのだから間違いない」
「そうだね。おれもそう思う」
歩いてきたのであろうか、アルミュはさっと敬礼して帰っていった。風が冷たいのであろう、数歩いくと襟を立てていた。
アルミュを見送ってトータツは足早に自室に戻った。
チェスカをもてあましたミンツはトータツが入ってくるなり、任せた、と自分の部屋に帰ってしまった。
アノンも椅子の上でこくりこくりと船を漕いでいた。
「あ、ごめんなさい。眠っちゃった」
トータツが揺り起こすと目を擦りながら立ち上がった。
「風邪引くぞ。自分の部屋で寝な」
「ごめんなさい。なんか、もう、眠くて死にそう」
それでも意識はあるらしく、ふらふらと隣の部屋に入ると、そのままベッドに倒れ込んで眠ってしまった。
そんな少女に毛布をかけてやっていたら、トータツはまたも愛おしさを覚えるという不覚を取った。
しかし、今度は恥じるとかではなく、仕方がないことと諦め、自分の顔つきが優しくなっていることを自覚したほどだった。
扉を閉めて居間へ目を転じたとき、その優しさがトータツから消えた。
先ほどまでダウンしていたチェスカが不貞不貞しい面構えで酒瓶を手にしていた。
「トータツ君。座れ」
嫌な予感がするものの、逆らってはなおのことまずい。トータツは言われたとおりチェスカの正面に座った。
案の定、杯にはなみなみ酒がそそがれた。
腹を決めたトータツはチェスカの杯にも酒を満たしてやった。
「じゃ、飲もうか。トータツ君」
「ああ、飲もう」
太陽が東の空に朱を点じた頃、トータツは意識を失った。




