episode 10 歓迎
地下には妙な熱気が漂っていた。
アルミュ・ナガツギを中心に数人のものがコの字型に並べられた席に座っていた。
中の一人が、資料を広大に並べ、血眼で説明をしている。そのものは、自分の後ろにずらりと並べた破片を指してこう結論づけた。
「この粉々になった燃料庫をご覧いただければおわかりになると思います。ウスタリカ号は墜落して爆発したのではありません。多くの目撃証言とも一致するように、空の上で爆発したのであります。詳細は今ご説明申した通りですが、これらの証拠物品だけでも、なにが起きたかおわかりになると思います。ウスタリカ号爆発の原因は、なにものかが機関室に忍び込み、外部より燃料庫を爆破、燃料の火薬に引火し、ウスタリカ号は大爆発に至った。歴々としております」
その場にいたものは皆押し黙っていた。なにものかの手によって、これほど大規模な攻撃が行われたことをなんと国民に報告したらよいものか。最終的に国民に布達するか否かは政府の決めることであるが。
「ではあれかな。その爆破したなにもの、とは一体どこの誰なのかね」
重い空気を打破するようにアルミュは冗談っぽい口調で言った。
「どこの誰かはわかりかねますが、もうこの世にはおりますまい」
お手上げだ、という風にアルミュも手を広げて見せた。
「生存者はいないのかな?」
「生存者どころか、死体もばらばらに飛び散っており、遺体の特定は困難を極めております」
「そういえば、まだどこの誰だかわからない乗客がいるって言っていたね」
「それは自分が」とコール副官がメモを開く。「ええと、テイン・クロフト、女、十六歳。――依然、身元の確認は取れていません」
会議が終了するやいなや、アルミュは自分でコーヒーをいれにいった。
それに気づいたコールが慌てて、その役目を引き継ぎながら、
「会議の結果、どういたしましょう?」
「どうしたものかね。――……不審なものが一人。まったく」
「と仰いますと?」
アルミュはつまらなそうにコールから渡されたコーヒーを一飲みすると、なにかを思い出したように、
「そうだ、コール君。売店へひとっ走り行って、ちょっと弾を買ってきてくれないか?」
「いかほど? 少佐の弾丸ですね」
「いや、僕のじゃない」
†††††††
ミンツとアノンが帰ってきた時点で店は閉めてしまい、トータツの部屋に大きなテーブルを運び入れた。
ミンツの命令で在庫置き場から、風通しをよくするために取り外していた、奥の部屋の扉を持ってきて再び取り付けた。アノンの部屋にするのである。
彼女は早速自分の部屋で、だぶだぶなチェスカの服からミンツに買ってもらった服に着替えた。
普通の服に着替えた少女は、美妙であることを除けば、どこにでもいそうなごく当たり前の少女でもあった。
「……どう?」少女はとまどいながら恥ずかしげに聞いた。
「いいんじゃない」
本当はミンツと同じくらい感激し、褒めそやしたかったが、トータツにはそんな曖昧な言葉しか出てこなかった。
「あの、トータツ。ベッドがあるんだけど――」
「気にしないで使っていいよ。おれはソファーで寝るから」
「悪いわ。取り替えましょ」
「だめ。おれソファーが気に入ってるんだ」
「そうじゃ、アノンちゃん。気にせんでいいぞ」ミンツがくちばしを入れる。「こいつは軍人じゃから床だって寝られるんじゃ」
それは関係ない。トータツはソファーで寝る心地よさを知っていたし、不都合があればまたどこかから調達してくればいい程度に考えた。
しつこいアノンを適当にいなしているうちに、報道規制が解けず、暇な新聞社勤めのチェスカも戻ってくれば、ベッドの問題はうやむやになってしまった。
日の落ちる頃にはアノンが買ってきた材料で料理などを作り始めた。トータツとアノンはチェスカに言われるがまま、その回りを独楽鼠のように手伝っていた。
そんな様子を、ソファーに座り、腰にコルセットをがんじがらめに巻き付けた状態のミンツが、お気に入りの演劇を鑑賞するかのように眺めていた。
机には四人で食うには明らかに多かろう分量の様々な食べ物が並んだ。
「ちょっと、トータツ君」
チェスカは何気なくトータツを呼ぶと、部屋の暗がりに連れて行き、服の裾に隠すようにして二つ手渡した。
「ミンツにも渡して」
「了解」
「わぁ、すごい! おいしそう!」
食卓に着くと、アノンが今までにないくらいはしゃいでいた。
「アノンちゃん、お酒飲めるの?」チェスカは皆の杯に酒をついでいる。
「え? ……わからないけど、多分だめそう」
「アノンちゃんいくつだっけ?」
「……二十」
「じゃ、飲めるでしょう」
チェスカは嬉しそうにそう言って、少女の杯になみなみ酒をそそいだ。
慌てるような困った表情で、アノンはチェスカと自分の杯を見比べていた。
「それでは皆さん、杯を手にしてください」とチェスカ自身も杯を握る。
「乾杯っ!」
四人は杯を前方へ突きだして、高々と上げた。
アノンが恐る恐る手にした液体で桜色の唇を濡らしたとき、パン! と乾いた破裂音が部屋に響いた。
少女がびくりと肩を振るわせ、瞳を上げると、天井からは色とりどりの紙テープがふわりふわりと舞い降りてきていた。トータツ達がクラッカーを鳴らしたのだ。
「アノンちゃん! ミンツ銃砲店へようこそ!」
チェスカが口上を述べると、トータツとミンツがそれにかぶせるように拍手した。
少女はなにが起きたかわからずにきょとんとしていた。え? え?、と無害そうな瞳を泳がせている。
「アノンちゃんの歓迎パーティーだから。今日はあなたが主役」
最初はおどおどしていたが、アノンは急に立ち上がると椅子の後ろに回り、
「……あの、みんなどうもありがとう。びっくりしちゃった。――ふつつかものですが、よろしくお願いします。すごく嬉しい。みんな大好き」
アノンは照れたか、ぺこりとお辞儀をすると、そそくさと自分の席に戻る。さっと手を伸ばして、自分の杯を喉に流し込んで噎せ返った。瞼を固く瞑り、荒い呼吸をしていた。
「トータツ、これあげる」隣に座っているトータツへ自分の杯を渡した。
トータツは微笑ましい少女の杯を受け取った。
チェスカが鞄からがさごそとなにかを取り出した。
「そうだ、忘れる前にこれ取り付けよう」
「あ、なんじゃ、わしも買ってきたんじゃ」
ミンツも手を伸ばして袋から同じようなものを取り出した。それは、ドアノブに取り付けるための錠であった。
「なにそれ。どうするの?」
トータツは疑問符の浮いた顔を二人に向ける。
「どうするって、アノンちゃんの部屋に取り付けるに決まってるじゃない」
「そうじゃ。ただでさえ獣の檻に放っているようで心配この上ない」
「……おれは獣か?」
チェスカとミンツはなんら躊躇いなく頷いた。
「あ、わたしなら大丈夫よ」とアノンは手を振って、「わたし、きっとトータツよりも強いから」
それはなんのフォローにもなっていないではないか、と恨めしい眼差しでトータツはアノンを見る。自分はまるで信用されていない、不徳のいたすところである。
そんな反省をしているうちに、手早くチェスカがドアノブをロック式のものに取り替えていた。
「わたしね、アノンちゃんは絶対どっかの裕福な家庭のご令嬢かなんかだと思うんだけど。なんというか、気品がある。一挙一動が。気品があっても嫌味のないところが素敵よね」
酒が入りチェスカは饒舌になっていた。
「でも、そうならすぐ見つかりそうなものなんだけどね」
「みんな買い被り」アノンが困ったように、「わたしはそんなんじゃないわ。たぶん、きっと、……ああ、わからない」
「実はのう。アノンちゃんは――」
ミンツが神妙な面持ちでそう語り始めた。
居合わせたものの視線がミンツへ集まった。
「――アノンちゃんは実は、わしの孫娘なのだ! ……なんてな。そんなことがあったら楽しかろうと思ってじゃな……」
全員から冷視を浴びてミンツは口をつぐんだ。その下らなさに白けた空気が流れたとき、一階で呼び鈴が鳴った。
「こんな時間に……」チェスカが心配そうに言う。
「ま、まさかっ! やつらが来たのかも知れん! トータツ、出番じゃ、出番じゃ!」
様子を見に行こうと席を立つトータツに、老人は二連装の小型拳銃をわたす。
「トータツ、銃を持っていけ。油断するな」
「ちょっと! やめなさいよ! そんなもの持っていかないでっ!」
チェスカが慌ててトータツを止める。
「連中、なにをするかわからん。一応持っていけ」
「だめ、持ってかないで。――それなら、居留守を使おうよ」
「もう、窓の明かりでばれておるじゃろ。チェスカはトータツが撃ち殺されてもいいと言うのじゃな?」
「そんなこと言ってないでしょ! ……ちょっと、アノンちゃんからもなにか言ってあげて」
アノンはそんなチェスカの言葉は耳に入らぬ様子で、ミンツが手にしている小型の拳銃に心奪われたように見とれており、「ミンツ、その拳銃……」などと、今の切迫した状況とまるで関係ないことを言う。
呼び鈴は鳴り続けている。
「取り敢えず見てくるよ」
トータツは一人で部屋を降りていった。銃は持っていかなかった。中から声をかけてみて、不審な連中だったら扉を開けない算段でいた。
暗い階段を一歩一歩下りていき、扉の前で声をかけた。
「……誰、ですか?」




