35歳のシンデレラ 大道芸人編 9
この道が、この矢田トモコが、大道芸人になる道に繋がることは、まだ、このときは、わからんかった…
ただ、珍しく、バニラが、泣いた…
涙を流しただけだった…
だが、そのときに、気付かねば、ならんかった…
バニラの涙=鬼の目にも、涙というヤツだ…
だから、そのときに、気付くべきだった…
これは、なにか、ある? と…
きっと、神様が、この矢田にヒントを与えてくれたに違いなかった…
が、
気付かんかった(涙)…
さっぱり、わからんかった(涙)…
おまけに、おまけに、だ…
その日は、マリアの通うセレブの保育園に、向かう途中に、金色に光ったロールスロイスにも、出会った…
これは、不気味…
まさに、不気味の真骨頂だった(爆笑)…
なぜ、不気味なのか?
それは、ロールスロイスは、金持ちが乗るクルマだからだ…
だから、黒や白が似合う…
なぜなら、ロールスロイスは、すでに、目立っている…
お金持ちの乗るクルマだと、世間に、思われて、目立っている…
それが、さらに、金色にするなんて、愚の骨頂…
きっと、株で、儲けたり、会社が急成長して、金を儲けた成金が、乗っているに違いないと、思った…
要するに、金の使い方が、わからないというか、下手…
ハッキリ言えば、ただの成金に違いないと思ったのだ…
だから、金の使い方が、下品だと、思ったのだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…あっ?…あのクルマ…」
と、マリアが、言った…
「…なんだ? …マリア? …あの下品なクルマを知っているのか?…」
私が、聞くと、
「…下品って、なに?…」
と、真逆に、マリアが、聞いてきた…
「…品のないことさ…」
「…品のないこと?…」
「…そうさ…」
「…どうして、あのクルマに品がないの?…」
「…あのクルマは、金持ちの乗るクルマさ…だから、白でも、黒でも、目立つ…それを、わざわざ、金色にするなんて、わけがわからんさ…きっと、どこかの成り上がり者だろ?
かかわりを、持っちゃダメさ…」
ひとのいい、私は、優しくマリアに教えてやった…
すると、マリアが、
「…成り上がり者って、なに?…」
と、私に聞いた…
「…急に、金持ちになった者さ…きっと、それまで、お金がなかったのが、急に、お金を持って、金持ちになったから、見せびらかしたいのさ…恥ずかしいことさ…」
私は、断言した…
「…そうか、恥ずかしいんだ?…」
「…当たり前さ…マリアも、あんなクルマに乗るヤツがいても、仲良くしちゃ、ダメさ…ろくな奴じゃないさ…」
「…でも、矢田ちゃん…あのクルマ、アムンゼンのクルマだよ…」
「…なんだと?…」
私は、仰天した…
アムンゼンのクルマ…
あの下品な金色のロールスロイスが、あのアムンゼンのクルマだとは?
知らんかった…
サウジの大物のクルマだとは、知らんかった…
同時に、これは、マズいと、思った…
この矢田が、あのアムンゼンの悪口を言ったと、知られては、マズいと、思った…
あのアムンゼンは、大物…
とんでもない、大物だからだ…
だから、私は、慌てて、
「…マリア…今、言ったことは、私とマリア、二人だけの秘密さ…」
と、口留めした…
「…矢田ちゃん…どうして、秘密なの?…」
「…どうしてもさ…」
「…もしかして、矢田ちゃん…アムンゼンの悪口を言ったのを、知られるのが、マズいんでしょ?…」
マリアが笑った…
笑ったのだ…
私は、どう答えて、いいか、わからんかった…
なぜなら、その通り…
その通りだからだった…
すると、隣で、
「…マリア…お姉さんを困らせないの…」
と、いうバニラの声がした…
「…お姉さんが、言っちゃダメと言ったのは、言っちゃダメ…」
バニラが、マリアに優しく諭した…
「…わかった? …マリア?…」
「…ウン…わかった、ママ…」
なんと、マリアが素直にバニラに従った…
これは、驚きだった…
まさに、驚きだった…
だから、
「…マリア…今日は、やけに素直だな…」
と、私は、言った…
すると、マリアが、笑いながら、
「…今日は、動物園に行くから…」
と、言った…
それから、
「…蛇さんを見るの…」
と、驚くべきことを言った…
私は、思わず、耳を疑った…
「…な、なんだと?…」
「…お姉さん…マリアは、蛇が好きなんです…」
と、バニラが説明した…
「…蛇が好きだと? どういうことだ?…」
「…もちろん、蛇と言っても、普通の蛇じゃありません…」
「…だったら、どんな蛇だ?…」
「…全身が、赤い蛇とか、黄色い蛇とか、いるんです…大きさも、40㎝とか、小さくて、それを、水槽に買うんです…」
「…ウソ?…」
「…ウソじゃ、ありません…」
私は、言いながら、すでに、カラダに震えが来た…
ガタガタと、カラダが、震えた…
「…そんな蛇は、動物園には、いないと、思うさ…」
私は、慌てて、言った…
「…そんな蛇が、いるのは、きっと、ペットショップに決まっているさ…動物園にいるのは、もっと、大きなヤツさ…」
「…大きなヤツって?…」
「…ニシキヘビさ…マリアも、そんな大きな蛇に近付いたら、食われちゃうさ…」
「…ウソ?…」
「…ウソじゃないさ…私も、バニラも、簡単に食われちゃうさ…」
「…お姉さん…そんな大げさな…」
「…大げさなんかじゃないさ…油断大敵…君子危うきに近寄らずさ…」
私は、言った…
震えながら、言った…
私の震える姿を見て、
「…矢田ちゃん…怖いの?…」
と、マリアが笑った…
が、
私は、笑えんかった…
普段なら、全力で、否定するところだが、笑えんかった…
「…こ、怖いさ…」
私は、答えた…
「…怖くて、怖くて、仕方がないさ…」
私は、震える声で、続けた…
すると、
「…そんな、お姉さん…たかだか、蛇じゃありませんか? 動物園で、見ても、相手は、檻の向こう側…なにも、お姉さんを取って、食うわけじゃ…」
と、バニラが、口を挟んだ…
至極、真っ当な話だった…
が、私は、
「…そんなことは、わかっているさ…でも、怖いのさ…」
と、答えた…
「…とにかく、マリア…今日は、動物園に行っても、蛇には、近付いちゃ、ダメさ…いいな…」
私は、マリアに念を押した…
「…ウン…わかった、矢田ちゃん…」
と、マリアが、素直に答えた…
「…だったら、矢田ちゃん…お猿さんは、どう? お猿さんは、平気?…」
「…マリア…どうして、猿なんだ?…」
私は、いきなり、猿の話が出たから、不思議だった…
すると、マリアの母親のバニラが、
「…この前、テレビで、猿が、温泉に浸かっているのを、見て…」
と、説明した…
…なるほど、そういうことか?…
合点がいった…
だから、私は、
「…猿は、大丈夫さ…この矢田も、蛇以外にも、怖いものは、たくさんあるが、猿は平気さ…」
と、胸を張って答えた…
私の大きな胸を張って答えたのだ…
「…そーなんだ?…」
マリアは、驚いた様子だった…
が、
私には、その方が驚きだった…
「…マリアは、猿が、怖いのか?…」
「…ウン…」
「…どーして、怖いんだ?…」
「…テレビで、猿が、何匹も、集団で、温泉に入るのを見て、人間みたいで、怖いって…」
バニラが、マリアの代わりに、説明した…
なるほど、そういうことか?
私は、思った…
たしかに、そう、説明されれば、わかる…
しかし、普通は、
「…カワイイ…」
とか、いうものだゾ…
私は、考えた…
が、
人それぞれ…
猿が温泉に浸かったのを、見て、どう思うのかは、人それぞれ…
私は、そう思った…
そう思いながらも、実は、内心複雑だった…
蛇が、好きで、猿が、怖いとは?
正直、わけが、わからんかった…
蛇が好きで、猿が、怖いのは、認めるが、やはり、その感覚が、わからんかった…
私は、思った…
いや、
やはり、母親がバカだからか?
そう、気付いた…
やはり、母子だ…
血は争えん…
私は、思った…
ということは、どうだ?
このマリアもまた、いずれ、大きくなったら、また、わけのわからんことを、言い出したり、わけのわからんことを、しでかすかも、しれん…
ということは、やはり、今のうちから、このマリアとも、距離を置いた方が、いいかも、しれん…
このマリアが、大きくなって、なにか、わけのわからんことを、しでかして、この矢田に、迷惑をかけられでも、したら、困る…
今日を最後に、この母子とも、距離を置かねば、ならんかも、しれん…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、そんなことを、考えていると、いつのまにか、マリアの通うセレブの保育園に、クルマが、到着した…
「…お姉さん…到着しました…」
バニラが、告げる…
「…わかったさ…」
私は、ベンツの後部座席から、颯爽と、降りた…
すると、私の前には、あの金色のロールスロイスが、止まっているのが、目に入った…
これは、マズい!
とっさに、思った私は、慌てて、サングラスをかけた…
夫の葉尊が、今朝、私に渡した黒いサングラスをかけた…
が、
あっさりと、見破られた…
「…矢田さん、おはようございます…」
と、子供ながら、妙に礼儀正しいガキが、私に挨拶した…
サウジアラビアの王族、アムンゼン殿下だった…




