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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ 大道芸人編  作者: トモサン


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84/87

35歳のシンデレラ 大道芸人編 84

いや、


 とんかつだけでは、なかった…


 寿司も、食べたかった…


 餃子も、食べたかった…


 ラーメンも、もちろん、食べたかった…


 食べたいものが、次々に脳裏に浮かんだ…


 よく、ひとは、死ぬときは、走馬灯のように、自分が、それまで、生きてきた、自分の人生が、脳裏に浮かぶというが、そんなことは、なかった…


 この矢田に限っては、なかったのだ(笑)…


 代わりに、この矢田の脳裏には、食べ物が、浮かんだ…


 食べたいものが、次々と浮かんだ…


 無念…


 実に、無念だった(涙)…


 まだ、この矢田が、食べたこともない、ものだって、世の中には、いっぱいある…


 が、


 それを食えずに、この場で、死ぬとは、無念…


 実に、無念だった(涙)…


 私は、目を閉じだ…


 私の細い目を閉じだ…


 現実を見るのが、嫌だったからだ…


 現実を知るのが、怖かったからだ…


 だから、目を閉じた…


 閉じたのだ…


 すると、まもなく、


 「…な…なにをする?…」


 と、いう声が、聞こえてきた…


 その声は、リンダでもなく、バニラの声でも、なかった…


 もちろん、マリアの声でも、なかった…


 女の声では、なかったのだ…


 男の声だった…


 …まさか?…


 …一体、なにが、起こった?…


 私は、遅る遅る、ゆっくりと、目を開けた…


 私の細い目を開けた…


 本当は、怖いから、目を開けたくなかったが、目の前で、なにが、起こったか、知りたかった…


 要するに、恐怖より、好奇心の方が、勝ったということだ(笑)…


 すると、だ…


 なんと、たった今、現れたアムンゼンの父親である、サウジアラビアの前国王が、アムンゼンの私兵たちに、囲まれて、拘束されていた…


 私は、わけが、わからんかった…


 まさか、クーデター?


 このアムンゼンは、自分の父親を捕縛して、サウジアラビアの国王にならんと、しているのか?


 私は、思った…


 思ったのだ…


 だから、つい、


 「…アムンゼン…そんなこと、しちゃいかんさ!…」


 と、怒鳴った…


 「…自分の父親に、そんなこと、しちゃ、いかんさ!…」


 と、叫んだ…


 が、


 当然のことながら、アムンゼンは、私の忠告を無視した…


 私の忠告を、まるで、聞かんかった…


 「…オマエ…自分の父親を!…」


 私は、言った…


 このアムンゼンは、血も涙もない、人間だった…


 あらためて、思った…


 血を分けた自分の父親を、自分の権力のために、捕縛する…


 そんな血も涙もない人間だと、気づいたのだ…


 そして、それを、見て、このアムンゼンが、いかに、恐ろしい男かと、悟った…


 自分の権力を拡大するためには、自分の父親さえ、捕縛する…


 そんな血も涙もない、男だと、悟ったのだ…


 「…アムンゼン…オマエという男は…」


 私は、つい、言ってしまった…


 いまさら、言っても、仕方がないことだが、言ってしまった…


 それから、ふと、オスマンの存在に、気づいた…


 オスマンが、ここにいることを、思い出したのだ…


 オスマンは、アムンゼンの甥…


 アムンゼンは、サウジアラビアの前国王の息子だから、オスマンにとっては、前国王は、祖父…


 おじいちゃんだ…


 つまり、オスマンは、前国王にとっては、孫に当たる…


 要するに、前国王は、自分の子供と孫に、裏切られたのだ…


 なんで、わざわざ、この日本にやって来たか、わからんが、まさか、自分の息子と孫に裏切られて、拘束されるとは、夢にも、思ってなかったろう…


 それを、思うと、前国王が、不憫だった…


 前国王が、哀れだった…


 つくづく、そう、思った…


 そう、思ったときだった…


 アムンゼンが、

 

 「…やっと、終わりました…」


 と、疲れたような声で言った…


 「…皆さんにも、色々ご迷惑をおかけしました…」


 ち、続けた…


 私には、なにが、なんだか、わからんかった…


 ただ、前国王陛下が、


 「…ふざけるな…私を誰だと、思っているんだ!…」


 と、大声で、叫んでいるところだった…


 大声で、叫びながら、アムンゼンの私兵に、拘束されて、この部屋を出てゆくところだった…


 そんな前国王に、アムンゼンが、


 「…前国王の偽者でしょ?…」


 と、冷ややかに、声をかけた…


 「…偽者だと?…」


 前国王が、反応した…


 「…父は、今、病床です…公の場に出られる状態では、ありません…」


 「…なんだと?…」


 と、私…


 つい、口を出して、しまった(笑)…


 「…この男は、父の代わりに、公の場で、父を演じていました…なにしろ、父は、前国王です…国王の座は、兄に譲ってます…ですから、公に姿を現すことは、あまりありません…」


 「…」


 「…この男は、それを、良いことに、父の権威を利用して、実際に、父になろうとした…」


 「…父になろうとしただと?…」


 「…実際の父が、病床で、いることは、サウジアラビア国内でも、トップシークレット…ごく限られた者しか、知りません…それを、いいことに、この男は、父になりすまして、本物の父のように、振舞った…本物の父の権力を得ようとした…許されるものでは、ありません…」


 「…だったら、現国王に頼めば…」


 バニラが、口を挟んだ…


 「…だったら、殿下…殿下のお兄様である、サウジアラビアの現国王陛下に、頼めば…」


 「…それは、できません…」


 「…なぜ、できないのですか?…」


 「…この男と兄が争えば、本物の父が、実は今、病に伏していることが、明らかになります…」


 「…」


 「…この男は、狡猾です…兄である、現国王陛下が、表立って、処分できないことを、いいことに、着実に権力を広げていった…この男を、本物の国王と思っている人間を味方につけて、権力を着々と、拡大させていった…兄は、それを、ただ指を咥えて、見るしか、なかった…」


 「…」


 「…それで、ボクは、一計を案じた…うまく、この男を日本に呼び寄せることを、考えた…この日本なら、容易に、この男を拘束できる…そう、考えた…」


 「…」


 「…そして、案の定、この男は、この日本にやって来た…きっと、ボクが、この日本で、矢田さんと、親しくしている情報でも、得たのでしょう…」


 「…なんだと? …私と親しくしているだと?…」


 「…35歳の立派な成人であるにも、かかわらず、まるで、子供のような矢田さんや、3歳のマリアに、夢中になっている、ボクの噂を聞いたのでしょう…だから、きっと、油断したのでしょう…」


 「…油断だと?…」


 「…そして、なにより、ボクは、このカラダです…外見は、3歳の幼児にしか、見えない…そして、あの男は、高齢とはいえ、あのように、大柄…だから、二人っきりになっても、ボクに勝てると、思ったのでしょう…」


 「…なんだと? …勝てるだと?…」


 私は、言った…


 言いながら、その通りだと、思った…


 このアムンゼンの言う通りだと、思ったのだ…


 「…この男が、この日本にやって来る情報は、掴んでました…ですが、まさか、今日、リンダさんと、いっしょにやって来るとは、思いませんでした…」


 「…いえ、まさか、あの男が、偽者とは、思いませんでした…私は、てっきり、本物の前国王だと…」


 リンダが、答えた…


 「…つまり、それほど、うまく、前国王になりすましていたわけです…世界中のセレブの情報網を持つ、リンダさんが、簡単に騙されるほどに…」


 リンダの顔が赤らんだ…


 自分の持つ、セレブの情報網をアムンゼンに指摘され、しかも、あっけなく、前国王の偽者に騙されていたことが、明らかになったのだ…


 きっと、顔から火が出るほど、恥ずかしかったに、違いない…


 「…でも、どうしてだ?…」


 私は、聞いた…


 「…なにが、どうしてですか? …矢田さん?…」


 「…どうして、この男は、本物の前国王になろうとしたんだ…だって、偽者だろ?…」


 「…その通りです…」


 「…だったら、なぜ?…」


 「…偽者だから、本物になりたいんです…」


 アムンゼンが、言った…


 「…どういう意味だ?…」


 「…偽者でも、周囲は、本物の前国王だと、思っている…そして、自分が、日本でいえば、影武者…前国王のそっくりさんであることは、ごく一部の人間しか、知らない…」


 「…」


 「…だから、いつしか、自分が、本物の前国王になりたいと、欲したのでしょう…誰にでも、あり得ることです…」


 「…」


 「…いわば、前国王の持つ、権威や権力に憧れた…その結果です…」


 アムンゼンが、言う…


 力を込めて、言った…


 そして、それは、わかった…


 この矢田にも、理解できた…


 自分は、前国王の影武者=偽者で、あるにも、かかわらず、周囲は、本物だと、誤解している…


 だから、偽者の自分を、周囲の人間は、本物だとして、扱う…


 すると、いつしか、自分が、本物の前国王になりたいと、思っても、不思議ではない…


 また、その条件も揃っている…


 前国王が、影武者=偽者であることが、わかっている現国王は、それを、周囲に明かすことは、できない…


 なぜなら、それは、トップシークレット…


 その事実を知る者は、限られた人間のみだからだ…


 だから、動くことは、できない…


 また、この前国王の影武者は、それを利用した…


つまりは、この偽者を本物と信じて護衛している、大勢のボディーガードが、いるに違いない…


 だから、余計に、この偽者を、処分するのが、難しくなる…


 強引に処分しようとすれば、この前国王を守る護衛=ボディーガードたちを、処分=暗殺しなければ、ならないからだ…


 その護衛たちは、このアムンゼンの私兵同様、屈強で、武器の扱いに、手慣れた者たちに違いない…


 だから、簡単に、その偽者を処分することが、できない…


 下手をすれば、銃撃戦になるかも、しれんからだ…


 そして、その結果、真実が、サウジアラビアの国民に知らされる危険もある…


 そもそも、前国王が、病に伏しているのを、国民に知らせないために、影武者=偽者を立てたのだ…


 そんなことを、すれば、すべてが、水の泡…


 すべてが、公に明らかになる…


 それだけは、避けたかったに違いない…


 それだけは、できなかったに違いない…


 そして、私が、そんなふうに、考えていると、アムンゼンが、


 「…兄の…現国王は、権力の基盤が、まだ脆弱なんです…」


 と、告げた…


 「…権力の基盤が、脆弱だと? …どういう意味だ?…」


 「…兄は、国王になっても、いまだ真の意味で、国王になれていない…」


 「…なんだと?…」


 「…要するに、父の前国王の威光があっての兄なんです…まだ兄は、ひとりでは、国を治める権力を得ていない…他の王族の支持も、得ているとは、いえないんです…」


 「…」


 「…だから、父が、いなくては、いけない…前国王が、兄である、現国王を、補佐しなければ、ならない…しかし、その父が、病に倒れた…」


 「…」


 「…だから、仕方なく、父に似た男を探し出し、影武者に仕立てた…父が、病に伏したことを、悟らせないためです…ですが、それが、裏目に出た…」


 「…」


 「…まさか、あの男が、父になりすまそうとしているとは、夢にも、思わなかった…そんなことを、考えも、しなかった…」


 アムンゼンが、言った…


 まるで、血を吐くように、言った…


 アムンゼンの苦渋の告白だった…


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