35歳のシンデレラ 大道芸人編 83
…なんだと?…
…パパだと?…
私は、思った…
その高齢の大柄な男を見て、思ったのだ…
そして、その高齢の大柄な男を、見た、オスマンが、
「…陛下…お久しぶりです…」
と、立ち上がって、一礼した…
それまで、椅子に座って、一言も、口を利かなかったオスマンが、立ち上がって、言ったのだ…
…陛下だと?…
私は、私の細い目をさらに細めて、その男を見た…
見たのだ…
すると、だ…
なんと、その男が、私に笑いかけた…
この矢田に、実に、楽しそうに、笑いかけたのだ…
「…アナタが、矢田さんですか?…」
片言の、日本語で、言った…
「…そうさ…私が、矢田トモコさ…」
私は、答えた…
「…初めまして…私が、アムンゼンの父です…息子が、いつも、お世話になって、おります…」
と、丁寧に、私に頭を下げた…
私は、どうして、いいか、わからんかった…
だから、困った…
実は、私の頭の中は、すでに、パニックになっていた…
このアムンゼンは、アラブの至宝と呼ばれた男…
サウジアラビアの現国王の腹違いの弟にして、前国王の息子でも、ある…
その前国王の息子が、
「…パパ…」
と、呼ぶ人物と言えば…当然…
私が、考えていると、リンダが、
「…お姉さん…紹介するわ…この方が、サウジアラビアの前国王陛下…」
と、言った…
「…な、なんだと?…」
私は、仰天した…
…そんな、とんでもなく、お偉いひとが、この矢田の前に現れるとは?
ありえん!…
まさに、ありえん話だった!…
そして、それを、知ると、途端に、この矢田のカラダが、固まった…
極度の緊張で、カラダが、ガチガチに固まったのだ…
私としても、初めての経験だった…
そんな私を見て、
「…矢田ちゃんが、変!…」
と、マリアが、叫んだ…
「…まるで、お人形さんみたい…」
…みたいじゃないさ…
私は、心の中で、思った…
…お人形になってしまったのさ…
…極度の緊張で、カラダが、ガチガチに固まってしまったのさ…
私は、思った…
思ったのだ…
同時に、焦った…
焦ったのだ…
すると、突然、私の元に、太郎が、やって来た…
太郎が、
「…キー…」
と、鳴いて、いきなり、私の顔の前に現れた…
「…太郎…」
私は、思わず、叫んだ…
そして、力いっぱい太郎を抱きしめた…
抱きしめたのだ…
そして、そんな私と太郎を見て、
「…この太郎は、アムンゼン…オマエより、矢田さんを選んだな…」
と、ポツリと、サウジアラビアの前国王が、呟いた…
「…アムンゼン…邪悪な心を持ったオマエより、善良な心を持つ、矢田さんを選んだな…」
と、繰り返した…
その言葉を聞いて、アムンゼンが、愕然とした…
「…そ、そんな…太郎が、ボクより矢田さんを選ぶなんて…」
アムンゼンが、びっくりした様子で、呟いた…
「…そんな…バカな…」
アムンゼンは、目の前で、起こったことが、受け入れられない様子だった…
それは、そうだろう…
この太郎は、アムンゼンが、飼っていた…
当然のことながら、この矢田とよりも、このアムンゼンと太郎の付き合いは、長いに違いない…
にも、かかわらず、太郎は、この矢田を選んだ…
この矢田にとっては、とんでもなく、嬉しいが、アムンゼンにとっては、とんでもない、屈辱だったに違いない…
当たり前のことだった…
が、
予想外のことが起こった…
なぜか、マリアが、突然、怒り出したのだ…
「…なに、あの猿…慣れ慣れしい!…」
と、突然、怒り出したのだ…
慌てて、母親のバニラが、
「…マリア…どうしたの?…」
と、マリアに聞いた…
「…まるで、矢田ちゃんが、自分のものみたいに…」
マリアが、不満げに言う…
「…許せない! …矢田ちゃんは、私のもの…私が、矢田ちゃんと、遊ぶの!…」
マリアが、断言した…
そして、太郎を物凄い形相で、睨みつけた…
睨みつけたのだ…
すると、太郎も、また、すばやく、反応した…
なんといっても、太郎は猿だ…
人間ではない…
だから、人間以上に、他人の動向が、わかる…
人間以上に、他人の視線が、わかる…
太郎は、マリアの視線に、気づくと、マリアを見た…
文字通り、見た…
そして、私には、なぜか、太郎とマリアの間で、火花が、散る光景が、見えた…
この矢田をめぐって、太郎とマリアの間で、バチバチと、火花が、散る光景が、見えた…
これは、ありえん!…
ありえん光景だった!…
要するに、この矢田を猿の太郎と、人間のマリアが、取り合っているのだ…
実に、シュールな光景だった(爆笑)…
そして、それに、気づいたのは、この矢田だけでは、なかった…
この場にいる、全員が、気づいた…
当たり前だった…
そして、真っ先に、声を、上げたのは、バニラだった…
マリアの母親のバニラだった…
「…マリアと、お猿さんが、お姉さんを取り合っている?…」
と、呆れた声で言った…
「…ウソ? …これって、ホント?…」
「…事実です…」
間髪入れずに、アムンゼンが、言った…
「…今、目の前に起こっていることは、事実です…現実です…」
アムンゼンが、繰り返した…
「…矢田さんには、誰も勝てません…」
しょんぼりと、呟いた…
「…ボクが、何年も太郎と過ごしたにも、かかわらず、たった十日かそこらしか、いっしょにいない矢田さんを、太郎は、選んだ…ありえない話ですが、矢田さんなら、ありえるのです…」
「…」
「…実に、羨ましい…心の底から、矢田さんが、羨ましい…」
アムンゼンが、落ち込んだ表情で言う…
そして、それを聞いたマリアが、
「…当たり前じゃない…矢田ちゃんは、楽しいの…矢田ちゃんは、面白いの…」
と、叫んだ…
「…だから、誰にも、矢田ちゃんを渡さない…矢田ちゃんは、マリアのものなの…」
…この矢田が、マリアのものだと?…
私は、仰天した…
マリアの発言に、仰天したのだ…
慌てて、バニラが、
「…お姉さん…スイマセン…」
と、私に詫びた…
私は、なんて、答えていいか、わからんかった…
なんて、答えていいか、わからんかったのだ…
ここが、怒るところか、笑うところかも、わからんかった…
まさか、猿と人間が、私を取り合うとは、考えてもみんことだったからだ…
だから、悩んだ…
どう対応していいか、悩んだ…
すると、だ…
いきなり、大勢のアムンゼンの私兵たちが、この部屋にやって来た…
そして、私たちを取り囲んだ…
私は、驚いた…
いや、
驚いたのは、私だけではない…
リンダも、バニラも、驚いた…
たぶん、3歳のマリアも、驚いたに違いない…
驚いていないのは、アムンゼンとオスマンだけだった…
だから、いきなり、リンダが、声を上げた…
「…ちょっと、アムンゼン…これは、一体、どういうこと?…」
と、声を上げた…
当たり前だった…
「…私たちを、どこかに、連れてゆく気?…」
リンダが、叫んだ…
「…それとも、殺す気か?…」
バニラが、後を継いで、叫んだ…
なぜなら、アムンゼンの屈強な私兵たちは、多くが、拳銃を構えていたからだ…
私は、それを、見て、
…万事休す!…
と、思った…
そして、なにより、このアムンゼンに逆らった自分自身に、悔いた…
自分自身の愚かさに、悔いた(涙)…
なにしろ、このアムンゼンは、アラブの至宝…
外見は、3歳の幼児にしか、見えんが、アラブの至宝と呼ばれた、お偉いさんだ…
が、
この矢田は、そんなことも、忘れ、このアムンゼンをからかった…
まるで、この矢田と対等の人物のように、扱った…
いや、
ハッキリ言えば、この矢田以下の人間のように、扱った…
いかに、アラブの至宝と呼ばれた男でも、これでは、頭に来ないわけが、なかった…
このアムンゼンは、アラブの至宝と呼ばれた男だ…
人格者に違いない…
人格者だから、少々のことには、怒らないに違いない…
が、
それを、いいことに、この矢田は、アムンゼンをからかい過ぎた…
だから、
アムンゼンは、怒った…
この矢田を亡き者にしようとした…
そういうことだろうと、思った…
だから、
「…アムンゼン…リンダと、バニラは、許してやってくれ…」
と、アムンゼンに頼んだ…
震える声で、頼んだ…
「…悪いのは、この私さ…リンダと、バニラは、見逃してやってくれ…」
と、頼んだのだ…
「…頼むさ…」
私は、懇願した…
が、
アムンゼンは、反応しなかった…
当たり前かも、しれんかった…
やはり、この矢田は、調子に乗り過ぎていたのかも、しれんかった…
自分の身分も忘れ、つい、調子に乗り過ぎたのかも、しれんかった…
アムンゼンを、この矢田以下の人間のように、扱ったのが、いかんかも、しれんかったのだ…
…万事休す!…
私は、思った…
同時に、思った…
なぜか、ふと、
…とんかつを食べたい…
と、思った…
死ぬ前に、とんかつを、腹いっぱいに食べたいと、思った…




