35歳のシンデレラ 大道芸人編 60
「サウジアラビア前国王だと?…」
私は、思わず、大声を上げた…
大声を上げずには、いれんかった…
それほどの衝撃だった…
衝撃だったのだ…
なにより、サウジアラビア前国王の招待を、葉尊から、聞かされたのが、驚きだった…
驚きだったのだ…
普通ならば、この話は、アムンゼンから、聞かされる話だ…
が、
なぜか、葉尊から、聞かされた…
私の夫から、聞かされた…
それが、謎だった…
解けぬ謎だったのだ…
「…どうして、葉尊…オマエの元に、そんな話が?…」
私が、戸窓いながら、言った…
「…ボクが、お姉さんの夫だからでしょう…」
葉尊が、簡単に、説明する…
葉尊が、納得する答えを言う…
「…一個人のお姉さんより、クールの社長室に、言えば、話が、早いと思ったんでしょう…」
葉尊が、言う…
悔しそうな表情で、言う…
私は、それを、見て、なぜ、葉尊が、今朝から、悔しそうな表情で、何度も、何度も、
「…お姉さんが羨ましい…」
と、言ったのか、わかった気がした…
いかに、台湾の大企業の御曹司といえども、サウジアラビアの前国王から、直接、連絡が、来るなんて、ことは、ないに違いないからだ…
だから、私を、
「…羨ましい…」
「…お姉さんが、羨ましい…」
と、何度も繰り返したに違いない…
が、
果たして、それは、本当なのか?
本当に、サウジアラビアの前国王からの招待なのだろうか?
私は、思った…
思ったのだ…
だから、
「…葉尊…それは、本当か? …本当なのか?…」
と、確かめた…
確かめずには、いれんかったからだ…
「…本当です…」
「…裏を取ったのか?…」
「…裏?…」
「…そうさ…サウジアラビア大使館なり、信用のできるところに、聞くなりして、本当にサウジアラビアの前国王からのメールか確かめたのか?…」
「…ハイ…確かめました…」
葉尊が、あっさり、答えた…
「…もちろん、最初は、信じられませんでした…だから、秘書も、私に報告すべきか否か、迷ったと言います…」
「…そうか?…」
「…ですが、お姉さんも知っているように、父も、台北筆頭を率いる、台湾の有力者です…その関係も、あり、多少なりとも、サウジアラビアに人脈もあります…それを、使って、そのメールが、本当か、否か、確かめました…その結果、本当であることが、わかりました…」
葉尊が、頬を紅潮させて、言った…
葉尊が、こんなにも、頬を紅潮させているのは、初めて見た…
葉尊が、こんなにも、興奮しているのは、初めて見た…
私が、そんなことを、考えていると、
「…お姉さんが、羨ましい…実に、羨ましい…」
と、またも、葉尊が、繰り返した…
私は、そんな葉尊を見て、安心したというか…
おおげさに、言えば、初めて、葉尊の裏の顔を見た気がした…
単純に、他人を羨望する…
そんな当たり前の素顔を見た気がした…
私は、それまで、こんな葉尊の姿を見たことが、なかった…
葉尊は、いつも、聖人君子だった…
葉尊は、いつも、いいひとだった…
が、
それが、気に食わんかった…
すでに、何度も言うように、この世の中に、聖人君子は、存在しない…
どんな人間も、欠点がある…
どんな人間も、ひとの悪口を言ったり、するものだ…
もちろん、程度の問題は、あるが、誰でも、ひとの悪口や陰口を一度も言ったことのない人間は、この世の中にいないはずだ…
が、
これまで、葉尊のそんな姿は、見たことが、なかった…
だから、信用できんかった…
心の底から、信用できんかったのだ…
それでは、あまりに、人間臭くないというか…
ハッキリ言えば、善人を演じているように、思えたからだ…
それが、今、初めて、目の前で、葉尊が、私を羨ましがった…
まるで、子供のように、私を羨ましがった…
だから、そんな姿を、見て、安心した…
心の底から、ホッと、安心した…
「…葉尊…それで、いいのさ…」
「…葉尊…それが、人間さ…」
と、私は、言ってやりたかったが、言わんかった…
さすがに、そこまでは、口に出せんかった…
出せんかったのだ…
だから、なんと言っていいか、わからないから、黙った…
ただ、
「…」
と、黙って、葉尊を見ていた…
私の夫を見ていた…
すると、葉尊は、そのうちに、気恥ずかしそうに、私を見た…
照れたような表情で、私を見た…
そして、
「…お姉さん…すいません…」
と、私に詫びた…
「…つい、動揺して、感情を昂らせてしまって…」
と、照れた表情で、言う…
「…いいさ…気にするな…葉尊…それが、人間さ…」
「…人間ですか?…」
「…そうさ…誰でも、いっしょさ…」
「…いっしょ? …なにが、いっしょなんですか?…」
「…例えば、食事をしなければ、腹が減る…これは、誰でも、同じだろ?…」
「…ハイ…」
「…でも、それを、口にして、いいときと、悪いときがある…」
「…いいときと、悪いときですか?…」
「…変な話、腹が減っているホームレスのひとの前で、私も腹が減っているのさ…なんて、とても、言えないだろ?…」
「…それは…」
「…つまり、そういうことさ…」
「…そういうこと?…」
「…要するに、思っていても、口にして、いいことと、悪いことがあると、いいたいわけさ…葉尊…オマエが、私を羨ましいと、言ったのは、口にしても、いいことさ…そして、今、例に挙げたホームレスの例は、悪いことさ…これは、誰にも、わかることさ…」
私は、言った…
力を込めて、言った…
熱弁した…
が、
本当は、ただ、葉尊が、
「…お姉さんを羨ましい…」
と、言ったことが、ただ嬉しかった…
何度も言うように、葉尊の本音が、聞けたからだ…
いつも、聖人君子を装っている葉尊の本音が、聞けたからだ…
が、
さすがに、それは、言えんかった…
さすがに、それは、口に出せんかった…
私が、そんなことを、考えていると、
「…お姉さん…」
と、葉尊が、私に声をかけた…
「…なんだ?…」
「…お姉さんは、サウジアラビア前国王のモハメド・シンプソン氏に招かれたときに、誰と、いっしょに、行きますか?…」
「…誰と、言われても…」
言葉に詰まった…
いきなり、そんなことを、言われても、考えもせんかったからだ…
だから、どう答えていいか、わからず、つい、部屋の中を見回した…
すると、太郎が、目に入った…
だから、真っ先に、
「…太郎を連れて行くさ…」
と、答えた…
「…この猿をですか?…」
葉尊が、目を丸くした…
「…そうさ…太郎は、私の息子さ…どんなときも、私を守ってくれるさ…」
「…この猿が、お姉さんの息子?…」
「…そうさ…私の息子同然さ…太郎は、頼りになるのさ…」
私の言葉に、葉尊は、どう返答して、いいか、わからず、戸惑っている様子だった…
だから、少し間を置いてから、
「…お姉さんは、この猿に助けられたんですね…」
と、言った…
「…そうさ…太郎には、助けられたさ…だから、連れて行くのさ…」
「…なるほど…」
「…でも、むろん、相手がダメだと言ったら、連れて行かんさ…太郎は、猿さ…犬や猫でも、そうだが、動物を嫌がる相手の前に、無理にでも、連れていくわけには、いかんさ…」
私が、言うと、葉尊が、考え込んだ…
そして、
「…たしかに、相手が、猿を嫌がる場合は、あり得ますね…」
と、ゆっくりと、考え込みながら、言った…
「…とりあえずは、会社で、サウジアラビア前国王サイドと、連絡して、相談してみます…猿をいっしょに、連れて行っていいのか? 尋ねてみます…」
「…そうか…」
「…それよりも、お姉さんに連れて行ってもらいたい人物が、一人、います…」
「…誰だ? …それは?…」
「…バニラです…」
「…バニラだと?…」
「…バニラは、カラダも大きく、格闘技にも、精通しています…大抵の男では、バニラには、勝てません…」
…そうだった…
バニラは、強かった…
だから、つい、さっきまで、この矢田の護衛をしてもらっていた…
なにか、あったら、この矢田では、勝てん…
なにしろ、この矢田は、身長159㎝と、決して、大きくはない…
が、
あのバニラは、身長180㎝と大柄…
おまけに、ケンカに強い…
以前、あのアムンゼンの甥のオスマンとタイマン(一対一)で、素手で、殴り合って、善戦した…
おしくも、負けたが、善戦した…
あのオスマンも強かった…
それは、格闘技に精通していない、この矢田でも、わかった…
誰もが、同じだろう…
誰かと誰かが、ケンカでも何でもしているのを、見れば、その人間か強いか、弱いか、わかる…
当たり前のことだ…
そして、そんなことを、考えながら、ふと、この葉尊と、バニラの関係を思った…
この葉尊は、実は、バニラをよく思っていないと、葉問は、言っていた…
私は、驚いた…
それまで、そんなことは、考えたことも、なかったからだ…
が、
言われてみれば、わかる…
バニラは、葉尊の父の葉敬の愛人…
二人の間には、マリアがいる…
バニラの娘の3歳の女児がいる…
が、
冷静に考えれば、この葉尊にとって、バニラとマリアの存在は、嫌に違いない…
なにしろ、バニラは、葉尊から、見ても、8歳、若い…
そんな若い、バニラと自分の父親が、男女の関係なんて、冷静に考えれば、複雑なものに違いないからだ…
だから、
もしかして?
と、思った…
もしかして、この葉尊は、私とバニラを同時に、ピンチに立たせようとしているのか?
と、気付いた…
あのアムンゼンが、言うには、サウジアラビア国内で、前国王と、現国王が、ケンカをして、一触即発の危機的状況になっていると、聞く…
そして、それを、仲裁できるのは、あのアムンゼンだけだと…
だから、そのアムンゼンに気に入られている、この矢田の元に、サウジの前国王と現国王の側近が、やって来る可能性が、高い…
この矢田を味方につけることによって、アムンゼンを味方につけることが、できるからだ…
だから、気をつけるように、バニラをボディーガードにつけたのだが、それが、前国王と、直接、この矢田が会うことになるとは?
うーむ…
考えもせんかった(爆笑)…
さらに言えば、そこに、私の夫の葉尊が、絡むとは、考えもせんかった…
が、
葉尊の狙いが、読めん…
もしかしたら、この矢田とバニラを同時に、亡き者にせんつもりでは?
ふと、気付いた…
葉尊の腹の内に、気付いた…




