35歳のシンデレラ 大道芸人編 61
もしかしたら、この葉尊は、この矢田とバニラを同時に、この世から、消し去るつもりかも、しれん…
そう、気付いた…
なにより、この葉尊は、策士…
策士だからだ…
すでに、言ったように、この葉尊が、この矢田と結婚したのは、台湾の大企業が、日本の総合電機メーカー、クールを買収した際に、日本人が、反感を覚えないように、するためだと、気付いた…
日本人は、一般に、欧米の企業よりも、アジア系の企業を下に見る傾向が強い…
だから、それを和らげるために、私との結婚を画策した…
台湾の大企業の御曹司が、日本の平凡な女と結婚すれば、話題になるからだ…
しかも、
しかも、だ…
私は、平凡…
平凡、そのものの女だ…
美人でも、なんでもない…
頭も良くもない…
家も、金持ちでも、なんでもない…
絵に描いたように、平凡…
平凡そのものだったからだ…
だから、そんな平凡そのものの、この矢田と結婚すれば、話題になり、台湾の大企業が、日本の総合電機メーカーを買収した反感が、和らぐ…
それが、狙いだったと、気付いた…
要するに、抜け目ない…
抜け目ない策士だと、気付いた…
だから、この機会に、葉尊にとって、邪魔な二人…
私とバニラを亡き者にするつもりかと、気付いた…
なぜなら、この矢田は、葉尊にとっては、もはや、用済みの可能性も高い…
それに、あのバニラだ…
あのバニラは、葉尊の父、葉敬の愛人…
息子の葉尊より、8歳も、若いにもかかわらず、愛人だ…
これは、普通に考えれば、この葉尊にとって、面白いはずはない…
この葉尊にとって、バニラが、愉快な存在であるはずがない…
だから、この機会を使って、この矢田とバニラを、この世から、抹殺しようとしているのかも、しれん…
なにより、手を汚す必要がない…
葉尊が、手を汚す必要がない…
ただ、私とバニラを、サウジの前国王の元にやればいい…
そうすれば、サウジの前国王が、この矢田とバニラを抹殺するかも、しれんからだ…
私は、考えた…
考えたのだ…
だから、
…どうする?…
と、思った…
この葉尊の提案に、乗るべきか、否か、考えた…
が、
断ることは、できんかも、しれん…
ふと、気付いた…
相手は、この葉尊ではない…
サウジの前国王だ…
サウジの前国王の招待だ…
仮に、葉尊に、どんな思惑があろうとも、サウジの前国王の招待があったことは、事実…
紛れもない、事実だろう…
まさか、この葉尊が、仕組んだとは、思えんからだ…
いかに、台湾の大企業の御曹司でも、そんな大それたことが、できるとは、思えんからだ…
そして、全力で、そんなことを、考えていると、ふと、矢口のお嬢様の言葉を思い出した…
あの矢口のお嬢様は、
「…矢田…オマエは、なにか、あったら、葉問さんを頼れ…リンダさんを頼れ、バニラさんを頼れ…」
と、この矢田に告げた…
あの私そっくりの外観を持つ、矢口のお嬢様が、真顔で、告げた…
正直、吹き出す寸前だった(笑)…
なにしろ、この矢田トモコそっくりの、あの矢口のお嬢様が、いかに、真剣な表情で、私になにか言っても、それは、コメディーというか…
お笑いになってしまう(笑)…
なぜ、お笑いになってしまうかと、言えば、あのお嬢様は、この矢田と同じく、威厳がなにもないからだ…
全然、偉く見えないからだ(笑)…
そんな全然、偉く見えない、自分のそっくりさんが、いかに、真剣に私に忠告しても、響かないというか…
ハッキリ言って、刺さらない(爆笑)…
が、
そうは言うものの、お嬢様の言葉は、わかった…
十分、過ぎるほど、わかった…
十分、過ぎるほど、理解した…
だから、私は、
「…葉尊…リンダも、連れて行くさ…」
と、突然、切り出した…
「…リンダですか? …お姉さん…」
葉尊が、驚愕した…
実は、ここで、リンダの名前を出したのは、理由があった…
リンダは、言わずと知れた、ハリウッドのセックス・シンボル…
その存在は、世界中に知られている…
バニラも、世界的に有名なモデルだが、その知名度は、リンダの足元にも、及ばん…
圧倒的な差がある…
いうなれば、ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースを知らない者は、少ないが、モデルのバニラ・ルインスキーを知らない者は、それなりにいると、いうことだ…
つまりは、バニラに至っては、知っている者は、知っているけれども、知らない者は、知らない…
というのが、正しいのかも、しれない…
そして、二人を連れて行って、もし、行方不明にでも、なれば、大変なことになる…
世間が、騒ぎ出すからだ…
とりわけ、リンダ・ヘイワースが、行方不明になれば、大騒ぎになる…
それが、この矢田の狙いだった…
つまりは、この二人を連れて行けば、いかに、サウジアラビアの前国王といえども、安易に手を出せないと、思ったのだ…
そして、当然、この矢田にも、手が出せん…
そう、思ったのだ…
だから、今、夫の葉尊に、リンダも連れて行くことを、提案したのだ…
いわば、二人を連れて行くことで、この矢田の身の安全を保障しようと、考えたのだ…
この葉尊の提案にうっかり乗って、この矢田が、サウジの前国王に亡き者にでもされたら、死んでも、死に切れん…
そう、思ったのだ…
だから、言った…
リンダも、また、連れて行くと言ったのだ…
私の提案に、葉尊は、考え込んだ…
しばし、沈思黙考した…
だから、
「…どうした? 葉尊?…」
と、聞いた…
「…リンダですが、スケジュールが、わかりません…」
「…スケジュールだと?…」
「…ハイ…リンダは、今、新作の映画の打ち合わせが入っていると、聞きました…ですから、今、お姉さんが、言ったように、サウジアラビアの前国王の招待に、応じられるか、否かは、わかりません…リンダのスケジュールが、わかりませんから…」
葉尊が、言う…
私は、それを、聞いて、
…しまった!…
と、思った…
せっかく、リンダを連れて行く、機会なのに、しくじったと、思った…
たしかに、リンダが、忙しいのは、わかる…
なにしろ、ハリウッドのセックス・シンボルだ…
暇なはずがない…
たまたま、これまで、暇だったから、私と付き合っていたに違いないのが、真相だろう…
なにしろ、リンダと仲良くなったのは、この半年に、過ぎん…
この葉尊と、結婚してから、リンダと、知り合った…
リンダは、葉尊の幼馴染…
その縁で、学生時代、葉尊の実父、葉敬から、生活の援助を受けていたと、聞いた…
リンダは、実父がなくなり、生活が苦しかったからだ…
生活といっても、それは、学費だとも、聞いた…
それが、きっかけで、リンダは、後に、アメリカに渡り、モデルとなり、さらに女優に転身し、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれる地位になっても、葉敬の会社、台湾の台北筆頭のキャンペーン・ガールをずっと、続けている…
生活が、苦しかった時代に、葉敬に受けた恩があるからだ…
だから、葉敬から、逃げれない…
その点が、バニラとは、違う…
バニラは、葉敬の愛人…
バニラと葉敬のなりそめは、知らんが、二人は、男女の関係に、なり、マリアという娘まで、生まれた…
つまりは、バニラは、葉敬の家族だが、リンダは、違う…
リンダは、葉敬にとって、他人…
その点が、まったく違う…
バニラもまた、台北筆頭のキャンペーン・ガールをしているが、葉敬にとって、リンダとバニラでは、重みが違うというか…
重要度が、違うだろう…
私は、思った…
と、
そこまで、考えて、気付いた…
私が、サウジアラビアの前国王の招待を受けるのは、構わんが、それは、一体、どこで、受けるのか?
考えたのだ…
まさか、この矢田にサウジアラビアに行けと言うのか?
考えた…
考えたのだ…
だから、慌てて、葉尊に、
「…葉尊…一つ、大事なことを、聞き忘れたが、聞いていいか?…」
と、聞いた…
「…ハイ…なんですか? …お姉さん?…」
「…私が、サウジアラビアの前国王と会うというのは、わかったが、それは、どこで、だ? まさか、サウジアラビアに、来てくれ、なんて、言わないだろうな?…」
「…それは、まさか…あり得ませんよ…」
「…どうして、わかる?…」
「…前国王といえば、その国を代表する人間です…そんな失礼なことをする人間は、いません…地位の高い人間ほど、相手の都合を最優先する…相手の都合を真っ先に、考える、そんなひとたちです…」
「…」
「…いわば、地位の高い人間ほど、教養だけでなく、人間性も、優れている…っていうか、生まれつき、そう教育されている…」
「…」
「…ですから、おそらく、前国王は、非公式に、極秘に来日されるのだと、思います…」
「…来日? …日本に来るのか?…」
「…ハイ…これは、サウジアラビアの前国王に限った話ではなく、他国の重要人物でも、同じです…要するに、日本政府の仲介なく、来日する…だから、その来日を、日本政府は、掴んでいる場合もあるし、そうでない場合もあるでしょう…もっとも、サウジアラビアは、大国だし、日本との関係も深い…非公式ながらも、来日となると、日本政府も、知らないわけは、ないでしょう…なにしろ、警備の面がある…」
「…警備の面だと?…」
「…サウジアラビアの前国王が、プライベートで、極秘来日して、なにか、事件に巻き込まれたり、おおげさに言えば、暴漢に襲われでもしたら、大変です…だから、プライベートといっても、おそらく、事前に日本政府に、報告して、警備の強化が、図られるでしょう…だから、変な話、プライベートといっても、全然プライベートじゃない…日本の警察が、護衛するでしょう…当然、サウジアラビアの大使館も同様です…」
私は、そんなものかと、驚いた…
が、
言われてみれば、それも、当たり前だと、気付いた…
例えば、日本の天皇陛下や皇族など、お偉いさんが、プライベートで、外国に行くといっても、それは、完全なプライベートでは、あり得ない…
訪問する外国に、事前に伝え、警備方針についても、協議するだろう…
当然、他の皇族の方たちも、例えば、夫婦二人で、訪問するはずが、宮内庁の関係者や、警護の者をたくさん連れて歩くに違いない…
いわば、プライベートといっても、大名行列…
ずらずらと、大勢の人間を連れて歩くことになる…
いいか悪いかは、別として、お偉いさんの旅行は、そんなものだ…
私のような一般人は、一度でも、そんな待遇をしてもらいたいと、考えるが、当時者の面々は、嫌だろう…
プライベートと言っても、全然、プライベートは、なにもない…
いつも、誰かに、見られている…
いつも、誰かに、見張られている…
そんなプライベートだ…
想像するだけで、うんざりする…
私は、思った…
思ったのだ…
が、
とりあえずは、この日本で、サウジアラビアの前国王と、会うことが、わかった…
この点は、安心した…
いかに、この矢田トモコとて、外国に行くのは、嫌だったからだ…
なにしろ、言葉が、通じない…
そんなところを、行くのは、嫌だった…
もし、なにか、あっても、周りに、助けを求めることも、できんからだ…
この矢田も、もっと、若いときは、無鉄砲というか…
考えが、浅かった…
が、
今、35歳になり、若い時分に比べれば、少しは、知恵がついた…
あくまで、少しばかりだが、知恵がついた…
そして、その知恵というのは、ずばり警戒心というか…
無茶をしなくなった…
危険だと思うことを、しなくなった…
つまりは、それが、歳を取るということなのだろう…
この矢田トモコも、大人になったのだ…
私は、今さらながら、そう思った…
矢田トモコ、35歳…
すでに、自分に酔っていた(笑)…
自分の成長に酔っていた(爆笑)…




