35歳のシンデレラ 大道芸人編 6
が、
私は、この葉尊の話を聞いて、ふと、気付いた…
ここは、日本…
それが、どうして、バニラのハリウッドのオーディションの話になるんだ?
それは、今、バニラが、日本にいるからだろうか?
これから、ハリウッドのオーディションに、この日本から、行く前に、バニラを説得しようと、思ったのだろうか?
私は、思った…
だから、
「…お義父さんは、バニラが、ハリウッドのオーディションを受ける前に、バニラを説得するために、来日するのか?…」
と、聞いた…
すると、葉尊が、
「…たぶん、それもあります…ですが、一番、大事なのは、そのオーディションが、この日本で、行われるということなのです…」
と、答えた…
「…ハリウッドのオーディションが、日本で?…」
「…そうです…」
「…どうしてだ?…」
「…これは、まだ一部の関係者しか、知らされてない情報ですが、実は、オーディションというよりも、ハリウッドの実力者が、極秘に来日しているようなんです…」
「…ハリウッドの実力者?…」
「…ハイ…ですから、その実力者に面接してもらい、気に入られれば、バニラも、即スクリーンデビューできるはずです…」
「…そんなことが?…」
「…どんな世界でも、同じです…お姉さん…」
「…どういう意味だ?…」
「…オーディションでもなんでも、誰か、決定権を持つ者が、いる…その人間に、気に入られれば、即、採用される…会社の面接でも、なんでも、同じです…」
たしかに、葉尊の言うことは、わかる…
どんなことにも、最終決定権を持つ者が、いる…
これは、家庭でも、同じ…
最終決定権が、誰にあるか?
大抵の場合は、奥さんが、多い…
これが、少なくても、今の日本の現実だ(笑)…
そして、ふと、気付いた…
さっきは、たしか、この葉尊だか、葉問だかは、この矢田が、キーマンのようなことを、言っていた…
葉敬の来日も、その一環のように、だ…
アレは、一体、どういうことだ?
今、聞いた話と違う…
ということは、さっき、聞いた話は、葉問が言ったのか?
この目の前の葉尊では、なかったのか?
私は、思った…
だから、
「…私が、聞いた話では、お義父さんの来日は、私になにか、関係があるようなことも、聞いたが…」
と、わざと、匂わせた…
「…それは、あります…」
葉尊が、食いついた…
「…ある? どう、あるんだ?…」
「…答えは、アムンゼン殿下です…」
「…アムンゼン? …あのクソガキか?…」
私が、答えると、
「…クソガキ?…」
と、葉尊が、苦笑した…
「…そのアムンゼンが、どうか、したのか?…」
「…さっき、言った、ハリウッドの実力者…彼が、頭が上がらないのが、アムンゼン殿下だからです…」
「…どうして、頭が、上がらないんだ?…」
「…彼の会社の出資者だからです…」
「…なんだと?…」
「…実質的なオーナーです…今、サウジアラビアは、世界的な有名企業にも、頻繁に投資しています…ハリウッドも例外では、ありません…」
「…それは、わかったが、それと、私と、なんの関係があるんだ?…」
「…お姉さんは、殿下のお気に入りじゃないですか?…」
「…私が、あのクソガキの?…」
「…お姉さんに、自覚はないと思いますが、周囲は、そう見てます…」
「…そうか?…」
「…だから、おおげさに言えば、バニラがハリウッドデビューできるかどうかは、お姉さん次第…」
「…私次第?…」
「…来日中のハリウッドの実力者に、お姉さんが、圧を加えれば、そのプロデューサーも、首を縦に振らざるを得ません…なぜなら、お姉さんは、アラブの女神…アムンゼン殿下に頼んで、そのプロデューサーに圧を加えることができるからです…」
これは、いいことを聞いた…
私は、思った…
あのバカ、バニラの弱みを握ったと、思ったのだ…
あのバカ、バニラがハリウッドにデビューできるか、どうかは、私次第…
これを、切り札に、あのバカ、バニラを徹底的にイジメてやる…
この矢田トモコ様に屈服させてやると、誓ったのだ…
どんな弱みでも、掴めば、その弱みを絶対に、見逃さないのが、私だ…
この矢田トモコだ…
だから、あのバニラの致命的な弱みを、見逃すはずが、なかった…
この矢田トモコが、見逃すはずが、なかったのだ…
この矢田トモコの細い目が、見逃すはずが、なかったのだ…
私は、そのことを、知ると、途端に、気分が、良くなった…
おおげさに言えば、天下を取った気分になった…
あのバカ、バニラを私の足元に、ひれ伏させる、いい機会だった…
すると、なぜか、私が、浅草で、人力車に乗って、走っている姿が、脳裏に、思い浮かんだ…
そして、その人力車を、引くのは、バニラ…
あのバカ、バニラだ!…
世界のトップモデル、バニラ・ルインスキーだ…
あのバニラに人力車を引かせ、その人力車に私が乗る…
それを、周囲に、見せることで、誰が、バニラの主人か、周囲に示すことが、できると、悟った…
あのバカ、バニラの主人は、私、矢田トモコだ…
35歳のシンデレラさ…
それを、周囲に示すときが、来た…
来たのだ…
私は、その雄姿を、自分の脳裏に浮かべると、少しばかり、いい気分になった…
あくまで、少しばかりだ…
そして、ホントは、鞭を持ち、人力車の上から、バニラを鞭打ちたかった…
バニラを馬のように、扱いたかったのだ…
「…バニラ…速く、走れ!…」
「…もっと、速く、速く、だ!…」
人力車に乗った、この矢田が、バニラを鞭打つ…
実に、いい気分だった…
が、
これでは、いかん…
私は、気付いた…
これでは、まるで、SM…
鞭を持った女王様だ…
が、
私に鞭は、似合わん…
なぜなら、私が、六頭身だからだ…
だから、ホントはあのSMの黒い下着を、私は、着ねば、ならんのだが、私には、似合わない…
それは、私が、六頭身の幼児体型だから…
これは、困った…
実に、困った…
私が、悩んでいると、
「…お姉さん…なにを、悩んでいるんですか?…」
と、葉尊が、聞いて来た…
当たり前だった…
が、
私は、答えることが、できんかった…
まさか、ホントは、あのバニラを車夫にして、人力車を引かせ、その人力車の上から、私が、あのSMの黒い下着を着て、バニラに鞭を振るいたかったが、私が、六頭身の幼児体型だから、SMの黒い下着が、似合わんから、どうすれば、いいか?
まさか、そんなことで、悩んでいるなんて、とても、夫の葉尊に、言えるわけが、なかったからだ…
だから、悩んだ…
どう言っていいか、どうか、悩んだ…
すると、だ…
「…お姉さんの悩みは、きっと、動物園でしょ?…」
と、いきなり、葉尊が、言った…
「…動物園? …どうして、動物園なんだ?…」
「…だって、さっき、バニラの代わりに、保育園の行事で、マリアが動物園に行くのに、付き添っていくと、言ったでしょ?…」
「…それは、言ったが…」
「…あのとき、お姉さんは、実に、嫌そうな顔をしていました…それで、ピンと来たんです…」
「…なにが、ピンと来たんだ?…」
「…きっと、お姉さん…動物園に、苦手な動物が、いるんでしょ?…」
「…苦手な動物?…」
「…例えば、蛇とか?…」
すっかり、忘れていた…
私は、蛇が、大の苦手だった…
動物園だ…
象や、虎、ライオンが、いるのは、当然…
猿も、キツネも、パンダも、いても、いい…
だが、
蛇だけは、ダメだった…
ワニもアナコンダも、いても、いい…
だが、蛇だけは、ダメだった…
ダメだったのだ…
私は、それを、思い出すと、ブルって、カラダが、動かなかった…
私の六頭身の幼児体型が、動かなかった…
怖くて、怖くて、仕方がなかったからだ…
そんな私の姿を見て、
「…お姉さん…どうしました?…そんなに、動揺して?…」
と、葉尊が聞いて来た…
だから、私は、
「…葉尊…オマエの言葉で、思い出したのさ…」
と、言った…
「…なにを、思い出したんですか?…」
「…蛇さ…」
「…蛇?…」
「…私は、蛇が苦手なのさ…とりわけ、大きな蛇が苦手なのさ…動物園となると、ニシキヘビとか、いるだろ? …私の繊細な神経は、ニシキヘビを見るのは、耐えられんのさ…もしかしたら、その場で、泡を吹いて、卒倒するかも、しれんさ…」
「…卒倒って? …そんな大げさな…」
「…大げさでも、なんでもないさ…それほど、私は、怖いのさ…」
「…」
「…お姉さんも、案外、弱虫なんですね?…」
葉尊が、笑った…
が、
私は、笑えんかった…
笑えんかったのだ…
「…そうさ…私は、弱虫さ…」
私は、言った…
弱冠、声が、震えている気がした…
自分でも、驚いた…
が、
それほど、怖かったのだ…
「…なにか、嫌な思い出でも、あるんですか?…」
「…それは…」
「…それは?…」
葉尊が、真面目な顔をして、私に聞くものだから、私は、答えに、窮した…
子供の頃、今の、マリア同様、動物園に、遠足かなにかで行って、誰か、友達が、ニシキヘビが、怖くて、泣き出した…
その友達が、私の隣にいたのが、まずかった…
「…怖い…怖い…」
と、私のカラダにしがみつきながら、泣き出すものだから、つい、私も、ニシキヘビを見てしまった…
あの巨大な蛇を見てしまったのだ…
そして、その瞬間、私のカラダが、金縛りにあった…
恐怖で、カラダが、動かんかった…
こんなことは、初めてだった…
それほどの恐怖だった…
これ以後、私は、テレビでも、蛇が画面に現れれば、急いで、チャンネルを、切り替えた…
どんな小さな蛇でも、ダメだった…
あの巨大なニシキヘビを思い出したのだ…
あの巨大な蛇を思い出したのだ…
あの巨大な蛇を見ると、この矢田が、あのニシキヘビに飲み込まれる…
そんな感じが、したのだ…
だから、怖かった…
ただ、怖かった…
これは、理屈ではない…
感情だ…
まさか、自分が、ニシキヘビに飲み込まれることが、あるとは、思えんが、怖かったのだ…
だから、動物園は、嫌だった…
嫌だったのだ…




