35歳のシンデレラ 大道芸人編 42
たしかに、残酷な現実だが、それが、わかると、立ち直りも、早かった…
いつまでも、グズグズ悩んでいるのは、私の性に合わない…
立ち直りが、早いのも、この矢田の美点のひとつだった(笑)…
このリンダと葉問が、私とバニラをいっしょにして、どうなるか?
楽しもうとしている…
その魂胆がわかれば、こちらは、対策を打つまでだ…
バニラと、いっしょにいるのは、仕方が、ないとしても、要は、バニラを手なずければいい…
アレは、バカだ…
救いようのないバカだ…
だから、こちらが、ちょっと、頭を下げて、下手に出れば、すぐに、私に気を許すだろう…
豚もおだてりゃ、木に登ると言うヤツだ…
私は、思った…
そして、対策を打った私は、気が楽になった…
どうすれば、よいか、わかったので、安心したのだ…
そして、そんな私に気付いたのだろう…
リンダが、
「…どうしたの? …お姉さん、なにか、態度が、違ったようだけど…」
と、聞いた…
が、
私は、答えんかった…
この矢田を罠に嵌めようとする、この女に、答える必要は、ないからだ…
「…知らんな…」
私は、答えた…
「…私は、なにも、知らんのさ…」
自信たっぷりに、言ってやった…
「…なにも、知らないって?…」
リンダが、目を丸くした…
私は、ホントは、
「…オマエたちの魂胆は、お見通しさ…」
と、言ってやりたかったが、言わんかった…
それを言えば、元も子もないからだ…
…この矢田を罠に嵌めようとしても、無駄さ…
…オマエたちの魂胆など、とっくに、お見通しさ…
と、何度も、思った…
心の中で、思った…
だから、
「…仕方ない…帰るさ…」
と、言った…
「…いつまでも、ここにいても、仕方ないさ…」
と、言った…
君子豹変す、ではないが、これまでの私の言動と、真逆のことを、私が、言い出すものだから、今度は、リンダが、当惑した…
「…そんな…お姉さん…つい、今の今まで、あんなに、家に帰るのを、嫌がっていたのに…」
リンダが、目を丸くした…
私は、
「…事情が変わったのさ…」
と、言った…
「…事情って?…」
「…私の事情さ…オマエには、関係ないことさ…」
私は、言った…
すると、リンダが、
「…葉問…どう、思う?…」
と、葉問に、聞いた…
葉問は、笑みを浮かべるだけで、なにも、言わんかった…
きっと、なにか、言えば、面倒なことになると、この葉問は、気付いたのだろう…
この葉問は、基本的に、私が、好き…
この矢田が、好き…
だから、ここで、この葉問が、矢田の肩を持てば、リンダが、嫉妬するかも、しれん…
リンダは、葉問が、好きだからだ…
だから、私は、太郎を抱きながら、
「…さあ、帰るさ…」
と、言った…
「…とっと、帰るさ…」
と、言った、そのときだった…
なぜか、いきなり、太郎の態度が、変わった…
なぜか、いきなり、葉問を見て、
「…キー、キー」
と、鳴き声を上げた…
私が、太郎を抱いてなければ、葉問に掴みかかるのでは?
と、思うほどだった…
「…どうした? …太郎?…」
私は、焦った…
焦ったまま、しっかりと、太郎を抱いていた…
そうしなければ、太郎が、私から、離れて、今にも、葉問に、襲いかかるかも、しれんと、思うほどだったからだ…
「…太郎…大丈夫か?…」
私は、言いながら、ギュッと、太郎をそれまで、以上に、しっかりと、抱き締めた…
すると、徐々に、太郎も、落ち着いて来た…
きっと、私の気持ちが、太郎に、届いたに違いなかった…
私にとって、太郎は、恩人…
いや、
人間ではなく、猿だから、恩猿だった…
だから、なにが、あっても、私にとって、太郎は、大切だった…
が、
不思議だった…
それまで、おとなしかった太郎が、なぜ、いきなり、葉問に対して、敵対心をむき出しにするのか?
不思議だったのだ…
正直、わけが、わからんかった…
まさか、太郎は、いきなり、腹が空いたわけでも、あるまい…
腹が空いたから、機嫌が悪くなって、葉問に、襲いかかろうとしたわけでは、あるまい…
私は、思った…
そして、葉問とリンダの顔を見た…
二人の反応を見たかったからだ…
リンダは、この矢田と同じく、不思議そうだった…
「…一体、どうしちゃったんだろ? …このお猿さん…」
と、言って、不思議そうに、太郎を見た…
対照的に、葉問は、太郎を見て、ただ、笑っていた…
これまで、同様、ただ、笑っていたのだ…
私は、意味が、わからんかった…
意味が、わからんかったのだ…
結局、その後、私は、太郎を抱いたまま、葉問と、家に、帰った…
葉問は、直接、クルマを運転して、リンダの家にやって来たのだった…
葉問=葉尊だから、ホントは、金があるのだから、会社の運転手を使って、来れば、いいのだろうが、やはり、それは、嫌なのだろう…
なにしろ、プライベートだ…
会社のクルマを使ったり、運転手を使うのが、嫌だったのだろう…
自分で、運転して、やって来たのだった…
私は、助手席に座り、太郎を抱いたままだった…
まるで、ぬいぐるみのように、太郎を抱いたままだった…
クルマが走り出すと、葉問が、
「…お姉さん…」
と、私に話しかけてきた…
「…葉尊のことは、どうします?…」
「…どういう意味だ?…」
「…お姉さんは、葉尊に内緒で、家を飛び出してきたんでしょ?…」
「…そうさ…」
「…だったら、葉尊と、顔を会わせれば、葉尊に謝らなければ、ならないでしょ?…」
「…そうさ…」
「…で、どうします?…」
「…どうするって?…」
「…お姉さんも、気まずいでしょ?…」
私は、なにも、言わんかった…
「…」
と、無言だった…
が、
葉問は、しつこかった…
「…お姉さん…」
と、何度も、言った…
だから、私は、ブチ切れた…
「…いい加減にしろ、葉尊!…」
と、ブチ切れた…
「…葉尊? …お姉さん、なにを、一体?…ボクは、葉問です…」
「…ウソは、言わんでいいさ…オマエは、葉尊さ…」
「…なにを、根拠に、一体?…」
「…太郎が、教えてくれたのさ…」
「…この猿が?…」
「…そうさ…」
「…この猿が、なにを、お姉さんに、教えてくれたんですか?…」
「…さっき、太郎が、いきなり、葉尊…オマエに、キー、キーと、鳴いて、襲いかかろうとしただろ?…」
「…ハイ…」
「…アレで、気付いたのさ…」
「…どういう意味ですか?…」
「…中身が、変わったことに、気付いたのさ…」
「…中身が、変わった?…」
「…要するに、葉尊…オマエと、葉問が、入れ替わったことに、気付いたのさ…」
「…」
「…太郎は、バカじゃないさ…バカなら、私といっしょに、大道芸は、できないさ…お客さんを喜ばすことは、できないさ…」
「…」
「…きっと、葉問が、気を利かせたんだろ? …家に帰ってから、私が、葉尊…オマエに会えば、気まずくなる…だから、このタイミングで、葉尊…オマエと入れ替われば、いいと、考えたんだろ? …違うか?…」
私は、隣で、ハンドルを握る葉尊に聞いた…
が、
葉尊は、答えんかった…
なにも、言わんかった…
しかしながら、なにも、言わんことが、かえって、私の指摘が、真実であることを、証明した…
そして、それ以上、私も、葉尊を追求することは、なかった…
私は、自分から、
「…葉尊…すまんかったさ…」
と、詫びた…
頭を下げて、詫びた…
やはり、今度のことは、私が、悪い…
この矢田が悪い…
夫の葉尊になにも告げず、家を飛び出した、この矢田が、悪い…
私は、心の底から、そう思ったので、素直に、葉尊に詫びることにした…
が、
葉尊は、反応しなかった…
微動だに、しなかった…
だから、私は、
「…どうした?…葉尊?…」
と、聞いた…
聞かずには、いられんかったからだ…
すると、だ…
葉尊が、おもむろに、口を開いた…
「…お姉さんが、羨ましい…」
と、口を開いて、言った…
私には、なにが、なんだか、わからんかった…
話の前後の脈絡が、なにも、なかったからだ…
が、
私の夫が、言った言葉だ…
「…一体、なにが、羨ましいんだ?…」
と、聞いた…
ホントは、聞きたくなかったが、勝手に、家を飛び出した負い目がある…
だから、聞かずには、いられんかった…
「…アムンゼン殿下…」
「…殿下が、どうかしたのか?…」
「…あれほどの人物に、容易に気に入られる…」
「…それは、偶然、私と気が合っただけさ…」
「…いえ、偶然じゃ、ありません…」
「…じゃ、なんだと言うんだ?…」
「…必然です…」
「…必然だと?…」
「…そうです…お姉さんと知り合えば、誰もが、お姉さんを好きになる…」
…誰もが、私を好きになるだと?…
…そんなバカな?…
ありえん!…
ありえん話だ!…
「…ボクは、お姉さんが、羨ましい…憎いほど、羨ましい…」
ハンドルを握りながら、葉尊が、呟いた…
いや、
激白した…
私は、驚いて、葉尊を見た…
葉尊は、運転しているから、葉尊の横顔を見た…
その顔は、歪んでいた…
悪意で、歪んでいた…
これまで、見たことのない葉尊の顔だった…
これまで、見たことのない、夫の顔だった…
その顔を見て、私の膝に座った太郎が、
「…キー…」
と、鳴いた…
それは、まるで、番犬が吠えているみたいだった…
我が家を守る番犬が、いきなり、現れた、見知らぬ侵入者に、向かって、吠えているみたいだった…




