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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ 大道芸人編  作者: トモサン


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43/87

35歳のシンデレラ 大道芸人編 43

…私が、憎いほど、羨ましいだと?…


 そんな言葉は、初めて聞いた…


 夫の葉尊から、初めて聞いた…


 私は、驚いた…


 同時に、夫の葉尊の真意を探るべく、


 「…私が、羨ましいだと?…」


 と、聞いた…


 「…なにが、羨ましい?…」


 「…お姉さんは、労せずして、誰かも、好かれます…」


 「…どういう意味だ?…」


 「…普通の人間は、誰かに気に入られるのは、その前提として、気に入られようと、努力するものです…」


 「…努力だと?…」


 「…男が、女を好きになれば、プレゼントを贈ったりして、相手に、気に入られようと、相手の気を惹くものです…ですが、お姉さんには、それが、一切ない…にもかかわらず、誰からも、好かれる…誰にも、気に入られる…これは、ありえないことです…」


 「…」


 「…だから、羨ましい…憎いほど、羨ましい…」


 葉尊が、声を振り絞るように、言った…


 私は、驚いた…


 まさに、まさか? だ…


 まさか、自分の夫から、そんなことを、言われるとは、思わんかった…


 思わんかったのだ…


 それになにより、夫の葉尊の、こんな顔は見たことがなかった…


 悪意に満ちた、毒々しい顔だった…


 葉尊は、真面目で、おとなしい男だった…


 少なくとも、私の前で、こんな表情は、見せたことがなかった…


 なかったのだ…


 同時に、気付いた…


 以前、葉問が、言ったことを、思い出した…


 なぜ、葉尊の父親の葉敬が、私を選んだのか?


 その理由だ…


 葉敬は、何度も、言うように、台湾の大実業家…


 一代で、台北筆頭を立ち上げ、大企業に、成長させた、台湾屈指の財界人だ…


 その息子の葉尊が、この日本の平凡な家庭出身の矢田と、結婚すると、聞けば、反対するのが、普通だ…


 が、


 葉敬は、賛成した…


 諸手を上げて、賛成した…


 が、


 それが、私は、謎だった…


 なぜなら、私に誇れるものは、なにもないからだ…


 私は、ルックスも平凡ならば、頭も平凡、生まれも平凡…


 まさに、絵に描いたように、平凡な女だった…


 それが、台湾の大富豪の息子と、結婚する…


 そんな夢のようなことが、あるはずが、なかった…


 なかったのだ…


 が、


 現実だった…


 なにより、私にとって、驚きだったのは、葉尊の父の葉敬が、私と葉尊の結婚に反対しないことだった…


 これは、ありえんことだった…


 どう考えても、ありえんことだった…


 が、


 その謎を解き明かしたのが、葉問だった…


 葉問が、以前、私に言った…


 葉問も、また、なぜ、葉敬が、お姉さんとの結婚を許したのが、謎だったと…


 また、葉敬と葉問は、仲が悪かった…


 当たり前だが、葉問は、存在しない…


 葉尊のカラダに現れた、もうひとつの人格に、過ぎない…


 だから、葉敬にすれば、自分の息子に現れた、もうひとつの人格である、葉問を好きになるはずがなかった…


 葉問は、あっては、ならない存在…


 存在しては、ならない存在だったからだ…


 だから、二人は、犬猿の仲…


 だから、互いに相手の動静が、気になる…


 嫌いは、好きの裏返し…


 嫌いということは、関心があるということだからだ…


 だから、好きの裏返しは、嫌いではなく、無関心…


 関心がないということだ…


 そして、葉問いわく、葉敬が、私を選んだ、理由…


 それは、葉尊を、善人にすることだと言っていた…


 いや、


 正確には、葉尊から、悪の心を取り除くことだと、言っていた…


 葉尊は、誰が見ても、真面目で、おとなしい…


 が、


 その姿は、葉尊のすべてではない…


 葉尊の心には、ジキルとハイドではないが、悪の心が巣くっている…


 それは、葉尊が、幼い頃、事故で、双子の弟の葉問を、亡くしたことで、明らか…


 幼い葉尊が、双子の弟の葉問にした、ちょっとしたイタズラが、原因で、葉問が、死んだ…


 葉問の死に心を痛めた葉尊は、いつからか、自分の中に、もうひとつの人格を作り出した…


 それが、葉問だった…


 つまりは、自分の仕掛けたイタズラが、原因で、死んだ、双子の弟の葉問を、葉尊は、自力で、生き返らせたのだ…


 が、


 問題は、そこではない…


 なぜ、葉尊が、弟の死を招くようなイタズラを葉問に仕掛けたか? だ…


 そして、それを、葉尊の父の葉敬は、葉尊の性格だと見抜いた…


 真面目で、おとなしい葉尊の裏にある、邪悪な心だと見抜いた…


 それゆえ、葉敬は、私を選んだのでは?


 と、いうのが、葉問の考えだった…


 葉問が、言うには、私といることで、葉尊は、変わる…


 葉尊の心の奥にある、邪悪な心を、なくすことができる…


 それが、目的で、葉敬は、私を選んだ…


 この矢田を選んだのでは?


 というのが、葉問の見立てだった…


 私は、驚いた…


 まさに、まさか? だ…


 そんなことは、考えたことは、なかったからだ…


 が、


 私は、今、悪意に歪んだ葉尊の顔を見て、そんなことを、思い出した…


 以前、葉問が、私に言ったことを、思い出した…


 そして、私は、ブルった…


 夫の葉尊の、変貌を目の当たりにして、ブルった…


 たしかに、葉問から、聞いてはいたが、眉唾ものというか…


 どこかで、葉問の言葉を信じていなかった…


 が、


 今の葉尊の顔を見て、それが、ウソではないことに、気付いた…


 気付いたのだ…


 そして、そんな葉尊の顔を目の当たりにして、私は、どうしていいか、わからんかった…


 この矢田は、どうしていいか、わからんかった…


 実は、この矢田は、結構、気が小さい…


 いわゆる長い物には巻かれるタイプだ…


 自分より、強い人間には、逆らわんタイプだった…


 が、


 それは、謝れば、許してくれると、思う相手だから…


 が、


 この葉尊には、ムリ…


 謝れば、許してくれる相手ではないことが、直観で、わかった…


 だから、私は、ビビった…


 どうして、いいか、わからんかったからだ…


 すると、だ…


 太郎が、いきなり、暴れ出した…


 私の膝の上に乗った太郎が、いきなり、暴れ出した…


 「…キー…キー…」


 と、鳴き出した…


 私は、慌てて、


 「…いかんさ…太郎…暴れちゃいかんさ…」


 と、言って、ギュッと、太郎を抱き締めた…


 ホントなら、私が、太郎の代わりに、暴れ出したいくらいだった…


 ホントなら、私が、太郎の代わりに、この場から、暴れて、逃げ出したいくらいだった…


 私は、必死になって、太郎を抱き締めた…


 こんなところで、太郎が暴れ出したら、たまらんからだ…


 「…太郎…こらえてくれ…」


 私は、言って、太郎を抱き締めた…


 太郎を抱き締め続けた…


 すると、太郎が、徐々に、落ち着いた…


 私は、ホッとした…


 心の底から、ホッとした…


 そして、ホッとすると、今度は、葉尊が、気になった…


 おそらく、今、太郎が、


 「…キー、キー…」


 と、鳴き出したのは、私を守ろうとしたため…


 葉尊が、変貌して、邪悪な心を見せたためだと、気付いた…


 が、


 その太郎は、私の心が通じたのか?


 おとなしくなった…


 いや、


 そうではない…


 もしかしたら、葉尊から、邪悪な心が消えたのでは?


 ふと、思った…


 だから、太郎が、鳴き止んだのでは?


 ふと、気付いた…


 そして、そんなふうに、気付くと、私は、恐る恐る葉尊を見た…


 ハンドルを握る葉尊を見た…


 葉尊は、もう、なにも言わず、ハンドルを握ったままだった…


 なにも、言わず、黙って、ハンドルを握って、運転に集中していた…


 つい、今さっき、この矢田に向かって、悪意に満ち満ちた表情を見せたのは、ウソのようだった…


 まるで、今にも、私に襲いかかるとまでは、言えんが、私を呪詛するような、表情だったのは、ウソのようだった…


 まるで、私を呪うような表情だったのは、ウソのようだった…


 私は、思った…


 同時に、一体、私が、なにを、したというんだ?


 私は、思った…


 が、


 葉尊の言葉を、そのまま、信じるならば、葉尊は、私が、羨ましいと、いう…


 労せずして、他人に好かれる、この私が、羨ましいと、いう…


 私は、考えた…


 たしかに、それが、真実ならば、羨ましいと、思う人間も、いるかもしれない…


 私は、思った…


 人間は、嫉妬の生き物…


 自分にないものを、他人が、持っていれば、羨ましがる人間も、多い…


 美人を見て、周囲の男が、皆、憧れるのを目の当たりにして、女なら、自分も、美人に生まれたかったと、思うのは、最たる実例だろう…


 これは、男も同じ…


 カッコよい男の周りには、女が、集まるものだ…


 男も女もルックスが良く生まれれば、異性にモテる…


 だから、それを羨む人間は、一定数いる…


 そして、それに嫉妬して、美人やイケメンの悪口をいうものも、また一定数いるものだ(笑)…


 また、下手をすれば、それが、悪口にとどまらず、イジメになる…


 とにかく、自分より、優れているのが、許せないからだ…


 そして、それは、どんな社会にも、起こりうる…


 会社に入れば、高卒の人間が、大卒の人間を羨んで、イジメに走るのは、枚挙にいとまがない…


 自分が、出世できないから、出世するかも、しれない人間をイジメる…


 その根底には、コンプレックスがある…


 拭い難いコンプレックスがある…


 自分が、頭では、勝てないのだから、諦めれば、いいのだが、それが、できない…


 そういう人間は、どこの世界でも、一定数いるものだ…


 が


 それが、この矢田にも当てはまるのか?


 と、言えば、大きな疑問…


 疑問だ(爆笑)…


 たしかに、葉尊の言う通り、この矢田は、少しばかり、ひとに、好かれるのかも、しれん…


 が、


 この矢田は、自分でいうのも、なんだが、美人では、ない…


 また、威厳もない…


 平凡中の平凡…


 道端で会っても、誰もが、気に留める人間ではない…


 だから、葉尊のいうことも、わからんではないが、どうしても、納得できんかった…


 やはり、誰もが、美人だったり、頭が、良かったり、金持ちに生まれたりと、わかりやすい、事例に嫉妬するものだからだ…


 葉尊が、いうように、私が、誰にも好かれるとしても、それで、私を嫉妬するとは、どうしても、思えんかった…


 私は、考えた…


 そして、そんなことを、考えていると、まもなく、自宅のマンションに到着した…


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