35歳のシンデレラ 大道芸人編 4
結局、ひとのいい私は、今回も、リンダとバニラの口車に乗せられたというか…
正直、納得ができんかったが、いつものことだった…
やはり、私は、ひとが、良すぎるのだろうか?
悩んだ…
そして、夜になって、帰宅した夫の葉尊に、その悩みを打ち明けた…
「…なあ、葉尊?…」
「…なんですか? …お姉さん?…」
「…私は、ひとが、良すぎると思うか?…」
「…なんですか? …いきなり?…」
「…実は、昼間、リンダとバニラが、この家にやって来て…いつのまにか、話の流れで、マリアが、保育園で、動物園に行くのに、私が、保護者として、ついてゆくことになってな…」
「…お姉さんが、保護者として? …一体、どうしてですか?…」
「…保育園で、動物園に行くのに、保護者が参加するのが、不可欠なのさ…そして、その日は、どうしても、バニラの都合が、つかんらしい…」
私が、言うと、葉尊が、ニヤリと笑った…
だから、
「…葉尊…なんだ? …その笑いは?…」
と、聞いた…
「…お姉さん…バニラにはめられましたね?…」
「…なんだと? …はめられた? …どういう意味だ?…」
「…バニラは、有名人…バニラが、マリアの保育園の行事に、参加するわけがないじゃないですか? …それでは、目立ってしまう…」
「…でも、マリアの通う保育園は、世界中のセレブの子弟が集まる保育園だゾ…日本に駐在する大使の子弟も大勢集まるし、外資系の会社の幹部の子弟も、いっぱいいる…だから、仮に、バニラが、変装して、行けば、目立たないんじゃないか? …それに、セレブは、口が堅い…もし、バレても、誰も、世間に言わないんじゃ?…」
私が、言うと、葉尊が、ゆっくりと、首を横に振った…
だから、私は、
「…どうしてだ?…」
と、聞いた…
「…どうして、ダメなんだ?…」
「…バニラは、用心深いんです…」
「…用心深い?…」
「…ハイ…お姉さんが、言うことは、わかります…マリアの通う保育園は、セレブ専用…通うのは、日本に在住する世界のセレブの子弟です…彼らは、情報の漏洩に敏感です…極力、自分のプライベートが、外部に漏れるのを、恐れる…そして、それゆえ、セレブ専用の保育園に通う…セレブ専用の保育園は、彼ら彼女ら、セレブが、極端に、プライベートを明かさない理由が、よくわかっている…セレブは、お金や権力を持っている…だから、余計に用心する…自分の子供を誘拐されたり、自宅を突きとめられ、強盗に入られでも、したら、困るからです…」
葉尊が、説明した…
私は、驚いた…
そんな話は、初めて、聞いたからだ…
たしかに、葉尊の言うことは、わかる…
金持ちほど、用心深くなる…
なぜなら、金があるからだ…
今、葉尊が、言ったように、子供を誘拐されたり、自宅を知られて、強盗に入られでもしたら、堪ったものではない…
だから、余計に用心深くなる…
そして、セレブの通う保育園の関係者は、それが、わかっている…
そんなセレブの事情を熟知している…
だから、情報漏洩に慎重になるのだろう…
しかし、それにしても、だ…
あのバニラが、そんなに、用心深いとは、思いもしなかった…
今、葉尊が言ったように、マリアの通う保育園は、情報漏洩がないように、しっかり、している…
にも、かかわらず、あのバニラは、自分が、顔を出しては、マズいと思うほど、用心深いとは…
うーむ…
わからん…
あのバカ、バニラが、そこまで、用心深いとは?
私は、首をひねった…
そして、そんな私の様子を見た葉尊が、
「…お姉さん…一体、なにを悩んでいるんですか?…」
と、聞いて来た…
「…バニラのことさ…」
「…バニラのこと?…」
「…そうさ…オマエの言うことは、わかるが、バニラは、私に対しては、いつも、無防備というか…全然、そんな態度は、取らんゾ…」
「…それは、相手が、お姉さんだからです…」
「…私だから?…」
「…バニラは、お姉さんを全面的に信頼してます…だから、いつも、バニラは、お姉さんには、言いたいことを言い、やりたいことをやるでしょ? 他人の前には、決して見せない素の姿を見せる…お姉さんを心の底から、信頼しているからです…」
「…そうか…」
「…リンダにしても、それは、同じです…」
「…同じ?…」
「…リンダは、バニラ以上の有名人です…だから、バニラ以上に、用心深い…」
「…バニラ以上に、用心深いだと?…」
「…そうです…でも、リンダも、バニラ同様、お姉さんには、素の姿を見せます…お姉さんを信頼しているからです…」
「…私を信頼?…」
「…そうです…ひとは、誰でも、無意識に、出会った相手を評価するものです…例えば、リンダやバニラを見れば、美人だなとか…頭が、良さそうだなとか…とにかく、出会った人間を、なんとなく、評価する…お姉さんも、同じでしょ?…」
「…たしかに、それは、そうだが…」
「…そして、信頼できるひとと、いうのは、案外少ないものです…まして、リンダやバニラは世界的な有名人…たくさんのひとを見ています…たくさんのひとを、評価しています…その二人が、お姉さんを、信頼できる人間と、評価しているんです…だから、お姉さんは、素晴らしいひとなんです…」
話が、いつのまにか、私を持ち上げる話になった…
この葉尊と話していると、いつも、そうだ…
なぜか、いつも、この矢田を持ち上げる…
夫が、私を持ち上げてくれるのは、嬉しいが、どうも、今一つ、釈然とせん…
それは、葉尊が、私を持ち上げ過ぎるからだ…
私は、欠点だらけの人間だ…
それが、誰よりも、よくわかっている…
リンダやバニラのような美貌は、まったくないし、頭も平凡、生まれも、平凡…
いわば、平凡の極み…
それが、私だ…
矢田トモコだ…
だから、ハッキリ言えば、大勢の人間の中に、埋没する人間…
取り立てて、取り柄のない人間だから、仕方がないといえば、仕方がない(涙)…
それが、自分でも、十分過ぎるほど、わかっているから、いかに、夫の葉尊の言葉とは、いえ、信用できん…
真逆に、なにか、理由があるのか? と、勘ぐってしまう…
邪推してしまう…
私を、持ち上げて、なにか、良いことがあるのか? と、邪推してしまう…
私は、そんなことを、考えながらも、
「…そういえば、近々、お義父さんが、やって来るそうだな…」
と、葉尊に聞いた…
葉尊は、驚いた…
「…お姉さん、情報が速いですね…誰から、聞きました?…」
「…たしか、リンダからさ…昼間、この家に来た時に…」
「…そうですか?…」
「…なにか、あるのか?…」
「…いえ、別に、ただの仕事の関係です…それに、父は、マリアと会うのを楽しみにしています…なんといっても、血が繋がった実の父子ですから…」
「…そうだな…」
「…それと、お姉さんに会うのも…」
「…私に会うのも? …どうしてだ?…」
「…お姉さんは、父のお気に入りなんです…ひょっとしたら、マリアよりも、お姉さんの方が、好きだと、思うくらい、父は、お姉さんを気に入ってます…」
「…ウソだろ?…」
「…いえ、ホントです…」
「…そんなバカな?…」
「…お姉さんが、そう思うのは、無理からぬことですが、事実です…」
「…」
「…おそらく、お姉さんは、おおげさに言えば、父の理想なのかも、しれません…」
「…お義父さんの理想?…」
「…お姉さんは、誰からも、愛される…」
「…それが、どうして、お義父さんの理想なんだ?…」
「…父は、他人様から、憎まれることが、多いからです…」
「…お義父さんが、憎まれる?…」
「…ハイ…父は、経営者です…ですから、会社を経営する上で、他社と、競争になります…父の経営する台北筆頭が、大きくなるにつれ、潰れた同業者は、数知れず…当たり前ですが、潰れた会社の経営者や、その会社の従業員の中には、父を憎んでいる人間も、多いでしょう…」
「…そんなことが?…」
「…会社の経営は、きれいごとでは、ありません…台北筆頭の中でも、使えないと思った従業員を切ったりして、父を、会社で、憎んでいる人間も、数多くいるでしょう…」
「…たしかに…」
「…つまり、父の成功は、そんな、父を憎んだ人間を増やすことに、繋がった…いや、繋がざるを得なかった…」
「…」
「…そして、父は、心の底では、そんなことが、嫌で、嫌で、堪らなかったのだと、思います…それが、お姉さんに会った…」
「…私に会った?…」
「…お姉さんは、暖かい…」
「…私が、暖かい?…」
「…お姉さんといると、いつも、なんだか、楽しくなる…季節で言えば、小春日和というか…心もカラダも、ホッとする…」
葉尊が、言った…
私は、それを聞きながら、ふと、疑問に思った…
目の前の夫の葉尊が、果たして、こんなふうに、うまく、私を褒められるのか?
疑問に思ったのだ…
だから、
「…オマエ、葉尊ではないな?…」
と、突然、言った…
「…葉問か?…」
私が、言うと、目の前の葉尊、いや、葉問が、ニヤリと、笑った…
そして、その瞬間、葉尊の生真面目な、顔から、突然、葉問の、なんとなく、ニヒルというか…
陰のあるキャラに代わった…
陰キャラに代わった…
葉尊は、正統派というか…
生真面目な印象のイケメン…
それに比べ、葉問は、遊び人というか…
ヤンキー臭い…
だから、同じ顔なのに、まるっきり別人になる…
葉問は、葉尊のもう一つの人格…
幼い頃に、葉尊が、自分のいたずらで、双子の弟の葉問を、事故で、亡くした…
それを、悩んだ、葉尊が、無意識に作り出した、もう一つの人格…
それが、葉問だった…
つまりは、葉尊は、自分が、事故で、殺した双子の弟の葉問を、無意識に、自分の中で、作り出したといえる…
つまり、葉尊は、自分の力で、葉問を生き返らせたのだ…
「…よく、わかりましたね・…お姉さん?…」
葉問が、不敵に笑った…
葉尊が、葉問になる…
すると、同じ顔なのに、これほど、違うのか?
と、思うほど、雰囲気が、変わって来る…
要するに人柄…
人柄=中身が、変われば、同じ顔をしていても、まるっきり別人になる…
その見本だった…
「…よくわかるだと? …当り前さ…私は、葉尊の妻さ…夫のことが、わからないと、思われちゃ、困るさ…」
「…その通りです…」
葉問が、不敵に笑った…
ホントのところは、偶然というか…
葉尊が、立て板に水というか、あまりにも、うまくしゃべるものだから、おかしいと、気付いた…
葉尊は、そんなに、しゃべりも、うまくない…
絵に描いたような、実直で、真面目な印象…
そして、葉問は、ヤンキー臭いが、何事も器用にこなす…
つまりは、葉問が、実のところ、能力では、葉尊を上回っている…
能力は、葉問の方が上…
しかし、葉尊の方が、誰が見ても、真面目で、実直な人柄ゆえに、周囲から、信頼を得られる…
そういうことだ…
いわば、この葉尊と、葉問は、コインの表と裏…
葉尊が、コインの表なら、葉問は、コインの裏…
二人で、一人と言えば、おおげさだが、それぞれが、自分の足りない部分を補っている印象だし、事実、その通りになっている…
この矢田の危機のときには、何度か、この葉問が、助けてくれた…
この葉問は、ヤンキー上がり…
ケンカに強い…
だから、誰かと、ケンカに巻き込まれたときは、颯爽と現れ、この矢田を助けてくれた…
これは、夫の葉尊には、できないこと…
だから、葉問が、矢田を助けたともいえる…
そして、この二人を考えるとき、つくづく思うのは、ひとには、得手不得手があるということ…
なにより、役割があることだと、思う…
真面目な葉尊に、暴力は、似合わないし、ヤンキー臭い葉問に、大会社の経営者は、似合わない…
葉尊は、日本の総合電機メーカー、クールのCEО(最高責任者)…
だから、適職というか…
それぞれが、自分の持ち味を生かせた仕事と言うか…
自分の適性にあった立場に着くのが、正解だし、なにより、本人も、その方が、生きやすいし、その立場で、自分を生かすことができる…
自分の才能を生かすことができる…
最近は、この矢田も歳をとったせいか、つくづく、そう思う…
そして、そんなことを、考えたときに、ふと、気付いた…
たった今、この葉問が、私の前に現れた意味を、だ…
もしや?
もしや?
葉尊の父、葉敬が、まもなく来日するが、なにか、トラブルでも、あるのか?
そう、思ったのだ?
この葉問は、トラブルに強いというか…
暴力沙汰に強い…
だから、そのトラブルに対処するため、現れた…
そう、気付いたのだ…
そして、その可能性に気付いた私は、
「…お義父さん…葉敬の来日になにか、トラブルの予兆でもあるのか?…」
と、直球で、目の前の葉問に聞いた…
すると、目の前の葉問が、不敵に笑った…
実に、意味深に笑った…




