35歳のシンデレラ 大道芸人編 3
このバカ、バニラは、バカだ…
正真正銘のバカだ…
おまけに、ずる賢い…
だから、そんなバニラが、娘のマリアのためとはいえ、こうも簡単に、私に頭を下げるわけがなかった…
だから、なにか、魂胆がある…
なにか、下心がある…
きっと、ある…
私は、それに、気付いた…
だから、私は、バニラの前で、腕を組み、
「…なにが、目的だ?…」
と、聞いて、やった…
「…目的?…」
「…そうさ…オマエが、この矢田に、こうも、簡単に頭を下げるわけがないさ…なにか、目的があるに決まってるさ…」
私が、自信たっぷりに、言うと、バニラが黙った…
だから、私は、さらに念を押した…
「…オマエはダメな女だ…だが、そんなオマエでも、ひとつだけ、いいことがある…」
「…ひとつだけ?…」
「…マリアを可愛がることさ…自分の娘を溺愛することさ…いまどきの若い娘の中には、自分の産んだ娘よりも、男を取るヤツも、いるさ…それに比べれば、オマエは偉いさ…」
私が、言ってやった…
すると、だ…
いつのまにか、バニラが、土下座したまま、私を見上げていた…
その青く、美しい目で、私を見つめていた…
ジッと、見つめていた…
が、
私は、負けるわけには、いかんかった…
だから、私は、バニラに対抗すべく、カッと、目を開いた…
私の細い目を最大限に開いて、このバニラに対抗しようとしたのだ…
最大限に見開いた、私の黒く大きな目と、バニラの、青い大きな目が、またも、ぶつかった…
またも、衝突したのだ…
すると、だ…
今度も、
「…矢田ちゃん、面白い…」
と、いうマリアの声がした…
「…なんだと? …なにが、面白いのさ…」
私は、マリアに聞いて、やった…
「…だって、矢田ちゃん、ママとにらめっこしているんでしょ?…」
「…にらめっこだと?…」
「…ウン…マリアも、ときどき、ママとにらめっこするんだよ…」
もはや、私は、どう言っていいか、わからんかった…
これは、にらめっこではない!
このバニラにガンを飛ばしてるのさ!
私は、言ってやりたかった…
普通は、ガンを飛ばすのは、目を細くするのが、鉄則だが、私は、せんかった…
私の細い目を、さらに、細めて、以前、このバニラに、バカにされた過去があるからだった…
だから、今回は、真逆に、目を大きくしたのだ…
カッと、目を大きく見開いて、バニラを見た…
バニラにガンを飛ばした…
そういうことだ…
私とバニラの視線が、空中で、バチバチとぶつかった…
まるで、花火が、散るようだった…
「…二人とも、もう、いい加減にしたら…」
またも、リンダが、口を挟んだ…
「…とくに、バニラ…アナタも、このお姉さんに、頼みたいことがあるんでしょ?…」
「…なんだと、頼みたいことだと?…」
私は、言った…
そして、すぐに、
「…金は、ダメだゾ…金の相談には、乗れんゾ…」
と、釘を刺した…
「…どうして、お姉さん…お金の相談になるの?…」
リンダが、呆れたように、言った…
「…バカ、この世の中に、相談事といったら、金以外にあるか?…」
私は、言ってやった…
「…そんなことない…」
「…あるさ…」
「…ない…」
「…金以外の相談は、たいした相談じゃないさ…金は、生きる基本さ…生きる根底さ…リンダ…オマエは、昔、葉尊の父親の葉敬に世話になっていたと、言っていたな…にもかかわらず、そんなことが、わからないとは、言わせんゾ…」
私は、断言した…
すると、どうだ?
それまで、自信満々に、私の発言を否定していたリンダが、黙った…
黙って、この矢田を睨みつけた…
私は、怖かった…
バニラに、睨まれたよりも、ずっと、怖かった…
それは、なぜか?
バニラに睨まれるよりも、リンダの方が、迫力があったからだ…
バニラは、言葉は、悪いが、クソガキ…
わけのわからんクソガキが、この矢田に盾突いているに、過ぎん…
が、
このリンダは違う…
クソガキではない…
酸いも甘いも嚙み分けた、大人…
立派な大人だった…
その大人が、私を睨むものだから、かえって怖かったのだ…
いつのまにか、私の敵が、バニラから、リンダに代わった…
正直、わけがわからんかった…
私と、リンダが、睨み合っていると、バニラが、当惑した…
バニラが、戸惑った…
土下座したまま、リンダの方に、向き、
「…ちょっと、リンダ…」
と、リンダに、言った…
「…止めなよ…リンダ…」
しかし、リンダは、それでも、この矢田を睨むのを、止めんかった…
だから、私も、リンダを睨み返した…
いつのまにか、このリンダと矢田の闘いになった…
すると、だ…
またも、マリアが、
「…矢田ちゃん…今度は、ママじゃなく、リンダと、にらめっこしてるの?…」
と、聞いて来た…
私は、
「…違うさ…」
と、短く言った…
そして、その私の言葉を聞いてから、
「…まったく、このお姉さんは…」
と、リンダが、ため息をついて、私を睨むのを、止めた…
「…ときどき、すごくまともなことを、言う…いつもは、わけのわからないことを、言ってばかりいるのに、こっちが反論できないことを、言う…」
「…わけのわからんことだと?…」
「…お金は、大切…それ以上に、大切なことは、なに一つない…愛も友情もなくても、生きて行けるけれども、お金がなくては、生きて行けない…」
リンダが、しんみりと言う…
「…まったく、このお姉さんには、驚かされる…ホント、ときどき、至極真っ当なことを、言う…誰にも、反論できないことを言う…」
リンダが、言うと、バニラも、また、黙った…
そういえば、このバニラも同じ…
元は、アメリカの貧乏な家庭で、育ったと、聞いている…
それが、ひょんなことから、モデルになり、アメリカンドリームを掴んだ…
モデルとして、成功した…
だから、だろう…
バニラも、また、リンダと、同じく、神妙な顔をしていた…
それまでの、尖ったヤンキー臭い表情から、一変して、まるで、教会で、牧師の言葉を聞いているかのように、神妙な表情に変わった…
「…お姉さんに、従います…」
バニラが、まるで、教会で、神父か、なにかに、言うように、この矢田に接した…
「…ですから、このバニラの頼みを聞いて下さい…」
バニラが、神妙な顔で、訴えた…
だから、私もまた腕を組み、
「…なんだ?…」
と、言ってやった…
腕を組んだのは、威厳を出すため…
普段、この矢田は、威厳とは、無関係の人間…
なんの威厳もない…
だから、腕を組むことで、少しでも、威厳を出そうとしたのだ…
はっきり言えば、偉く見えるようにしたのだ…
「…動物園に、行ってもらいんです…」
「…動物園だと?…」
「…ハイ…来週、マリアが、保育園の行事で、動物園に行くんですが、そのときに、保護者も、同伴しなければ、ならない決まりなんです…でも、その日は、どうしても、はずせない仕事があって…」
バニラが、塩らしく言った…
私は、腕を組んだまま、
「…そうか?…」
と、だけ、言った…
それから、
「…動物園か…」
と、だけ、付け足した…
別に、意味は、なかった…
が、
その直後に、マリアが、
「…矢田ちゃん…動物園は、嫌い?…」
と、聞いて来た…
だから、私は、とっさに、
「…嫌いじゃないさ…」
と、答えた…
「…でもな…」
「…でも、なに?…」
「…私も、忙しいのさ…」
私は、言った…
ホントは、忙しくもなんともないが、わざと、そう言った…
私は、そういう人間だ(笑)…
「…矢田ちゃん、なにが、忙しいの?…」
と、マリアが、聞いて来た…
「…いろいろさ…」
私は、答えた…
「…いろいろって?…」
「…いろいろは、いろいろさ…」
「…でも、そのいろいろって…」
と、マリアが、しつこく、聞いて来た…
私は、頭に来た…
いちいち、しつこすぎる…
子供とは、いえ、我慢がならなかった…
だから、
「…マリア…」
と、怒って、呼びかけようとすると、まるで、私の機先を制する形で、
「…お姉さん…」
と、バニラが、またも、私に向かって、土下座した…
「…お姉さんが、忙しいのは、重々承知してます…ですが、その忙しい予定をなんとか、やりくりして、マリアを動物園に連れて行って、もらえませんか?…」
「…ダメさ…」
「…どうして、ダメなんですか?…」
「…バニラ、普段のオマエの私に対する態度を胸に手を当てて、考えてみれば、いいさ…」
「…胸に手を当てて?…」
「…そうさ…」
私が、言うと、バニラは、押し黙った…
普段の私に対する、数々の非礼を思い出したに違いなかった…
しょせんは、ヤンキー上がり…
この矢田トモコ様に勝てるわけがなかった…
すると、だ…
リンダが、
「…お姉さん…」
と、横から、口を挟んだ…
「…なんだ?…」
「…もうすぐ葉敬が、来日するわ…」
「…それは、さっき聞いたさ…」
「…きっと、葉敬も喜ぶわ…」
「…お義父さんが、喜ぶ? どうしてだ?…」
「…お姉さんが、マリアを動物園に連れて行けば、葉敬もきっと、喜ぶ…なにしろ、マリアは、葉敬の娘だもの…」
リンダが、笑いながら、言った…
私は、それを、聞いて、
…しまった…
と、思った…
その点を忘れていた…
このマリアの父親は、葉敬…
私の夫の葉尊の父親だ…
台湾の大実業家だ…
だから、今、このマリアを動物園に連れて行けば、葉敬に喜ばれる…
葉敬に、恩を売ることができる…
それでなくても、葉敬は、なぜか、いつも、私に優しい…
なぜか、わからんが、私に優しい…
…これは、葉敬に恩を売る絶好の機会…
私が、マリアを動物園に連れて行けば、
「…さすが、お姉さん…ありがとうございます…」
と、私に礼を言うに違いない…
私は、すっかり、それを忘れていた…
だから、急いで、
「…行ってやっても、いいさ…」
と、言った…
「…ホントですか?…お姉さん?…」
バニラが、私の前で、土下座した姿勢のまま、頭だげ、上げて、私を見た…
「…考えてみれば、たいした用事でもないさ…変更可能さ…」
私は、言ってやった…
すると、なぜか、リンダとバニラが、顔を、見合わせて、ニヤリと笑った…
そして、その二人に、呼応するかのように、
「…矢田ちゃん、調子いい…」
と、マリアが、言った…
「…調子いい? …なにが、だ?…」
「…だって、アタシを、動物園に連れて行って、パパにいい顔をしたいんでしょ?…」
マリアが、言った…
…まさに、その通り…
その通りだったのだ…
私は、とっさに、マリアを睨みつけた…
「…そんなことは、ないさ…」
「…矢田ちゃん?…」
「…なんだ?…」
「…うまく、パパのご機嫌を取ってね?…」
マリアが笑った…
私は、マリアをこの場で、叱り付けたかった…
だが、できんかった…
マリアの背後に、葉敬あり…
マリアは、母親こそ違うが、れっきとした葉尊の妹…
私の夫、葉尊の妹…
だから、ハッキリ言えば、このマリアは、私の義理の妹になる…
私は、あらためて、その事実に気付いた…
気付いたのだ…




