35歳のシンデレラ 大道芸人編 37
「…葉尊…オマエ…どうして、ここが?…」
私は、言った…
思わず、口走った…
が、
私は、そう口走りながらも、夫の葉尊が、このリンダの学生時代からの友人だということを、思い出していた…
いや、
単なる友人どころではない…
二人は、親友だった…
リンダは、最初、私と会ったとき、ヤンと名乗った…
ヤンと、名乗り、男の格好をしていた…
だから、最初、男だと、思った…
当たり前のことだった…
だから、ヤンが、リンダとは、気付かんかった…
ヤン=リンダ・ヘイワースとは、気付かんかった…
そして、こともあろうに、ヤン=リンダとは、気付かん私は、リンダとの決闘を控え、どうすれば、リンダに勝てるか、ヤンに相談した…
今、考えてみれば、まさに、バカの極み…
バカの極みだった(涙)…
これから、決闘する相手に、どうすれば、私が勝てるか、相談していたのだ…
そして、偶然、私の筆跡を見たヤンが、私が、書道が得意であることを、見抜いた…
私は、それまで、書道が、得意であることは、すっかり、忘れていた…
なぜなら、書道を習ったのは、小学生のときだったからだ…
鬼のように、怖い母親に命じられ、嫌々、書道の教室に通った…
まさに、思い出したくもない、私自身の黒歴史に他ならなかったからだ…
結局、私は、書道で、リンダと闘った…
勝負は、互角だった…
っていうか、そもそも、私は、なぜ、リンダと闘わなければ、ならんかったのか?
それは、リンダが、私にケンカを売って来たから…
すでに、説明したように、リンダ=ヤンは、私の夫の葉尊の幼馴染…
その葉尊が、親友のヤン=リンダに一言も、相談せず、勝手に、私と結婚すると聞いて、いてもたってもいられず、ハリウッドから、飛んできたのだ…
そして、私に勝負を挑んだ…
レスリングでも、剣道でも、将棋でも、なんでもいい…
私が、選んだ競技で、勝負すると、断言した…
そして、私に負ければ、金輪際、葉尊には、手を出さないと、約束すると、宣言した…
だから、私は、勝負した…
リンダと闘った…
結果、私は、勝利した…
私は、今、それを、思い出していた…
今さらながら、思い出していた…
「…葉尊…オマエ…」
言いながら、私は、戸惑った…
なにしろ、目の前にいるのは、葉尊だ…
私の夫だ…
その夫と住む、家から、私は、いきなり、逃げ出したのだ…
原因は、すでに、何度も説明したように、バニラ…
バニラ・ルインスキーだった…
私とバニラは、元々、仲が悪い…
バニラが、私をバカにするからだ…
私より、14歳下にも、かかわらず、この私を尊敬しないからだ…
バニラは、世界的に、著名なモデル…
身長も、180㎝ある…
が、
この矢田は、159㎝…
だから、舐められるのかも、しれん…
おまけに、あのバニラは、美人…
この矢田は、平凡だ…
だから、自分より、下に見たのかも、しれん…
そんなわけだから、普段から、私とバニラは、仲が悪かった…
顔を会わせれば、必ずケンカになった…
が、
顔を会わせんわけには、いかんかった…
なぜなら、バニラは、葉尊の父、葉敬の愛人…
葉敬とバニラの間には、マリアという3歳の娘がいる…
だから、嫌でも、ときどきは、顔を会わせんわけには、いかんかった…
そして、十日前、私の怒りが、爆発した…
バカ、バニラと、大げんかになったのだ…
これが、マズかった…
タイミング的に、マズかった…
なぜなら、まもなく、葉敬が、やって来るタイミングだったからだ…
葉敬は、台湾の大企業、台北筆頭の創業社長…
一代で、台北筆頭を世界的な大企業に成長させた、台湾の有名な企業経営者…
台湾では、知らない者は、いない…
その葉敬が、まもなく来日する…
そのタイミングで、あのバカ、バニラと大喧嘩をしたのは、マズかった…
「…クソチビ…オマエなんか、葉敬に、言って、葉尊と離婚させてやる!…」
と、バカ、バニラが、私に啖呵を切った…
こともあろうに、14歳も年上のこの私に向かって、啖呵を切った…
だから、私は、頭に来た…
だから、私は、頭に血が昇って、
「…やれるものなら、やってみれば、いいさ…」
と、バニラに、怒鳴った…
「…真逆に、オマエなんか、お義父さんに言って、台北筆頭から、追い出してやるさ…私が、オマエよりも、もっと、若くて、キレイな女を見つけてきて、お義父さんに紹介してやるさ…そうすれば、オマエなんか、用済みさ…」
私は、言ってやった…
そして、それが、いかんかった…
その言葉が、バニラの怒りに火を点けた…
火を点けたのだ…
きっと、それは、バニラの弱点だったのだろう…
私は、気付かんかったが、バニラの弱点だったのだろう…
バニラは、まだ21歳…
若い…
そして、美しい…
私は、バニラは、嫌いだが、それは、認めざるを得ない…
が、
おそらく、バニラは、それが、わかっている…
自分のウリが、自分の若さと、美しさだけだと、わかっている…
だから、今、私が言ったように、
「…オマエより、若く美しい女を、お義父さんに紹介してやるさ…」
と、目の前で、言われて、頭に来たのだろう…
自分のウリが、若さと美しさしか、ないことが、痛いほど、わかっているからだ…
まして、バニラは、モデル…
自分より、若く、美しい女を、それなりに、見ているに違いない…
バニラは、世界的に有名なモデルだが、バニラよりも、若い女は、いかに、美しくても、まだ無名…
しかし、いずれは、バニラに取って代わる…
誰もが、歳を取るからだ…
それが、痛いほど、わかっているから、私が、
「…オマエよりも、もっと若くて、キレイな女を、お義父さんに紹介してやるさ…」
と、言ったから、頭に来たのだ…
そして、その結果、私は、逃げ出した…
夫の葉尊と住む家から、逃げ出した…
なぜなら、もうすぐ、来日する葉敬に、バニラは、間違いなく、私のことを、言いつけるからだ…
この矢田の悪口を、お義父さんに、言いつけるからだ…
それを、聞いた葉敬は、私を叱るに決まっているからだ…
バニラは、お義父さんの愛人…
この矢田は、お義父さんの息子の葉尊の妻…
つまり、この矢田は、葉敬の義理の娘…
どっちを取るかと言えば、バニラを取るに、決まっているからだ…
それが、わかっているから、この矢田は、逃げ出した…
葉尊と住む、マンションから逃げ出した…
私は、今、目の前に、私の夫の葉尊を見ながら、そんなことを、思い出していた…
思い出していたのだ…
「…すまんかったさ…」
私は、言った…
夫の葉尊に、告げた…
「…葉尊…オマエに一言も告げず、逃げたりして、すまんかったさ…」
私は、葉尊に詫びた…
「…オマエが、心配してくれたのは、わかっていたさ…でも、私は、お義父さんに会わせる顔がなくてな…」
私は、言った…
が、
目の前の葉尊は、なにも、言わんかった…
「…」
と、なにも、言わんかった…
なんの反応もなかった…
「…すまん…許してやってくれ…」
私は、葉尊に頭を下げた…
が、
なんの反応もなかった…
これは、マズい!
私は、思った…
私は、考えた…
葉尊は、私にいまだかつて、こんな態度を取ったことがない…
私が、
「…すまんかったさ…」
と、頭を下げれば、すぐに、許してくれた…
それが?
と、いうことは、どうだ?
葉尊は、それほど、怒っているということか?
私は、思った…
この矢田が、こうまで、頭を下げたにも、かかわらず、怒っているとは?
一体、どうすれば、いい?
私は、悩んだ…
悩んだのだ…
が、
私が悩んでいるのを、見て、葉尊が、笑っているのが、わかった…
唇にうっすらと、笑みを浮かべているのが、わかった…
私は、それを、見て、仰天した…
夫の葉尊が、私に対して、そんなふうな態度を取ったことは、かつてなかったからだ…
そして、気付いた…
目の前の人物が、夫の葉尊でないことに、気付いた…
「…オマエは、葉問?…」
私は、叫んだ…
「…オマエは、葉問だな!…」
と、決めつけた…
決めつけたのだ…
私が、断言すると、目の前の葉問が、笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
そして、
「…お久しぶりです…お姉さん…」
と、告げた…
この葉問…
実は、葉尊の弟…
私の夫、葉尊の双子の弟だ…
だから、外見は、夫の葉尊と瓜二つ…
同一人物に、見える…
が、
雰囲気が違う…
葉尊は、真面目一筋…
それに、比べ、この葉問は、ヤンキー上がりというか…
どことなく、危険な雰囲気がある…
そして、女というものは、その危険な雰囲気に惹かれる女が、一定数いるものだ…
この矢田も例外ではない…
実は、少しばかり、この葉問に惹かれていた…
あくまで、少しばかりだ…
この矢田は、葉問の双子の兄の葉尊の妻…
だから、まさか、夫の弟と、どうにかなることは、できんからだ…
そして、この葉問…
実は、存在しなかった…
実在しなかった…
どういうことかと、言えば、この葉問は、夫の葉尊のもう一つの人格だった…
本物の葉問は、幼いときに、死んだ…
事故で、死んだのだ…
そして、それは、葉尊が、葉問にいたずらをしかけた結果だった…
その結果、葉問の死がトラウマになった葉尊は、自分の中に、葉問を作り出した…
無意識に、自分のカラダを使って、死んだ葉問を、再生させた…
それが、葉問だった…
夫の葉尊のもう一つの人格だった…
そして、この矢田は、なぜか、この葉問と気が合った…
誰にも、言えんが、夫の葉尊とよりも、気が合った…
まさか、これは、口外できん秘密だった…
こともあろうに、夫よりも、夫の弟といる方が、気が合うとは、口が裂けても、言えんかった…
言えんかったのだ…
そして、この葉問…
この葉問は、なぜか、この矢田の味方だった…
この矢田が、葉尊と結婚して、葉尊との関係に悩んでいたときにも、必ず、この矢田の前に現れ、相談に乗ってくれた…
また、この矢田が、ピンチのときにも、必ず、どこからか、現れ、この矢田を救ってくれた…
だからだろう…
この矢田が、夫の葉尊よりも、この葉問に心を奪われるのは、無理からぬことだった…
なぜなら、安心できる…
信頼できる…
この矢田が、ピンチのときは、必ず、現れた…
そして、頼れた…
ヤンキー上がりだから、ケンカに強かったからだ…
が、
その一方で、この葉問は、自分がわかっていた…
自分が、日陰者というか…
あくまで、葉尊が作り出した、もう一つの人格であり、本当は、自分が、存在してはいけないことを、理解していた…
だからだろう…
私は、余計に、この葉問が、好きだったのかも、しれない…
誰もが、そうだろう…
能力があろうとなかろうと、
「…オレが…オレが…」
と、周囲の人間を押しのけて、前に出たい人間を好きな人間は、いない…
それと、同じだ…
そして、大抵は、
「…オレが…オレが…」
と、前に出たい人間ほど、能力が、ない(笑)…
大抵が、自分から、周囲の人間を推しのけて、いかなければ、前に出れない人間が、多い…
それは、なぜか?
本人が意識すると、意識しないとに関わらず、本当は、自分の実力がわかっているのだろう…
だから、前に出る…
黙っていては、集団に埋もれてしまうからだ(笑)…
が、
実力はない(笑)…
だから、出世等は、できない…
例えば、自分は、会社で、言えば、課長になり、部長になり、もしかしたら、それ以上の地位に上がれるかも?
と、思っていても、周囲の人間は、誰も、そうは、見ない…
見るのは、同じような能力の人間だけ…
ハッキリ言えば、高卒だったり、大学が、良くなかったりする人間が、
「…社会に出れば、オレは、早稲田を出たヤツにも、慶応を出たヤツにも、負けない…」
と、豪語する人間たちだ…
要するに、いかにも、自分に都合よく考える人間たちだ(笑)…
私は、それを、思い出した…
そして、そんなふうなことを、考えながら、目の前の葉問を見た…
見たのだ…




