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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ 大道芸人編  作者: トモサン


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38/87

35歳のシンデレラ 大道芸人編 38

「…久しぶりさ…」


 私は、葉問を見上げなら、答えた…


 「…お久しぶりです…」


 葉問が、答える…


 その顔は、実に嬉しそうだった…


 その顔は、実に楽しそうだった…


 だから、私は、言ってやった…


 「…葉問…なんだか、オマエ、嬉しそうだな…」


 「…それは、お姉さんに、こうして、久しぶりに会えましたから…」


 葉問が、返答した…


 私は、内心、


 …コイツは、相変わらず、女あしらいが、うまいな…


 と、思った…


 …相手が、喜ぶことを、言う…


 …相手=女が、喜ぶことを、言う…


 うまく、相手=女を喜ばす術を心得ている…


 ちょっと、いい男に、


 「…今日は、久しぶりに、キミに会えたから、嬉しい…」


 とか、言われれば、女なら、誰もが、天にも昇るほど、嬉しいものだ…


 が、


 そんな手は、この矢田トモコには、通じん…


 葉問、オマエのそんな手は、この矢田トモコは、とっくにお見通しさ…


 私は、思った…


 だから、


 「…葉問…オマエ、相変わらず、女あしらいがうまいな…」


 と、言ってやった…


 が、


 「…お姉さんほどでは、ありません…」


 と、予想外の返答をした…


 「…なんだと?…」


 「…この葉問が、できるのは、女のひとの気持ちをうまく、昂らせるだけ…それに、比べ、お姉さんは、誰にも、好かれます…この葉問には、決して、できないことです…」


 葉問が、笑みを浮かべなら、返した…


 …ああ言えば、こう言う…


 そして、なにより、さらりと相手を持ち上げ、相手を気持ち良くさせる…


 こんな芸当ができるのは、私の知る限り、葉問だけ…


 まさに、葉問だけだった…


 だから、私は、内心、この葉問を、警戒する…


 少しばかり、いい男で、ホントは、この矢田も、少しばかり、惹かれるが、警戒するのだ…


 私は、思った…


 そして、


 「…葉問…今日は、オマエ、なんの用だ?…」


 と、聞いた…


 なぜ、いきなり、この場に現れたのか、疑問だった…


 そして、そう言えば?


 そう言えば、以前、この葉問は、リンダと、恋仲のような場面があったことを、思い出した…


 この葉問は、リンダに対して、なんの気持ちがないようだったが、リンダが、この葉問を好きだったのだ…


 性同一性障害と、告白した、ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースが、この葉問には、メロメロだった…


 まさに、この葉問の前では、女を丸出しにしていた…


 だから、私は、このリンダを信じられんのだ…


 私の怒りの矛先は、またも、リンダに向かった…


 私の大事な太郎を、私から、奪い取ろうとした、リンダに、向かっていた…


 抜群の美貌と、完璧なプロポーションを、持つ、リンダ・ヘイワースが、実は、私は、心は、男と、告白したにも、かかわらず、この葉問の前では、メロメロ…


 女を、丸出しにする…


 だから、信じられんのだ…


 私は、思った…


 思いながら、ふと、気付いた…


 だとしたら、どうだ?


 この葉問は、今、リンダに会いに来たのでは、ないか?


 葉問は、独身…


 ホントは、葉問は、存在しないが、独身だ…


 そして、リンダも、独身…


 決まったパートナーはいない…


 異性の恋人はいない…


 だから、これまで、普段のプライベートの時間は、この矢田と過ごした…


 仕事がない、暇な時間は、この矢田と過ごした…


 私は、それを、考えた…


 そして、葉問が、おそらく、リンダに会いに来たと、気付いた私は、


 「…野暮な質問だったさ…」


 と、言った…


 「…葉問…オマエと、リンダが、恋仲だったことを、私は、忘れていたさ…」


 と、続けた…


 「…ちょうど、私は、今、ここを出て行くところさ…まあ、リンダと仲良くやってくれ…」


 と、私は、言って、部屋を出て行こうとした…


 が、


 葉問が、どかなかった…


 私の前に立ち塞がった…


 私の前に立ったままだった…


 私は、頭に来た…


 「…そこをどけ…葉問!…」


 私は、怒鳴った…


 「…今、私は、機嫌が悪いのさ…ここで、オマエまで、私の邪魔をするな!…」


 私は、怒鳴った…


 すると、葉問が、笑みを浮かべながら、


 「…お姉さん…どうして、機嫌が、悪いんですか?…」


 と、聞いた…


 私は、迷うことなく、


 「…リンダさ…」


 と、言った…


 「…リンダ? …ですか?…」


 「…そうさ…」


 「…リンダが、一体、お姉さんになにをしたんですか?…」


 「…なにをしたか? …だと?…」


 「…ハイ…」


 「…私から、太郎を取り上げようとしたのさ…」


 「…太郎?…」


 「…この猿さ…」


 私は、自分の胸に抱いた太郎を葉問に見せた…


 「…太郎は、私の恩人さ…猿だから、恩猿さ…太郎がいなければ、私は、この十日間、生きてこれなかったさ…」


 「…生きてこれなかった?…」


 「…私は、これまで、この太郎が、大道芸を、観客に見せて、観客からお金をもらって、生きてきたのさ…詳しいことは、リンダに聞いてくれ…」


 私は、葉問に、言って、部屋を出ようとした…


 「…それは、わかりました…でも、お姉さん…行き先は、あるんですか?…」


 「…ないさ…」


 「…だったら、どうして、この部屋から、出てゆくんですか?…」


 「…リンダが、信用できんからさ…」


 「…リンダが、信用できない…」


 「…葉問…オマエは、こうして、リンダを訪ねて来るぐらいだから、あまりリンダの悪口は、言いたくないが、リンダは、信用できん女だ…よく覚えておけ…」


 私は、言って、リンダの家を出ようとした…


 が、


 それでも、まだ、葉問は、私の前に立ち止まったままだった…


 私の前から、動かんかった…


 「…どこをどけ! …葉問…今の私は、機嫌が悪いゾ…」


 「…いえ、どきません…」


 「…なんだと?…」


 「…行き先のないお姉さんを、この部屋から出すわけには、いきません…」


 「…なんだと?…」


 「…お姉さん…頭を冷やして下さい…」


 「…頭を冷やせだと?…」


 「…そうです…今、お姉さんは、大変な状況にあるんですよ…」


 「…大変な状況だと? …一体、どういう状況だ…」


 「…サウジアラビアのゴタゴタです…」


 「…それが、私になんの関係がある?…」


 「…おおありです…」


 …バカな?…


 …なにが、私とサウジアラビアのゴタゴタが、関係がある?…


 相変わらず、おおげさなことを、言う男だ…


 私は、思った…


 だから、この葉問は、うさんくさいんだ…


 私は、考えた…


 たしかに、ちょっとばかり、いい男だが、やはり、うさんくさい男は、ダメだ…


 信用できん…


 なまじ、少しばかり、いい男だと思って、信用すれば、どうなるか、わからん…


 最悪、ソープランドに売りとばされるか?


 なにか、そういう危険な事態になるかも、しれん…


 私は、思った…


 だから、


 「…葉問…オマエは、相変わらず、おおげさな男さ…」


 と、言ってやった…


 「…まあ、もっとも、それが、オマエの手かも、しれんな…」


 「…手? …どういう手ですか?…」


 「…女を口説く手さ…」


 「…どういう意味ですか?…」


 「…女の前で、わざとおおげさなことを、言う…わざと、キミは、今、ピンチだ…大変、危険な状況だと、説明する…」


 「…」


 「…それを、聞いた女が、慌てる…動揺する…そして、それを、見て、初めて、葉問…オマエは、たしかに、大変な状況かも、しれないけれど、ボクに任せておけば、大丈夫とか、なんとか、オマエは、言うのさ…」


 「…」


 「…要するに、葉問…オマエの女を口説く手段さ…だが、この矢田トモコには、オマエのその手は、通用しないさ…」


 私は、断言した…


 自信を、持って、断言した…


 すると、どうだ?


 目の前の葉問が、沈黙した…


 「…」


 と、なにも、言わんかった…


 だから、私の言葉が、正しいと確信した…


 間違ってないと、確信した…


 が、


 違った…


 葉問が笑った…


 ゆっくりと、笑ったのだ…


 私は、頭に来た…


 だから、私は、


 「…葉問…なんだ? …その笑いは?…」


 と、聞いてやった…


 「…私が、なにか、おかしなことを、言ったか?…」


 私が、言うと、葉問は、


 「…」


 と、なにも、言わんかった…


 ただ、笑っていた…


 が、


 私は、その笑いが、気に入らんかった…


 なんだか、私が、バカにされてるように、思えたからだ…


 「…お姉さんが、羨ましい…」


 と、いきなり、葉問が、言った…


 なんだか、わからんかった…


 話の脈絡もなく、いきなり、私が羨ましいなんて? 


 わけがわからんかった…


 「…どういう意味だ? …葉問…なぜ、私が、羨ましい?…」


 「…アムンゼン殿下…」


 これも、いきなり、言った…


 「…アムンゼンが、どうかしたのか?…」


 「…殿下は、お姉さんが、心配で、わざわざ、お姉さんの元に、行きました…」


 「…私が、心配? …どうして、心配なんだ?…」


 「…お姉さんは、有名なんですよ…アラブ世界で?…」


 「…私が、アラブ世界で、有名だと?…」


 「…アラブの女神…」


 いきなり、葉問が、言った…


 「…アラブの女神だと?…」


 「…アラブの至宝と呼ばれた、アムンゼン殿下が、お気に入りの人物…それが、お姉さんだと、知る人には、知られています…」


 …アラブの女神か?…


 そう言えば、たしか、そんなふうに、呼ばれていると、聞いたことがある…


 だが、それは、あくまで、アラブ世界でのこと…


 この矢田は、日本人…


 しかも、今まで、日本を出たこともない…


 外国に、行ったことなど、これまで、一度もない…


 私が、そんなふうなことを、考えていると、


 「…葉問…それ、ちょっと、どういうこと?…」


 と、いう声がした…


 リンダだった…


 「…なにが、どういうことだ?…」


 「…アムンゼンが、お姉さんが、心配だったということよ…」


 「…このお姉さんは、今も言ったように、アラブの女神とアラブ世界で呼ばれ、知る人ぞ、知る存在だ…」


 「…それは、わかっている…でも、どうして、アムンゼンが、お姉さんの身を心配するの?…」


 「…このお姉さんが、アムンゼンのお気に入りだと、一部の人間に知られているからだ…」


 「…でも、それが、どうして、アムンゼンが、このお姉さんの身を心配するの?…」


 「…このお姉さんを取り込めば、アムンゼンを味方につけられるからだ…」


 「…どういう意味?…」


 「…今、サウジアラビアで、現国王と、現国王の父である、前の国王の争いが、始まっている…」


 「…それは、知っている…」


 「…そして、サウジアラビアの王族や、他の権力を持つ者たちが、気にしていることは、ただ一つ…」


 「…なに、それ?…」


 「…アムンゼンが、どう動くか? …だ…」


 「…」


 「…アムンゼンが、腹違いの兄である、現国王の味方につくのか? 父である、前の国王の味方につくのか? 皆、固唾を飲んで、見守っている…」


 「…」


 「…それで、アムンゼンを味方につけようとする一部の者たちが、先走って、お姉さんに近付いたという情報が、入った…」


 「…だから、アムンゼンは、お姉さんを心配して、お姉さんの元に行き、いっしょに、大道芸をしていたわけ?…」


 リンダが、驚いたように、言う…


 それを、聞いて、葉問が、


 「…リンダ…オマエの情報網をまだまだだな…」


 と、笑った…


 リンダは、なにも、言わんかった…


 「…」


 と、無言だった…


 そして、私は、驚いた…


 いや、


 驚いたなどという、生易しいものでは、なかった…


 なぜなら、まったく現実感がなかったからだ…


 遠い異国である、サウジアラビアの争いが、なぜ、この日本の矢田に及ぶのか、わけが、わからんかった…


 ただ、わけは、わからんが、もしや、この矢田の身に、この先、危険が及ぶかも、しれんということだけは、わかった…


 嫌でも、わかった(涙)…


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