35歳のシンデレラ 大道芸人編 35
結局、その後は、どうでもよい、よもやま話というか…
とりとめのない話をして、別れた…
私は、リンダと太郎と共に、アムンゼンの私邸を出ると、どうして、いいか、わからんかった…
すでに、迎えのクルマを用意して、くれていたので、帰ることは、できたが、どこに帰っていいか、わからんかった…
まさか、葉尊のいる、自宅には、帰れんかったからだ…
私は、太郎を私の膝の上に、置いたまま、悩んだ…
どこに、帰っていいか、悩んだ…
そして、そんな私の悩みが、見て取れたのだろう…
隣に、座る、リンダが、
「…私の自宅に…」
と、運転手に告げた…
「…自宅? …どこですか?…」
「…それは…」
リンダが、詳しい住所を告げた…
それから、私に、
「…お姉さんも、しばらく、私の家で、暮らせばいいわ…」
と、付け加えた…
「…いいのか?…」
私は、とっさに、言った…
「…だって、お姉さん…そのお猿さんと、いっしょに、泊まれる、ネットカフェを探すのも、大変でしょ?…」
「…それは、そうだが…」
「…お姉さん…すごく、落ち込んで見えるわ…」
「…そうか?…」
「…だから、アムンゼンは、私を呼んだのよ…」
「…なんだと? …アムンゼンが、リンダ…オマエを呼んだだと?…」
「…だって、考えて見て、お姉さん…お姉さんが、どこにいるかなんて、どうして、私にわかるの?…」
リンダが、笑った…
私は、考えた…
たしか、あのとき…
私と太郎と、アムンゼンが、ネットカフェから出てきたときに、このリンダが、突然、目の前に現れた…
突然、リンダが、目の前に現れたことに、驚いた私は、
「…リンダ…どうして、オマエ、ここがわかった?…」
と、聞くと、
「…蛇の道は、蛇というやつよ…」
と、このリンダが、答えた…
そのリンダの返答を聞き、アムンゼンが、
「…ネットですね?…」
と、すぐに、言った…
「…ネットに、太郎さんと矢田さんが、大道芸をしているところが、アップされてます…TiKTоKか、ユーチューブにアップした映像を見て、居場所が、わかったのですね…」
と、説明した…
私は、それを聞いて、
…だからか?…
と、内心、思った…
…だから、ここが、わかったのか?…
と、考えた…
私が、どうして、ここにいるか、わかったのか?
と、思ったのだ…
アムンゼンの説明は、完璧だった…
誰が、聞いても、十分納得のできるものだった…
だから、その説明を信じた…
が、
まさか、本当は、アムンゼン自身が、このリンダに、自分たちの居場所を告げたとは、思わんかった…
まさに、まさか、だ…
が、
一体、どうして、アムンゼンは、そんなことを、したのだろう?
謎がある…
だから、私は、
「…どうして、アムンゼンは、そんなことをしたんだ?…」
と、リンダに聞いた…
「…お姉さんが、心配だったからでしょ?…」
呆気なく、リンダが、答えた…
「…私が、心配?…どうして、心配なんだ?…」
「…お姉さんが、好きだからに、決まっているじゃない!…」
「…私が、好き?…」
「…お姉さん…知らなかったの?…」
「…知らんかったさ…」
「…さっきだって、お姉さんと、アムンゼンが、母子に、見られると、言ったら、アムンゼン、嬉しそうだったわ…」
「…嬉しそう?…」
…ウソだ?…
明らかに、アムンゼンは、戸惑っていた…
いきなり、この矢田とアムンゼンが、母子に見られると、言われて、戸惑っていた…
だから、
「…私には、そうは、見えんかったが…」
と、言った…
わざと、言ったのだ…
「…たしかに、お姉さんの言う通り…嬉しそうな表情は、見せなかった…でも…」
「…でも、なんだ?…」
「…嫌そうでも、なかったでしょ?…」
「…」
「…たぶん、アムンゼンも、いきなり、お姉さんと母子に見えると言われて、どう反応していいか、わからなかったんでしょ?…」
リンダが、まとめた…
「…でも、たぶん、今は、嬉しがっているわ…」
「…どうして、わかる?…」
「…さっきも言ったように、アムンゼンは、お姉さんが好きだからよ…」
「…私が、好き?…」
「…だから、いつまでも、このお猿さんと、大道芸を、観客に見せて、生活をさせるわけには、いかないと、思って、私に連絡をくれたの…」
…なるほど、そういうわけか?…
私は、思った…
今さらながら、思った…
「…そして、今、さっき、私とお姉さんをアムンゼンの私邸に、連れて行ったのも、そう…」
「…どういう意味だ?…」
「…だって、いきなり、私が、お姉さんを迎えに行って、さあ、家に帰りましょう、と、お姉さんに言っても、家に戻らないでしょ?…だから、一旦、アムンゼンの私邸に行って、みんなで、お茶して、それから、私に、お姉さんを、連れて帰らせるつもりだったの…」
…そうか?…
…そうだったんだ?…
今さらながら、アムンゼンの行動に気付いた…
「…お姉さんを好きだから、心配だったのよ…いつまでも、このお猿さんと大道芸をさせているわけには、いかないでしょ?…」
リンダが、繰り返した…
「…だからよ…」
リンダが、説明した…
そして、リンダに、そう説明されると、私は、ぐうの根も出んかった…
たしかに、アムンゼンのいうことは、わかる…
私とて、この一週間ちょっと、太郎と大道芸の旅をしながら、不安で、不安で、仕方がなかった…
いつまで、こんな生活を続けているのか?
不安で仕方がなかった…
それが、人間だろう…
少し、おおげさに、いえば、ホームレスと同じだった…
いや、
おおげさでなく、同じだった…
太郎が、いなければ、私は、ホームレスと、同じだった…
太郎が、大道芸を見せてくれたから、私は、生活できた…
普通に、生活できた…
太郎の芸を、見た観客が、それなりのお金を、私に払ってくれたからだ…
だから、生活できた…
普段と同じように、普通にコンビニに入り、普段と同じように、普通に、ネットカフェに泊まった…
だから、この生活に不満はなかった…
なんの不満もなかった…
が、
しかし、だ…
将来に不安があった…
いつまで、こんな生活を続けているのか?
と、いう不安があった…
当たり前のことだ…
そして、その不安も、太郎が、少しばかりだが、癒してくれた…
これも、どんな人間もいっしょだが、ひとりぼっちでは、寂しい…
だから、犬でも、猫でも、身近にいれば、癒される…
よく、独身の男女が、家で、犬や猫を飼うのと同じだ…
一人では、寂しいから、動物を飼う…
相手は、動物だから、しゃべれない…
相手は、人間では、ないから、しゃべれない…
でも、誰もいないより、まし…
一人でいるよりも、楽しい…
一人で、いるよりも、心が安らぐからだ…
私も同じだった…
太郎のおかげで、心が安らいだ…
太郎がいたおかげで、ホッとした…
だから、考えれば、考えるほど、私にとって、太郎は、恩人だった…
まさに、恩猿だったのだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…でも、そのお猿さん…」
と、いきなり、リンダが、切り出した…
「…なんだ? …太郎がどうかしたのか?…」
「…随分、かしこいわね…」
リンダが、私の思っていることと、同じことを言った…
「…一体、誰に飼われていたんだろ?…」
私は、なにも、言わなかった…
「…」
と、答えんかった…
それから、さらに、リンダが、続けた…
「…このお猿さんが、お姉さんの元にやって来たのは、偶然? 偶然なの?…」
言いながら、リンダは、私の顔を、見た…
私は、なにも、言わんかった…
「…」
と、答えんかった…
すると、リンダは、私に顔を寄せ、
「…お姉さん…偶然だと、思う?…」
と、さらに、聞いてきた…
それでも、私は、
「…」
と、答えんかった…
答えんかったのだ…
が、
リンダはしつこかった…
「…ねえ…」
と、さらに、私に顔を近付け、聞いて来た…
だから、さすがに、私も、答えざるを得んかった…
「…そんなことは、どうでも、いいのさ…」
私は、言ってやった…
「…どうでも、いい?…」
リンダが、キョトンとした表情になった…
「…そうさ…」
「…どうして、どうでもいいの?…」
「…太郎は、恩人さ…猿だから、恩猿さ…私は、太郎に世話になった…太郎に、面倒をみてもらった…だから、どうでもいいのさ…」
私は、言ってやった…
断言してやった…
ここまで、断言すれば、このリンダも、これ以上、言って来ないと、思ったのだ…
が、
リンダは、続けた…
意外な話題を振った…
「…お姉さんの言うことは、わかる…でも…」
「…でも、なんだ?…」
「…もし、もしもよ…このお猿さんの飼い主が、突然、現れたら?…」
「…どういうことだ?…」
「…このお猿さんは、それまで、誰かに飼われていたことは、間違いない…誰が、見ても、野性の猿じゃない…野生の猿ならば、こんなに、人懐っこくはない…」
「…」
「…つまり、訓練されている…人間に、調教されている…」
「…リンダ…なにが、言いたい?…」
「…私が言いたいのは、このお猿さんが、お姉さんになつき、お姉さんに気に入られる…つまり、お姉さんの懐に入る…」
「…私の懐に入るだと?…」
「…今、お姉さんは、このお猿さんに、全幅の信頼を置いている…でも、このお猿さんの前に、以前の飼い主が、現れれば、どうなるか?…」
「…どうなると、言うんだ?…」
「…以前の飼い主が、このお猿さんに、なになにをしろと、命じる…真逆に、お姉さんは、そんなこと、しちゃ、ダメだと、お猿さんを、止める…そのとき、このお猿さんは、どっちの命令に従うと、思う?…」
…そんなことは、考えたことは、なかった…
…そんな事態は、想定したことがなかった…
だから、答えれんかった…
なんと、言っていいか、わからんかった…
「…いずれにしろ、今回、サウジの一件もある…アムンゼンが、言った、サウジアラビアの王室の争いもある…まさかとは、思うけれども、このお猿さんが、その争いに、関わっているかも、なんて…」
リンダが、冗談ぽく、笑った…
が、
私は、笑えんかった…
まさかとは、思うが、その可能性は、否定できん…
そもそも、この矢田が、街を歩いていて、偶然、太郎と知り合うことなど、あろうか?
そんな、偶然があるのか?
誰かが、仕組んでいると、考えるのが、正しいのではないか?
私は、考えた…
そして、そんなことを、考え続けていると、やがて、リンダの家に、クルマが、到着した…




