35歳のシンデレラ 大道芸人編 34
私は、つくづく、考えた…
この太郎のことを、だ…
そして、また、同時に、気付いたことがある…
このアムンゼンの太郎に対する、態度だ…
このアムンゼンは、太郎が好き…
その事実に、今さらながら、気付いた…
なぜなら、このアムンゼンは、いつも、太郎のことを、
「…太郎さん…太郎さん…」
と、呼んでいる…
まるで、人間のように、扱っている…
相手が、猿にも、関わらずにも、だ…
しかも、
しかも、だ…
今、このテーブルを囲んで、この太郎を、人間と同列に扱っている…
太郎も、また、この矢田や、リンダと同じように、椅子に座らせて、人間同様に、扱っている…
これは、おかしい…
私は、思った…
今さらながら、考えた…
それとも、これは、なにか、打算があるのだろうか?
この太郎を、人間同様に、扱えば、なにか、アムンゼンに有利になることがあるのだろうか?
ふと、考えた…
そして、考えたのは、リンダのことだ…
このアムンゼンは、リンダが好き…
リンダ・ヘイワースが、好きだということだ…
なぜなら、以前、このリンダは、アムンゼンに、サウジアラビアに来ないか?
と、誘われたと、私に告白した…
私は、それを、聞いて、
「…バカ、それは、オマエが、口説かれているんだ!…」
と、言いたかったが、言わんかった…
このアムンゼンが、怖かったからだ…
このアムンゼンは、外見が3歳の幼児にしか、見えんが、ホントは、大物…
アラブ世界の大物だ…
そんな大物に、この矢田が、逆らったとなれば、命がいくつあっても、足りん…
足りんのだ!…
この矢田の命など、アムンゼンが一言、命じれば、まるで、ろうそくの火を消すが、如く、一瞬にして、この世から、オサラバさせることができるに、違いない…
だから、できんかった…
リンダに、忠告することが、できんかった…
そして、あらためて、このアムンゼンが、大人であることに、気付いた…
ホントは、30歳の成人男子であることに、気付いた…
なにしろ、リンダは、ハリウッドのセックス・シンボル…
世界中の男の憧れだ…
だから、男なら、リンダを、サウジアラビアに連れて行って、愛人2号や、愛人28号に、しようとしても、なんら、おかしくない(笑)…
むしろ、そう、考えるのが、普通だ…
そして、アムンゼンは、それを容易に、することができる…
リンダを愛人にすることができる…
なにしろ、アムンゼンは、権力者だ…
サウジアラビアの現国王の腹違いの弟だ…
金もある…
だから、ハッキリ言えば、ないのは、外見だけ…
小人症だから、子供にしか、見えない…
が、
おそらく、それ以外のすべてを持って、生まれた…
アラブの至宝と呼ばれるほどの優れた頭脳…
産油国としての膨大な富を持つ、サウジアラビアの現国王の腹違いの弟…
誰もが、羨む、環境に生まれた…
ないのは、外見だけ…
外見だけだ…
普通は、平凡な容姿に生まれた男女が、美男美女に生まれたかったと、人生で、一度や二度は、考えるものだが、アムンゼンの悩みは、そんな程度ではない…
が、
それを、除けば、このアムンゼンは、完璧だ…
外見を除けば、すべてを持って生まれた…
が、
外見だけは、ダメだ…
そして、それを思えば、案外、人間は、平等かも、しれん、と、気付いた…
外見以外のすべてを、持って生まれたアムンゼン…
誰もが、羨む環境や能力を持ちながらも、外見だけは、恵まれない…
いわゆる、弱点…
強烈な弱点だ!…
が、
そんなふうに、考えれば、バランスが、取れている…
容姿以外、完璧なアムンゼンだが、容姿は、恵まれていない…
だから、バランスが、取れている…
アムンゼンには、悪いが、そう、思った…
話が、少々、脱線したが、要するに、このアムンゼンは、太郎を大切にすれば、リンダに気に入られるから、大切にしているのでは?
と、思った…
一瞬、考えた…
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、の例えではないが、リンダに抱かれた太郎によく接すれば、リンダに気に入られると、考えたのでは?
と、思ったのだ…
が、
違った…
おそらく、そうではない…
なぜなら、そんな下心があれば、当に見抜かれている…
下心というのは、当人は、気付かなくても、大抵は、周囲の人間にバレバレだからだ(笑)…
このアムンゼンに下心はない…
心の底から、太郎を大切に思っている…
それは、なぜか?
考えた…
そして、思い至ったのは、同病相憐れむではないが、太郎を自分と同じように、見ているのではないか?
ふと、気付いた…
太郎は、猿だが、優れている…
とてつもなく、優秀だ…
が、
猿に過ぎない…
人間ではない…
そんな太郎と、自分を、同列に見ているのかも、しれんかった…
小人症に、生まれた自分と、猿に生まれた太郎…
そんな太郎に自分を重ねて、見ているのかも、しれんかった…
だから、このアムンゼンは、太郎に、とんでもなく優しい…
なにより、太郎を丁重に扱っている…
まるで、人間のように扱っている…
が、
アムンゼンが、もし、この矢田の思う通りなら、太郎を大切に思うのも、わかる…
わかるのだ…
私が、そんな気持ちで、アムンゼンを見ていると、
「…矢田さん…なんですか? …その目は?…」
と、アムンゼンが聞いた…
私は、とっさに、
「…なんでもない…なんでもないさ…」
と、返答した…
いつもの手だ…
「…なんでもないということは、ないでしょ? …矢田さんは、しっかり、ボクを見ていましたよ…」
「…私が、なんでもないと言ったら、なんでもないのさ…」
「…でも…」
「…オマエ、くどいゾ…」
私は、怒った…
途端に、
「…プッ!…」
誰かが、吹き出した…
リンダだった…
私は、頭に来た…
「…リンダ…なにが、おかしい?…」
「…だって、二人とも、まるで、母子みたい…」
「…なんだと? …母子みたいだと?…」
考えてもいない言葉だった…
「…誰が見ても、そう思うわ…」
「…なんだと?…」
言いながら、リンダが、そう、思うのは、わかる、とも、思った…
なにしろ、この矢田も、すでに35歳になっている…
だから、当然、子供がいても、おかしくはない…
街で、偶然、再会した、学生時代の友人が、子供を連れて、歩いているのを、見たのは、一度や二度ではない…
なにしろ、35歳だ…
35歳の女だ…
子供の一人や、二人いても、おかしくはない…
ただ、私の母の世代では、35歳にもなれば、女は、大抵が、結婚していたが、今の時代は、違う…
結婚して、いない女もいる…
なにしろ、この矢田も、夫の葉尊と結婚したのは、まだ半年前だ…
だから、子供のことなど、考えたこともなかった…
ありていに言えば、やっと、結婚できた…
だから、今度は、すぐに、子供を作ろうとは、思わんかった…
そこまで、早い展開は、考えんかった…
ハッキリ言って、私と同じ35歳の女でも、結婚すれば、一刻も早く、子供が欲しいと思う女も多い…
子供を産むには、女には、タイムリミットがあるからだ…
今は、40代で、初めて、子供を産む女も多いが、やはり、初めて、子供を産むのは、せめて、30代で、産みたい…
そう、思う女が、大半だろう…
この矢田も、例外ではない…
が、
今すぐ、子供が、欲しいとは、思わんかった…
思わんかったのだ…
だから、今すぐ、妊活をしたいとも、思わん…
他人は、わからん…
だが、この矢田は、思わん…
要するに、人それぞれと、いうやつだ…
私は、思った…
私は、考えた…
私が、そんなことを、考えていると、ふと見ると、目の前のアムンゼンもまた、考えにふけっていた…
「…ボクが、矢田さんの子供…このボクが、矢田さんの子供…」
と、まるで、呪文を唱えるように、一人で、ブツブツ言っていた…
私は、それを、見て、
…もしかしたら、このアムンゼンは、怒り出すかも?…
と、内心、考えた…
なにしろ、アラブの至宝だ…
サウジアラビアの現国王の腹違いの弟だ…
そんな高貴な身分のアムンゼンが、日本の平凡な、この矢田トモコの息子では、いたく、プライドが、傷付けられたと、考えても、おかしくはない…
だから、ブツブツ独り言を言っている…
私は、そう、見たのだ…
そして、隣に座る、リンダの耳元に、
「…オマエ…すぐ、アムンゼンに謝れ…」
と、言ってやった…
「…どうして、私が、アムンゼンに謝らなければ、ならないの?…」
「…バカか、オマエは?…」
「…バカ、どうして、バカなの?…」
「…私とアムンゼンが、母子だということは、アムンゼンと私が同じだということだ…アムンゼンと、この矢田を同列に扱うということだ…」
私は、怒った…
途端に、リンダも、自分の間違いに、気付いたようだ…
「…エッ!…」
と、絶句した…
それから、恐る恐る、アムンゼンの反応を窺った…
アムンゼンが、どう出るか?
知りたかったからだ…
アムンゼンは、下を、向いたまま、
「…ボクが、矢田さんの息子…このボクが、矢田さんの息子…」
と、ブツブツ、繰り返していた…
どう見ても、怒り出す寸前に思えた…
もはや、私は、どう言っていいか、わからんかった…
アムンゼンの怒りを止めることは、できんかった…
私は不安な面持ちで、アムンゼンを見た…
他の二人も、同じだった…
アムンゼンが、ブツブツ、呟くのを見て、徐々に不安な面持ちになった…
そして、それを、見た太郎が、
「…キー」
と、鳴いて、いきなり、アムンゼンの元に、行き、アムンゼンの頭に手をやった…
アムンゼンは、驚いた…
「…太郎さん?…」
と、言いながら、上を向いた…
すると、アムンゼンの目の前に、太郎が、いた…
つまりは、太郎とアムンゼンが、正面から、向き合った…
そして、太郎が、アムンゼンの頭にやった手をどけて、今度は、握手するがごとく、アムンゼンの前に、手を伸ばした…
「…これは、ボクと握手したいということですか?…」
アムンゼンが、太郎に聞いた…
途端に、
「…キー」
と、太郎が、鳴いた…
「…わかりました…」
アムンゼンが、答え、太郎に、手を伸ばした…
その手を太郎が握った…
二人、いや、太郎とアムンゼンが、握手した…
すると、徐々に、アムンゼンの表情が、変化するのが、わかった…
徐々に、アムンゼンの表情が、柔らかくなるのが、見て取れた…
アムンゼンが、ホントは、なにを考えていのかは、わからない…
だが、この太郎が、アムンゼンの心を癒したのは、確かだった…
アムンゼンは、嬉しそうに、太郎を見ていた…
そして、そんなアムンゼンに応えるように、太郎もまた、嬉しそうに、アムンゼンを見ていた…




