35歳のシンデレラ 大道芸人編 32
…サウジアラビアの国王と、国王の父親のケンカの原因が、リンダと、バニラだと?
それは、一体、どういう意味だ?
私は、思った…
だから、私は、
「…それは、どういう意味だ?…」
と、聞こうとしたが、私が聞く以前に、
「…アムンゼン…それは、どういう意味?…」
と、リンダが、聞いた…
なにしろ、当人だ…
自分の名前が、思いがけず、出てきたから、聞きたくなるのが、当たり前だ…
「…それは…」
アムンゼンが、言い淀んだ…
そして、アムンゼンは、オスマンの顔を、見た…
きっと、言おうか、どうか、悩んで、オスマンの顔を見たのだ…
アムンゼンの意を察したオスマンが、
「…リンダさんと、バニラさんの、どっちが、好きかという話です…」
と、答えた…
「…エッ? …私とバニラのどっちが、好きって、なに?…」
リンダが、驚いた…
当たり前のことだ…
「…二人とも、台北筆頭のイメージガールです…お二人が、写真に写っているものも、多い…だから、誰もが、リンダさんと、バニラさんのどっちが、好みか、聞きたくなる…質問したくなる…」
「…それが、一体、どうして?…」
「…それが、ボクの父と祖父…サウジアラビアの現国王と、前の国王の間で、起こったことが、原因です…」
オスマンが、断言した…
私は、空いた口が塞がらんかった…
思わず、
「…ウソだろ?…」
と、言いたくなった…
いや、
言ってしまった…
「…ウソだろ?…」
と、言ってしまった…
「…いえ、ホントです…」
と、アムンゼンが、答えた…
「…残念ながら、事実です…」
と、付け加えた…
「…でも、どうして? …どうして、そんなことが、きっかけで…」
リンダが、聞いた…
当たり前のことだ…
「…いえ、それは、きっかけに過ぎません…」
アムンゼンが、答えた…
「…どういうことだ?…」
と、私が、口を挟んだ…
すると、アムンゼンが、
「…要するに、ただのきっかけです…ほら、よくあるでしょ? …恋人や、夫婦が、別れたり、離婚したりする…そのきっかけは、なにかと、言えば、例えば、今朝、食べた、食事の中に、オレの嫌いなピーマンが入っていた…オレは、子供の頃から、ピーマンが、嫌いで、オマエも、それを知ってるはずだ…だから、これは、オレに対する嫌がらせか?と、男が、キレる…すると、女は、大人なんだから、出されたものぐらい、食べなさいよ、と、言って、それをきっかけに、互いに、相手のことを、罵りあう…」
と、一気呵成に、言った…
なんというか…
あまりにも、バカバカしいというか…
ありえん話だった…
たしかに、このアムンゼンの説明は、わかる…
日本のどこのカップルや家庭でも、今、アムンゼンが説明したようなことは、起きているだろう…
いや、
世界中、どこでも、起きているに違いない…
が、
それが、サウジアラビアの王室で、起こっていたとなると、話が、違う…
なにしろ、王室…
世界に名だたる、サウジアラビアの王室だ…
それが、こんなことで、争うとは?
話は、わかるが、立場というものがある…
地位というものがある…
まさか、そんな偉い人間が?
言葉もなかった…
すると、
「…要するに、私とバニラのどっちが、好きかと、いうことを、きっかけに、サウジの国王と前国王が争って、それを、きっかけに、仲たがいしたということね…」
と、リンダが、まとめた…
「…その通りです…」
アムンゼンが、力なく、答えた…
「…バカげた話ですが、それを、きっかけに、父と兄の関係が、険悪になりました…」
「…」
「…ホントに、バカげた話です…ですが、それは、きっかけに、過ぎません…元々、父と兄は、折り合いが悪いところがありました…どっちが、いいとか、悪いとか、いうのではなく、ただ、折り合いが、悪いのです…なにより、二人とも、頑固で…似た者同士というか…」
アムンゼンの告白を受けて、オスマンが、
「…祖父も、父も、似たところがあります…まあ、なんといっても、父子ですから…」
と、笑って、付け足した…
「…これは、どこの家庭でも、起こることですが、問題は、これが、サウジの王室で、起きているという、ことです…これを、きっかけに、下手をすると、サウジ国内を、二分する争いに発展するかも、しれないと、いうことです…」
「…そんな大げさな…」
リンダが、口を挟んだ…
「…いや、おおげさじゃない…」
オスマンが、言った…
「…祖父も、現国王の父に、国王の称号を譲ったとはいえ、国内に、隠然たる力を持っている…下手をすれば、内乱が、勃発しても、おかしくない…」
「…な、内乱?…」
私は、ビックリした…
そんな大変なことが、たかだか、リンダとバニラのどっちが、好きかと、いうことが、きっかけで、起きるなんて?
まさに、ありえん…
ありえん話だった…
「…それに…」
と、オスマンは、続けた…
「…さらに、問題なのは、祖父と、父の妻、ボクにとっては、祖母と母の折り合いも、悪いということです…だから、前国王と、現国王が、争えば、祖父と父の争いに、それぞれの妻が、加わる…そして、祖母も母も、サウジの有力部族の出身です…」
「…有力部族?…」
私は、聞いた…
「…なんだ、それは?…」
「…サウジは、他民族国家というか…部族が、いっぱいあります…それを、まとめるためにも、現王室は、各部族の有力者の子供たちを、王族の子供たちと結婚させている…それで、バランスをとっているというか…要するに、有力部族を、うまく、現王室に、取り込んで、味方に引き入れているんです…」
「…」
「…そして、問題なのは、父である、現国王と、祖父である、前の国王の、それぞれの妻たちは、部族が、異なるという事実です…」
「…なんだと? …異なるだと?…」
と、私。
「…でも、それが、当たり前なんです…」
と、オスマン。
「…どうして、当たり前なんだ?…」
「…今も説明したように、サウジアラビアには、部族が、多い…だから、王室は、多くの子弟が、各有力部族の子弟と婚姻関係を結んで、王室を安定させようとする…婚姻関係を結ぶというのは、日本でいえば、親戚になるということ…つまりは、自分の味方になってくれるということを、意味します…」
オスマンが、丁寧に、説明した…
「…だから、王族の主要メンバーは、皆、サウジアラビアの有力部族のリーダーの一族と縁戚関係を築いています…これは、ヨーロッパの王族もまた同じ…」
「…どう、同じなんだ?…」
「…イギリスの王室も、ギリシアの王室も、ベルギーの王室も、皆、親戚です…何百年も前から、互いに、子弟を結婚させて、縁戚関係を築いている…なにか、あったら、自分の味方になってくれると、思うからです…」
「…」
「…お姉さんも、知っている、先日亡くなったイギリスのエリザベス女王…女王の夫は、ギリシア王室の出身です…」
「…なんだと?…」
「…ひとは、皆、考えることは、いっしょです…日本でも、戦国時代は、戦国大名は、皆、各地の有力な戦国大名と、縁戚関係を結んだと聞きます…有名な豊臣秀吉と、徳川家康も、互いの息子と孫娘を結婚させたとか…」
オスマンが、言った…
すると、横から、
「…それって、もしかして、豊臣秀頼と千姫のこと?…」
と、リンダが、口を挟んだ…
「…ええ、そうです…」
オスマンが、答える…
私は、この二人のやりとりを聞いて、このオスマンとリンダは、実に、この日本史に詳しいと、思った…
なにしろ、この二人は、外人…
リンダは、台湾出身…
オスマンは、サウジアラビア出身…
にも、かかわらず、この矢田よりも、日本史に詳しそうだった…
が、
この矢田トモコは、日本人…
この4人の中で、ただ、一人の日本人だった…
だから、負けては、いかん!…
遅れをとっては、いかん!…
そう、気付いた…
ここで、この矢田が、誰よりも、詳しい、日本の歴史を披露して、この3人を驚かせてやろうと、思った…
だから、私は、いつのまにか、足を広げ、腕を組んだ…
威厳を出すためだ…
この場にいる、ただひとりの日本人として、威厳を出すためだ…
「…実は、私も、それを、今、言いたかったのさ…」
と、私は、言おうとした…
が、
その直前に、太郎が、
「…キー…」
と、哀しげに泣いた…
突然、泣き声を上げたのだ…
私は、驚いたが、それは、皆、同じだった…
とりわけ、太郎を抱いたリンダが、驚いた…
「…どうしたの?…」
と、言って、太郎を見た…
すると、太郎が、哀し気な表情で、私を見ていることに、気付いた…
途端に、
「…お姉さん…また、なにか、やろうとしたでしょ?…」
と、リンダが、言った…
私は、
「…知らんさ…」
と、とっさに答えた…
「…私は、なにも、知らんのさ…」
私は言った…
自信を持って言った…
私が、なにを、考えていたか、バレるわけがないからだ…
だから、自信が、あった…
すると、そんな私を見て、またも、太郎が、
「…キー」
と、哀し気に泣いた…
私は、どうしていいか、わからんかった…
太郎を騙すことは、できんかった…
すると、
「…矢田さん、ウソは、いけません…」
と、アムンゼンが、言った…
「…太郎さんは、すべてを、見抜いていますよ…」
「…太郎がすべてを、見抜いている?…」
「…矢田さん、今も、無意識に足を広げて、腕を組んで、なにか、言おうとしたでしょ?…」
「…」
「…太郎さんは、そんな威張った矢田さんが、嫌いだと、さっきも、言ったはずです…」
だからか?
アムンゼンの指摘で、気付いた…
太郎は、私が、威張った態度を取るのが、嫌い…
私が、無意識に、足を広げ、腕を組んだのを見て、鳴いたに違いない…
そう、気付いた…
だから、
「…すまんかったさ…」
と、太郎に詫びた…
「…太郎、オマエが、哀しむことは、もう、しないさ…」
と、言って、腕を組むのも、足を広げるのも、止めた…
「…この通りさ…許してやってくれ…」
と、私は、太郎に頭を下げた…
すると、
「…矢田さんは、ホントに、この太郎さんが、大事なんですね…」
と、アムンゼンが、感心したように、言った…
「…当り前さ…何度も言うように、太郎は、恩人さ…太郎は、猿だから、恩猿さ…太郎に受けた恩を忘れちゃ、人間じゃないさ…」
私が、呟くと、空気が一変したというか…
あたりが、シーンとなった…
「…父も、兄も、矢田さんのような心を持てば、争わなくて、すむのに…」
アムンゼンが、落ち込んだ声で、言った…
「…いえ、矢田さんのように、ならなくてもいい…サウジの王室にも、矢田さんが、欲しい…矢田さんが、いれば、王室の潤滑油になり、争いがなくなる…」
アムンゼンが、呟いた…




