35歳のシンデレラ 大道芸人編 30
…同士!…
私の頭に、ふいに、そんな言葉が浮かんだ…
このオスマンとアムンゼンは、同士!
私の脳裏に、そんな言葉が浮かんだ…
この矢田の頭に、そんな言葉が、閃いた…
それに、気付いた私は、ジッと、このオスマンと、アムンゼンを見た…
見たのだ…
私の細い目を、さらに、細めて、見たのだ…
が、
今度は、太郎は、鳴かんかった…
私が、目を細めても、鳴かんかった…
きっと、私が、悪意のある目で、二人を見ているわけでは、なかったからだ…
それに、太郎は、気付いたからだ…
が、
アムンゼンは、気付かんかった…
「…なんですか? …矢田さん、その目は?…」
と、私に聞いた…
だから、普段は、
「…なんでもない…なんでもないさ…」
と、ごまかすところだが、そんなことは、しなかった…
直球で、
「…オマエたち、仲がいいな…」
と、言ってやった…
「…オマエたちって、誰のことですか?…」
と、アムンゼン。
「…アムンゼン、オマエと、オスマンのことさ…」
「…ボクと、オスマンのこと?…」
「…そうさ…」
「…それは、叔父と甥の関係ですから…」
「…そうだな…」
私は、言ってやった…
が、
それだけでは、アムンゼンは、不満のようだった…
「…それだけですか?…」
と、アムンゼンが、聞いた…
「…どういう意味だ?…」
「…矢田さんが、そんな目で、ボクとオスマンを見るのは、なにか、別の意味があるんじゃ…」
「…それは?…」
私が、言い淀むと、
「…このお姉さんは、イケメンが、好きなの…」
と、いきなり、リンダが、言った…
「…イケメンが好き? …矢田さんが?…」
「…このお姉さんの夫の葉尊は、このオスマンに負けない、長身のイケメンよ…」
「…だったら、矢田さんは、すでに、イケメンを手に入れたじゃ、ないですか? …それが、なぜ、オスマンを?…」
「…このお姉さんは、欲張りなの…」
「…欲張り?…」
「…すでに、イケメンを手に入れても、他のイケメンを見れば、手に入れたくなる…」
リンダが、笑った…
アムンゼンは、
「…」
と、絶句した…
返答に窮した様子だった…
だから、私は、思わず、
「…悪いか?…」
と、言ってやった…
アムンゼンと、リンダに、言ってやった…
「…いえ、実に、矢田さんらしいと…」
と、アムンゼンが、答える…
「…なんだと? …どういう意味だ?…」
「…欲望に忠実というか…それでいて、周囲の人間に、嫌な思いひとつさせない…」
アムンゼンが、感心したように、呟く…
「…これは、矢田さんだからです…矢田さんだから、できることです…」
アムンゼンが、私を褒めた…
「…つくづく、羨ましい…矢田さんが、羨ましい…」
「…なんだと?…」
「…矢田さんは、なにをやろうと、決して、敵を作らない…これは、誰にも、できることでは、ありません…」
アムンゼンが語る…
すると、いつのまにか、あたりがシーンとなった気がした…
「…ホント、羨ましい…」
リンダが、アムンゼンに追随した…
「…このお姉さんが、羨ましい…」
残る、オスマンは、
「…」
と、なにも、言わず、苦笑いを浮かべるだけだった…
「…願わくば、サウジの王室にも、矢田さんが、欲しいです…」
「…私が、欲しいだと?…」
「…ハイ…」
「…なぜ、欲しい?…」
「…矢田さんは、失礼ながら、中和剤です…」
「…中和剤?…」
「…ひとの怒りや悲しみを、緩和させます…和らげます…」
「…」
「…きっと、矢田さんが、クールの社長夫人になれたのは、そのたぐいまれな能力が、評価されたのでしょう…」
「…」
「…矢田さんが、サウジの王室にも、欲しいと言ったのは、矢田さんが、いれば、争いが、なくなるからです…」
「…私が、いれば、争いが、なくなるだと?…」
「…矢田さんは、周囲の人間を楽しませます…矢田さんが、いれば、周囲の人間関係がスムースになります…変な話、矢田さんは、人間関係の潤滑油なのです…」
「…潤滑油?…」
「…矢田さんは、ご自分のことだから、わからないと、思いますが、合コンでも、カラオケでも、思い浮かべれば、いいです…」
「…なんだと?…」
「…周囲に、ひとが集まる場では、どうしても、その場を盛り上げたり、仕切ったりする人間が、必要となります…そうしなければ、せっかくのパーティーが、盛り上がらないでしょ?…」
「…」
「…矢田さんも、それと同じです…矢田さんがいれば、周囲の人間が、明るくなります…そして、周囲に、笑いが、絶えなくなります…そうなれば、争いは、なくなります…だから、ボクは、サウジの王室にも、矢田さんが、欲しいと言ったのです…」
アムンゼンが、激白する…
そして、アムンゼンの口調は、いつのまにか、激しくなり、熱を帯びた…
そして、そんなアムンゼンを見守る、リンダとオスマンの表情も、いつしか、真剣になっていた…
「…さあ、こんなところで、立ち話もなんだから、中に入りましょう…」
アムンゼンが、言った…
「…わかったさ…」
私は、言った…
同時に、太郎が、
「…キー…」
と、鳴いた…
私は、なぜか、不吉な気分になった…
これまで、太郎が、そんな場面で、鳴いたことは、なかったからだ…
すると、太郎を抱いたリンダが、
「…珍しいわね…」
と、呟いた…
「…なにが、珍しいんですか?…」
オスマンが、聞く…
「…このお猿さん…あまり、鳴かないのよ…」
「…鳴かない?…」
「…私も、猿のことは、よくわからないけれども、動物園に行って、猿を見ても、もっと、猿は、鳴くものだと、思ったの…それが、このお猿さんは…」
「…よく訓練されているのでは、ないのですか?…」
アムンゼンが、口を挟んだ…
「…訓練だと?…」
と、私。
「…この猿は、アンナさんですか? …たしか、彼女のペットでしたね…」
「…そうさ…」
私は、今さらながら、それを、思い出した…
この太郎は、あのアンナのペット…
飼い主は、アンナだ…
美人だが、正直、どこか、うさん臭いというか…
信用できんところがあった…
あのアンナと会ったのは、このアムンゼンと、バニラの娘のマリアが通う、セレブの保育園の遠足というか…
社会勉強というか、とにかく、サロンバスを借り切って、動物園に行く途中で、この太郎と、知り合った…
初めて、会ったとき、この太郎は、怯えていた…
あのアンナは、私と同じくらいの年齢で、長身の美人だったが、どこか、陰があるというか…
この太郎を叱るときが、怖かった…
太郎が、めちゃくちゃ、怯えていた…
なぜか、あのアンナが、バスケットに、この太郎を連れて、サロンバスに、乗っていた…
あのアンナは、セレブの保育園の保護者なのだろう…
息子か娘が、あのセレブの保育園に通っているのだろう…
だから、あのサロンバスの中にいた…
たしか、
「…どうして、この猿の太郎を連れて来たんだ?…」
と、私が、アンナに問うと、アンナは、
「…この太郎を動物園に入れたくて…」
とか、なんとか、言っていた…
この太郎は、あのアンナが、偶然、拾ったものらしい…
だから、可哀そうだから、と、アンナは、言っていた…
そして、拾った猿だから、動物園で、面倒を見てもらいたくて、今日、このバスケットに入れて、やって来たと、言っていた…
たしかに、辻褄は合っている…
話の辻褄は合っている…
が、
解せんかった…
なぜか、納得が、いかなかった…
そして、それは、今、証明されたと思った…
それは、今、このアムンゼンが、
「…よく訓練されたものじゃないですか?…」
と、言ったからだ…
言われてみれば、たしかに、その通りなのかも、しれない…
この太郎は、
「…キー、キー」
と、鳴かない…
なにより、ひとに、なついている…
誰にも、なつくわけではないが、この矢田には、なついている…
そして、リンダにも、なついている…
これは、普通に考えれば、誰かに、飼われていた証拠…
訓練されていた証拠に他ならない…
が、
かといって、この太郎は、誰にも、なつくわけではない…
私は、この太郎と、この一週間、大道芸人として、街で、大道芸を見せて、お金をもらったが、この太郎が、観衆になついた姿は、見たことがない…
この太郎が、なつくのは、この矢田だけ…
私だけだ…
これは、ある意味、おかしい…
おかしいのだ…
私が、そんなことを、考えて、太郎を見ていると、リンダが、
「…どうしたの? …お姉さん?…」
と、聞いてきた…
そして、なぜか、この太郎は、リンダにも、なついている…
これは、一体、なぜだ?
「…いや、この太郎が、どうして、この矢田と、リンダ…オマエにだけ、なつくのか? と、思ってな…」
私が、疑問を口にすると、
「…矢田さんは、ともかく、リンダさんは、あのアンナさんに、似ているからじゃないですか?…」
アムンゼンが、答えた…
「…リンダが、アンナに似ているだと?…」
「…共に長身で、金髪碧眼の美女です…だから、この太郎さんが、アンナさんに似ているから、リンダさんに安心しているんじゃないですか?…」
アムンゼンが、リンダに抱かれている太郎を見て、言った…
が、
私は、納得できんかった…
たしかに、このリンダとあのアンナが、似ているのは、わかる…
が、
しかし、この太郎は、あのアンナを恐れていた…
あのサロンバスに乗って、動物園に行く途中、サロンバスの中で、アンナの持つバスケットから、この太郎が、逃げ出した…
逃げ出して、偶然、この矢田の元に来た…
それを、見た、あのアンナが、この太郎を連れ戻そうとしたが、その口調が怖かった…
「…太郎…戻りなさい!…」
と、命じる口調が、怖かった…
あまりにも、迫力がありすぎるので、この太郎が、ビビッて、この矢田に、しがみついた…
だから、私は、
「…アンナとやら、この太郎は、私が、面倒を見るさ…動物園に行くまで、私が、面倒を見るさ…」
と、言って、太郎を庇った…
本来は、飼い主のアンナに向かって、なんの関係もない、この矢田が、太郎の面倒を見るというのは、おかしいのだが、つい、言ってしまった…
つい、口にして、しまった…
だから、本当は、あのアンナは、私に反論しても、よいのだが、なぜか、反論しなかった…
これも、謎だった…
考えてみれば、謎だった…
そして、そんなことを、考えていると、アムンゼンが、
「…どうしました? …矢田さん…早く建物の中に入りましょう…いつまでも、ここで、立ち話をしていては…」
と、言ったので、私は、
「…わかったさ…」
と、言って、歩き出した…
謎が、増えるばかりだった…
悩みの種が、増えるばかりだった…




