35歳のシンデレラ 大道芸人編 28
「…着きました…」
と、いうアムンゼンの言葉で、私とリンダと、太郎、そして、当のアムンゼンが、18金で、塗装された、金色のロールスロイスから、降りた…
が、
開口一番、リンダが、
「…アムンゼン…ここは、サウジアラビア大使館じゃないわ…どういうこと?…」
と、聞いた…
私は、わけが、わからんかった…
なぜなら、到着した先は、立派なお屋敷…
一戸建ての立派なお屋敷だったからだ…
いわゆる、豪邸…
お金持ちのお屋敷だった…
が、
リンダは、
「…アムンゼン…ここは、サウジアラビア大使館じゃないわ…どういうこと?…」
と、叫んだ…
これは、一体、どういうことだ?
私は、さっぱり、わけが、わからんかった…
「…リンダ? …どういうことだ? …ここが、サウジアラビア大使館じゃないというのか?…」
私は、聞いた…
「…ええ…サウジアラビア大使館じゃないわ…大使館は、六本木のビルよ…」
リンダが、答える…
「…だったら、ここは、一体、どこだと、言うんだ?…」
「…ボクの私邸です…」
あっさりと、アムンゼンが、答えた…
「…私邸だと? こ、これが?…」
「…サウジアラビアの自宅に比べたら、オモチャみたいな家ですが、この日本では、これで、十分です…」
「…なんだと?…」
私は、目の前の大邸宅を見上げた…
この矢田トモコ、35歳…
生まれて初めて見る、巨大な豪邸だった…
この矢田など、生涯、縁のないと、思われた豪邸だった…
しかも、
しかも、だ…
その豪邸の主が、このアムンゼンとは?
この159㎝の矢田よりも、はるかに、小柄な3歳の幼児にしか、見えん、アムンゼンとは?
納得できんかった…
アムンゼンは、小人症だから、背が低いのは、仕方ないかも、しれんが、納得できんかった…
かといって、アムンゼンが、身長2メートルでも、納得できたかと、問われれば、それも、怪しい(苦笑)…
とにかく、納得できんかった…
納得できんかったのだ…
なぜ、こんなチビが、こんな豪邸に住むのか?
しかも、この大豪邸の主だ…
居候でも、なんでもない…
私は、頭に来た…
頭に来た理由は、ただ一つ…
アムンゼンに対する嫉妬だ…
なぜ、こんなチビが、こんな大豪邸に住むのか?
世の中、不公平じゃないか?
いや、
世の中が、不公平であることは、わかっている…
が、
これでは、いくらなんでも、不公平過ぎるんじゃないか?
私が、言いたいのは、それだった…
それだったのだ…
だから、私は、嫉妬の目で、アムンゼンを見た…
3歳の幼児を見た…
イジメてやろうと、思った…
が、
なぜか、突然、
「…キー、キー…」
と、太郎が鳴き出した…
鳴き出したのだ…
「…どうした? …太郎?…」
私は、リンダに抱かれた太郎の元に、駆け寄った…
そして、リンダに、
「…リンダ…オマエ、太郎になにか、悪さをしたわけじゃ、あるまいな?…」
と、食ってかかった…
が、
リンダは、冷静だった…
「…悪さをしたのは、お姉さんじゃ、ないの?…」
と、反論した…
「…なんだと? …私が、一体、どんな悪さをしたと、言うんだ?…」
「…今、お姉さん、凄い目で、アムンゼンを見ていたでしょ? …きっと、お姉さんのことだから、アムンゼンが、こんな大豪邸に、住んでいるのが、許せないと、思ったんじゃないの?…」
そう、言われると、言葉もなかった…
まさに、その通り…
その通りだったからだ…
「…このお猿さん、そんなお姉さんを見て、哀しんだんだと、思う…」
「…太郎が?…」
「…このお猿さんは、お姉さんが、好き…誰にも、優しい、お姉さんが、好き…だから、アムンゼンに、嫉妬の炎を燃やす、お姉さんを見て、哀しんだと、思う…」
リンダが、太郎の心中を代弁した…
太郎は、猿だから、しゃべれない…
自分の心中をしゃべれない…
だから、このリンダが、太郎の代わりに、しゃべった…
そういうことだ…
だから、本当は、太郎が、リンダの言ったように、思ったか、どうかは、わからない…
が、
リンダに抱かれた太郎が、哀しい目で、私を見ているのは、確かだった…
だから、私は、太郎の頭を撫でながら、
「…すまんかったさ…太郎、オマエを哀しませるような真似をして…すまんかったさ…」
と、太郎に、詫びた…
「…この通りさ…太郎…」
と、言って、私は、太郎に頭を下げた…
「…二度とアムンゼンを、変な目で、見ないさ…」
と、太郎に誓った…
「…すまんかったさ…太郎…」
と、再度、私は、太郎に、詫びた…
それを、見て、
「…お姉さんは、ホントに、このお猿さんが、大切なのね…」
と、感嘆したように、言った…
「…当り前さ…リンダ…太郎は、私の恩人さ…太郎は、猿だから、恩猿さ…だから、太郎を哀しませることは、できんさ…」
私は、断言した…
「…私は、太郎のためには、どんなことも、するとは、言わんが、少なくとも、太郎を哀しませることは、しないつもりさ…」
私は、太郎の頭を撫でながら、続けた…
「…太郎…すまんかった…すまんかったさ…」
私は、言った…
すると、隣で、リンダと、アムンゼンが、互いに、顔を見合わせていた…
「…矢田さんは、ホント、お優しいんですね…」
アムンゼンが、言った…
「…矢田さんが、ボクを羨むのは、わかります…誰でも、同じです…」
「…なんだと? 同じだと?…」
「…ボクが、こんな大豪邸に、住んでいると、知れば、誰もが、羨みます…ただ、それを、態度に出すか、否か、その違いだけです…」
アムンゼンが、言った…
すると、リンダが、笑いながら、
「…アムンゼン…もしかして、試した?…」
と、アムンゼンに聞いた…
「…試しただと? …どういうことだ? …」
私は、聞いた…
「…わざと、六本木にある、サウジアラビア大使館には、行かず、この大豪邸に、私とお姉さんを招いて、どんな反応をするのか、試した?…」
「…なんだと、どうして、そんな真似をするんだ?…」
「…それは、アムンゼンに聞いてみたら?…」
と、リンダが、いたずらっぽい顔で、言った…
そして、そう言ったリンダは、物凄くチャーミングだった…
男装しているにも、かかわらず、チャーミングだった…
まるで、いきなり、リンダ・ヘイワースに変身したようだった…
真紅のドレスを着て、レッドカーペットを歩く、ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースに変身したようだった…
そして、それは、当然ながら、アムンゼンにも、伝わったようだ…
「…リンダさん、ズルいです…」
アムンゼンが、返答する…
「…なにが、ズルいの?…」
「…男装しているにも、かかわらず、そんなに、セックス・アピールを振りまいて…」
アムンゼンが、言うと、リンダが、苦笑した…
「…たしかに、リンダさんの言う通りです…お二人を試しました…」
「…どういうことだ?…」
私は、聞いた…
「…わざと、大豪邸を見せて、どんな反応をするか、試す…それで、それで、その人の人間性を見ようと、試した…そうでしょ? …アムンゼン?…」
「…その通りです…」
「…で、結果は? …案外、予想通りじゃなかったんじゃないの?…」
「…そこまで、見抜かれてましたか? …その通りです…」
「…なんだと、どう、予想通りなんだ?…」
「…私は、全然、動揺しない…そして、お姉さんは、動揺して、アムンゼンに嫉妬する…」
「…」
「…そう、予想して、いたんでしょ?…」
「…ハイ…」
「…なぜ、そんなことが、わかる?…」
「…バカね…私は、世界中に知れたハリウッドのセックス・シンボル…お金持ちの家は、
散々、見たわ…だから、この大豪邸を見ても、動揺しない…庶民のお姉さんは、驚いて、動揺する…そして、こんな大豪邸に、住んでいるアムンゼンに嫉妬する…実に、わかりやすい(笑)…」
リンダが、笑った…
私は、言葉もなかった…
まさか、そこまで、見抜かれているとは、思わんかったからだ…
そして、それが、わかると、
「…ズルいゾ…リンダ…」
と、私は、言った…
「…お姉さん…なにが、ズルいの?…」
「…最初から、オマエが教えてくれれば、私も、驚かんフリをしたさ…」
私が、言うと、リンダが、
「…」
と、なにも、言わず、苦笑した…
すると、アムンゼンが、
「…別に、そんなこと、どうでも、いいじゃ、ありませんか?…」
と、口を挟んだ…
「…矢田さんが、驚こうと、驚くまいと、どうでも、いいじゃ、ありませんか?…」
「…よくは、ないさ…」
「…どうして、よくはないの?…」
今度は、リンダが、口を挟んだ…
「…私は、クールの社長夫人さ…日本を代表する総合電機メーカー、クールの社長夫人さ…」
「…それが、どうかしたの?…」
と、リンダ…
「…どうか、したじゃないさ…クールは、日本を代表する企業さ…その社長夫人が、豪邸を見たぐらいで、ビビったと、世間にバレれば、世間の笑いものさ…だから、ビビっちゃ、いけなかったのさ…」
「…そんな、お姉さん…」
「…私だって、こんなことは、言いたくないさ…でも、私にも、立場があるのさ…」
私は、言った…
言いながら、いつのまにか、私は、足を広げ、威厳を保つために、両腕を組んだ…
すると、
「…キー、キー…」
と、悲鳴のような声が聞こえた…
太郎だった…
太郎が、私を見て、哀しそうな表情を見せた…
「…ほら、お姉さん…このお猿さんが、鳴いているわ…」
「…太郎が…」
私は、言って、太郎を見た…
太郎が、まるで、今にも、泣き出しそうな表情で、私を見た…
この矢田を見た…
「…このお猿さん…さっきも言ったけれども、お姉さんの威張った姿を見たくないんだと、思う…」
「…そんなことを、言われても、私もクールの社長夫人の立場というものが…」
私は、力なく、言った…
太郎が、哀しむのも、わかるが、私の立場もあった…
だから、どうして、いいか、わからんかった…
わからんかったのだ…
すると、
「…矢田さん…別に、いいじゃないですか?…」
と、アムンゼンが、私に話しかけた…
「…よくはないさ…」
「…ここにいるのは、このボクと、リンダさんと、太郎さんと、矢田さんだけです…だから、ボクとリンダさんが、矢田さんが、ボクの家を見て、動揺したことを、話さなければ、世間に知られることは、ありません…」
アムンゼンが、言った…
たしかに、言われてみれば、その通り…
その通りだった…
「…ボクは、矢田さんが、動揺したことを、誰にも、話しません…リンダさんも、です…だから、いいじゃ、ありませんか? ねっ、リンダさん…」
「…そうよ…お姉さん…お姉さんが、ビビったことを、誰にも、言わないわ…」
「…そうか…」
私は、言った…
が、
二人をよく見ると、笑いを押し殺しているのが、わかった…
私は、頭に来た…
思わず、怒鳴りかけようとしたが、そんな私を見ていたのだろう…
またも、
「…キー、キー…」
と、太郎が鳴いた…
悲しげに、鳴いた…
途端に、私は、二人を怒鳴るのを、止めることにした…
太郎を哀しませることは、できん…
できんかった…
「…すまんかったさ…太郎…」
私は、リンダに抱かれた太郎の元へ、行き、太郎の頭を撫でた…
「…私の立場など、どうでも、いいさ…オマエが、哀しむ顔は、見たくないさ…」
私が、言うと、太郎の顔が、徐々に、穏やかになった気がした…
そして、それは、二人も、同じだった…
リンダと、アムンゼンの二人も、同じだった…
いつのまにか、至極、真面目な表情で、私を見ていることに、気付いた…
「…どうした? …オマエたち、なにを見ている?…」
私が、聞くと、リンダと、アムンゼンが、互いに、顔を見合わせた…
そして、リンダが、
「…このお猿さんに、負けたわ…」
と、呟いた…
「…負けた? …なにが、負けたんだ?…」
「…すべてよ…」
「…すべてだと?…」
「…ボクも、リンダさんも、できないことが、この太郎さんには、できる…」
アムンゼンが、言った…
「…完敗です…」
アムンゼンが、言うと、太郎が、
「…キー…」
と、声を上げた…
が、
その声は、以前とは違って、哀しくなかった…
私は、ホッとした…
実に、ホッとした…
と、そのときだった…
「…お姉さん…お久しぶりです…」
と、いう声が、近くでした…




