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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ 大道芸人編  作者: トモサン


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24/87

35歳のシンデレラ 大道芸人編 24

リンダとアムンゼンが、深刻な表情をして、悩んでいた…


 が、


 私は、それに、惑わされることは、なかった…


 そんな大問題に、この平凡な矢田トモコが、巻き込まれることはない…


 いや、


 巻き込まれては、いかんかった!…


 だから、二人に知られんように、ジリジリと、その場から、後ずさりして、逃げ出そうとした…


 三十六計逃げるに如かず…


 今、この場から、逃げ出さんことには、どうなるか、わからんかった…


 この矢田の身が、どうなるか、わからんかったからだ…


 だから、密かに、その場を離れようと、後ずさりした…


 が、


 できんかった…


 できんかったのだ!…


 なぜ、できんかったといえば、猿の太郎が、動かんかったからだ…


 私は、すでに、何度も、説明したように、太郎の首から伸びたヒモを持っている…


 太郎が、逃げ出さんように、だ…


 私は、逃げようとしたが、太郎が、動かんかった…


 まさか、力づくで、太郎をどうこうすることは、できん…


 普段ならば、太郎の首についたヒモを少し引っ張るだけで、太郎は、私の意図をすぐさま、察して、私の思う通りに、動くのだが、それが、できんかった…


 私は、なぜ、太郎が、動かんのか、すぐに、わかった…


 太郎の目が、リンダに向けられていた…


 男装している、リンダに、向けられていた…


 本来は、絶世の美女である、リンダが、今は、男の格好をしている…


 ヤンの格好をしている…


 が、


 太郎には、ヤンが、本当は、絶世の美女であることが、わかるのだろう…


 まさに、動物の直感というやつだ…


 しかも、忘れていたが、太郎も男…


 猿とは、いえ、オスだ…


 オス=男だ…


 美人に惹かれたのかも、しれん…


 とりわけ、猿は、知能が高い…


 だから、人間と、同じなのかも、しれん…


 人間のオス=男と、同じように、美人に惹かれたかも、しれん…


 私は、そう、思った…


 今さらながら、そう、思った…


 そして、それは、リンダ=ヤンも、同じだったようだ…


 「…なんだか、このお猿さん…私をジッと見てるわね…」


 と、ポツリと呟いた…


 「…まるで、私を好きになったみたい…」


 リンダが、言った…


 ヤン=リンダが、言った…


 私は、


 「…その通りさ…」


 と、胸を張って言った…


 私の大きな胸を張って言った…


 「…これは、太郎の初恋さ…」


 「…エッ? …なに? …初恋?…」


 「…そうさ…」


 「…ちょっと、待って、お姉さん…相手は、猿よ…どうして、猿が、人間の私を好きになるの? …しかも、初恋って?…」


 「…人間も、猿も、関係ないのさ…」


 「…関係ないって?…」


 「…美しいものには、憧れる…それが、心理さ…」


 私は、断言した…


 すると、なぜか、アムンゼンも、私の言葉に、同意した…


 「…わかります…」


 と、深く、同意した…


 「…ボクも、矢田さんと、同じ意見です…」


 …そうか?…


 …やはり、同じ意見か?…


 私は、思った…


 同時に、やはり、この男は、アラブの至宝の名前に、ふさわしいのかも、しれん…


 そう、考え直した…


 なぜなら、この矢田と同じ意見だからだ…


 だから、私は、リンダに、


 「…抱いてやれ…リンダ…」


 と、声をかけた…


 私の言葉に、


 「…エッ?…」


 と、リンダは、絶句した…


 私は、そんなリンダの態度から、言葉を間違えたことに、気付いた…


 そして、そんな私を、アムンゼンもまた、非難するように、見た…


 だから、私は、慌てて、


 「…すまん…言葉を間違えた…リンダ…太郎を抱き上げてくれ…太郎を、子供を抱くように、抱き上げてくれ…」


 と、言い直した…


 すると、リンダも、私の言葉に、素直に従った…


 「…わかったわ…お姉さん…」


 と、言って、リンダは、太郎の前に行き、


 「…さあ、来なさい…」


 と、言って、太郎を抱き上げた…


 すると、どうだ?


 太郎は、まるで、母親に抱かれるかのように、うっとりとした表情を浮かべた…


 私は、それを、見て、嬉しかった…


 本当は、私といっしょにいても、これまで、一切、そんな表情を見せたことがないから、もしかしたら、私はリンダに嫉妬するかも、しれんと、思った…


 が、


 そんな感情は、一切湧かなかった…


 むしろ、嬉しかった…


 太郎が、嬉しそうに、しているのを、見ているのが、嬉しかった…


 これでは、まるで、母親…


 私は、太郎の母親になった気分だった…


 これには、正直、私も驚いた…


 が、


 悪い気は、せんかった…


 なにしろ、太郎は、私の恩人…


 いや、


 猿だから、恩猿だった…


 その恩猿が、なににせよ、嬉しそうにしているのを、見るのは、嬉しかった…


 少しでも、太郎に恩を返した気持ちになったからだ…


 そして、そんな私を、アムンゼンが、見ていたらしい…


 「…矢田さんは、実に、お優しいんですね…」


 と、アムンゼンが、私に言った…


 私は、


 「…そんなことは、ないさ…」


 と、答えた…


 「…でも、矢田さん…そんなに、嬉しそうな表情で…」


 「…太郎には、恩があるのさ…」


 「…恩…ですか?…」


 「…そうさ…たとえ、人間でなく、猿でも、受けた恩を忘れちゃ、ダメさ…恩を仇で返しちゃ、ダメさ…」


 私は、力強く、言った…


 私の言葉を聞いて、アムンゼンは、


 「…」


 と、考え込んだ…


 なぜか、深く、考え込んだ…


 それから、


 「…父と兄も、矢田さんと、同じだったら、よかったのに…」


 と、ポツリと呟いた…


 「…なに? …どういうことだ?…」


 「…矢田さんは、恩を、忘れない…たとえ、相手が、猿でも、です…まるで、人間のように、相手が、喜ぶことを、する…なかなか、できることでは、ありません…」


 「…」


 「…この世界の人間が、みんな矢田さんのようならば、争いは、起きないでしょう…世界中は、いつも平和で、人々は、喜びに溢れているでしょう…」


 アムンゼンが、なんとも、おおげさなことを、言った…


 「…そして、それは、父も、兄も、いっしょです…」


 「…なんだと? いっしょだと?…」


 「…父も、兄も、矢田さんのような心を持っていれば、争わなかったと、思います…」


 「…なに? …私のような心?…」


 「…たとえ、相手が猿であれ、相手を思いやることが、できる心があれば、争いが、起きない…」


 「…」


 「…ボクは、ここ数日、矢田さんと、いっしょにいて、それを、矢田さんから、学びました…」


 アムンゼンが、激白した…


 アラブの至宝が、激白した…


 私は、なんとも、おおげさなことを、言う男だと、思った…


 なにしろ、このアムンゼンが、ここ数日、やったことといえば、猿の太郎が、大道芸をやっている最中に、自分の被った帽子を持って、観客から、金をもらうことだった…


 何度も言うように、このアムンゼンは、ホントは、30歳だが、外見は、3歳にしか、見えない…


 小人症だからだ…

 

 だから、猿の太郎が、大道芸を見せている間に、自分は、それまで、被っていた帽子を手に持って、観客の前に行き、金をもらっていた…


 「…坊や大変ね…」


 とか、


 「…しっかりと、お母さんを助けるのよ…」


 とか、観客の若いお姉さんから、言われて、嬉しそうに、顔を赤らめながら、


 「…ハイ…頑張ります…」


 と、答えていた…


 が、


 その裏では、このようなことを、思っていたとは?


 油断できん!…


 まさに、油断できん男だった!…


 言葉では、私を褒めているから、ホントは、嬉しがるところだが、なにしろ、アラブの至宝だ…


 頭がいいのは、わかっている…


 だから、最初から、私を褒めて、リンダに、いいところを、見せるつもりだろうと、思った…


 なぜなら、私とリンダは、仲がいい…


 少なくても、外見上は、仲がいい…


 ホントは、私は、リンダに、心を許しては、いないが、そんなことは、アムンゼンには、わからない…


 だから、単純にリンダと私が、仲がいいと、思い込んでいるアムンゼンは、私を褒めることで、リンダと、仲良くしようとしている…


 まさに、将を射んと欲すればまず馬を射よ、というやつだ…


 自分が、気に入った相手に取り入るには、その気に入った相手と、仲の良い、相手と仲良くなるのが、一番の早道…


 要するに、友達になるには、その友達の友達と、友達になり、相手と距離感を縮める…


 そういうことだ…


 アムンゼンの場合も、同じだろう…


 すでに、リンダとアムンゼンは、顔馴染みだが、アムンゼンは、私を褒めることに、よって、リンダと、より一層、親密になれると、計算したに違いない…


 なにしろ、アラブの至宝だ…


 それぐらいのことは、朝飯前だろう…


 私も、最初は、それに、気付かんかったが、アムンゼンが、リンダに抱かれた太郎を羨ましそうに、見ているのを、見て、気付いた…


 このアムンゼンの狙いに、気付いた…


 そして、もしかしたら?


 もしかしたら、その先のことも、考えているのかも、しれん…


 そういえば、以前、このリンダは、このアムンゼンに、


 「…リンダさんも、一度、サウジアラビアに来て下さい…」


 と、言われたと、言ったことを、思い出した…


 そのとき、私は、


 「…バカ…それは、オマエが、口説かれているということだ…」


 と、言ってやりたかったが、言わんかった…


 なぜなら、このアムンゼンが、怖かったからだ…


 このアムンゼンは、3歳の幼児にしか、見えんが、ホントは、サウジの権力者…


 いや、


 サウジアラビア一国どころか、アラブ世界の実力者の一人だ…


 そのアムンゼンが、リンダを、サウジアラビアに招待するという…


 それが、どんな結果をもたらすかは、火を見るより明らか…


 きっと、サウジアラビアに幽閉され、アムンゼンの妾の一人として、生涯を送るに違いない…


 なにしろ、ハリウッドのセックス・シンボルだ…


 その美貌と色気は、半端ない…


 要は、アムンゼンは、ハリウッドのセックス・シンボルを独り占めするつもりだろう…


 自分のものにするつもりだろう…


 私は、そう、見た…


 私は、そう、睨んだ…


 この矢田トモコ、35歳…


 甘くみて、もらっては、困る…


 舐めてもらっては、困るのだ…


 アムンゼンのそのような下心が、見抜けない、矢田トモコではない…


 伊達に35年生きてきたわけではない…


 ただ、ボンヤリと生きてきたわけではないのだ…


 だから、そこまで、考えると、やはり、逃げることが、大切だと、気付いた…


 一刻も早く、この場から逃げ出して、安全圏に身を置かねば、ならん…


 あらためて、そう、気付いた…


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