35歳のシンデレラ 大道芸人編 23
「…リ、リンダ…オマエ、どうして、ここが?…」
私は、驚いた…
文字通り、驚愕した…
まさか、こんなにも、呆気なく、私の居場所がわかるとは、思わんかったからだ…
「…蛇の道はヘビというやつよ…」
「…なんだと?…」
私が、驚くと、背後から、アムンゼンが、現れた…
「…ネットですね…」
アムンゼンが、言った…
「…ボクと矢田さん…なにより、太郎さんが、大道芸をしているところを、観客の方たちが、大勢、スマホで、撮影していました…それを、TikTоkか、ユーチューブのどちらかにアップしたのを、見たんでしょ?…」
「…ご名答…」
リンダ=ヤンが、言った…
「…やはり、アムンゼン…アラブの至宝ね…」
リンダが褒めると、アムンゼンが、
「…そんなことは…」
と、言って、顔を赤らめた…
この矢田には、決して、見せん姿だった…
私は、その姿をしっかりと、目に焼き付けた…
私の細い目に焼き付けたのだ…
そして、
…やはり、この男は、ダメだ!…
…ダメな男だ!…
と、あらためて、思った…
いかに、リンダ・ヘイワースが、ハリウッドのセックス・シンボルとまで、呼ばれる、とびきりの美女でも、今は、男装している…
男の格好をしている…
化粧も、せず、男物の服を着て、いる…
にもかかわらず、顔を赤らめるとは?
この矢田の前では、決して、見せん姿だった…
私は、その姿を見て、
…この男は、ダメだ!…
…使い物にならん!…
と、気付いた…
アラブの至宝とまで、呼ばれる男だ…
いつも、周囲のものに見られている…
一挙手一投足を、観察されている…
だから、自分の行動に、責任を持たねば、ならん…
にもかかわらず、女にデレデレするとは?
自分の置かれた立場も、考えん、究極のダメ人間だった…
私は、そのことに、気付いた…
今さらながら、気付いた…
が、
リンダも、また、それに、気付かん様子だった…
きっと、自分が、モテるから、気にせんのだろうと、思った…
リンダは、性同一性障害…
カラダは、女だが、中身は、男というヤツだ…
が、
最初、この矢田と会ったときは、そんな説明ではなかった…
リンダ・ヘイワースは、とびきりの美女…
だから、どこに行っても、目立つ…
それを避けるために、普段は、男装をしている…
男の格好をしていると、言っていた…
そして、私は、それを、信じた…
男装をしている理由として、納得できたからだ…
が、
後になって、実は、性同一性障害と、告白した…
つまり、最初のときと、証言を変えたのだ…
だから、私は、今、このリンダの告白を信用していない…
一応、納得は、している…
だが、心の底からは、信用していない…
そういうことだ…
もっと、言えば、このリンダ・ヘイワースという女自体を、この矢田は、信用してないと、いうことだ…
仲は、いい…
これまで、色々、面倒は、見てもらった…
が、
心の底から、信用は、していない…
そういうことだ…
また、なにより、このリンダは、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれるほどの現在の地位を利用して、世界各国の重要人物と、繋がっている…
その筆頭は、イギリス王室のウイリアム皇太子だ…
ウイリアム皇太子を筆頭に、リンダのファンクラブを作っている…
が、
ただのファンクラブではない…
ファンクラブは、隠れ蓑…
実際は、セレブの情報網だ…
世界中のトップクラスの人物たちの、秘密の情報網…
このリンダが、なにを目的に、そんな情報網を作ったのか、この矢田の頭脳をもってしても、さっぱりわからん…
だから、油断できんのだ…
このリンダに、心を許すことが、できんのだった…
私は、今、このリンダ=ヤンを前にして、あらためて、そう思った…
私は、私の細い目をさらに、細くして、そう思って、このリンダ=ヤンを見た…
見たのだ…
すると、
「…お姉さん…どうしたの? …そんな顔をして…」
と、リンダ=ヤンが聞いた…
私は、
「…なんでもない…なんでもないさ…」
と、慌てて言った…
このリンダ…
油断できん!
油断できん女だからだ!…
だから、私の返答を聞き、一瞬、きらりと凄まじい表情で、私を睨んだが、なにも、言わんかった…
それよりも、アムンゼンを、見て、
「…アムンゼン…サウジ本国のゴタゴタをどうするつもり?…」
と、聞いた…
直球で、聞いた…
「…リンダさん…ご存知だったんですか?…」
「…ええ…」
「…だったら、正直に言いますが、ボクは、今度の争いに、関わりたくないんです…」
「…どうして、関わりたくないの?…」
「…父と、兄の抗争なんか、見るのも、聞くのも、まっぴらごめんです…」
…なんだと?…
…父と、兄の抗争だと?…
私は、驚いた…
まさか?
まさか、そんな凄い展開になるとは、思ってもみんかったからだ…
「…でも、それを止められるのは、アムンゼン…アナタだけでしょ?…」
リンダ=ヤンが、言った…
が、
アムンゼンは、答えんかった…
「…」
と、なにも、言わんかった…
「…ボクは、嫌なんです…」
と、首を横に振った…
「…肉親の争いに、首を突っ込むのは、ゴメンです…」
「…だから、その現実から、逃げるために、お姉さんと猿と、いっしょに、いるわけだ…」
「…それは?…」
「…アムンゼン…」
「…なんですか?…」
「…これは、アナタにしか、できないことでしょ?…」
「…それは…」
「…ほかの誰にでも、できることじゃない…そうでなくて?…」
「…」
「…一体、アナタが、やらなくて、誰がやるの!…」
リンダ=ヤンが、声は、低いが、明らかに、怒りを含んでいた…
現実に、目をそむけている、アムンゼンに我慢がならない様子だった…
が、
それでも、アムンゼンは、なにも言わなかった…
「…」
と、黙ったままだった…
業を煮やしたリンダが、
「…アムンゼン…アナタ…いつまで、逃げてるの?…」
と、怒った…
が、
それでも、アムンゼンは、
「…」
と、なにも、言わんかった…
「…」
と、黙ったままだった…
それから、ポツリと、
「…リンダさん…」
と、漏らした…
「…なに?…」
「…父と兄が、ケンカをすれば、どうなるか、わかりますか?…」
「…」
「…現国王と、前の国王の争いです…日本で言えば、天皇陛下と、前の天皇陛下の争いです…」
「…」
「…それは、大きな争いになります…それぞれの側近を巻き込んで、下手をすれば、国を二つに、割るかも、しれない、とてつもなく、大きな争いになるかも、しれないのです…」
「…」
「…だから、ボクは、今、迂闊に動くわけには、いかないんです…」
アムンゼンが、苦悶の表情で、告白した…
私は、それを、聞いて、
「…だから、ボクは、今、迂闊に動くわけには、いかないんです…」
と、いう言葉が、引っかかった…
つまりは、
「…今、迂闊に動くわけには、いかないんです…」
と、言っているわけだ…
その言葉の意味を裏読みすれば、
…今は、動かない…
でも、
…いずれは、動く…
と、言っているわけだ…
つまりは、
今すぐには、動かないと、いう意味に違いない…
私は、そう、気付いた…
朝の8時に、ネットカフェの前で、私とアムンゼン…そして、猿の太郎と、二人と、一匹…
それが、リンダ=ヤンと、立ち話をして、気付いた…
サウジアラビアの危機について、語ったのだ…
誰も、朝の8時に、ネットカフェの前で、サウジアラビアという国家の危機について、語っているとは、思うまい…
正直、私も思わんかった(笑)…
が、
事実だった…
真実だった…
朝の8時に、ネットカフェの前で、他国の危機について、語ったのだ…
まさか、本当のこととは、思わんかった…
事実とは、思わんかった…
が、
真実だった…
私は、猿の太郎の首についたヒモを持ち、隣には、アムンゼンがいた…
まさに、3歳の幼児にしか、見えん、アムンゼンがいた…
アムンゼン=アラブの至宝がいた…
さらに、その前には、リンダが、いた…
ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースが、男装をしていた…
つまりは、このネットカフェの前に、世界中に知られた、美人女優が男装をしていて、その前には、3歳にしか見えないが、アラブ世界の実力者がいたわけだ…
そして、その前には、平凡、そのものの、この矢田トモコと、猿の太郎がいた…
なぜか、いた…
うーむ…
正直、わけが、わからんかった…
今、サウジアラビアという大国の内政について、ハリウッドのセックス・シンボルと、アラブの至宝が、語っていた…
が、
なぜか、その場に、この矢田と太郎がいた…
これは、例えば、江戸時代であれば、将軍と、老中のようなお偉いさんが、いっしょに、国家の大事について、語っているようなものだ…
なぜか、その場に、この矢田と、猿の太郎が、いた…
麻生太郎では、ない…
吉田茂の孫ではない…
猿の太郎だ…
これは、実にありえんことだった…
まさに、驚天動地の出来事だった…
私は猿の太郎の首についたヒモを持ちながら、そんなことを、考えた…
そして、次に、
…こんなことに、巻き込まれては、堪らん…
と、気付いた…
こんなことに、巻き込まれては、命がいくつあっても、足りんと、気付いたのだ…
だから、遅まきながら、それに、気付いた私は、さっさと、その場を去ることに、決めた…
こんなことに、巻き込まれては、命がいくつあっても、足りん…
それに、気付いた私は、この場から、逃げるべく、密かに、後ずさりした…




