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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ 大道芸人編  作者: トモサン


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35歳のシンデレラ 大道芸人編 25

が、


 逃げ出せんかった…


 なぜなら、猿の太郎が、リンダに抱かれたままだからだ…


 そして、その太郎の首には、ヒモがかけられていて、そのヒモは、この矢田が、握っていた…


 だから、逃げれんかった…


 それとも…


 それとも、このヒモをリンダに、渡して、逃げようか?


 私は、悩んだ…


 真剣に、悩んだ…


 が、


 できんかった…


 できんかったのだ…


 なぜなら、太郎には、恩がある…


 その恩人、いや、恩猿の太郎を置いて、このまま、逃げるわけには、いかんかった…


 いかんかったのだ(涙)…


 また、すぐには、気付かんかったが、今、すでに、私たちの周りには、アムンゼンのボディーガードたちが、いた…


 だから、誰も、私たちに、近寄ることは、できんかった…


 真逆に、言えば、この場から、私が逃げ出すことも、できんかった…


 ならば、なぜ、このリンダは、私たち、いや、アムンゼンに近寄れたか?


 それは、このリンダが、アムンゼンと、すでに、面識があるからだった…


 さっきも、説明したように、このリンダは、アムンゼンから、


 「…今度、一度、サウジアラビアに遊びに来ませんか?…」


 と、誘われた…


 この矢田に言わせれば、口説かれた…


 が、


 当人は、そんな感覚がまるで、なかったようだった…


 しかし、この矢田に、言わせれば、そんなアムンゼンの言葉に、乗せられて、サウジアラビアに行けば、アムンゼンの妾になって、二度と、帰って来ることは、できんだろう…


 きっと、アムンゼンの愛人、2号とか、愛人、28号とかに、なるに違いない(笑)…


 なにしろ、アラブ世界は、一夫多妻制だと、聞く…


 一人の男が、何人もの妻を、囲ってもいい…


 男にとっては、夢のような世界だ…


 しかも、アムンゼンは、サウジアラビアの王族…


 さらに言えば、その王族の中で、国王に最も、近い存在…


 なにしろ、アムンゼンは、現国王の腹違いの弟だ…


 それゆえ、以前、国王の座を、我がものにせんと、クーデターを起こした…


 つまりは、自らが、国王になろうとしたのだ…


 が、


 自分は、国王には、なれない…


 なぜなら、小人症だからだ…


 国王と言えば、どこの国でも、その国の顔だ…


 それが、小人症では、困る…


 だから、なれない…


 アムンゼンは、アラブの至宝と呼ばれるほど、頭脳明晰…


 その頭脳は、アラブ世界で、一目も、二目も、置かれているほどだ…


 それでも、自らは、表には、出れない…


 アラブの至宝と呼ばれているのも、実は、アムンゼンの存在を知るものが、密かに、流した、都市伝説のようなもの…


 それが、誰だか、実体は、わからないように、して、流した…


 その方が、よりミステリアスな存在になるからだ…


 そして、それを、利用して、このアムンゼンは、国王になろうとした…


 と、いっても、実際は、国王には、なれない…


 何度も、言うように、アムンゼンが、小人症だからだ…


 小人症では、人前に出れない…


 だから、甥のオスマンを、国王にしようとした…


 オスマンは長身のイケメンだったからだ…


 オスマンは、サウジアラビア本国で、悪さをして、日本にいる、このアムンゼンに預けられた…


 が、


 それは、表向き…


 本当は、このアムンゼンを見張るためだった…


 アムンゼンは、策士…


 なにをやりだすか、わからないからだ…


 それゆえ、


「…オスマンの面倒を見てやれ…」


と、国王は、アムンゼンに命じたが、実は、アムンゼンの方が、オスマンに見張られていた…


そういうことだった…


なにしろ、アムンゼンは、一度、国王になるべく、クーデターを起こそうとした…


現国王に、取って代わろうとした…


それが、許された…


現国王が、アムンゼンの腹違いの兄だからだった…


母親が、違うとはいえ、血の繋がった実の弟を、処分することは、できなかったのだろう…


そして、もしかしたら?


もしかしたら?


 その処分に、アムンゼンの父親が、関係しているかも、しれんかった…


 私は、それに、気付いた…


 現国王と、アムンゼンは、父子ほど、歳が離れている…


 アムンゼンは、30歳…


 現国王は、50代か、それ以上…


 だから、それを、考えれば、アムンゼンの父親は、80代ぐらいだろう…


 かなり、高齢だ…


 そして、高齢ゆえに、国王の座を息子に譲ったのかも、しれんかった…


 何度も言うように、国王は、その国の顔…


 だから、なにかあったときに、自分の国は、もとより、他国に、出向かねば、ならん…


 それが、80代の高齢では、難しいだろう…


 誰もが、旅行は、疲れるものだ…


 旅行=外国訪問だ…


 その外国訪問も、80代では、体力的に、キツイだろう…


 だから、国王の座を息子に譲ったのかも、しれんかった…


 そう、考えれば、納得がゆく…


 そして、アムンゼンは、父と兄が争えば、下手をすれば、サウジアラビア本国が、真っ二つに割れる大乱になるかも、しれんと、言った…


 この言葉から、察するに、アムンゼンの父親であり、現国王の父である、前の国王は、国王から、退位したとはいえ、まだ、サウジ国内で、実力を持っているのだろう…


 そう、気付いた…


 だから、二人が争えば、大乱になると、アムンゼンは、言ったのだろう…


 たしかに、権力が、拮抗する二人が争えば、大乱になる…


 どっちが、勝つか、負けるか、わからないからだ…


 実力が、拮抗するものが、争えば、容易に、決着は、つかない…


 格闘技を例に取れば、それは、誰にも、わかる…


 そういうことだ…


 私は、アムンゼンを見た…


 さぞ、悩んでいるだろうと、思ったからだ…


 だから、


 「…アムンゼン…オマエも大変だな…」


 と、言ってやりたかった…


 が、


 そのアムンゼンを見ると、実に、羨ましそうに、リンダに抱かれた猿の太郎を見ていた…


 まるで、今にも、自分が、太郎の代わりに、リンダに抱かれたいと、思う気持ちが、ミエミエだった…


 私は、呆れた…


 実に、呆れた…


 アムンゼンが、今にも、よだれを流しそうな表情で、リンダを見上あげていたからだ…


 …情けない…


 …実に、情けない…


 アラブの至宝と呼ばれた男の、こんな姿をアラブ世界の者が、見れば、一夜にして、その権威は、失われると、思った…


 だから、


 「…アムンゼン…そんな顔は、するな!…」


 と、小さな声で、言った…


 「…なんですか? …矢田さん?…」


 アムンゼンが、キョトンとした表情で聞いた…


 「…オマエ、そんなに、羨ましそうな顔で、太郎を見るな…なにを、考えているか、バレバレだゾ…」


 私が、言うと、


 「…そんな…」


 と、アムンゼンが、照れた…


 それから、アムンゼンの近くに、行き、小声で、


 「…なんなら、この後、太郎の代わりに、アムンゼン…オマエを、抱いてやってくれ、と、リンダに頼んでやっても、いいゾ…」


 と、囁いた…


 「…ホ、ホントですか? …矢田さん?…」


 「…ホントさ…この矢田トモコ、35歳…これまで、ウソを一度もついたことのない、女さ…」


 私は、胸を張って言った…


 私の自慢の大きな胸を張って、言った…


 が、


 これが、いかんかった…


 あっさりと、アムンゼンが、


 「…ウソですね…」


 と、私のウソを見破った…


 「…なんだと? …どうして、わかる?…」


 「…この世の中の人間で、ウソをついたことのない人間など、おそらく、一人も、いません…まして、矢田さんです…きっと、ウソも多いでしょう…」


 「…なんだと?…」


 「…矢田さんは、基本的には、善人ですが、ウソも、多い…根は、善人なのですが、平気で、人を騙すときもある…」


 「…」


 「…でも、それが、人間です…とりたてて、矢田さんを、どうのこうのいうわけでは、ありません…」


 「…なんだと?…」


 「…なにより、矢田さんは、愛想がいい…正直、矢田さんは、美人ではないですが、誰からも、愛される顔です…おまけに、少々頼りない…だから、誰かが、矢田さんの面倒を見てやろうという、気にさせる…ホント、得なひとです…」


 アムンゼンが、私を評した…


 この矢田トモコを、評した…


 この矢田トモコを、評価した…


 3歳の幼児にしか、見えん、男が、35歳の立派な大人である、この矢田トモコを、評価したのだ…


 しかも、


 しかも、だ…


 その評価を、ひとつも、反論できんかった…


 なにひとつ、反論できんかった…


 その通り…


 まさに、その通りだったからだ…


 私は、なにか、言おうとしたが、言えんかった…


 言葉が、出て来んかった…


 反論する言葉が、出て来んかった…


 私は、頭に来て、アムンゼンを睨むと、なんと、アムンゼンも、私を睨み返した…


 35歳の矢田を、3歳の幼児が、睨み返したのだ…


 あっては、ならんことだった…


 やっては、いけないことだった…


 同時に、頭に来た…


 散々、面倒を見てきた、この矢田に平然と、牙を剥くアムンゼンが、許せんかった…


 許せんかったのだ…


 が、


 手を出すことは、できん…


 35歳の大人が、3歳の幼児に、手を出すことは、できんかった…


 だから、睨んだ…


 無言で、睨んだ…


 すると、アムンゼンも、負けじと、この矢田を睨み返した…


 生意気にも、睨み返したのだ…


 だから、この矢田も、負けるわけには、いかんかった…


 アムンゼンを、睨み返した…


 そして、それは、アムンゼンも、同じだった…


 つまり、この矢田と、アムンゼンは、いつしか、互いに、睨みあっていたのだ…


 しかも、お互いに、一歩も譲らんかった…


 ただ、ジッと、互いに、睨み合ったのだ…


 ただ、時間が、過ぎた…


 睨み合う時間が、過ぎた…


 すると、


 「…二人とも、いい加減にしたら…」


 と、いう声がした…


 ヤンだった…


 ヤン=リンダだった…


 「…なにが、原因か、知らないけれども、二人が、睨み合うものだから、このお猿さん、困った顔をしているわ…」


 「…なんだと?…」


 「…きっと、このお猿さん…お姉さんのことも、アムンゼンのことも、好きなのだろうと、思う…」


 「…なに?…」


 「…二人が、好きだから、その二人が、ケンカしているから、哀しそうな表情に…」


 言われてみれば、太郎が、実に、哀しそうな顔をしていた…


 リンダに抱かれているにも、かかわらず、実に、哀しそうな顔をしていた…


 私は、これまで、こんな太郎の顔を見たことがなかった…


 だから、止めた…


 アムンゼンと睨み合うことは、止めた…


 私は、太郎に、


 「…すまんかったさ…」


 と、詫びた…


 「…オマエを哀しませて、すまんかったさ…」


 私は、太郎に詫びた…


 誠心誠意、詫びた…


 「…だったら、お姉さん…アムンゼンと、仲直りして…」


 リンダが、告げた…


 「…なんだと?…」


 「…お姉さんが、アムンゼンと仲直りしないと、このお猿さん…きっと、哀しいままよ…」


 リンダが、告げた…


 私は、そう言われると、どうして、いいか、わからんかった…


 正直、太郎のためとは、いえ、アムンゼンに、詫びるのは、嫌だった…


 が、


 太郎を、哀しませるわけには、いかんかった…


 だから、アムンゼンに詫びるしかなかった…


 ゆえに、仕方なく、アムンゼンに詫びようとした…


 が、


 先に、アムンゼンが、


 「…申し訳ありませんでした…」


 と、私に頭を下げた…


 私に詫びた…


 「…自分が、大人げ、ありませんでした…」


 「…なんだと?…」


 「…自分の立場を忘れてました…」


 アムンゼンが、答えた…


 私は、アムンゼンのいう立場が、なにを言ってるのか、わからんかった…


 が、


 アムンゼンが、自分から、頭を下げたのは、嬉しかった…


 私が、頭を下げずに済むからだ…


 私の面子が立つからだ…


 それを、見た、リンダが、


 「…やはり、アムンゼンは、大人ね…人間が、出来てる…」


 と、褒めた…


 アムンゼンは、リンダの言葉に、


 「…そんなことは…」


 と、言いながら、顔を赤らめた…


 私は、黙って、それを見た…


 言いたいことはあるが、あえて言わなかった…


 敵に塩を送った…


 敵=アムンゼンに、塩を送った…


 そんな上杉謙信のような気分だった…


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