35歳のシンデレラ 大道芸人編 21
そして、私が夜中に、そんなことを、考えていると、
「…どうしました? …矢田さん、眠れないんですか?…」
と、アムンゼンが、聞いて来た…
私は、驚いた…
まさか、このアムンゼンが、起きていたとは、思わんかったからだ…
だから、
「…なんだ? …オマエも起きていたのか?…」
と、声をかけた…
すると、アムンゼンは、子供ながら、人差し指を、唇に当て、
「…シッ…矢田さん…声が、大きすぎます…太郎さんが、寝ています…」
と、小さな声で、言った…
私は、そのアムンゼンの声で、太郎を見た…
太郎は、スヤスヤと、気持ちよさそうに、眠っていた…
私は、その太郎の寝顔を見て、ホッとした…
同時に、癒された…
「…太郎は、私の恩人さ…」
私は、小さな声で、言った…
「…太郎が、いなければ、私は、生きて行くことが、できんかったさ…」
私は、告白した…
「…私は、平凡な女さ…とりたてて、取柄もないさ…でも、そんな私を太郎が助けてくれたのさ…」
私は、呟いた…
なんだか、涙が出てきそうだった…
事実、それほど、太郎には、感謝していた…
すると、隣で、アムンゼンが、
「…矢田さんは、不思議なひとですね…」
と、しみじみと、漏らした…
「…不思議? …なにが、不思議なんだ?…」
「…だって、矢田さんが、葉尊さんの家を出ても、実家に、戻って、働けば、すむ話でしょ? …それが、どうして、太郎さんと…」
アムンゼンが、痛いところを突いた…
たしかに、その通りなのだが、実は、実家に帰ることは、できんかった…
できんかったのだ(涙)…
それは、なぜかと、問われれば、一言で言えば、私が、
…35歳のシンデレラ…
だから、だった…
つまりは、私が玉の輿に乗れた…
それが、世間に知られている…
いや、
世間では、半年ちょっと前だから、忘れているとは、思うが、実家や、実家付近では、忘れられているはずが、なかった…
だから、帰れんかった(涙)…
実家に戻れば、親になんと言われるか、わからんし、まして、私が、実家に戻ったことが、バレれば、近所のひとたちの噂に上るのは、火を見るより、明らか…
だから、戻れんかった(涙)…
そして、そんな思いを抱きながら、街を歩いていたときに、偶然、この太郎と再会した…
まさに、偶然だった…
太郎が、ひとりで、街を歩いていたのだ…
あのアンナのところから、逃げ出したに違いなかった…
そして、私と太郎のやりとりを見た、路上のひとたちが、勝手に、私を大道芸人と間違えて、お金をくれた…
まさに、風が吹けば桶屋が儲かるでは、ないが、ありえんことが、起こった…
この矢田の想定外のことが、起こったのだ…
が、
それを、このアムンゼンに説明しても、わかるかどうか…
アムンゼンは、バカではない…
子ども、でもない…
見かけは、3歳の幼児だが、中身は、30歳の大人…
しかも、アラブの至宝と呼ばれるほど、優れた頭脳の持ち主だ…
が、
それでも、私のいうことが、理解できるか、どうかは、わからんかった…
なぜなら、アムンゼンは、サウジアラビアの王族だからだ…
日本とサウジアラビアという文化の違いも、あるところに、身分もまるで、違う…
生まれたときから、庶民とは、違う生活をしている…
お金の苦労とは、無縁の生活をしている…
そんなアムンゼンに、私の置かれた状況を切々と訴えても、理解できるか、どうかは、わからんかったと、思った…
いや、
理解は、できるに違いない…
が、
おそらく、実感が、湧かないに違いない…
当たり前のことだ…
自分が、経験してないことだ…
理解は出来ても、実感が湧かないに決まっている…
だから、そう考えると、このアムンゼンになんと言っていいか、わからんかった…
ただ、
「…私も、これまで、私ひとりで生きてきたわけじゃないのさ…」
と、アムンゼンに言った…
「…どういう意味ですか? …矢田さん…」
「…私が、実家に戻ることで、親に迷惑は、かけれんということさ…」
「…どうして、矢田さんが、実家に戻ると、親に迷惑をかけるんですか?…」
「…私が、有名人だからさ…」
「…どういうことですか?…」
「…平凡な私が、台湾の大富豪の跡取り息子と結婚して、親も、喜んだし、近所でも、有名になったさ…それが、私が、離婚して、実家に戻れば、世間から、なんと言われるか、わからんさ…」
「…でも、矢田さんは、葉尊さんと、まだ離婚したわけじゃないでしょ?…」
「…したようなものさ…」
「…したようなものって?…」
「…今さら、戻れんのさ…」
「…どうして、戻れないんですか?…」
「…覆水盆に返らずさ…」
私は、力なく、言った…
実際、葉尊となにか、あったわけでは、まったくないが、あのバカ、バニラと大喧嘩をしたのは、まずかった…
あのバカ、バニラは、葉尊の実父、葉敬の愛人…
それを、忘れて、バカ、バニラと大喧嘩をしたのは、まずかった…
なにしろ、まもなく、葉敬は、台湾から来日する…
その直前に、あのバカ、バニラと大喧嘩をしたのは、まずかった…
「…クソチビ、オマエなんか、葉敬が、来日したら、葉敬に、言いつけてやる!…」
と、バカ、バニラが、私に啖呵を切った…
鬼のような形相で、啖呵を切った…
バカ、バニラの碧い目が、怒りに燃えていた…
この矢田に対する怒りで、燃えていた…
が
私は、それが、許せんかった…
このバカ、バニラが、私に歯向かうことが、許せんかった…
私より、はるか年下の21歳にも、かかわらず、35歳の私に歯向かうことが、許せんかった…
「…やれるなら、やってみるが、いいさ…」
私は、大声で、怒鳴った…
「…オマエなんか、お義父さんに捨てられて、用無しさ…お義父さんは、オマエよりも、もっと若くて、美人に乗り換えるさ…」
私は、言ってやった…
その途端、バニラの顔色が変わった…
私は、思いがけず、バニラの痛いところを突いたのだった…
きっと、バニラもまた、葉敬の女関係が、不安だったのだろう…
いっしょに、住んでいないのだから、なおさらだった…
「…クソチビ…テメエは、許さん!…」
バニラが、啖呵を切り、私は、
「…許さんのは、私さ…」
と、応じた…
そして、私とバニラは、戦った…
いや、
私が、逃げ出した…
180㎝の、バカ、バニラと、159㎝の私が、殴り合って、勝てるわけが、なかったからだ(苦笑)…
だから、一目散に逃げだした…
その結果、残念ながら、私が、家を出ることになった…
葉敬に遭わす顔が、なくなったからだ…
私は、そんなことを、思いながら、
「…アムンゼンは、親は元気か?…」
と、聞いた…
なにげなく、聞いたのだ…
が、
アムンゼンは、答えんかった…
なぜだかは、わからない…
私は、なぜ、アムンゼンが、答えんのか、わからんかったので、もう一度、聞こうとした…
が、
聞けんかった…
アムンゼンの顔が、至極、真剣な表情になっていたからだ…
私は、そんなアムンゼンの顔を、これまで、見たこともなかった…
私の知っているアムンゼンは、いつも、ニコニコしていた…
ニコニコする子供を演じていたからだ…
ホントは、30歳にもかかわらず、小人症だから、3歳の外見しかない…
それゆえ、アムンゼンは、いつも、笑っていた…
正真正銘の子供を演じていた…
もちろん、初めは、違った…
そうでは、なかった…
むしろ、不機嫌そうだった…
そして、その気持ちも、わかった…
ホントは、30歳にも、かかわらず、3歳にしか見えないものだから、本物の3歳の幼児たちといっしょに、セレブの保育園に通っている…
それが、苦痛でないはずが、なかったからだ…
ホントは、30歳の大人が、外見が、同じだからと、3歳の子供たちと、いつもいっしょにいれば、メンタルが、おかしくなるに、決まっている…
だから、不機嫌だった…
が、
このアムンゼンは、なぜか、その後、明るくなった…
それは、マリアが、いたからだった…
マリアが、アムンゼンの面倒を見てやったからだった…
マリアは、周囲の園児たちと、仲良くできないアムンゼンの面倒を見て、やろうとしていた…
それを、最初は、余計なお世話だと感じていたアムンゼンだったが、徐々に、アムンゼンが、マリアに惹かれた…
自分のために、動いてくれる、マリアを好きになった…
そういうことだ…
そして、この矢田だった…
このアムンゼンは、なぜか、この矢田になついた…
それは、ある事件がきっかけだったが、それを契機に、この矢田を見ると、
「…矢田さん…矢田さん…」
と、なついてきた…
ホントは、30歳の大人だから、いかに、私が、35歳の大人であれ、なつくという表現は、おかしいのかも、しれんが、その表現が、ぴったりだった…
リンダに言わせると、この矢田は、他人を明るくさせる才能があるらしい(苦笑)…
そんな才能が、この私にあるはずもないが、このアムンゼンが、当初、この矢田と出会ったときと、比べると、見違えるほど、明るくなったのは、たしかだった…
そして、噂では、それは、サウジ本国でも、密かに、話題になっていると、リンダが、言っていた…
リンダこと、リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…
その名声を利用して、イギリスのウイリアム皇太子を筆頭に、セレブの情報網を作っている…
だから、世界情勢に明るい…
世界情勢、いや、世界のセレブの情勢に明るい…
アムンゼンの変貌が、サウジ国内の王族の中で、話題になっていることを、リンダは、聞きつけたのだろう…
「…アムンゼンが明るくなったのは、本国では、驚きの目で、見られているわ…頭脳優秀だけれども、どこか、ひとを見下したところのある、アムンゼンは、一部の王族の不評を買っていた…でも、それが、別人のように、明るくなったから、一体、なにが、あったんだと、話題になってる…」
たしか、リンダは、そんなふうに、言っていた…
「…でも、その陰にお姉さんがいることが、わかった…」
「…私が、いることだと?…」
「…日本の35歳のシンデレラと呼ばれたお姉さんと知り合って、アムンゼンが、別人のように明るくなった…それで、とりわけ、アムンゼンの両親が、大喜びしていると、聞いたわ…」
「…アムンゼンの両親だと?…」
…たしか、アムンゼンは、サウジアラビアの現国王の腹違いの弟…
ということは、アムンゼンの父親は、現国王の父親…
私が、そんなことを、思い出していたときだった…
「…実は、最近、本国で、色々あって…」
と、アムンゼンが、力なく、語り出した…




