35歳のシンデレラ 大道芸人編 20
私は、
「…なんだ? …オマエ、その笑いは?…」
と、アンナに聞いてやりたかった…
アンナに、問い詰めてやりたかった…
が、
せんかった…
なにも、せんかった…
このアンナという女は、ただ者ではない…
っていうか、どこか、胡散臭い…
胡散臭い感じがするのだ…
私は、真っ先に、それに、気付いた…
だから、私が、このアンナになにを聞こうと、まともに、答えるわけがないと、考えたのだ…
そして、アンナもまた、私の心に、気付いたか、どうかは、わからんが、すぐに、笑みを消した…
だから、このアンナが、笑みを見せたのは、一瞬…
ほんの一瞬の出来事だった…
だから、中には、このアンナが、笑みを見せたことに、気付かん人間も、いるかも、しれんかった…
が、
いつまでも、そんなことを、考えていても、仕方がない…
「…アンナ…さっさと、席に戻れ…この太郎を連れて、戻れ…」
と、アンナに命じた…
「…わかりました…」
アンナは、素直に、従った…
「…さあ、太郎…戻りましょう…」
アンナが、太郎に手を差し伸べた…
が、
太郎は、それを拒否した…
首を横に振って、拒否した…
しかも、
しかも、だ…
その間、しっかりと、この矢田の手を握りしめていた…
誰が見ても、アンナといっしょにいるのは、嫌だと、拒否していた…
それを、知ると、アンナの碧い瞳に、怒りが、現れた…
自分の命令に、従わなかったのが、悔しいのだろう…
次の瞬間、
「さっさと、来なさい!…」
と、アンナが、キツイ声で、怒鳴った…
私は、太郎が、可哀そうになった…
なぜなら、太郎は、このアンナに怒鳴られたときに、ギュッと、この矢田の手を固く握り締めたからだ…
たぶん、恐怖のためだった…
だから、
「…アンナ…このままで、いいさ…」
と、私は、言った…
「…このままって、どういう意味?…」
「…この太郎は、この矢田といっしょに、いるさ…」
「…お姉さんと、いっしょに?…」
アンナが、碧い目を丸くした…
「…そうさ…それでいいだろ? …このバスの中だ…逃げ出すことは、不可能さ…」
私が、説明すると、アンナも、納得した…
「…たしかに、お姉さんの言う通り…このバスの中からは、逃げ出すことは、できない…」
と、一人ごとを呟いた…
それから、
「…でしたら、お姉さんに、お任せします…」
と、言って、私にペコリと頭を下げて、元の自分の席に、戻った…
そして、その一部始終を、同じサロンバスに乗った、他の乗客たちが、息を殺して、見ていた…
このやりとりの一部始終を、息を殺して、見守っていた…
私は、それに、気付くと、首筋が寒くなったというか…
正直、ゾッとした…
なにやら、嫌な予感がしたのだ…
なぜなら、さっきの、このサロンバスの急停車…
偶然とは、思えんかったからだ…
このサロンバスが、急停車したから、アンナが、このサロンバスに持ち込んだ、猿の太郎を、入れた、バスケットの箱が、外れて、太郎が、逃げ出した…
たしかに、話の辻褄は合う…
が、
それが、本当か、どうかは、わからんかった…
むしろ、私に言わせれば、このサロンバスが、急停車したから、そのタイミングに合わせて、あのアンナが、この太郎をわざと、このサロンバスの中に離した可能性の方が、高いと思った…
が、
なぜ、あのアンナが、そんなことをするのか、理由が、わからんかった…
もしかしたら?
もしかしたら?
その狙いは、このアムンゼン…
この小人症のアムンゼンでは、ないのか?
私は、思った…
このサロンバスの中で、このアムンゼン以上の金持ちは、いない…
このアムンゼン以上の権力者は、いない…
いや、
このサロンバスだけではない…
今回、動物園に向かっている、このセレブの保育園の数台のサロンバスの中でも、このアムンゼン以上の大物は、いない…
その大物ゆえに、このサロンバスの近くに、自分の護衛を乗せた、金色のロールスロイスを走らせていると、私は、思った…
要するに、このアムンゼンは、常時、護衛をつけて、外に出向く存在…
片時も、ボディーガードたちが、アムンゼンの傍から、離れることは、ない存在…
ハッキリ言えば、誰かから、常に命を狙われる存在だった…
つまりは、それほどの大物だったということだ…
だから、ハッキリ言えば、なにが、あっても、まずは、このアムンゼンを中心に考える…
アムンゼンが、狙われているのでは?
と、考える…
それが、普通だった…
普通の考えだった…
私は、ふと、ネットカフェの中で、考えていた…
これまでの経緯を考えていた…
暗闇の中、偶然、目を覚まして、眠れんから、考え続けていた…
私の近くには、猿の太郎と、アムンゼンがいた…
私は、この猿の太郎と、アムンゼンといっしょにいて、正直、心細かったが、なぜか、幸せだった…
理由は、よくわからんかった…
おそらくは、この太郎と、アムンゼンが、私を好きだから、私は、幸せなのだろうと、考えた…
誰もが、同じだろう…
誰もが、自分を好きだと、言ってくれる人間を、嫌いな人間は、いない…
当たり前のことだ…
それを思えば、以前、職場で、誰もが、振り返って見るような美人の女がいて、その美人を、好きな平凡な男がいたことを、思い出した…
ハッキリ言って、その男に、その美人を、どうこうできるわけでは、なかったが、その美人も、まんざらではない様子だった…
つまりは、その美人は、自分を好きな平凡な男と付き合うつもりはないが、自分を好きだと言ってくれる以上、嫌いではないということだろう…
付き合うつもりは、さらさらないが、自分を好きだと、言ってくれる以上、嫌いには、なれない…
そういうことだろう…
ちょうど、それは、アイドルとファンの関係に似ている…
傍から、見れば、美人は、アイドルであり、平凡な男は、ファン…
ちょうど、その関係に似ている…
美人=アイドルは、自分を推してくれる、ファン=平凡な男が、好き…
自分を推してくれる=好きになってくれているからだ…
しかし、だからといって、アイドルが、ファンと恋愛したり、結婚したり、することはない…
その関係と似ている…
私は、当時、その美人と、その美人を好きな平凡な男を見て、そう、思ったものだ…
そして、その後のことは、わからない…
その後、その二人が、どうなったのは、わからない…
なぜなら、私は、その職場を辞めてしまったからだ(笑)…
だから、その後、その二人が、どうなったのかは、わからない…
が、
十中八九、二人が、結ばれることはなかったろう(笑)…
これは、断言できる…
なぜなら、美人に、少しでもその気が、あれば、相手が、いかに平凡な男でも、相手をするはずだからだ…
相手をする=一回や二回ぐらいは、デートするものだからだ…
それがないのだから、はなから相手には、していないということだ…
そして、私は、他人事ながら、互いに、それでいいのでは?
と、思った…
なぜなら、そんなアイドルとファンのような関係から発展して、恋愛や結婚をしても、うまくいくとは、思えないからだ…
上下関係といってしまえば、それまでだが、最初から、上=美人と、下=平凡な男と、いう関係で、結婚すれば、互いに、なにか、あったときに、
美人の方は、あんな男でも、美人の私が、結婚してあげたのに…
と、なるし、平凡な男からすれば、
あんな美人が、自分と結婚してくれたのは、嬉しかったが、いつまでも、家で、女王様のように、振る舞うのは、勘弁してほしい…
と、なる…
つまり、結婚した当時は、互いに、女王と臣下の関係でも、構わないと思うかも、しれないが、その関係が、ずっと続くと、さすがに、疲れるということだ…
疲れる=勘弁してほしいとなるものだ…
だから、その二人は、結婚しないで、良かっただろうと、他人事ながら、思った…
そして、なにより、その男は、ルックスで、その美人に憧れた…
これは、ある意味、一番まずい(苦笑)…
なぜなら、ルックスのみで、相手に憧れる者は、男女を問わず、次にも、やはり、ルックスが、良い異性を選ぶだろう…
だから、平凡な相手が、偉くなったり、金を稼ぐようになって、異性をよりどりみどり選べるようになれば、いかに、ルックスが、良くても、捨てられる可能性がある…
なぜなら、ルックスは、年齢と共に、衰えるからだ…
ルックスが、衰えれば、相手にとっては、用無しとなる…
だから、怖い…
また、そうでなくても、ルックスのみで、選べば、例えば、前出の美人を例に挙げれば、平凡な男も、この後、もっと美人に会える可能性もある…
そのときに、どうなるか?
普通に考えれば、いつまでも、自分になびかない美人より、新しく知り合った美人に、アタックするだろう…
その方が、以前知り合った美人よりも、自分と付き合ってくれる可能性が高いからだ…
当たり前のことだ…
そして、そんなことを、考えたとき、つくづく、自分で、自分を評価するほど、他人は、自分を評価しないことに、気付くものだ…
今の例からすれば、その平凡な男は、それまで好きだった美人が、自分を相手にしてくれないから、別の美人にいった…
つまり、その男にとって、その美人は、その程度の価値しかない…
その程度の価値=その程度しか、好きでないということだ…
それが、現実だ…
誰もが、自分が、思うほど、自分を好きになってくれないものだ…
そして、問題なのは、美人であれ、イケメンであれ、自分が、思っているほど、モテないものだ…
いや、
表面上は、モテても、その美人やイケメンと、本気になって、結婚したいと、思うのは、案外少ないものだ…
要するに、遊びは、いいが、結婚は嫌…
そういうことだ(笑)…
そして、世の中、案外、それが多いものだ(爆笑)…
だから、前出の美人を例に取れば、その後、十年、二十年経っても、結婚していない可能性すらある…
なぜなら、どんな人間も、本気になって、自分と結婚したいと、思う異性は、案外少ないものだからだ…
いざ、結婚となると、果たして、この相手で、良かったのか?
と、悩むものだからだ…
それが、ウソだと思うなら、周囲に子供を堕胎した女が、いかに、多いか、考えれば、わかる…
要するに、遊びは、いいが、結婚は、困るということだ(笑)…
だから、お腹の中に宿った子供は、おろしてもらう…
そういうことだ…
私は、ふと、そんなことを、思った…
この矢田トモコ、35歳…
これまで、さまざまな職場を転々としてきた…
たまたま、短大を出たときに、就職氷河期だったから、就職できんかったからだ…
が、
そのおかげで、さまざまなひとたちと会うことが、できた…
だから、今言った美人の例も挙げることが、できた…
そして、それは、財産…
おおげさに言えば、私の財産だった…
なぜなら、本を読んだり、ネットの記事を見れば、そんなことは、わかるが、経験に勝るものは、ないからだ…
ひとから、聞いたものは、参考には、なるが、イマイチ納得できんことがあるものだ…
本当に、そんなことがあるのか?
とか、
話を盛ってないか?
とか、
思うことがあるからだ…
だから、自分が、経験したことに、勝ることはない…
今さらながら、思った…
そして、そんなことを、考えながら、夜を過ごした…




