35歳のシンデレラ 大道芸人編 19
「…さ、猿? …どうして、猿が、こんなところに?…」
私は、文字通り、呆気に取られた…
そして、それは、私の近くに、いた、マリアとアムンゼンも、同じだった…
「…さ、猿?…」
アムンゼンが、仰天した…
が、
真逆に、マリアは、
「…お猿さん!…」
と、言って、ビビった…
私は、そんなマリアの反応に、驚いた…
が、
すぐに、このマリアが、猿が苦手であることを、思い出した…
マリアの母親のバニラが、私に告げたことを、思い出した…
たしか、バニラは、このマリアが、テレビを見て、猿が、温泉に入っているのが、気味が悪いと、言ったと、言っていた…
猿が、人間のような真似をするのが、気味が悪いと、言っていた…
そう言われれば、わからんでもないが、普通は、
「…カワイイ!…」
とか、いうものだ…
が、
マリアは、違った…
正直、おかしなヤツだと思ったが、それだけだった…
誰もが、同じではない…
世の中には、ニシキヘビを飼っている人間も、いる…
私には、理解できんが、そういう人間もいる…
つまりは、ひとそれぞれ…
ひとそれぞれ、嗜好が違うということだ…
が、それは、ともかく、この状況に、戸惑った…
私は、なんと言っていいか、わからんかった…
が、
現実として、この猿が、私の隣にいることは、事実…
紛れもない事実だった…
この事実を受け入れねば、ならん…
私は、思った…
そして、猿は、凶暴であることを、思い出した…
猿は、一見、おとなしそうに、見えるが、実は、凶暴…
しかも、素早い…
この矢田など、この猿にかかっては、手も足も出ん…
その事実に、気付いた…
だから、
「…マリアも、アムンゼンも、この猿に手を出しちゃ、ダメさ…」
と、注意した…
「…猿は、凶暴さ…子供のオマエたちに、太刀打ちできる相手じゃないさ…」
「…だったら、矢田さんは、太刀打ちできるんですか?…」
アムンゼンが、聞いた…
私は、すぐに、
「…ムリさ…」
と、答えた…
「…私ごときで、歯が立つ相手じゃないさ…」
「…だったら、どうすれば?…」
「…このバスの乗客の中で、この猿を、持ち込んだ者が、いるはずさ…そいつに頼めば、いいさ…」
私は、断言した…
誰かが、この猿を、このバスの中に、運んだに違いなかった…
ハエや蝶ではないのだから、偶然、このバスの中に、入っていることは、ありえんからだ…
私が、そう考えていると、マリアが、
「…このお猿さんの飼い主のひとは、出てきて…」
と、大声で、叫んだ…
当然、この猿の飼い主は、このバスの中に、いるはずだからだ…
が、
すぐには、出て来んかった…
やはりというか…
まさか、自分が、この猿を、バスの中に、持ち込んだと、知られるのは、マズいと、思ったのかも、しれんかった…
これは、困った…
私は、思った…
この矢田に、この猿を捕まえることは、できん…
いかにも、簡単に捕まえられそうに、見えるが、簡単に捕まえられるはずが、ないからだ…
私は、黙って、この猿を見た…
すると、この猿もまた、この矢田を見た…
つまりは、互いが、近距離で、睨み合った…
まるで、恋人同士かなにかのように、見つめ合った…
だから、余人ならば、簡単に、この猿を捕まえられると、思うかも、しれんかった…
が、
この矢田は、違った…
そんな簡単に猿を捕まえることなど、できるはずも、ないことが、わかっていたからだ…
だから、なにも、言わず、ただ、睨み合った…
まるで、お見合いのように、ただ、睨み合った…
すると、どこかで、
「…お姉さん…」
と、いう声が聞こえた…
私は、反射的に、
「…なんだ?…」
と、答えた…
そして、振り向いた…
そこには、あのアンナが、立っていた…
アンナ・カレーニアが、立っていた…
「…この猿は、私の猿です…」
アンナが、言った…
「…ご迷惑をおかけして、申し訳ありません…」
「…オマエの猿だと?…」
「…ハイ…」
「…証拠は、あるのか?…」
「…証拠は、このバスケットです…」
アンナは、バスケットを前に出した…
「…このバスケットの中に、猿の太郎を入れて、運んできました…」
「…太郎だと?…」
「…ハイ…」
「…そうか…」
私は、言った…
そのバスケットと、太郎を交互に見比べてみた…
たしかに、猿の太郎が、入る大きさのバスケットだった…
「…でも、どうしてだ? …どうして、その太郎という名前の猿が、出てきたんだ?…」
「…それは、さっき、このバスが、急停車して…」
…そうか!…
合点がいった…
このバスが、さっき、急停車したものだから、このバスケットの鍵が、外れて、この猿が、外に出てきたのかも、しれんかった…
が、
それは、納得いったが、そもそも、このアンナが、猿をバスケットに入れて、このバスの中に、持ち込んだのが、わからんかった…
一体、どうして、そんな真似をしたのか、わからんかった…
だから、
「…アンナ…オマエは、どうして、その猿を、このバスの中まで、運んで来たんだ?…」
と、聞いた…
聞かずには、いれんかった…
「…実は、この猿は、拾ったんです…」
アンナが、告白した…
「…なに、拾っただと?…」
「…ハイ…ですから、今日、動物園に行くことになったので、その動物園で、預かってもらえないか、どうか、相談しようと思って…」
「…なんだと?…」
「…やはり、家で、猿を飼うのも、どうかと、思いまして…」
「…そうか…」
私は、言った…
なるほど、そういうことか?
合点がいった…
私は、思った…
が、
ということは、どうだ?
今、このアンナという女は、この猿を太郎と、呼んだが、それは、このアンナが、勝手に名付けた名前なのか?
ふと、疑問に思った…
だから、
「…アンナとやら…ということは、この猿の名前が、太郎というのは、オマエが、名付けたのか?…」
「…そうです…」
「…どうして、そう名付けたんだ?…」
「…だって、日本では、男は、太郎…女は、花子が、昔からの名前の付け方でしょ?…」
「…たしかに、そうだが…」
「…だから、太郎と名付けました…」
あっけらかんと、アンナが、告げた…
私は、アンナが、この猿に太郎と名付けた理由が、あまりにも、単純だから、驚いた…
が、
考えて見れば、それも、納得する…
外人が、日本人の名前を覚えるのは、難しい…
が、
男は、太郎…
女は、花子…
と、考えれば、単純だ…
だから、名付けたんだろうと、思った…
そう、思いながら、この太郎を、見た…
すると、太郎も、私を見た…
互いに、睨み合った…
が、
なぜか、私は、この太郎に敵対心を感じんかった…
そして、それは、この太郎も、同じだったようだ…
だから、私は、そっと、手を伸ばして、太郎のカラダに触ろうとした…
すると、太郎もまた、そっと、この矢田に向かって、手を伸ばした…
私と太郎は、その場で、固い握手を交わした…
なぜか、互いに、手を伸ばして、握手したのだ…
途端に、
「…ウソォ!…」
という声が聞こえた…
アンナの声だった…
「…なにが、ウソなんだ?…」
「…だって、太郎が、お姉さんと握手するなんて?…」
「…私と握手しては、いかんのか?…」
「…いえ、そういうことじゃなくて…」
「…だったら、どういうことなんだ?…」
「…この太郎は、用心深いんです…」
「…用心深いだと?…」
「…だから、滅多に、ひとに、なつきません…私だって、太郎の機嫌が悪いときは、無視されます…それなのに、お姉さんは…」
アンナが仰天の告白をした…
私は、アンナの告白を受けて、あらためて、この太郎を見た…
すると、太郎もまた、私を見ていた…
「…矢田さん…太郎さんに好かれているんですよ…」
アムンゼンが、言った…
「…私が、好かれているだと?…」
「…矢田さんは、みんなに好かれます…」
「…みんなに好かれるだと?…」
「…矢田さんを嫌いになるひとは、いません…」
「…なんだと?…」
「…この保育園でも、矢田ちゃんを嫌いなひとは、誰もいないもの…」
マリアが、付け加えた…
私は、そういうものかと、思った…
私は、ひとに好かれると、もう何度も、言われてきた…
が、
イマイチ、納得できんかった…
なぜなら、私は、平凡だからだ…
平凡そのものだからだ…
それから、再び、猿の太郎を見た…
太郎は、私の手をしっかりと、握っていた…
そして、それは、私も、同じだった…
が、
今度は、太郎は、すでに、握手している片手だけではなく、空いていた片手でも、この矢田の手を握り締めた…
つまりは、両手で、この矢田と握手した…
私は、驚いた…
まさか、両手で、握手されるとは、思わんかったからだ…
これでは、この矢田が、片手で、太郎と握手するのは、太郎に対して、非礼…
太郎に、対して、失礼だと、思った…
だから、私も、残る手で、太郎と、固く握手をした…
つまり、私と太郎は、二人?とも、両手で、固く握手を交わした…
こんなことは、初めてだった…
まさか、私が、猿と固く握手するとは、思わんかったからだ…
だが、
全然、嫌ではなかった…
むしろ、楽しかった…
相手が、人間では、なくても、固く握手することで、私が、相手に、受け入れられたと、思ったからだ…
そう思いながら、ふと、見ると、アンナが、少しだけ、笑っているように、見えた…
少しだけ、口元が、笑っているように、見えた…
実に、意味深な笑いだった…




