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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ 大道芸人編  作者: トモサン


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19/87

35歳のシンデレラ 大道芸人編 19

「…さ、猿? …どうして、猿が、こんなところに?…」


 私は、文字通り、呆気に取られた…


 そして、それは、私の近くに、いた、マリアとアムンゼンも、同じだった…


 「…さ、猿?…」


 アムンゼンが、仰天した…


 が、


 真逆に、マリアは、


 「…お猿さん!…」


 と、言って、ビビった…


 私は、そんなマリアの反応に、驚いた…


 が、


 すぐに、このマリアが、猿が苦手であることを、思い出した…


 マリアの母親のバニラが、私に告げたことを、思い出した…


 たしか、バニラは、このマリアが、テレビを見て、猿が、温泉に入っているのが、気味が悪いと、言ったと、言っていた…


 猿が、人間のような真似をするのが、気味が悪いと、言っていた…


 そう言われれば、わからんでもないが、普通は、


 「…カワイイ!…」


 とか、いうものだ…


 が、


 マリアは、違った…


 正直、おかしなヤツだと思ったが、それだけだった…


 誰もが、同じではない…


 世の中には、ニシキヘビを飼っている人間も、いる…


 私には、理解できんが、そういう人間もいる…


 つまりは、ひとそれぞれ…


 ひとそれぞれ、嗜好が違うということだ…


 が、それは、ともかく、この状況に、戸惑った…


 私は、なんと言っていいか、わからんかった…


 が、


 現実として、この猿が、私の隣にいることは、事実…


 紛れもない事実だった…


 この事実を受け入れねば、ならん…


 私は、思った…


 そして、猿は、凶暴であることを、思い出した…


 猿は、一見、おとなしそうに、見えるが、実は、凶暴…


 しかも、素早い…


 この矢田など、この猿にかかっては、手も足も出ん…


 その事実に、気付いた…


 だから、


 「…マリアも、アムンゼンも、この猿に手を出しちゃ、ダメさ…」


 と、注意した…


 「…猿は、凶暴さ…子供のオマエたちに、太刀打ちできる相手じゃないさ…」


 「…だったら、矢田さんは、太刀打ちできるんですか?…」


 アムンゼンが、聞いた…


 私は、すぐに、


 「…ムリさ…」


 と、答えた…


 「…私ごときで、歯が立つ相手じゃないさ…」


 「…だったら、どうすれば?…」


 「…このバスの乗客の中で、この猿を、持ち込んだ者が、いるはずさ…そいつに頼めば、いいさ…」


 私は、断言した…


 誰かが、この猿を、このバスの中に、運んだに違いなかった…


 ハエや蝶ではないのだから、偶然、このバスの中に、入っていることは、ありえんからだ…


 私が、そう考えていると、マリアが、


 「…このお猿さんの飼い主のひとは、出てきて…」


 と、大声で、叫んだ…


 当然、この猿の飼い主は、このバスの中に、いるはずだからだ…


 が、


 すぐには、出て来んかった…


 やはりというか…


 まさか、自分が、この猿を、バスの中に、持ち込んだと、知られるのは、マズいと、思ったのかも、しれんかった…


 これは、困った…


 私は、思った…


 この矢田に、この猿を捕まえることは、できん…


 いかにも、簡単に捕まえられそうに、見えるが、簡単に捕まえられるはずが、ないからだ…


 私は、黙って、この猿を見た…


 すると、この猿もまた、この矢田を見た…


 つまりは、互いが、近距離で、睨み合った…


 まるで、恋人同士かなにかのように、見つめ合った…


 だから、余人ならば、簡単に、この猿を捕まえられると、思うかも、しれんかった…


 が、


 この矢田は、違った…


 そんな簡単に猿を捕まえることなど、できるはずも、ないことが、わかっていたからだ…


 だから、なにも、言わず、ただ、睨み合った…


 まるで、お見合いのように、ただ、睨み合った…


 すると、どこかで、


 「…お姉さん…」


 と、いう声が聞こえた…


 私は、反射的に、


 「…なんだ?…」


 と、答えた…


 そして、振り向いた…


 そこには、あのアンナが、立っていた…


 アンナ・カレーニアが、立っていた…


 「…この猿は、私の猿です…」


 アンナが、言った…


 「…ご迷惑をおかけして、申し訳ありません…」


 「…オマエの猿だと?…」


 「…ハイ…」


 「…証拠は、あるのか?…」


 「…証拠は、このバスケットです…」


 アンナは、バスケットを前に出した…


 「…このバスケットの中に、猿の太郎を入れて、運んできました…」


 「…太郎だと?…」


 「…ハイ…」


 「…そうか…」


 私は、言った…


 そのバスケットと、太郎を交互に見比べてみた…


 たしかに、猿の太郎が、入る大きさのバスケットだった…


 「…でも、どうしてだ? …どうして、その太郎という名前の猿が、出てきたんだ?…」


 「…それは、さっき、このバスが、急停車して…」


 …そうか!…


 合点がいった…


 このバスが、さっき、急停車したものだから、このバスケットの鍵が、外れて、この猿が、外に出てきたのかも、しれんかった…


 が、


 それは、納得いったが、そもそも、このアンナが、猿をバスケットに入れて、このバスの中に、持ち込んだのが、わからんかった…


 一体、どうして、そんな真似をしたのか、わからんかった…


 だから、


 「…アンナ…オマエは、どうして、その猿を、このバスの中まで、運んで来たんだ?…」


 と、聞いた…


 聞かずには、いれんかった…


 「…実は、この猿は、拾ったんです…」


 アンナが、告白した…


 「…なに、拾っただと?…」


 「…ハイ…ですから、今日、動物園に行くことになったので、その動物園で、預かってもらえないか、どうか、相談しようと思って…」


 「…なんだと?…」


 「…やはり、家で、猿を飼うのも、どうかと、思いまして…」


 「…そうか…」


 私は、言った…

 

 なるほど、そういうことか?


 合点がいった…


 私は、思った…


 が、


 ということは、どうだ?


 今、このアンナという女は、この猿を太郎と、呼んだが、それは、このアンナが、勝手に名付けた名前なのか?


 ふと、疑問に思った…


 だから、


 「…アンナとやら…ということは、この猿の名前が、太郎というのは、オマエが、名付けたのか?…」


 「…そうです…」


 「…どうして、そう名付けたんだ?…」


 「…だって、日本では、男は、太郎…女は、花子が、昔からの名前の付け方でしょ?…」


 「…たしかに、そうだが…」


 「…だから、太郎と名付けました…」


 あっけらかんと、アンナが、告げた…


 私は、アンナが、この猿に太郎と名付けた理由が、あまりにも、単純だから、驚いた…


 が、


 考えて見れば、それも、納得する…


 外人が、日本人の名前を覚えるのは、難しい…


 が、


 男は、太郎…


 女は、花子…


 と、考えれば、単純だ…


 だから、名付けたんだろうと、思った…


 そう、思いながら、この太郎を、見た…


 すると、太郎も、私を見た…


 互いに、睨み合った…


 が、


 なぜか、私は、この太郎に敵対心を感じんかった…


 そして、それは、この太郎も、同じだったようだ…


 だから、私は、そっと、手を伸ばして、太郎のカラダに触ろうとした…


 すると、太郎もまた、そっと、この矢田に向かって、手を伸ばした…


 私と太郎は、その場で、固い握手を交わした…


 なぜか、互いに、手を伸ばして、握手したのだ…


 途端に、


 「…ウソォ!…」


 という声が聞こえた…


 アンナの声だった…


 「…なにが、ウソなんだ?…」


 「…だって、太郎が、お姉さんと握手するなんて?…」


 「…私と握手しては、いかんのか?…」


 「…いえ、そういうことじゃなくて…」


 「…だったら、どういうことなんだ?…」


 「…この太郎は、用心深いんです…」


 「…用心深いだと?…」


 「…だから、滅多に、ひとに、なつきません…私だって、太郎の機嫌が悪いときは、無視されます…それなのに、お姉さんは…」


 アンナが仰天の告白をした…


 私は、アンナの告白を受けて、あらためて、この太郎を見た…


 すると、太郎もまた、私を見ていた…


 「…矢田さん…太郎さんに好かれているんですよ…」


 アムンゼンが、言った…


 「…私が、好かれているだと?…」


 「…矢田さんは、みんなに好かれます…」


 「…みんなに好かれるだと?…」


 「…矢田さんを嫌いになるひとは、いません…」


 「…なんだと?…」


 「…この保育園でも、矢田ちゃんを嫌いなひとは、誰もいないもの…」


 マリアが、付け加えた…


 私は、そういうものかと、思った…


 私は、ひとに好かれると、もう何度も、言われてきた…


 が、


 イマイチ、納得できんかった…


 なぜなら、私は、平凡だからだ…


 平凡そのものだからだ…


 それから、再び、猿の太郎を見た…


 太郎は、私の手をしっかりと、握っていた…


 そして、それは、私も、同じだった…


 が、


 今度は、太郎は、すでに、握手している片手だけではなく、空いていた片手でも、この矢田の手を握り締めた…


 つまりは、両手で、この矢田と握手した…


 私は、驚いた…


 まさか、両手で、握手されるとは、思わんかったからだ…


 これでは、この矢田が、片手で、太郎と握手するのは、太郎に対して、非礼…


 太郎に、対して、失礼だと、思った…


 だから、私も、残る手で、太郎と、固く握手をした…


 つまり、私と太郎は、二人?とも、両手で、固く握手を交わした…


 こんなことは、初めてだった…


 まさか、私が、猿と固く握手するとは、思わんかったからだ…


 だが、


 全然、嫌ではなかった…


 むしろ、楽しかった…


 相手が、人間では、なくても、固く握手することで、私が、相手に、受け入れられたと、思ったからだ…


 そう思いながら、ふと、見ると、アンナが、少しだけ、笑っているように、見えた…


 少しだけ、口元が、笑っているように、見えた…


 実に、意味深な笑いだった…


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