35歳のシンデレラ 大道芸人編 13
私が、今、大道芸人として、生きている原因…
それは、そもそも、あのバカ、バニラと派手なケンカをしたのが、原因だった…
そして、あのバカ、バニラと派手なケンカをして、まもなく、義父の葉敬が、台湾から、来日することになった…
だから、私は、困った…
義父の葉敬に、どういう顔をしていいか、わからなかったからだ…
バカ、バニラは、葉敬の愛人…
バニラの娘のマリアは、葉敬との間にできた娘…
それを、考えれば、どう考えても、この矢田が不利…
圧倒的に、不利な立場だった…
「…どういうことですか? …お姉さん?…」
と、この矢田が、来日した葉敬に問い詰められるのは、目に見えている…
だから、逃げ出した…
私は、葉尊と住む、家から、逃げ出したのだ…
そして、幸か不幸か、この太郎と出会った…
この太郎との出会いは、まさに、僥倖だった…
予想もしない幸運だった…
偶然、この太郎と出会い、この太郎が、なぜか、この矢田になつき、この矢田といっしょになった…
そして、二人が、いっしょにいて、そのやりとりが、なぜか、周囲の人間にウケた…
それが、大道芸人、矢田トモコの誕生の瞬間だった…
正確にいえば、私は、ただ、猿の太郎の首にかかったヒモを持っていただけだが、なぜか、大道芸人になっていた…
そして、そんなことを、考えれば、この太郎は、恩人…
まぎれもない恩人だった…
この矢田の人生の中で、一番と言っていいかも、しれない恩人だった…
私は、ネットカフェで、この猿の太郎の寝顔を見て、思った…
人間と猿だ…
友情など、あるわけないと、思う人間も、いると、思う…
が、
この矢田にとっては、まさに、恩人だった…
相手が、猿だろうと、人間だろうと、関係ない…
この矢田は、心の底から、この太郎に恩義を感じていた…
なぜなら、この矢田は、この猿の太郎が、いなければ、これまで、生きて行くことが、できんかったからだ…
この猿の太郎が、いなければ、どうしていいか、わからんかったからだ…
が、
この猿の太郎と、偶然、知り合い、助けてもらった…
だから、太郎は、恩人…
紛れもない、恩人だった…
ホントは、太郎は、人間ではなく、猿だから、恩猿だった…
私は、ネットカフェに、泊まりながら、そんなことを、考えた…
すると、同じく、ネットカフェに泊まったアムンゼンが、
「…どうしました? …矢田さん?…」
と、聞いて来た…
私は、
「…なんでもない…なんでもないさ…」
と、言って、ごまかした…
が、
アムンゼンは、それが、真っ赤なウソだとわかっていても、なにも、言わなかった…
文句の一つも、言わなかった…
そして、このアムンゼンを見て、つくづく、変わっていると、思った…
ホントは、このアムンゼンが、この矢田と太郎といっしょに、大道芸を始めた日の終わりの日の夜になったとき、
「…この後、矢田さんは、どうされるんですか?…」
と、聞いて来た…
「…どうすると、言われても…」
「…なんなら、この後、ホテルを手配します…サウジの大使館に命じて、どこか、近くのホテルの部屋を取らせます…」
アムンゼンが、あっさりと、告げた…
私は、そんなアムンゼンの言動に、腹が立った…
「…アムンゼン…オマエな…」
私は、つい、声を大にして、言った…
「…今日の昼間も、言ったが、自分が、働いた金で、ホテルに、泊まれ!…」
「…どういうことですか?…」
「…オマエは、大金持ちかも、しれんが、今日、オマエが、稼いだのは、この矢田と、猿の太郎と、オマエが、3人で、稼いだ金額が、すべてだ…それを、3人で、分けるんだ…それが、オマエの稼いだ金だ…」
「…」
「…その金で、豪華なホテルに泊まれるか? 安いビジネスホテルが、せいぜいさ…でも、私は、そのビジネスホテルも、高く感じるから、今、ネットカフェに泊まっているのさ…」
私は、言った…
このアムンゼンの発言が、許せなかったのだ…
しかしながら、ホントは、この矢田も、アムンゼンの気持ちは、わかった…
このアムンゼンは、生まれながらの大金持ち…
サウジアラビアの王族だ…
サウジアラビアの現国王の腹違いの弟だ…
以前は、現国王を追放して、自分が、国王になろうとして、クーデターまで、起こしかけて、サウジアラビアから、追放された過去まで、ある…
つまりは、なにを言いたいかと、言えば、このアムンゼンは、この矢田とは、違うということだ…
だから、この矢田と同じ視点で、ものを見るのは、間違っているということだ…
それは、日本で、言えば、天皇陛下に、向かって、汗水垂らして、働けと、言っているようなもの…
先代の天皇陛下=現上皇陛下が、退任の際に、いみじくも、おっしゃったように、天皇は、仕事…
ただ、その仕事の中身が、普通のひとと、違うだけだ…
例えば、外国からの要人が、日本に、やって来たときに会う…
それが、仕事だ…
それを、アムンゼンに当てはめても、同じだろう…
このアムンゼンは、おそらく、サウジアラビアのために、動いている…
あるいは、アラブ世界のために、動いている…
だから、アラブの至宝と呼ばれているのだろう…
つまりは、なんらかの形で、サウジアラビア、あるいは、アラブ世界のために、動いている…
それが、仕事だ…
私や太郎が、猿回しの仕事をして、お金を稼ぐのとは、わけが違う…
仕事の内容が、違うのだ…
だから、ホントは、この矢田が、アムンゼンに、文句を言うのは、筋違いというか…
間違っていると、思った…
なにより、このアムンゼンが、泊まるのは、一流ホテルに決まっている…
それが、今、お金がないから、ネットカフェに泊まる、この矢田と、いっしょに、考えるのが、そもそも、おかしい…
私は、思った…
が、
そうは、思いながらも、どうしても、言わずには、いれんかった…
いれんかったのだ…
そして、このアムンゼンは、この矢田の言動にも、なぜか、怒らんかった…
少しばかり、考え込んでいた…
それから、
「…矢田さんの気持ちも、わかります…」
と、告げた…
「…働かざる者、食うべからずですね…」
「…そうさ…」
「…要は、身の丈に合った生活をしろと、言いたいわけですね…」
「…そうさ…」
「…わかりました…このボクも、矢田さんと、太郎さんと、いっしょに、ネットカフェに泊まりましょう…」
「…なんだと?…」
「…だったら、護衛は、どうする? …サウジアラビアから、派遣された、オマエのボディーガードたちは、どうする?…」
「…ボクと同じネットカフェに泊まってもらいます…」
「…なんだと?…」
「…これもいい、社会勉強です…矢田さんといっしょに、ネットカフェに泊まりましょう…彼らの見識を広げる、いい機会です…」
「…なんだと?…」
「…彼らも、一生、ボクのボディーガードをしているわけではないです…将来は、サウジアラビアに帰り、それぞれ、しかるべき仕事に就きます…ですから、この日本にいるときは、できるだけ見分を広げたほうが、いい…その方が、少しでも、自分の世界が、広がります…」
「…」
「…矢田さん?…」
「…なんだ?…」
「…人間は、経験です…本を読んだり、ネットで、調べても、それは、所詮、単なる知識…単なる情報を得たことにしか、なりません…ひとは、体験しなければ、身にならない…」
アムンゼンが、したり顔で、言った…
私は、このアムンゼンを見て、油断できんと、思った…
たかだか、この矢田と、猿の太郎と、いっしょに、ネットカフェに泊まることだけで、ここまで、理論武装するとは?
油断できんヤツだと、思った…
私は、今、このアムンゼンと、猿の太郎と、いっしょに、ネットカフェで、ひとつの部屋に泊まりながら、そんなやりとりを、思い出していた…
「…アムンゼン…オマエ…変わっているな…」
と、隣にいる、アムンゼンに声をかけた…
「…変わっている? …ボクが?…」
「…そうさ…」
「…どうしてですか?…」
「…私や太郎といっしょに、ネットカフェに泊まって、なにが、面白い? …オマエなら、一泊100万円のホテルでも、無制限に使えるはずさ…」
「…それは、矢田さんが、いるからです…」
「…私が、いるから?…」
「…そうです…そして、それは、ボクのボディーガードたちも、同じだと、思います…矢田さんが、近くにいることで、彼らも、毎日を楽しんでいます…」
「…楽しむだと?…」
「…矢田さんを、嫌いな人間なんて、この世に存在しません…」
「…そうか?…」
だが、あのバニラは、別だゾ…
あのバカ、バニラは!…
私は、言ってやりたかった…
が、
言えんかった…
なにしろ、あのバカ、バニラと、大げんかをして、逃げるように、葉尊と住むマンションを飛び出した私だ…
が、
そんなことは、おくびにも出さす、私と猿の太郎と、いっしょに、大道芸を見せれば、バニラの娘のマリアとの仲を取り持ってやると、言って、このアムンゼンを仲間に引きずり込んだ…
そんな後ろめたい過去がある…
だから、言えんかった…
私を嫌いな人間が、いると、言えんかった…
私を敵と思い、日夜、目の敵にする人間が、この世にいるとは、言えんかった(涙)…
話は、バニラの娘である、マリアが、通うセレブの保育園で、授業の一環? で、動物園に行くことになったことに、戻る…
バニラは、世界的に著名なモデル…
それが、マリアの母親であると、世間にバレると、困る…
だから、ホントは、保育園の行事で、マリアが、動物園に行く際に、保護者として、参加しなくては、ならんのだが、できんかった…
顔バレしては、困るからだ…
だから、バニラは、この矢田に、自分の代わりに、保護者として、マリアに付き添ってくれと、頼み、私は、それを、引き受けた…
それに、問題は、なかった…
バニラは、黒いサングラスをかけて、顔がバレないようにして、黒いベンツで、私とマリアを、マリアの通うセレブの保育園にまで、送り届けた…
おまけに、そのとき、バニラは、わざと、男物のスーツを着ていた…
バニラは、女ながら、180㎝の長身…
しかも、痩せている…
だから、わざと男物のスーツを着込んで、黒いサングラスをかけて、ベンツを運転してくれば、自分だと、バレないと、思って、変装したのだ…
つまりは、それほど、自分の正体が、バレることに、慎重だった…
まあ、なにしろ、世界的に有名なトップモデルである、バニラ・ルインスキーに子供がいると、世間にバレては、困る…
商売上、困るだろう…
なにしろ、バニラは、まだ21歳…
そんな21歳と若いバニラ・ルインスキーが、実は、3歳の娘の母親と、世間に知られれば、イメージダウンに繋がる…
そして、それは、仕事に直結する…
変な話、バニラは、女をウリにしている…
これは、モデルだけでなく、女優もそう…
若いときは、大抵が、美人であることを、ウリにしている…
だから、その美人が、子持ちでは、困るということだ…
それでは、ハッキリ言えば、価値が落ちるということだ…
せめて、独身ならば、まだいいが、バニラは、結婚は、していないが、義父の葉敬の愛人…
しかも、二人の間は、うまくいっている…
だから、それが、世間にバレれば、困る…
それがバレれば、仕事が、激減するだろう…
そして、それを、誰よりも、バニラ本人が、わかっている…
それゆえ、マリアの母親として、保育園の行事に参加することが、できない…
また、バニラの目標は、この後、モデルから、女優に転身すること…
バニラの身近には、その成功した事例として、リンダが、いる…
ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれる、リンダ・ヘイワースが、いる…
バニラにとって、リンダは憧れ…
リンダのようになりたいと、思っている…
そして、リンダが、ハリウッドのセックス・シンボルと言われるのは、その美貌も、あるが、なにより、独身であるからだ…
結婚していては、ハリウッドのセックス・シンボルになれない…
そういうことだ…
まして、子持ちでは、ムリ…
それゆえ、バニラもまた、子持ちであることが、バレないように、世間に、隠すしかない…
要するに、バニラは、ハンデを背負って、モデルを続けているということだ…
が、
そのハンデは、決して、バニラ本人にとっては、嫌なものではないだろう…
バニラは、マリアを溺愛している…
仮に、マリアの存在を世間に知られ、人気が、急落しても、落胆することは、あっても、仕方がないと、腹をくくるだろう…
仕事を取るか?
娘を取るか?
その選択を迫られたときには、間違いなく、娘を取るに、決まっているからだ…
だが、
その娘が、問題だった…
娘=マリアが、問題だった…
ハッキリ言えば、マリアのせいで、バニラと大喧嘩になり、それが、きっかけで、この矢田は、夫の葉尊と住む、マンションを飛び出し、流浪の旅に出た…
流浪の旅=大道芸人への道を歩み出したのだった(涙)…




