↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/7

火星人体験談第三話

※この小説は完全なるフィクションです SF小説としてお楽しみいただけると幸いです 


 いつも『火星人体験談』をお読みいただき、本当にありがとうございます!前回は、一日四十八時間という火星のぶっ飛んだ時間感覚や、口の中で大爆発する謎のグルメ『極薄スープ玉』を初めて食べた晴人。第3話となる今回は、いよいよ晴人の火星での初出勤をお届けします。地球のブラックIT企業でボロボロになるまで鍛え上げられた泥臭いスキルが、まさかの形で火星の最先端システムを救うことに……!?それでは、第3話をお楽しみください!

「おはようございます、ハルトさん。今日から我が社のIT部門を支える一員として、大いに期待していますよ」

火星の首都シドニアシティの一角にある『マーズ・デジタル・ソリューションズ』のオフィスで、俺 佐藤晴人は緊張の面持ちで頭を下げていた。案内されたオフィスは、地球のそれよりも遥かに快適だった。最新のテラフォーミング技術によって室内の気圧と重力は完全に地球の標準値へと擬似調整されており、広々としたエルゴノミクス仕様のデスクの前には、空間に浮かび上がるホログラムディスプレイが整然と並んでいる。迎えてくれた人事担当のベテラン火星人類であるルク社長は、満面の笑みで3本の触手を揺らした。

「さて、まずは我が社の勤務形態について説明しておきましょう。ハルトさん、我が社は火星でもトップクラスの『ホワイト企業』を自負しています」

「ホワイト企業……。その言葉、地球のブラックITで干からびていた俺には、何よりの救いです」

「ふふ、そうでしょう。我が社の基本シフトは、ズバリ『1日24時間勤務』です!」

「……はい?」

俺は一瞬、耳を疑った。自分の翻訳機能がバグったのかと思った。今、この触手社長は満面の笑みで24時間勤務と言わなかったか。

「あの、ルク社長。24時間勤務というのは……文字通り、丸一日働き続けるということでしょうか?」

「ええ、そうです。朝の八時に出勤したら、翌朝の八時までデスクワークです」

やっぱりブラックじゃねえか。俺は心の中で絶叫した。地球のブラック企業だって、名目的には「8時間労働」と謳う。それを初手から24時間と言い切るあたり、この赤い惑星は地球以上のディストピアなのかと絶望が脳裏をよぎる。しかし、ルク社長は首を傾げ、心外そうに触手を振った。

「おや、何か不満ですか? ハルトさん、忘れないでください。ここは火星です。火星の1日は『48時間』ですよ?」

「あ……」

言われてみれば、そうだ。火星の自転周期は地球の約2倍。つまり、1日が48時間あるのだ。

「24時間働いたとしても、残りの24時間は完全なプライベートタイムです。さらに我が社は、その24時間勤務を3日連続で行った後は、3日間完全休みというローテーションを採用しています」

俺は脳内で素早く計算した。3日間で働く時間は計72時間。そして次の3日間は丸々休み。年中無休、残業月二百時間オーバー、サビ残当たり前だった元・地球の社畜である俺からすれば‥‥。

「……3日働けば、3日間は完全に自由。呼び出しもなしですか?」

「もちろんです。休日に業務連絡を入れることは法律で厳しく禁止されていますからね」

「実質、週休3日の超ホワイト企業じゃないですか……!」

俺は感動のあまり涙ぐんだ。丸一日働く過酷さはあるが、終われば丸一日寝て、さらに丸一日遊べる。地球時代の睡眠時間3時間、休日出勤ありの地獄に比べれば、ここは天国のような環境だった。

「よし、労働環境に納得してもらえたところで、さっそく初仕事に入ってもらいましょう」

ルク社長に連れられて配属されたのは、開発第三チーム。そこには、頭を抱えてディスプレイを睨みつけている同僚たちがいた。

「おいおい、また金星のデータと同期がズレたぞ!」

「海王星からの決済リクエスト、タイムスタンプが百時間前になってる! 仕様変更なんて聞いてないぞ!」

デスクのあちこちから悲鳴が上がっている。どうやら相当タフなトラブルが起きているようだ。チームリーダーの火星人、ガリ副部長が俺に気づき、死にそうな顔でホログラムの仕様書をこちらに投げてよこした。

「おお、君が地球から来たハルトか! 挨拶は抜きだ、悪いがすぐに手を貸してくれ。今、我が社の一大プロジェクトである『星間貿易決済システム』が、時差のバグで完全停止しているんだ!」

「時差、ですか?」

「そうだ! 現在、太陽系は極端な『星間経済冷戦』の真っただ中にある。貿易相手の環境が違いすぎるんだ!」

ガリ副部長が空中に映し出した星間マップには、各惑星の狂ったようなスペックが記載されていた。金星は1日わずか12時間。人口72億人の超超過密大星で、2倍のスピードで経済が回る爆速社会。対する海王星は1日なんと120時間。人口4560億人の超巨大スロー帝国で、時間の流れが遅すぎて1回の会議に地球時間で3日かかるという。これはタナカから聞いた

「この1日12時間の金星と、1日120時間の海王星、精度が我が1日48時間の火星。この3つの異なる自転周期を持つ惑星間で、リアルタイムに貨幣を決済しなきゃならん。だが、星ごとのタイムゾーン計算が複雑すぎて、プログラムが無限ループを起こしてクラッシュしちまうんだ!」

ガリ副部長は髪をかきむしる。

「火星のトップエンジニアたちを集めて、最新のAIコンパイラで30時間計算させたが、一向に解決の糸口が見えない。このままだと、金星からの輸入スープ玉の決済が滞り、我が社の信用はガタ落ちだ!」

提示されたソースコードを覗き込む。そこには、複雑怪奇な高次元の数式と、最新の量子言語で書かれたスパゲティコードが広がっていた。AIが自動生成したというそのコードは、確かに美しいが、例外処理が多すぎてお互いに干渉し合い、完全にデッドロックを起こしている。しかし、それを見た俺の感想は違い、これなら規則性があるだけマシだと思った。地球のIT業界を舐めてはいけない。あそこには、国ごとに異なる意味不明な夏時間、数年に一度ランダムに挿入される「うるう秒」、さらには「元号の変更」といった、天文学的・政治的な理不尽が溢れかえっている。それらをすべて、過去のレガシーシステムと帳尻を合わせながらワンオペで修正してきたのが、この俺だ。金星の12時間も、海王星の120時間も、自転周期という絶対的な物理法則に基づいている。なら、数式を高度にする必要なんてない。基本に立ち返ればいいのだ。

「ガリ副部長。ちょっと、キーボードを借りてもいいですか?」

「え? ああ、構わんが……最新の量子数式が理解できるのか?」

「いいえ。そんな高尚なものは使いません」

俺はホログラムディスプレイに向かって猛烈な勢いで手を動かし始めた。俺が施したのは、最新のAIが好むようなエレガントな多次元関数ではない。地球の全エンジニアが新人の頃に叩き込まれる、あまりにも泥臭く、しかし絶対に揺るがない古典的な構文――「絶対時間への一元化」と、「愚直な条件分岐」だ。まず、金星、火星、海王星の時間を、すべて太陽の絶対放射周期を基準とした「標準宇宙秒」に変換する。星ごとの時間の進み方を、ただの「係数」として固定するのだ。その上で、各星からのリクエストを一度キューに溜め込み、絶対時間の順にソートして1件ずつ処理していく。

「おい、ハルト……! 君は何をしているんだ? そんな原始的なコード、教科書でしか見たことがないぞ!」

「AIが生成した美しい数式を、ただの条件分岐で上書きしていくなんて、正気か!?

周囲の火星人エンジニアたちがざわつき始める。彼らにとってプログラミングとはAIに命令して作らせる高次元の芸術であり、人間が泥臭くロジックを組み立てるものではなくなっていたのだ。だが、俺のタイピングは止まらない。地球で培った、納期前夜の限界突破モード。指先が残像を結ぶほどの速度で、レガシーかつ堅牢なコードを構築していく。

「よし……これで、例外処理の無限ループをすべてバイパスさせました。コンパイルします!」

俺がエンターキーの空間を強く叩くと、赤く点滅していたエラー画面が一瞬で静まり返った。次の瞬間、システム正常稼働、決済エラーゼロ、処理速度従来比四〇〇パーセントに向上という、合成音声の無機質なアナウンスがオフィスに響き渡った。

「な……」ガリ副部長が目を見開く。

「すごいな……! 決済が、通った!? 海王星の百時間前のデータが、1ミリ秒の遅延もなく処理されているぞ!」

「AIが導き出せなかった最適解を、地球の古典的な構文だけで解決したというのか……!」

オフィスのエンジニアたちが、一斉に立ち上がった。彼らの目は、さっきまでの侮りから、完全な「納得」へと変わっていた。

「なんて合理的で、なんて力強いコードだ……! これぞ、失われた人間のプログラミングの極致!」

「ハルト、君は一体、地球でどんな訓練を積んできたんだ……!?」

「いや、ただのデスマーチを生き抜いてきただけですけど……」

俺が苦笑いしながら頭を掻くと、オフィスは割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。火星での初仕事は、大成功で幕を閉じたのだった。初日の24時間勤務が終了した。時計は翌朝の八時。退勤の手続きを終えてオフィスを出ようとすると、見慣れた複数の触手が、俺の肩をぽんと叩いた。

「おう、ハルト。初日からいきなり派手にぶち上げてくれたな。お疲れさん」

振り返ると、そこにいたのはタナカだった。地球からこの赤い惑星に放り出され、第一話で死にそうになっていた俺を事故から救い出してくれた、命の恩人である火星人だ。タナカというのは俺が勝手に呼んでいるあだ名ではなく、彼自身のちゃんとした名前である。

「タナカ! わざわざ迎えに来てくれたのか?」

「ああ、お前の記念すべき火星での初出勤だからな。心配で見にきてみれば、オフィス中のエンジニアがお前を神話でも見るような目で崇めてるじゃねえか。あのガリ副部長が目を丸くして感心してたぞ」

「あはは……。地球のブラック企業で揉まれてただけだよ。あっちじゃ毎日こんな突貫工事をワンオペでやらされてたからね」

「出たな、地球仕込みの技術。何はともあれ、これで初日の成果給はしっかり出ただろ?」

タナカの言葉に、俺は手元の電子マネー端末を覗き込んだ。そこにはルク社長から手渡されたばかりの『50クレジット』という数字が表示されている。日本円にして約2715円相当。初日の基本給とは別枠の、本日の歩合ボーナスだ。「

うん、50クレジット入ってた。タナカ、少ないかもしれないけど、これ……!_」

俺は端末をタナカに向けた。命を助けてもらったのは事実だが、そのときにかかった莫大な治療費や、このシドニアシティでの生活基盤を整えるための費用として、俺は今、タナカに対して『そこそこの額の借金』を背負っている。一刻も早くこの恩人に金を返して、対等な友人になりたかった。しかし、タナカは数本の触手をひらひらと振って、俺の端末を押し戻した。

「バカ言え、そんなはした金は受け取らねえよ。ハルト,その金は自分のために使え。借金なら、お前がこっちの生活に完全に慣れて、もっとガッポリ稼げるようになってからでいいって言っただろ?」

「でも……」

「いいから。お前は今日で3連勤目が終わったんだろ? 火星の法律は厳しいからな、明日からの3日間は会社からの呼び出しも一切なしの完全なオフだ。48時間、ひたすら休んでろ。……あ、でも腹は減ってるだろ? まずは美味いもんでも食いに行こうぜ。俺が奢ってやるよ」

タナカはそう言って、大きな目を細めて不器用そうに笑った。地球のブラック企業でボロボロになり、気がつけば火星で借金生活。だけど、この温かい火星人の優しさに触れるたび、俺はここでならもう一度やり直せると思えるのだった。

「ありがとう、タナカ。じゃあ、お言葉に甘えて……あの路地裏の定食屋に行こう。昨日失敗したアレに、どうしてもリベンジしたいんだ」

タナカと並んでオフィスの自動ドアをくぐり外に出ると、火星の少し青みがかった朝日が、赤い大地を優しく照らしていた。丸一日働き通したはずなのに、不思議と体は軽かった。そのまま二人で歩いていると、昨日入った時は慌てすぎて全く目に入っていなかった、店の古びた看板が不意に視界に飛び込んできた。『マースフーズ』。あ、この店、そんな名前だったんだな……と、今更になって気づく。俺たちはそのマースフーズののれんをくぐり、カウンターに腰を下ろしてお馴染みのメニューを注文した。

「親父さん、例の『極薄スープ玉』を二つ」

「おう、新入り。昨日、口の中で大爆発させてたやつだな? 凝りずにまた食うか。……お、タナカも一緒か」

ガハハと笑う店主から、透明なゼリー状の球体が差し出される。昨日、俺はこれを不用意に噛みちぎり、火星の低い気圧のせいでスープを顔中に炸裂させた。だが、今の俺は昨日までの俺じゃない。火星の複雑なシステムを修正したエンジニアだ。このスープ玉の仕様だって、すでに頭の中で経験済み。スープ玉を箸でつまみ、口の中へ放り込む。そして、唇をこれでもかと固く閉じ――ぷちん。口の中で、薄い膜が優しく弾けた。次の瞬間、濃厚な鶏ガラと焦がしネギの旨味が、爆発的な勢いで口いっぱいに広がっていく。熱々のスープが喉を通り抜け、冷えた体に染み渡る。

「……美味いっ!!」

「ほう、綺麗に食えたじゃねえか。お前、もう立派な火星人だな」

店主がニヤリと笑う。隣でタナカもスープ玉を器用に口に放り込み、よくやったと触手をパチパチと叩いてくれた。帰り道、24時間後に待つ次のシフトに思いを馳せながら、俺は青い太陽を見上げた。地球では捨て駒のようだった俺のスキルが、この火星では誰かを救う武器になる。タナカに借金をきっちり叩き返し、この広大で奇妙な惑星で胸を張って生きていくために。俺、佐藤晴人の新しいエンジニアライフは、まだ始まったばかりだ。



第四話に続く

第三話をお読みいただきありがとうございました!!!!

ついに晴人の初出勤 地球のブラック企業時代で養われたスキルが火星で使われ初日で大金星ですね

もし「ハルトの泥臭いコード、最高!」「タナカいい奴だな!」と思ってくださったら、ぜひブックマーク登録や、評価(☆☆☆☆☆を★★★★★に!)で応援していただけると、執筆の物凄いエネルギーになります!

第四話は8月4日前後に更新予定ですぜひお楽しみにーー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。