火星人体験談第二話
※本作は「火星での体験談」という体で描かれる、完全なフィクション(SF小説)です。作中の生態環境や国際情勢(1日48時間、人口20億人、金星・海王星の冷戦など)はすべて架空のものであり、実在の人物、団体、実際の宇宙開発・科学的事実とは一切関係ありません。
※本作の文章制作の補助として、生成AI(AIツールによる文章作成補助)を使用しています。
「さて、晴人。新しい身体の調子はどうだ?」
自称・環境調査員の火星人、コードネーム『タナカ』は、相変わらず軽い調子で俺の肩を叩いた。
「最高、としか言いようがないな。3日徹夜した後のあのドロドロした疲れが、完全に消え去ってる。ナノマシンってすげえな」
俺はエメラルドグリーンになった自分の両手を何度も握ったり開いたりした。 肌はツヤツヤしているし、心なしか地球にいた頃より健康的な体つきになった気すらする。何より、この赤茶けた火星の大気を吸い込むたびに、炭酸飲料を飲んだ時のような心地よい刺激が全身を駆け巡るのだ。
「気に入ってもらえて何よりだ。……っと、その前に」
タナカが指をパチンと鳴らすと、彼の着ているスーツの襟元から青い光が走り、一瞬で俺のボロボロだった私服(ブラック企業の社畜仕様)が、タナカと同じようなスマートな火星の衣服へと変形した。
「おおっ! 服までハイテク!」
「火星の標準的なスマートウェアだ。汚れは自動で分解するし、温度調節も完璧。お前の地球人モードの時でもちゃんとフィットするから安心しろ。……でだ、晴人」
タナカは急に真面目な顔になって、メガネのブリッジを押し上げた。
「お前を救命して、その服を支給して、これから飯を食わせる。これ全部、俺の自腹だ。つまり、お前は今、俺にそこそこの借金がある。わかるな?」
「ゲェッ!? 命の恩人だけど、ちゃっかり借金背負わされてる!?」
「当たり前だろ、火星は資本主義だぞ。というわけで、お前、今日から仕事探せよ」
「急に現実的だなおい!」
タナカに連れられて、俺たちは黒い金属床のプラットフォームから、空中を走る透明なチューブのようなエスカレーターに乗り込んだ。 下を見下ろすと、改めてその光景に圧倒される。 地球の4分の1の面積に、20億人。 超高層ビルが密集しているせいで、街全体が巨大な立体パズルのようだ。ビルとビルの間を、光の尾を引く近未来的なエアカーの群れがビュンビュンと飛び交っていた。 そんなハイテク都市を眺めながら、俺はふと、頭上の広告にあったニュースを思い出した。
「なあタナカ。さっき広告で見たんだけど、『金星と海王星が冷戦中』ってマジなのか?」
「ああ、ガチだ。太陽系は今、完全に真っ二つに分かれてる。中でも我が【金星陣営(内惑星連合)】のリーダーである金星は、太陽系を代表するトップクラスの『大星』さ。何せ、地球の90%ほどの面積しかない狭い大地に、なんと人口72億人がひしめき合って暮らしてる超・高密度国家だからな。物凄いエネルギー資源と資金力を牛耳ってるんだよ」
「面積が地球の9割なのに、人口72億人……!? 火星の20億人も多いと思ったけど、金星は次元が違うな」
「それだけじゃねえぞ。金星は自転速度の関係でな、【1日がわずか12時間】しかないんだ。だからあいつらは、とにかく24時間、超ハイテンポで働き、超ハイテンポで生きる、ギラギラしたスピード狂の集まりさ。で、俺たち火星や水星、地球もその金星側に味方して、物資やインフラを融通し合ってる」
「なるほど……。じゃあ、敵対してる【海王星側(外惑星連合)】はどんな感じなんだ?」
俺が尋ねると、タナカはブルッと大げさに身震いしてみせた。
「あいつらは別次元の怪物だよ。リーダーの海王星はな、【面積が地球の57倍】もある超巨大惑星だ。そして、その広大な氷の世界に、なんと【人口4560億人】という想像もつかねえ超大量の人間がひしめいてる。木星、土星、天王星を従える、外惑星連合の絶対的な超巨大帝国さ」
「4560億人……!? もう数字が大きすぎて頭がバグりそうだ……」
「さらにヤバいのが時間感覚だ。海王星はな、【1日120時間】もあるんだよ」
「120時間!? 火星の48時間すら長いのに、その2.5倍!?」
「ああ。だからあいつらは、金星陣営のスピード狂どもとは真逆で、もの凄くスローで、冷徹で、じっくりと物事を進めるインテリの集まりなんだ。1日12時間の超高速国家『金星』と、1日120時間の超低速巨大帝国『海王星』。この二つが睨み合ってる冷戦中だから、その中間にある我が火星も、いつ一触即発になるか分からない緊迫した状態ってわけさ」
「なるほどな……。時間の流れが全然違う国同士の冷戦か。めちゃくちゃ根が深そうだ……」
宇宙規模の国際情勢に驚いていると、チューブを抜けた先にある、活気あふれる巨大なビルへと到着した。ホログラムで大きく『火星中央職業安定所』と書かれている。火星版のハローワークだ。
「ささ、着いたぞ。お前、地球では機械系の仕事をやってたんだろ? 火星は超ハイテク社会だから、プログラマーの需要はいくらでもあるはずだ。受付に行ってこい」
「日本のハローワークとシステムは同じなんだな……」
俺は少し緊張しながら、緑の肌の女性職員が座る受付窓口に座った。 タナカが事前に俺の履歴書データを送ってくれていたらしく、職員の女性はホログラムの画面を見ながら、首のエラをペコペコと楽しげに動かした。
「サトウ・ハルトさんですね。地球のシステム開発企業で実務経験4年……。素晴らしい経歴です! 火星では今、空前のプログラマー不足なんですよ! 最近の若い火星人は、AIによる自動生成ばかり使っていて、泥臭いサーバーの保守や、昔のコードを読み書きできる人が全然いないんです」
職員の女性は、楽しげに3つの求人を画面にポップアップさせた。
「ハルトさんの経歴なら、この3つがおすすめですね。火星の仕事は、時間の使い方が地球とは少し違うのでよく見てみてください」
画面に表示された文字を、俺は凝視した。 まず目に入ったのは、とんでもなく数字が大きい求人だ。
『求人①:木星重力圏ライン・データセンター』『業務内容:木星からの超高速データの常時デバッグ』『勤務時間:1日40時間勤務』『時給:150クレジット』
「じ、時給150クレジット!? タナカ、これ地球の通貨だといくらだ?」
「ああ、【1クレジット=日本円で55円】くらいだから……時給8,250円だな。日給換算で33万円だぞ!」
「日給33万……! 白目剥きそうな金額だけど、1日40時間勤務って正気か!?」
「火星は1日48時間あるからな。だがこれは外惑星連合系のゴリゴリのブラック企業だ。ナノマシンの限界まで働かされるから、3日で精神が消滅するって噂だぜ」
さすがに40時間拘束は地球のブラック企業よりヤバい。俺は静かに首を振って、次の求人に目を向けた。今度は逆に、極端に数字が小さい。
『求人②:火星第4セクター・太陽光パネル監視員』『業務内容:座ってパネルの異常ランプを見るだけ(AIがほぼ全自動処理)』『勤務時間:1日4時間勤務(残り44時間は完全自由時間)』『時給:10クレジット』
「時給10クレジットってことは、時給550円か。1日働いても2,200円。44時間も自由時間があっても、これじゃ火星の美味い飯も食えないし、タナカへの借金も一生返せないな……」
「そうなんだよ。楽だけど、火星の最低貧民層まっしぐらだ」
天国と地獄のような求人を前にして、俺は最後に残った3つ目の求人に目を落とした。
『求人③:民間インフラ会社・マーズネット:システム保守部』『業務内容:ネットワークのエラー監視、および簡単なデバッグ』『勤務時間:1日24時間』『時給:45クレジット(日本円で時給約2,500円相当)』
俺は3つの求人を何度も見比べ、大きく息を吐き出した。
「……よし。やっぱり、さっきの3つ目のやつがいい。これが一番バランスが取れてる」
「お、これにするか?」
「ああ。1日24時間勤務なら、1回の勤務で1,080クレジット(約6万円)稼げる。しかも、働いた後は24時間も丸ごと休みだ。睡眠をたっぷり取っても、地球の丸1日分以上遊べる時間が残る。地球のブラック企業で、24時間残業させられて手取り18万だった俺からすれば、これでも涙が出るほどホワイトで夢のような条件だよ」
「決まりだな! じゃあ窓口のお姉さん、これで面接お願いします!」
窓口の横にある個室ブースに入り、ホログラムの画面越しに、企業の面接官と対面した。 前職でのデスマーチ経験を「泥臭い手動デバッグの根性がある」と熱弁したところ、面接官は首のエラを激しく震わせて大興奮。その場で一発採用が決まった。 ブースから出ると、タナカがニカッと笑って俺の肩を組んだ。
「やったな晴人! 一発採用じゃねえか。よし、採用祝いに火星名物を奢ってやるよ!」
タナカに連れられてやってきたのは、ビルの中層階から外にせり出した、お洒落なテラス席のあるダイナーだった。席につくと、タナカが手慣れた様子で卓上のホログラムメニューを操作する。
「すいませーん、火星名物の『極薄スープ玉』二つ!」
数分後、透明な配膳ドローンが運んできたのは、料理というよりは「アート作品」のようなシロモノだった。小皿の上に乗っているのは、直径5センチほどの、完全に透明な丸い球体。かすかにプルプルと震えており、中には琥珀色の温かそうなスープが透けて見えている。
「へえ、これがスープ? スプーンとかストローは入らないのか?」
「ノンノン、晴人。これはな、そのまま手でつまんで、一口で口の中に放り込むんだよ。ただし、絶対に忘れるな。口に入れたら、限界までガチガチに口を閉じながら奥歯で噛むんだ」
「え? なんで?」
「いいから、俺の見本を見てろって」
タナカはスープ玉を口に放り込むと、両唇をこれでもかと真一文字に強く結んだ。そして、モグッと一噛みする。 ――パンッ!!!「ぶふっ!?」 タナカの口の中で、まるで風船が弾けたような、なかなかに凄まじい衝撃音が響いた。タナカの頬が一瞬だけリスのようにぷっくりと膨らんだが、彼は何事もなかったかのようにコクンとスープを飲み干した。
「ふぅ……美味い。火星のダシが効いてて最高だな」
「いやいやいや! 今、お前の口の中で爆発したぞ!?」
「爆発じゃなくて、気圧差による破裂だよ。このスープ玉の内部は気圧を高めて丸く保ってあるから、外気圧の低い火星で噛み潰すと、一気に破裂する。もし口を少しでも開けて噛んだら、お前の顔面はスープまみれになって大惨事だ。あ、熱くはないから火傷の心配はないけどな」
「食うのに命がけすぎるだろ……!」
俺は冷や汗を流しながら、皿の上のプルプルと震える球体を見つめた。意を決して、指先でつまみ上げ、口の中に放り込む。唇をこれでもかと強く閉じ、前歯と奥歯に力を込めて――思い切り噛み潰した! ――パンッッッ!!! 口の中で、小さなダイナマイトが爆発したかのような衝撃が弾けた。唇の隙間からスープが飛び出そうとするのを、社畜根性の強い顎の力で必死に抑え込む。 その直後。 口いっぱいに、信じられないほど濃厚な旨味がジュワァァァッと広がった。 異星の地下物質から抽出されたというスパイシーで奥深いコク。それが、破裂した風圧によって口の中の全細胞にダイレクトに叩き込まれるような感覚だ。
「……う、美味い……! 美味すぎる!」
「だろ? 破裂の衝撃で味が広がるから、普通に飲むより何倍も美味く感じるんだよ。これぞ火星の科学が生んだグルメさ」
タナカは嬉しそうに笑い、グラスに入った謎の青い液体を飲み干した。1日12時間、72億人のスピード大国・金星。 1日120時間、4560億人の巨大寒冷帝国・海王星。 その狭間で気圧差のスープ玉を必死に噛み潰し、明日から24時間勤務に挑む、新米火星SEの俺。 地球の常識が一切通用しないこの赤い星で、俺の、最高にエキサイティングで少しスリリングな火星体験談が、いよいよ明日から本格的に始まるのだった。
(第3話へ続く)
少し投稿日時が早まってしまいましたがご了承ください
第2話をお読みいただき、ありがとうございました!!!
金星に続き、外惑星連合のボス・海王星の「1日120時間、人口4560億人、地球の57倍」という超スケールな設定が追加されました!
「超高速の金星」と「超スローな海王星」という冷戦の構図が見えたことで、この世界の奥深さが一気に跳ね上がりましたね。次回、第3話はいよいよ初出勤!明日から始まる晴人の火星サラリーマン生活、
「海王星の設定の絶望感がすごい!」「時間の流れの違いを活かしたSF設定が面白い!」と思ってくださったら、ぜひページ下部の【ブックマーク登録】や、評価の【☆☆☆☆☆】を★★★★★にして応援してください!次回、第3話もお楽しみに!
第三話は八月二日前後投稿予定です




