表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルドのお仕事  作者: 星野 悠里


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/9

世界樹

世界樹の森の湖畔を、柔らかな風が吹き抜ける。

湖面には木漏れ日が反射し、無数の光が揺れていた。


湖畔を囲む花々は淡く発光し、花弁から零れるように昇っていくマナ粒子が、まるで小さな流星群のように空へ消えていく。


幻想的な光景だった。


つい先程まで行われていた試練の空気はもうない。


レヴィンの右腕にはスリア。

左腕にはアイハ。

なぜこうなったのか本人にもよく分からないまま、二人に腕を取られている。


「だからぁ!わたしの方が先なんだもん!」


「正式契約は(わたくし)ですわ」


「でも、ずっと一緒だったし!」


「契約は(わたくし)ですわ」


「むぅぅぅ……!」


火花を散らす二人。

その様子を見ていたハーティアが小さく笑う。


「仲が良いんですね」


「どこがだよ……」


レヴィンは疲れたように呟いた。

カイルも肩を揺らして笑う。


「いや、十分仲良しに見えるぞ」


「見えるだけだ」


そう返したところで。

ふいに、アイハがレヴィンの腕から離れた。

スリアもそれに気付く。


先程までの柔らかな雰囲気が消えていた。


アイハは数歩前へ出る。

そして静かに振り返った。

孔雀緑(くじゃくりょく)色の瞳が真っ直ぐこちらを見る。


「それでは皆さん」


その声音は、湖畔で花の世話をしていた少女のものではなかった。

世界樹の森を守護する精霊としての声。


「世界樹の恩恵を賜りに向かいましょう」


空気が変わる。

レヴィン達も自然と表情を引き締めた。


アリシアを救うため。

その目的を思い出す。


アイハは胸元で小さく指を鳴らした。

すると、淡い緑色の光が周囲へ広がる。

光は集まり、やがて数匹の蝶の姿となった。


「わぁ……」


ハーティアが思わず声を漏らす。


その蝶は普通の蝶ではない。

羽は透き通るように薄く、淡い翠色に輝いている。

そして、何より特徴的なのは長く伸びた尾状突起。

まるで夜空を流れる彗星の尾のように、美しい光を引いていた。


蝶達はふわりと宙へ舞う。

そして、森の奥へ向かって飛び始めた。


「案内役ですわ」


アイハは微笑む。


「見失わないようについて来てくださいませ」



* * *



──森の中を歩き始めて五分ほど。

レヴィンはふと足を止めた。


「……あれ?」


見覚えがある。


周囲の木々。

倒木。

整備された道。

どこかで見た景色だった。


隣ではスリアも目を丸くしている。


「ここって……」


スリアがゆっくり振り返る。


その視線の先には。

にこにこと微笑むアイハ。

嫌な予感しかしない。


「アイハ……?」


「なんでしょう?」


にこにこ。


「もしかして……」


スリアの額に青筋が浮く。


「湖の近く?」


「そうですわ」


即答だった。


レヴィン達は沈黙した。

もう一度、周囲を見る。


確かにそうだ。

以前、スリアが道を外れて迷い込んだ地点。

その反対側だった。


つまり。


湖畔は目と鼻の先。


「…………」


「…………」


「…………」


そして。


「アイハはやっぱり意地悪だぁー!!」


スリアが叫んだ。

森中に響きそうな勢いだった。


アイハは楽しそうに笑う。


「うふふ♪」


「笑い事じゃないよ!」


「ちゃんと意味がありますのよ?」


アイハは木々の奥を見る。


「世界樹の森は神域です」


その声は真面目だった。


「侵入者を簡単に近付ける訳にはいきません」


「だから迷路みたいになってるのか」


レヴィンが呟く。


「ええ」


アイハは頷く。


「本来なら反対側から近付こうとすると、何度でも同じ場所へ戻されますわ」


精霊による誘導。

森そのものが生きているようなものだ。

世界樹の守護者だからこそ可能な業なのだろう。


「ずるいー……」


スリアはまだ膨れていた。

だが、アイハは楽しそうだった。

長い付き合いなのだろう。


レヴィンは少しだけ微笑む。


そんなやり取りを見ながら、一行は再び蝶を追い始めた──。


二時間ほど歩いた頃。

森の景色が少しずつ変わり始めていた。


木々はさらに巨大になり。

漂うマナ粒子も濃くなる。

空気そのものが光を含んでいるようだった。


途中。


一行は小さな川辺で休憩を取ることになった。

透き通った水が静かに流れている。

川底には七色の小石が敷き詰められ、流れる水が光を反射していた。


スリアは川へ近付くと。

しゃがみ込み。

水へ手を浸した。


「きもちいいー……」


冷たい水が指先を流れる。


風が吹く。

淡青銅(ライトブロンズ)色の髪が揺れた。


その様子を見ていたアイハが微笑む。


「懐かしいですわね」


「ん?」


「昔もここで遊んでいましたでしょう?」


「あ」


スリアが思い出したように声を上げた。


「そうだった!」


ぱしゃり。と、水を跳ね上げる。


「アイハが落ちたんだよね!」


「落ちてませんわ」


「落ちたもん!」


「落ちてません!」


即座の否定。


しかし、少し慌てている。

図星らしい。


カイルが吹き出した。


「本当に仲良いな」


「違うもん!」

「違いますわ!」


声が揃った。

今度は全員が笑った。


休憩を終え。

さらに歩くこと一時間。


森の奥に大きな洞窟が見えてきた。

岩肌は淡く発光している。

まるで巨大な獣が口を開けているようだった。


その前で、案内役の蝶達が止まる。

そして、光の粒子となって消えた。

無数の光が舞い上がる。


夕暮れの森へ溶けていくようだった。


「ここから先ですわ」


アイハが洞窟を見る。


「この洞窟を抜ければ、世界樹へ辿り着けます」


レヴィン達は顔を見合わせる。


いよいよだ。

アリシアを救うための最後の希望。

その中心へ向かう。


レヴィンは静かに頷いた。


「行こう」


誰も異論はなかった。

そして、一行は洞窟へ足を踏み入れた。



* * *



中へ入った瞬間。

誰もが息を呑んだ。


「……すごい」


ハーティアの声が漏れる。


洞窟の天井。

壁。

床。


至る所に結晶が生えていた。

無数の結晶。

それぞれが淡く発光している。


青。

緑。

赤。

黄。

様々な色彩。


さらに驚くべきことに。

岩場には草花まで咲いていた。


蕾が光る。

花弁が光る。

そこから零れる粒子が宙を漂う。


灯りなど必要ない。

洞窟そのものが輝いているのだ。


幻想的という言葉だけでは足りない。

まるで精霊達の聖域だった。


レヴィンはしばらく言葉を失っていた。


世界樹の森は既に十分幻想的だった。

だが、ここはさらにその先。


神域の内側だった──。


しばらく歩いていると。

スリアが突然立ち止まった。


「あっ!」


目を輝かせている。

そして、一目散に走った。


「精霊銀だぁー!」


その声に全員が振り向く。


そこにあったのは。

淡く七色に輝く鉱脈だった。


普通の鉱石ではない。

虹色の光が内部を流れている。

呼吸をしているかのような輝き。


「これが……」


レヴィンは近付く。


「精霊銀……」


感嘆が漏れた。


精霊達に愛される希少鉱石。

シグムンドにも使われている特別な素材。

だが、実際に見るのは初めてだった。


岩盤に深く埋まっている。

掘り出すことはできそうにない。


その時。


レヴィンの視線が壁へ向いた。


風化した壁画。

そして古い文字。

誰かが残した痕跡。


レヴィンは思わず足を止めた。


「……これは?」


誰に聞くでもなく呟く。

だが、答えたのはアイハだった。


(わたくし)が生まれる前からあるものですわ」


静かな声。


レヴィン達は壁画へ目を向ける。


風化が激しい。

だが、辛うじて分かる。


二体の翼ある存在。

そして、その中央に立つ何か。


文字はほとんど読めない。

何語かさえ分からなかった。


「大昔の精霊が描いたものだと聞いています」


アイハが続ける。


「二人の天使と」


一度、壁画へ視線を向ける。


「時を司る精霊が」


静かに告げた。


「今世と来世の橋渡しをしている絵……だそうですわ」


橋渡し。


その言葉が妙に胸へ残った。


「橋渡し……か」


レヴィンはもう一度壁画を見る。

だが、答えは見つからない。


ただ。


遥か昔から誰かがここに想いを残したことだけは伝わってきた。

まるで、時を超えて語り掛けてくるように──。


「それより」


ふいに袖を引かれた。

振り向くとアイハだった。


「レヴィンさん」


「ん?」


「こちらをどうぞ」


そう言って差し出されたのは。

掌ほどの大きさの鉱石だった。

淡い七色に輝いている。


精霊銀。

しかも、天然の鉱石そのもの。


レヴィンは目を見開いた。


「……いいのか?」


「ええ」


「大切なものじゃ──」


言い終わる前に。

アイハが人差し指を自分の唇へ当てて『しぃー』とする。

そして、悪戯っぽくウインクをした。


「餞別ですわ♪」


その笑顔は、世界樹の守護精霊ではなく。

年相応の少女そのものだった。


レヴィンはしばらく迷った後。

静かに鉱石を受け取る。


「……ありがとう」


アイハは満足そうに微笑んだ。

そして、再び歩き出す。


洞窟の奥へ。

世界樹へ向かって。

その先に待つ希望へ向かって。


レヴィンは懐へ精霊銀をしまい、仲間達の後を追った。

洞窟の出口は、もうそう遠くないように見えた──。


洞窟を進み続けて、一時間ほどが過ぎた頃だった。

前方に淡い光が見え始める。


出口だ。


洞窟内に満ちていた幻想的な光とは違う。

もっと柔らかく。

もっと大きな光。


まるで夜空そのものが輝いているような光だった。


「見えてきましたわ」


先頭を歩いていたアイハが振り返る。


「世界樹です」


レヴィン達は自然と歩みを速めた。


そして。


洞窟を抜ける。



* * *



誰も言葉を発せなかった。


夜だった。

だが、暗くない。

むしろ、洞窟の外の方が明るい。


空気が違う。

世界そのものが違う。


まず目に飛び込んできたのは、無数に張り巡らされた巨大な根だった。

一本一本が家屋ほどの太さを持つ。

それらが大地を這い、重なり合い、巨大な迷路を形成している。


さらに、根の隙間から草花が咲いていた。


淡く光る蕾。

夜空へ昇る粒子。

風に揺れる花弁。


まるで、星空が地上へ降りてきたようだった。


そして、その先。

誰もが見上げる。

見上げるしかできなかった。


「…………」


レヴィンは息を呑む。


視界の先。

夜空を貫く巨大な幹。

果てが見えない。

本当に果てが見えないのだ。


幹は天へ向かって伸び続けている。


枝葉は空そのものを覆い隠し。

時折、葉の隙間から星々が瞬いている。

夜空と世界樹の境界が分からない。


どこまでが樹で。

どこからが空なのか。


判断できない。


その巨大さ。

その神秘。

その存在感。


レヴィンは今まで見たどんな景色よりも圧倒されていた。


「これが……」


思わず声が漏れる。


「世界樹……」


誰も返事をしない。

返事をする余裕がなかった。


ハーティアも。

カイルも。

ただ、見上げている。


そして、スリアだけが少し懐かしそうに微笑んでいた。


「久しぶりだなぁ……」


その言葉は。

まるで、故郷へ帰ってきた子供のようだった。


「こちらですわ」


アイハが歩き出す。

巨大な根の迷路へ。

レヴィン達も慌てて後を追った。


迷路の中はさらに幻想的だった。


巨大な根の隙間から咲く花々。

花弁から零れる粒子。

夜風に揺れる蕾。


七色の光。

光る虫のように漂うマナ粒子。


高濃度マナ領域。


その言葉を改めて実感する。

空気を吸うだけで身体が少し温かくなる。

それほど濃い。


「ここで大きな魔法なんて使ったら大変なことになりますね」


ハーティアが周囲を見回しながら呟く。


「うん」


スリアが頷く。


「たぶん暴発する」


さらりと言った。


「怖いこと言うな」


カイルが苦笑する。


「実際そうだもん」


スリアは肩を竦めた。


「風を起こそうとして竜巻になるかもしれないし」


「やめてくれ」


「火を出そうとして森ごと燃えるかも」


「もっとやめてくれ」


レヴィンまで苦笑する。


だがそれだけ、この場所のマナが異常なのだ。

世界樹は世界最大のマナ循環核。


その根元。


ここは、世界でもっともマナの濃い場所の一つだった──。


しばらく進むと。

迷路が突然開けた。


「おお……」


カイルが思わず声を漏らす。


そこには泉があった。

巨大な根が川をせき止めることで生まれた天然の泉。

水面は鏡のように静かだ。


世界樹の葉。

星空。

光る花々。


全てを映し出している。

幻想的だった。


泉の中央には平らになった巨大な根がある。

アイハは迷うことなく跳び移った。


ぴょん。

ぴょん。

ぴょん。


まるで、森の妖精のように。


軽やかに中央へ降り立つ。

レヴィン達は岸辺から見守った。


アイハは静かに胸元で手を組むと目を閉じる。

そして、小さく何かを唱え始めた。


聞いたことのない言葉だった。

人の言語ではない。


精霊の言葉。

森の言葉。

世界樹の言葉。


優しく。

どこか懐かしく。


風に溶けていくような響きだった。


周囲が静まる。

虫の声も。

風の音も。

全てが遠ざかる。


世界が祈りを見守っているようだった。


やがて──、変化が起きる。


世界樹の幹の遥か上。

世界樹の葉から無数の光が降り始める。


「……っ!」


ハーティアが息を呑む。


淡い七色の光球。

数え切れないほどの光。

それらが流星群のように降り注いでくる。


だが、地面へは落ちない。


全て。

全てが。


アイハへ向かっていた。

光はアイハの前で渦を巻く。


七色の輝き。


赤。

青。

緑。

黄。

紫。

白。

銀。


それらが混ざり合い。

一つの大きな光球になる。


神々しい。

その一言だった。


レヴィンは思わず見入る。

これが、世界樹の力。


世界を支える生命の力。


光球はゆっくりと収束する。

そして、すぅっとアイハの胸元へ吸い込まれていった。


風が吹く。

花が揺れる。

泉に波紋が広がる。

世界樹の葉がざわめく。


まるで。


祝福しているようだった──。


静寂。そして、アイハがゆっくり目を開く。

孔雀緑(くじゃくりょく)色の瞳は先程まで以上に澄んでいた。

身体の周囲には淡い七色の粒子が漂っている。


どこか神秘的だった。


アイハは岸辺へ向き直る。

そして、柔らかく微笑んだ。


「世界樹の恩恵を賜りましたわ」


その言葉を聞いた瞬間。

レヴィンの胸から大きな息が漏れた。


安堵だった。


ここまで来て、ようやく。

希望が確かな形になった。


「本当に……」


レヴィンは拳を握る。


「アリシアを助けられるんだな」


声が少し震えていた。

アイハは静かに頷く。


「ええ」


その返答に迷いはなかった。


「必ず」


レヴィンは目を閉じる。

脳裏に浮かぶ。


眠り続けるアリシア。

返事をしない妹。

笑わない妹。


泣きそうになる。

だが、今はまだ泣かない。


迎えに行くまで。


絶対に──。


アイハが泉から跳躍する。

軽やかに岸辺へ降り立った。


「それでは」


柔らかな笑顔。


「アリシアさんの元へ向かいましょう」


一同の表情が明るくなる。


ハーティアも微笑む。

カイルも頷く。

スリアは嬉しそうに両手を握り締めた。


「うん!」


そして、帰路につく。

巨大な世界樹を背に。


迷路のような根の間を進む。

しばらく歩いたところで。

レヴィンはふと足を止め、振り返る。


世界樹。

世界を支える巨大な樹。


葉が揺れる。

風が吹く。

花が揺れる。

粒子が舞う。


それはまるで祝福のようだった。


アリシアを救うための旅は。

確かに実を結ぼうとしている。


レヴィンは静かに目を細めた。


「待ってろ」


誰にも聞こえないほど小さな声。


「今、帰るからな」


そして再び歩き出す。

大切な妹の元へ向かって──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ