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ギルドのお仕事  作者: 星野 悠里


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7/9

精霊契約

翌朝。

中央都市セントラルは既に目覚めていた。


宿屋一階の食堂には朝早くから旅人達が集まり、香ばしい焼き立てパンの匂いと、賑やかな話し声が広がっている。

窓から差し込む朝日が木製のテーブルを照らし、夜とは違う活気を見せていた。


レヴィン達も朝食を済ませる。


厚切りベーコン。

目玉焼き。

野菜スープ。

焼き立ての丸パン。


カルディアよりも少し味付けの濃い料理だったが、旅人向けとしては十分美味しかった。


スリアは朝から機嫌が良い。

パンを頬張りながら上機嫌で足を揺らしている。


「元気になったな」


レヴィンが苦笑する。


「いっぱい寝たもん」


得意げな返答だった。


ハーティアがくすりと笑う。

そんな何気ないやり取りが、少しだけ緊張を和らげてくれる。


食事を終えると、一行は宿を後にした。



* * *



中央広場は朝から騒がしかった。


露店の準備。

行き交う商人。

巡回する衛兵。

石畳の道を忙しなく人々が行き交っている。


カルディアの穏やかな空気に慣れたレヴィンは、やはり少し落ち着かない。


「やっぱり人が多いな……」


「でしょ」


隣のスリアが即座に同意した。


「だから都会嫌い」


「昨日も聞いた」


「今日も嫌い」


全くぶれない。


レヴィンは思わず肩を竦めた。

そんな会話を交わしながら歩いていると、やがて巨大な建物が見えてくる。


中央都市セントラル領主館。


白亜の外壁。

高くそびえる塔。

整えられた庭園。

そして大きな鉄門。


まるで城のような威厳を放っていた。


門の前には二人の衛兵が立っている。

レヴィンは紹介状を取り出し、一歩前へ出た。


「あの、面会を――」


「止まれ」


衛兵の声は厳しい。


「何用だ」


当然の反応だった。

領主館は誰でも入れる場所ではない。


レヴィンが事情を説明しようとした時だった。


「何かありましたか?」


女性の声が響く。

一同が振り返る。

館の方から、一人の女性が歩いてきていた。


三十代後半ほどだろうか。


淡金(たんきん)色の長い髪。

落ち着いた翠色(すいしょく)の瞳。

気品あるドレス姿。

優雅さと威厳を兼ね備えた女性だった。


衛兵達が慌てて姿勢を正す。


「領主様」


どうやら本人らしい。

女性はレヴィン達へ視線を向ける。


「何か問題でも?」


レヴィンは慌てて紹介状を差し出した。

女性は封蝋を見る。


そして、一瞬だけ目を見開いた。


「……ミレナ?」


その表情が少しだけ柔らかくなる。


「中へどうぞ」


あまりにもあっさりだった。

衛兵達も驚いている。

だが領主自らの許可だ。

誰も異議は唱えられない。


領主館の内部は圧巻だった。


赤い絨毯。

磨き上げられた床。

巨大なシャンデリア。

二階へ続く大階段。


どこを見ても豪華で隙がない。

歩いているだけで緊張しそうになる。


廊下では複数のメイド達が忙しそうに仕事をしていた。

しかし、誰も慌てていない。

領主とすれ違うたび、優雅に一礼する。

その所作の美しさから教育の行き届き具合が分かった。


「すごい……」


ハーティアが思わず呟く。


「ミレナさん、こんな場所で働いてたんですね」


レヴィンも同感だった。

母からそんな話を聞いたことはない。


客間へ案内される。


ふかふかのソファ。

磨かれた木製テーブル。

窓から差し込む柔らかな陽光。

落ち着いた空間だった。


向かい側では領主が紹介状を読んでいる。

どこか懐かしそうな表情だった。


やがて書状を閉じる。


「貴方がミレナさんのご子息でしたか」


レヴィンは姿勢を正した。

そして、アリシアの事を話し始める。


黒蝕封環(ノワール・イクリプス)

世界樹の森。

解呪の可能性。

通行許可証が必要な事。


全てを説明した。


領主は最後まで静かに聞いていた。

やがて小さく頷く。


「…事情は分かりました」


そして、軽く右手を上げた。


すると奥から執事が現れる。

艶のある木枠に革張りのトレイ。

その上には一枚の証書が置かれていた。


世界樹の森、通行許可証。


領主はそれを受け取り、レヴィンへ差し出す。


「どうぞ」


レヴィンは驚いた。


「本当にいいんですか?」


「もちろんです」


領主は微笑む。


「ミレナさんには昔、本当にお世話になりましたから」


そして、少し悪戯っぽく笑う。


「お礼を返す機会がようやく来ました」


レヴィンは深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


──その後。

領主の厚意で昼食へ招待されることになる。


長いダイニングテーブル。

豪華な装飾。

銀食器。


そして、並ぶ料理。


ローストビーフ。

香草焼きの魚。

色鮮やかなサラダ。

果実を使ったスープ。

焼き立てパン。


どれも一流料理人の仕事だった。


スリアの目が輝いている。


「すごい……」


完全に食欲へ負けていた。


食事が始まる。

領主は自然とミレナの話を始めた。


「彼女は本当に優秀だったんですよ」


どこか懐かしそうな声。


「仕事も完璧」


「礼儀作法も完璧」


「新人教育も完璧」


そこまで言って。

少し笑う。


「怖かったですけど」


レヴィン達は思わず吹き出した。


想像できない。

優しい母親しか知らないからだ。


しかし。


その話を聞くうちに、知らなかった母の姿が少しずつ見えてくる。

若い頃の母。

頑張っていた母。


そして。


今も変わらず誰かを支える母。

少しだけ誇らしい気持ちになった。


昼食後。


館の前まで領主が見送りに出てくれた。


「困った事があったら、いつでも来なさい」


優しい言葉だった。


レヴィン達は頭を下げる。

そして、再び歩き出した。


目指すは、世界樹の森。


アリシアを救うための希望が待つ場所。



* * *



中央都市セントラルを後にしてから、およそ二時間。

街道は次第に人の気配を失っていった。

石畳の整備された道は土道へ変わり、やがて周囲には自然豊かな景色だけが広がる。


そして。


その姿は突然現れた。


「……あれか」


レヴィンが思わず足を止める。


遥か前方。

地平線の向こう。

巨大な原生森林が広がっていた。


だが、ただの森ではない。


空気そのものが揺らいで見える。

夏の陽炎にも似た歪み。

森全体が薄い光の膜に覆われているようだった。


「これが…。世界樹の森…」


ハーティアが小さく呟く。

感嘆を隠せない様子だった。


一歩。


また一歩。


近付くたびに違和感は強くなる。

やがてレヴィンは立ち止まり、前方へ手を伸ばした。


何もない空間。

そう見えた。

だが指先が触れた瞬間――。


ぱぁん。


水面へ石を落としたような波紋が広がる。

淡い七色の光。

六角形が幾重にも連なったハニカム模様が、指先の周りでゆっくり明滅していた。


巨大結界。


世界樹の森全体を覆う防護結界だった。


「すご……」


カイルが息を呑む。


結界は空高くまで続いている。

見上げても終わりが見えない。

まるで超巨大なドームだった。


地上だけではない。

空からの侵入すら拒む構造。

神域を守る壁としては完璧だった。


「昔はもっと厳しかったんだよ」


スリアが得意そうに言う。


「今はだいぶ緩くなったの」


「緩くなった結果がこれか……」


レヴィンは苦笑した。


これで緩いのなら、昔はどうだったのだろう──。


しばらく歩くと門が見えてきた。


巨大な石造門。

両脇には武装した衛兵が立っている。


神域の入口。


レヴィンは許可証を取り出した。

衛兵が内容を確認する。

しばらくして頷いた。


「問題ありません」


重い音と共に門が開く。

その向こうには森が広がっていた。

衛兵が最後に口を開く。


「ひとつ忠告を」


一同が足を止める。


「内部は高濃度マナ領域です」


真面目な声だった。


「不用意な魔法行使は避けて下さい」


「暴発するんですか?」


ハーティアが尋ねる。

衛兵は頷いた。


「低位魔法でも大規模災害へ発展する可能性があります」


レヴィン達の表情が引き締まる。


「分かりました」


一行は神域へ足を踏み入れた。



* * *



──その瞬間だった。


空気が変わる。

いや。

世界そのものが変わった。


風の匂い。

光の色。

音。


全てが違う。


「……っ」


レヴィンは思わず息を呑んだ。


森の中には無数の光が漂っていた。


赤。

青。

黄。

緑。

紫。


様々な色の粒子が空中をゆっくりと流れている。


花々は淡く発光していた。

蕾の内側から光が漏れているものもある。

咲いた花からは粒子が舞い上がり、風に乗って空へ昇っていく。


木々の葉もまた微かに輝いていた。

まるで森そのものが呼吸しているようだった。


「これが……」


レヴィンは言葉を失う。


マナ視現象。

本来、目に見えないマナが高濃度になる事で可視化された状態。


世界樹の森ならではの光景だった。


「綺麗……」


ハーティアが呟く。


思わず見惚れてしまう。

しかし、同時に恐ろしさも感じた。


これほど濃密なマナ。

確かに魔法を暴発させれば何が起きるか分からない。


「だから、私もあんまり魔法使いたくないんだよね」


スリアが言う。


「風ひとつ飛ばしただけで、何が起きるか分かんないし」


それは冗談ではないらしい。


レヴィンは改めて周囲を見渡した。

神域。その言葉が相応しい場所だった──。


森の中には細い道が続いていた。


完全な自然ではない。

最低限の整備がされている。

おそらく研究員や管理者用だろう。


レヴィン達はその道を進み始めた。

しばらく歩く。

十分ほど経った頃だった。


「あっ!」


突然スリアが声を上げる。


「あったぁ!」


そして、道を外れて走り始めた。


「お、おい!」


レヴィンが慌てる。


「こっち、こっち!」


スリアは振り返りもしない。

完全に迷いがない。

一同は顔を見合わせた。


「……行くしかないですね」


ハーティアが苦笑する。

仕方なく後を追った。



* * *



──十分後。


全員が後悔していた。


「……どこだ、ここ」


レヴィンが呟く。


周囲は木。

木。

木。

どこを見ても森だった。


元の道など完全に見失っている。

方向感覚も怪しい。

普通なら遭難している状況だった。


だが。


スリアだけは嬉しそうだった。


「ほら、あれ見て!」


スリアが指さす先を見る。


赤い光。

赤いマナ粒子が一定軌道で空中を回っている。


それは目を凝らさないと見過ごしてしまう程に、周りのマナ粒子に溶け込んでいた。


「……?」


「アイハはね」


スリアが笑う。


「ちょっと意地悪なんだよ」


意味深な言葉だった。


赤いマナ粒子を越える。

先程と同様に、森の中に出た。


「……っ!こっちだよ!」


スリアが行く先に目を凝らす。

今度は、青いマナ粒子が一定軌道で空中を回っていた。


(…なるほど、そういうことか)


レヴィン達は理解する。

侵入者対策というわけだ。


さらに進む。

今度は緑。

続いて黄色。


そして。


最後の紫の粒子を越えた時。


視界が一気に開けた。


「――――」


誰も言葉を発しなかった。


幻想的だった。


陽光を反射してきらきらと輝く湖。

透き通るような水面。

風に揺れる花々。

空から降り注ぐ木漏れ日。

花弁のように舞うマナ粒子。


静かで。

美しくて。

まるで、絵画の中へ入り込んだような場所だった。


その湖畔で、一人の少女が花の手入れをしていた。


スリアと同じくらいの身長で小柄。

肩に掛かる少し跳ねた青銅(ブロンズ)色の髪。


深緑色を基調としたゴシックロリータに、

髪には花をモチーフにした髪飾りを付けていた。


その姿を見た瞬間。

スリアが弾かれたように走り出す。


「アイハー!!」


元気な声が湖畔へ響いた。


少女が顔を上げる。

孔雀緑(くじゃくりょく)色の瞳をぱちりと瞬きをする。


そして、優しく微笑んだ。


「あら」


どこか上品な声。


「スリアじゃありませんの」


再会だった。

長い年月を経た精霊同士の再会。


スリアは勢いそのままに抱き着いた。


「アイハ、聞いて!聞いて!」


「え?」


「アリシアがね!」


「はい?」


「それで黒いのが出てきてね!」


「ちょっと待って下さいまし」


話が飛びすぎている。

アイハは完全に混乱していた。

レヴィン達は思わず苦笑する。


そして、ここから。


アリシアを救うための本当の試練が始まろうとしていた。



* * *



「まずは落ち着いて下さいまし」


アイハは困ったように額へ手を当てた。

スリアはというと、まだ興奮冷めやらぬ様子で身振り手振りを交えながら説明を続けている。


「だからね!」


「アリシアが倒れて!」


「黒いのが出て!」


「地下で戦って!」


「レヴィンが怒って!」


「それで――」


「順番にお願いしますわ」


アイハは半ば諦めたような声を出した。

レヴィン達は苦笑しながら事情説明を引き継ぐ。


青霊草(せいれいそう)盗難事件。

黒衣の魔導士。

黒蝕封環(ノワール・イクリプス)

眠り続けるアリシア。


そして、解呪方法を探していること。


話を聞くにつれて、アイハの表情は少しずつ真剣になっていった。

やがて、全てを聞き終えたアイハは静かに目を閉じる。


湖畔を風が吹き抜けた。

花々が揺れる。

森が静まる。


まるで世界そのものが彼女の返答を待っているようだった。


長い沈黙。


そして。


「……分かりましたわ」


アイハはゆっくり目を開いた。

レヴィン達の表情が明るくなる。


「本当か!?」


「ええ」


アイハは頷く。


「その子を救いたいという気持ちは本物のようですし」


安堵が広がる。


だが、次の言葉で空気が変わった。


「ですが」


アイハの声色が変わる。

柔らかな少女の声ではない。

世界樹の森を守護する精霊としての声。


「レヴィンさん」


真っ直ぐ見据える。


(わたくし)と契約を結んでいただきます」


その場の空気が引き締まった──。


湖畔から少し離れた森の中。


一行はアイハの後を追っていた。

先程までの穏やかな空気はない。

誰もが真剣だった。


やがて、アイハが立ち止まる。


周囲は木々に囲まれた広場のような場所だった。

柔らかな陽光が差し込んでいる。


アイハは振り返った。


「試練の内容を説明します」


一同が息を呑む。


「ひとつ」


アイハが人差し指を立てる。


「これから(わたくし)と戦っていただきますわ」


沈黙。


予想通りとも言える。

だが、想像以上に直接的だった。


「もうひとつ」


アイハの視線がシグムンドへ向く。


「精霊銀は…。その剣で構いません」


「シグムンドか」


レヴィンは柄を握る。


「父さんの剣なんだが」


「問題ありませんわ」


アイハは即答した。


精霊は気まぐれだ。

理屈だけで動く存在ではない。

シグムンド自身がレヴィンを認めているなら、それで十分なのだろう。


その時。


スリアが申し訳なさそうに手を合わせた。


「ごめんね」


レヴィンが見る。


「わたし、力になれないかも」


「高濃度マナか」


「うん」


スリアは頷いた。


「下手に精霊魔法を使うと暴発するかも…」


レヴィンも理解していた。


ここは世界樹の森。

マナが濃すぎる。

風を起こすつもりが嵐になる可能性すらある。


「十分だ」


レヴィンは静かに答えた。


「ここまで連れてきてくれたんだからな」


スリアは少しだけ嬉しそうに笑った。



* * *



ハーティアがデュアル・ハンドガンを抜く。

カイルもショットガンを構える。


レヴィンはシグムンドを抜いた。

銀色の刀身が陽光を反射する。


アイハは静かに頷いた。


「では――」


孔雀緑(くじゃくりょく)色の瞳が細められる。


「いきますわ!」


その瞬間、大地が震えた。


ごごごごごご――ッ!!


地鳴り。

周囲の木々が揺れる。


ハーティアが目を見開いた。


「なっ……!?」


地面が割れる。

その中から巨大な幹が現れた。


木だ。


しかし、普通の木ではない。

人の意思を持つかのように蠢いている。

枝が腕のように伸びる。

蔓が蛇のようにうねる。


「意志ある木」


アイハの声が響く。


(わたくし)の試練ですわ」


そして、彼女は軽やかに跳躍した。

巨大な木の高所へ着地する。

まるで玉座だった。

意志ある木が守るように枝を広げる。


試練の開始。


最初に動いたのはレヴィンだった。


一直線。

最短距離。

アイハへ向かう。


だが、その行く手を蔓が塞ぐ。


鋭い斬撃。

シグムンドが一閃する。

蔓が切断された。


しかし。


「なにっ……!?」


次の瞬間、切断面から新たな蔓が生える。


再生。しかも異常な速度だった。


さらに左右から別の蔓が迫る。

レヴィンは即座に回避。

着地と同時に再び斬る。


だが。


再生。

再生。

再生。


終わらない。

蔓はまるで無限だった。


切っても切っても増えていく。


レヴィンは思わず苦笑した。


(なるほどな……)


脳裏に浮かぶ、スリアの言葉。


『アイハはね、ちょっと意地悪なんだよ』


力任せでは突破できない。

じわじわ削り取る消耗戦。


守護精霊らしい試練だった。


一方。


カイルとハーティアはさらに苦戦していた。


蔓は細い。

素早い。

銃弾が当てにくい。

当てても再生する。

弾だけが減っていく。


「くそっ!」


カイルが撃つ。


だが、次の瞬間。

鞭のようにしなった蔓が横から襲った。


「──ぐわっ!!」


吹き飛ばされ、大木へ激突。

肺から空気が抜ける。


その隙を蔓は見逃さない。


腕。

足。

胴。


瞬く間に拘束された。


「兄さん!」


ハーティアが叫ぶ。


「俺の事はいい!」


カイルが怒鳴る。


「レヴィンを援護しろ!」


しかし、そのハーティアも無事では済まなかった。

援護射撃をしようとした瞬間。

背後から蔓が伸びる。


「きゃあっ!」


身体を拘束される。

銃が落ちる。

身動きが取れない。


これで、二人は戦闘不能。


残されたのはレヴィン一人だった。



* * *



蔓。

蔓。

蔓。


斬る。

避ける。

斬る。

避ける。


終わらない。


息が上がる。

体力が削られる。

集中力も落ちる。


アイハはそれを高所から静かに見下ろしていた。

余裕すらある。


そして、その余裕の理由をレヴィンは理解した。


(狙いは消耗か……)


再生する敵。

終わらない攻撃。


焦り。

疲労。

判断力低下。


そして。


最後に仕留める。

守護精霊らしい戦い方だった。


次の瞬間、死角から飛来した蔓がレヴィンを捉える。


「がっ……!」


身体が吹き飛ぶ。

背中から大木へ激突。


鈍い衝撃。


視界が揺れる。

膝が落ちそうになる。


アイハの口元に微かな笑みが浮かんだ。

勝負は決まりつつあった。


だが。


レヴィンはまだ倒れない。

シグムンドを杖代わりに立ち上がる。


その時だった。


『……レヴィン』


澄んだ声が響く。

頭の中へ直接。

聞き慣れた声。


ココだった。


レヴィンは小さく笑った。


「分かってる」


そして、シグムンドを胸の前で構える。

刀身が光を帯び始めた。

シグムンドの刀身が淡く輝き始める。


銀色の光。


柔らかくも力強い光だった。

光は刀身から溢れ出し、人の形を取っていく。


やがて。


一人の女性がそこに立っていた。


身長はレヴィンより少し低いくらい。

長く流れる薄銀(ライトシルバー)色の髪。

透き通るような白い肌。

蒼銀(そうぎん)色の瞳。


神々しい(プラチナ)のヴァルキリーアーマーを纏い、

精霊紋が施された、白いロングスカートを靡かせる。

頭には両脇に羽根飾りをつけた(プラチナ)のヴァルキリーヘルム。


戦乙女の精霊、ココ。

『戦う者に勝利を導く』象徴の精霊。


その姿を見た瞬間。

アイハの表情が変わった。


「戦乙女級……」


驚きが滲む。

精霊であるアイハだからこそ分かる。

目の前に現れた存在が、どれほど特別な存在なのか。


ココは静かに一歩前へ出た。


右手には聖護剣『アルヴェリオン』。

左手には聖盾『アイギスフィール』。


そして、レヴィンへ振り返る。

優しい微笑み。

何年も共に歩いてきた相棒の顔だった。


「行こう」


「ああ」


短い返事。

それだけで十分だった。


その瞬間。


レヴィンの身体から何かが抜け落ちる感覚が走った。


身体強化(オート・ブースト)

命中強化(オート・ガイダンス)

受け流し強化(オート・パリィ)


ココがシグムンドから顕現したことで、常時発動型の精霊魔法の恩恵が消失したのだ。


身体が重い。

今までどれほど支えられていたのか痛感する。

だが、不思議と不安はなかった。


ココも同じだった。


長い年月。

何度も共に鍛えた。

何度も剣を交えた。


互いの癖も。

呼吸も。

戦い方も。


誰より知っている。


「右から来ます」


声と同時。


蔓が襲い掛かる。

レヴィンが踏み込む。


一閃。


蔓を切断。

同時に左から別の蔓。

そこへココが飛び込む。


銀閃。


蔓が宙を舞う。

さらに後方から三本。

レヴィンとココが背中合わせになる。


剣閃が交差する。


蔓が次々と断ち切られていく。

まるで舞踏だった。

呼吸が合う。

言葉すら不要だった。


アイハの表情から余裕が消え始める。


再生はしている。

だが、再生速度を上回る勢いで斬られている。

しかも、二人の動きが加速していた。


身体強化(オート・ブースト)はない。

それでも、レヴィンの身体は覚えている。


鍛え上げた剣技。

積み重ねた経験。


守られていたわけではない。

支えられていただけだ。


だから──、戦える。


「はぁっ!」


レヴィンが踏み込む。

蔓を切り裂く。


ココが続く。

盾で弾き。

剣で断つ。


再生が追い付かない。

意志ある木が焦り始める。


枝が暴れる。

蔓が乱れる。

隙が生まれる。


そして。


ココは見逃さなかった。


「今!」


蒼銀(そうぎん)色の瞳が輝く。


アルヴェリオン、アイギスフィールから手を離した。

それらは光となって消える。


ココの跳躍。


高く。

高く。

木々を越えるほどに。


片手を掲げる。

掌に無数の光が集まりはじめ収束する。

光は一本の巨大な槍へ形を変えた。


神々しいほどの純白。

圧倒的な存在感。


アイハの瞳が見開かれる。


「まさか――」


ココが静かに告げる。


戦乙女(ヴァルキリーズ)の槍(・ジャベリン)


光の槍が放たれた。


白い軌跡。

流星のような一撃。


意志ある木を貫いた。


閃光。

衝撃。

爆風。

巨大な幹へ亀裂が走る。


そして、崩壊が始まった。


意志ある木が崩れる。

枝が砕ける。

蔓が力を失う。


拘束されていたカイルとハーティアも解放された。


「うおっ!?」


「きゃっ!」


二人が地面へ転がる。

だが、気にする余裕はない。

全員の視線は前方へ向いていた。


アイハを守っていた木が崩れ落ちる。

足場を失ったアイハが地上へ降り立つ。


その瞬間。


レヴィンが駆けた。

一気に距離を詰める。


アイハは反射的に身構える。


間に合わない。

勝負は決した。

そう思った。


だから。


アイハは目を閉じた──。


だが、衝撃は来なかった。


「……?」


恐る恐る目を開く。


目の前に立つレヴィン。

シグムンドは既に鞘へ収められていた。


アイハは呆然とする。


「……とどめを、刺さないのですか?」


少し掠れた声だった。


「ずっと、共にしてきたんだ。…できるわけないだろ?」


静かな声。

だが、真っ直ぐだった。


レヴィンがスリアとココを見る。


スリアは満面の笑みで両手を上げてピースサイン。

ココは静かに微笑んでいる。


風が吹く。

森が揺れる。


アイハは空を仰ぐと目を閉じた。


(心から─。精霊を大切にしているのですね──)

 

深呼吸。

ゆっくり息を吐く。


そして。


柔らかな笑みを浮かべた。


「……参りましたわ」



* * *



──再び、湖畔。


一同はアイハと向かい合っていた。

ココは既にシグムンドへ戻っている。


静かな湖。

光る花々。

漂うマナ粒子。


先程までの戦いが嘘のようだった。


「それでは」


アイハが目を閉じる。


「契約を交わしましょう」


両手を胸元へ。

淡い緑の光が集まり始める。

無数の粒子。


やがて。


一つの光球になる。

美しい緑色。

生命そのものを閉じ込めたような輝きだった。


「……これが?」


レヴィンが目を瞬かせる。


「はい」


アイハが頷く。


(わたくし)の精霊核です」


レヴィンは思わず息を呑んだ。


精霊の核。

存在そのもの。

精霊との契約に必要な最重要部位。


その時、アイハが不思議そうな顔をした。


「あら?」


「?」


「契約は初めてではなくて?」


当然の疑問だった。


スリアもココもいる。

既に契約済みだと思うだろう。


レヴィンは困った顔になる。

そして、スリアを見る。


「実は……」


少し気まずそうに説明した。


スリアはレヴィンが幼い時に『なんか楽しそうだから!』という理由で気まぐれに付いてきている“寄り添い”。

ただ、一緒にいるだけ。


ココも父との約束で見守っているだけ。

正式契約ではない。


話を聞き終えたアイハは、数秒沈黙した後。


吹き出した。


「ふふっ」


年相応の笑顔だった。


「そういう事でしたのね」


スリアが頬を膨らませる。


「なによー」


だが、アイハはまだ笑っていた。


「では」


アイハが姿勢を正す。


「剣を掲げて下さいませ」


レヴィンはシグムンドを抜いた。

胸元で構える。

緑の精霊核がゆっくり浮かび上がる。


そして。


すぅっと刀身へ吸い込まれていった。


眩い光。


一瞬だけ世界が緑色に染まる。


風が吹く。

花が揺れる。

森が祝福するようだった。


そして、光が消える。


「……これで?」


「はい」


アイハは微笑んだ。


(わたくし)との契約は成立ですわ」


レヴィンは目を閉じる。


新しい繋がりを感じた。


世界樹の森。

深緑の精霊。


その力が確かにシグムンドへ宿っている。


そして。


胸の奥で呟く。


(待ってろ、アリシア──。必ず助けるからな!)


その時だった。


ぐいっ。


「え?」


腕が引っ張られる。


目を開くとアイハだった。

いつの間にか腕を組んでいる。


「スリア」


アイハがニヤリと笑う。


(わたくし)が初めての正式契約なんですって」


「えっ!?」


スリアが固まる。

次の瞬間、反対側の腕へ抱き付いた。


「でも、わたしの方が長いもん!」


「契約は(わたくし)ですわ」


「付き合いはわたし!」


火花が散る。


レヴィンは困惑する。

両腕が塞がっている。

助けを求めるようにカイルを見る。


カイルは笑いを堪えていた。

ハーティアも肩を震わせている。


穏やかな笑い声が湖畔へ広がる。


久しぶりだった。

アリシアが倒れてから初めて。

少しだけ、心から笑えた気がした。


希望は手に入れた。


一同は世界樹を見上げる。

その先にある未来を信じて──。

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