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ギルドのお仕事  作者: 星野 悠里


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4/9

ハーティア、来訪

昼の光が、カルディア支部の窓から穏やかに差し込んでいた。


昨日の夜に起きた事件の痕跡は、すでに大部分が片付けられている。砕けた石片も、焦げた床も、修復できるものは修復され、いつものカルディアの顔が戻りつつあった。


それでも、空気だけは少し違っていた。


テーブルの中央に広げられた簡易地図。

その周囲に集まるレヴィン、アリシア、スリア、アオイ、ナナミ。


静かな会議は、昨夜の不気味な出来事を振り返るところから始まっていた。


「犯人の顔、俺もアリシアも初めて見た。少なくとも、カルディアで見覚えのある奴じゃない」


「私も同じ」


レヴィンが淡々と言うと、アリシアも頷く。


「でも、あの動き……ただの素人じゃなかった。逃げ方が妙に洗練されていた」


「なんか、追い詰められてるのに焦ってない感じだったよね」


レヴィンは昨夜の一件を思い出しているのか、少しだけ眉を寄せていた。


「ああいうのは、気味が悪い」


その横で、スリアがふるふると首を振る。


「風も変だった。人の風じゃないというか……もっと、うすっぺらい感じ」


「うすっぺらい?」


「うん。いるのに、ちゃんと“そこに”いないみたいな」


スリアの言葉に、レヴィンはわずかに目を細めた。

言葉の意味は曖昧だったが、彼女の感覚が正確なのは知っている。


だからこそ、余計に気味が悪い。


「とにかく、逃げた犯人の素性を洗う必要があるわね」


アオイがそう言った、その時だった。


「じゃあ、似顔絵でも作る?」


軽い調子で、アリシアが手を挙げる。


「えっ、今?」


「うん。見た目の特徴を整理すれば、街の人にも聞きやすいでしょ?」


「まあ、理屈は分かるけど……」


嫌な予感がするレヴィン。


「アリシアが描くのか。……不安だ」


「な、何それ! 失礼じゃない!?」


「前科あるしな」


「前科って言うなぁ!」


ギルド内の空気が、少しだけ和らいだ。

その瞬間だけは、昨日までの不穏さが少し遠のく。


アリシアはむぅ、と頬を膨らませながらも、紙とペンを受け取ると真剣な顔になる。


「見ててよね。今度こそちゃんと描くから!」


数分後。


完成した似顔絵を、アオイが無言で見下ろした。

そこに描かれていたのは、どう見ても人ではなかった。

鋭い目。

妙に尖った輪郭。

口元からは何やら禍々しい雰囲気が滲み出ている。


「……魔物?」


「ちーがーうー!!」


アオイの真顔の一言に、アリシアが勢いよく立ち上がる。


「あははははっ!もうだめ……ちょっと怖いのに……なんか強そう!」


スリアは机に突っ伏して笑っていた。


「強そうは褒め言葉じゃないから!」


ナナミも腹を抱えて笑い出す。


「さすが……アリシア画伯!」


「画伯ってなに!?」


アリシアが抗議する声が、ギルドの天井へ跳ね返る。

そんな騒がしさを、アオイは珍しくやわらかい目で見ていた。

彼女の目線が、ふとレヴィンの手元へ落ちる。


「……その人、分かるかもしれない」


「え?」


レヴィンが、自分で描いた紙を差し出す。

こちらは大きく崩れてはいない。

顔立ち、体格、身のこなしまで、見た目の印象がわかるように簡潔にまとめたものだった。


アオイはそれを受け取り、じっと見つめる。

次の瞬間、ほんのわずかに眉が動いた。


「……この感じ、どこかで」


「知ってるのか?」


「断言はできないけど……確か…」


その時だった。


ギルドの扉に、澄んだベルの音が鳴る。

ちりん、と。

何気ない音だったはずなのに、その場にいた全員が一斉に視線を向けた。


「いらっしゃいませー」


アリシアが応じる。

そして扉の向こうから姿を現したのは、ひとりの少女だった。


少し跳ねた肩まで掛かる青紫銀(ラベンダーグレー)色の髪。

身長はアリシアと同じくらい。

暗紅紫(あんこうし)色のやや疲れたような面差し。

だが、その目は真っ直ぐで、どこか強い意志を宿している。


紺色を基調とした聖職者の服を整えた少女は、ギルド内へ一歩踏み込むと、少しだけ息をついた。


「失礼します。こちら、冒険者ギルド……カルディア支部、で間違いありませんか?」


やや控えめな声。

だが、声色は落ち着いていた。


「ええ、そうよ」


アオイがすぐに立ち上がる。

少女は彼女を見て、わずかに会釈した。


「突然すみません。兄を探していて……少し話を聞いていただければと思いまして」


「兄?」


レヴィンが問い返す。

少女は小さく頷いた。


「カイルという名前です。私の兄なんですが……最近、様子がおかしくて。今は連絡も取れず、失踪したような状態で」


レヴィンの視線が鋭くなる。

昨日の事件と、どこかで繋がる気配があった。


「そのカイルって、どんな人?」


アリシアが訊く。

少女は一瞬だけ言葉を選ぶように目を伏せ、それから答えた。


「とても優しい人です。昔から、私のことをよく気にかけてくれて……困っている人を見ると放っておけないような、そんな人です」


その言葉に、アリシアが少しだけ顔を曇らせる。


「兄は少し前から、教会や巡礼の経路を理由に、よくひとりで出かけるようになりました。帰ってきても、どこかぼんやりしていて……。何かを隠しているような、でも話しかけると無理に笑うような……そんな感じで…」


ふと少女が、レヴィンの描いた紙へと視線を落とした。


「……あれ?…それって…」


少女の視線の先を、一同が追う。


そして、その瞬間。

少女の顔色が、目に見えて変わった。


「……っ」


わずかに息を呑み、目を見開く。


「これ……」


その反応だけで、全員の胸に緊張が走る。


「知ってるの?」


アリシアが身を乗り出す。

少女は震える声で言った。


「兄、です。カイルです」


沈黙が落ちた。

それは、重たく、避けようのない沈黙だった。


アオイがすぐに状況を繋げる。


「昨日の犯人が、そのカイルってこと?」


「わからない。でも……」


ナナミが腕を組む。


「…じゃあ、さっきの“どこかで”ってやつが?」


「ええ」


レヴィンの問いに、アオイが頷いた。


「前に一度、街で見かけたことがあるわ」


「あたしも覚えてる。確か巡礼の途中でカルディアに滞在しているとか、なんとか」


ナナミが続ける。


「あの時、けっこう気さくに話してくれたんだよね。妹のこともすごく気にかけてた」


少女は驚いたように目を瞬かせた。


「あなたは?」


レヴィンが問う。


「ハーティアです。兄のカイルを探したくて、こちらまで来ました」


少女――ハーティアは名乗ると、胸元へ手を当てた。



* * *



「兄は、こんな事をする人じゃないんです!」


ハーティアに昨日の事件のことを説明すると、異議を唱える。

その言葉には、迷いも、恐れもなく、そして何より信頼があった。


だからこそ、レヴィンはすぐに否定できなかった。


昨日の犯人がカイルだとしても、それで終わりではない。

何かがある。

その背後に、もっと大きな異変が潜んでいる。


「調べよう」


レヴィンが静かに言った。


「このままじゃ、何も分からないままだ」


「私も行くわ」


アオイが即答する。


「人手は多い方がいいからね!」


ナナミも続く。

スリアがレヴィンの袖をそっと掴む。


「……なんだか。昨日より少し、風の記憶が増えてる気がする」


その言葉に、レヴィンは短く頷く。

見えないものを感じ取れるのは、彼女の強さだ。

そして、今、この時に必要なのは、そういう力だ。



* * *



カルディア教会は、街外れの丘の上に建っていた。

白壁の静かな建物。

潮風を受けながらも、変わらぬ姿でそこにある。


街の喧騒から少し離れた場所にあるせいか、周囲には落ち着いた空気が漂っていた。


「ここか……」


レヴィンが教会を見上げる。


ハーティアの話によると、滞在中は教会で宿泊をしているとのこと。

少し前に、教会裏でカイルを見かけた日があった。

そして、ふと目を離した隙に姿を消していたらしい。


「神父さんに話を聞こう」


レヴィンが扉を開ける。


中は静かだった。

木造の床が足音をやわらかく吸い、窓から差し込む光が長椅子を薄く照らしている。


奥にいた老神父が、こちらに気付いてゆっくりと歩み寄ってきた。


「……おや、ギルドの方々ですね。…それに、ハーティアさんも」


ハーティアは軽く会釈する。


「少し、調べたいことがあって」


レヴィンは簡潔に事情を説明する。


昨夜の事件。

青霊草(せいれいそう)盗難。

そして、ハーティアの兄であるカイルのこと。


老神父は静かに聞き終えると、目を閉じて小さく息をついた。


「カイルさんですか……最近、こちらへは来られておりません」


「何か変わった様子は?」


「そうですね……以前は、こちらで預かっている子供達と遊んでくださる、面倒見のいい御方でしたが、ここしばらくは見かけておりません」


ハーティアが唇を噛む。


「……兄さん」


神父はその様子を見て、柔らかく続けた。


「少し前になりますが、教会の裏手で見かけたことはありました」


「教会の裏手?」


ハーティアが話していた、目を離した隙に姿を消した──という。


レヴィンは眉をひそめる。


「ただ、あそこには古い施設があるだけです。今は使われておりませんが、昔の避難施設に繋がっている場所です。昔は、災害時のための地下シェルターとして使っていたのですよ」


「地下シェルター……?」


「ええ。今は封鎖してありますが」


その言葉に、レヴィンの背筋が僅かに伸びる。


教会の裏手。

地下。

旧施設。

不自然に繋がった点が、頭の中で一本の線になろうとしていた。


「裏手を見てみても?」


「もちろんです。どうぞ」



* * *



教会の裏へ回ると、そこには静かな庭と古い石壁があった。

草木はよく手入れされているが、建物の一角だけは少しだけ古びて見える。

レヴィン達は周辺を見回しながら、慎重に歩いた。


「特に変わった様子はないけど……」


アリシアが周囲を見渡す。


「見た目だけなら普通ね」


アオイも同意する。


けれどレヴィンは、どこか引っかかるものを感じていた。

何かがある。

それも、見えないところに。


「……神父さんが言ってたのは、これか」


レヴィンが足を止める。

教会の壁際、古い植木の陰に半ば埋もれるようにして、鉄扉があった。

錆びつき、ほとんど使われていないのが見て取れる。

近付いたアオイが、扉を見て眉を寄せた。


「地下へ繋がる旧シェルターの入口ね。今は封鎖されてるはずだけど……」


その時だった。


『微かだが、マナの乱れを感じる』


シグムンドの内部に宿る戦乙女の精霊――ココの、澄んだ声が頭の奥に響く。

その一言で、レヴィンの確信は強まった。


「ここだ」


「何が?」


「事件の拠点だ。少なくとも、手掛かりはある」


アオイが短く頷く。


「鍵を持ってくるわ。ナナミ、付いて来てくれる?」


「了解ー」


二人が鍵を取りに、一旦離れる。


残されたレヴィン達は、鉄扉の前で待つ事になった。

静かな午後。

風が庭を撫でていく。


その間、ハーティアはずっと扉を見つめていた。


「……兄さんは」


ぽつりと、語り始める。


「巡礼の旅に出る前、何度も私に言ったんです。どんな場所へ行っても、人はひとりじゃないって」


声は静かだった。

けれど、その静けさの奥には、懸命に感情を抑えている気配があった。


「兄さんは強い人でした。優しいだけじゃなくて、困っている人を守るためなら、自分が傷ついても気にしないような人で……」


ハーティアは目を伏せる。


「小さい頃、私が転んで泣いていた時も、兄さんはすぐに駆け寄ってきてくれたんです。大丈夫だって、何度も……何度も……」


彼女の指先が、ぎゅっと胸元の布を握る。


「だから、信じたいんです。兄さんが、こんな卑劣なことをするはずがないって」


レヴィンはその横顔を見ながら、黙っていた。

ハーティアの言葉には、ただの身内びいきではない重みがあった。


そこには、カイルという人物が確かに“誰かを支える側の人間”だったのだと伝わる何かがある。


「大丈夫だ」


やがて、レヴィンが静かに言った。


「まだ全部が見えたわけじゃない。だから、まずは確かめる」


ハーティアが顔を上げる。


「……はい」


「真相がどうあれ、逃がさない。あんたの兄を連れて帰る方法も、きっとある」


その言葉に、ハーティアの目が少しだけ揺れた。


希望か、安堵か、それとも恐れか。

言葉にできない感情が、彼女の胸の中で渦を巻いているのがわかる。

やがて、アオイとナナミが鍵を手に戻ってきた。


「取ってきたわ」


「こっちも問題なし」


アオイが鉄扉へ鍵を差し込む。

古い錠前が、かちり、と音を立てた。

重い鉄扉が、ゆっくりと開き始める。


その隙間から漏れ出したのは、冷たく湿った空気だった。


誰もが一瞬、言葉を失う。

地下へ続く闇は、静かだった。

だがその静けさの中に、何かが潜んでいる気配がある。


「行こう」


レヴィンの声は低い。

もう引き返す段階ではない。

扉の奥に、答えがある。


そう確信しながら、一行は地下へ足を踏み入れた──。

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