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ギルドのお仕事  作者: 星野 悠里


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2/9

ギルドのお仕事

朝日が海面を金色に染めていた。

穏やかな波が港へ打ち寄せ、小さな運河を進む舟が水面へゆらゆらと白い軌跡を残していく。


港街カルディア。

海と緑に囲まれた、穏やかで小さな街だ。


潮風の中には魚市場の活気ある匂いと、焼き立てのパンの香ばしい香りが混ざっている。

石畳の通りでは商店主達が忙しなく開店準備を始めていた。


「活きが良いの、入ってるぞー!」


「今日の果実、甘いよー!」


明るい呼び声が飛び交い、運河沿いのカフェでは既に朝食を楽しむ人影も見える。


決して大きな街ではない。

けれど、この街には確かな温もりがあった。

人と人との距離が近く、誰かの困り事を誰かが自然に助ける。

そんな空気がカルディアには根付いている。


そして、その街の一角──。

二階建ての小さな家から、元気いっぱいな少女の声が響いた。


「お兄ちゃーん! スリアー! ごはんだよー!」


二階の廊下へ、その声が明るく突き抜ける。


「はいはい、今行く」


扉を開けた青年──レヴィンは、軽く息を吐きながら階段へ向かった。


薫衣草銀(ラベンダーシルバー)色の髪をクシャッと無造作な動きに、セニングを効かせた爽やかなクラッシュマッシュ。

年齢は23歳。身長は170cmといったところ。

暗紫色(あんししょく)の瞳には年相応の落ち着きが宿っている。


紺を基調とした、

貴族服を模したフォーマル寄りのカジュアル服。

片腕に黒のケープ付きマントを抱えている。


腰には、一振りの剣。


精霊剣『シグムンド』。

淡い銀色の刀身を持つその剣は、静かな存在感を放ちながら、レヴィンの腰元へ収まっていた。

父が遺した、大切な剣。

今ではカルディア支部を守る彼の相棒でもある。


そんなレヴィンの後ろから、ふわぁ……と気の抜けた声が聞こえた。


「うぅ……まだ眠いぃ……」


淡青銅(ライトブロンズ)色の少し跳ねたボブサイズの髪を、ツインテールにまとめた小柄な少女がふらふらと廊下へ出てくる。


陽光の精霊、スリア。

『陽だまりとそよ風』を象徴する精霊。


精霊に年齢の概念はなく、見た目は14~16歳くらい。

身長は148cm程と小柄。


淡い水色を基調としたゴシックロリータに、

腰には白い小さなデフォルメ羽がふわふわと浮いている。


青碧(せいへき)色の瞳を半分閉じたまま、危なっかしい足取りで階段へ向かっていた。


「おい、寝ながら歩くな」


「だいじょーぶ……風さんが支えてくれるから……」


「絶対支えてないだろ」


案の定、スリアの足が階段を踏み外しかける。


「わぷっ!?」


「ほら見ろ」


レヴィンは慣れた様子でスリアの腕を掴み、そのまま支える。

スリアはむぅ、と頬を膨らませた。


「レヴィン、最近お母さんみたい」


「誰のせいだと思ってる」


二人のそんなやり取りは、カルディアでは見慣れた光景だった。

街の人々は、ふわふわと自由気ままなスリアを『スリアちゃん』と呼び、娘のように可愛がっている。


精霊は人前へ姿を現さないとは云われているが、彼女は違った。

気まぐれというか、精霊とはそういうものだ。


「おはよう、お兄ちゃん! スリアも!」


一階へ降りると、薄荷(ミントグリーン)色の髪を揺らした少女がちょうど果汁水を置き終えているところだった。


アリシア。


年齢は20歳。身長は158cmくらい。

真ん中分けの背中に掛かるスラっと伸びた髪、分け目からアホ毛がピョコんと伸びている。


髪の間からはエルフ特有の耳を覗かせた、ハーフエルフの少女。


淡いピンクを基調とした、

セーラー服とメイド服を合わせた服装。

メイドカチューシャに付いているピンクのリボンが舞う。


レヴィンの義妹であり、カルディア支部を共に切り盛りする大事な家族だ。


「スリア、また寝坊?」


「今日は風さんが気持ちよかったの……」


「それ絶対、二度寝してたやつだよね?」


暗翠玉(あんすいぎょく)色の瞳を細め、呆れたように笑う。


その奥、キッチンからはジュウゥ……と卵の焼ける音が響いていた。

バターの香りが、部屋いっぱいに広がっている。


「アリシア、お皿を持ってきてくれる?」


「はーい」


優しく微笑みながら料理をしているのは、ミレナだった。


琥珀(こはく)色の瞳に、腰の辺りまで伸ばした淡藤銀(フロストラベンダー)色の髪を、後ろでひとつにまとめたゆるふわ三つ編み。


落ち着いた色合いの服にロングスカートとエプロン姿。


年齢は47歳。身長は160cm前半。


レヴィンの母。

そして、アリシアの義母。


どこか包み込むような優しさを持つその女性は、家族全員の心を自然と落ち着かせる不思議な空気を纏っていた。


テーブルへ並べられたのは、ふわふわの卵に包まれたオムライス。


バターライスの香りは優しく、どこか懐かしい。

優しく包み込んでいる柔らかな卵は、溶く際に少量の砂糖を加えた、ほんのり甘い卵。


ミレナ直伝のオムライス。


立ち上る湯気は温かく、香りだけでどこか安心してしまうような家庭の味だった。


「わぁ……美味そう……」


スリアは既に椅子へ座りながら、完全に目を輝かせていた。


「食べる前から幸せそうな顔してるな」


「だって幸せだもん」


即答だった。

そんな穏やかな空気に、ミレナがくすっと笑う。


レヴィンとミレナも席に着き、落ち着いたところで、

アリシアがケチャップ瓶を持ってやって来た。


「ふふん♪」


なぜか得意気な顔である。


「……何する気だ?」


「決まってるでしょ?」


そう言って、アリシアはレヴィンのオムライスの前に立つと、真剣な顔でケチャップを走らせ始めた。


きゅっ、きゅっ、と慎重に線が描かれていく。


「…………」


「…………」


レヴィンは無言で見守る。

スリアは既に口元を押さえている。


そして数秒後。


「完成っ!」


アリシアが満面の笑みを浮かべた。


レヴィンはオムライスを見ると、真顔で一言だけ呟く。


「……魔物か?」


「猫だよ!?」


アリシアが即座に反論した。


そこに描かれていたのは、

猫ではなかった。

目が妙に鋭い。

口が裂け気味。

耳だと思われる部分は、どう見ても角に近い。

全体的に禍々しい。

オムライスの上に、何か危険な存在感が宿っていた。


「あははははっ! なにこれ、すごい! 強そう!」


スリアが耐えきれず吹き出した。


「強そうって何!?」


「深淵とかにいそう!」


「いないよ!?」


アリシアは顔を真っ赤にして抗議する。

その横で、ミレナも思わず肩を震わせていた。


「ふふっ……ごめんなさいね……でも……」


笑いを堪えようとしているせいで、余計に笑っているようにしか見えない。


「お母さんまでぇ……!」


アリシアが半泣きになる。

そんな娘を見ながら、ミレナは優しく微笑んだ。


「猫ちゃんはね、こう描くのよ」


そう言って、自分のオムライスへケチャップを走らせる。

するすると迷いなく描かれていく線。

完成したのは、丸っこくて愛嬌のある可愛らしい猫だった。


「おお……」


レヴィンが感心した声を漏らす。


「かわいい……!」


スリアの目がきらきら輝いた。


「わたしにも描いてー!」


「はいはい」


ミレナはくすっと笑いながら、今度はスリアのオムライスへ猫を描く。

ころん、とした丸い猫。

見ているだけで和むような優しい絵だった。


「やったぁ♪」


スリアは嬉しそうに頬を緩める。

すると今度は、アリシアが悔しそうに唇を尖らせた。


「お母さん、私にもー!」


「ふふ、いいわよ」


結果。


レヴィンのオムライスだけが、

“魔物みたいな猫”

他三人のオムライスには、可愛らしい猫が描かれる事となった。


食卓には、しばらく笑い声が響いていた。

窓から差し込む朝日。

温かな料理の湯気。

楽しそうに笑う家族の声。

それは、どこにでもあるような小さな日常だった。

けれど──。

だからこそ、かけがえのない時間だった。


「それじゃあ、いただきましょうか」


ミレナが優しく微笑み、手を合わせる。

アリシアとスリアも元気よく続いた。


「「いただきまーす!」」


レヴィンも小さく息を吐く。


「やれやれ……いただきます」


そして四人は、笑いながら朝食を食べ始めた。

穏やかな朝だった。

カルディアの、小さくて温かな日常が、そこには確かにあった。



* * *



朝食を終えた後。


レヴィン、アリシア、スリアはカルディアの街を歩いていた。


潮風が心地良い。

運河沿いには、小舟を漕ぐ人々の姿が見える。


「おぅ、レヴィン!」


八百屋の店主が大きく手を振った。


「昨日頼まれてた荷運び、助かったよ!」


「また困った事があったら言ってくれ」


「今度はうちの娘の勉強も頼む!」


「それは先生に頼め!」


通りに笑い声が響く。

すると今度は、近所の子供達がスリアへ突撃した。


「スリアちゃーん!」


「今日も遊ぼー!」


「わーっ!?」


一瞬で囲まれるスリア。


「今日はお仕事ー!」


「えー!」


「帰ったら遊ぶからー!」


その横でアリシアはパン屋の店主と楽しそうに話していた。


「新作パン出来たんだ!」


「あとで持ってってやるよ!」


「やったー!」


街の人々との距離が近い。

それはカルディア支部が、ただ依頼を受けるだけの組織ではないからだ。


迷子探し。

荷運び。

屋根修理。

魔物退治より、人助けの方が多い。


それが、この街のギルドだった。


「レヴィンさん!」


今度は老人が駆け寄ってくる。


「東通りの水路、また詰まっちまってねぇ……」


「ああ、夕方見に行くよ」


「助かるよぉ」


自然と頼られている。

その事実が、少しだけレヴィンの胸を温かくした。

父が守っていた場所を、自分達も守れている。


まだちゃんと。



* * *



『冒険者ギルド カルディア支部』は、街外れの運河沿いに建っている。


決して大きな建物ではない。

けれど木造の温かな雰囲気があり、中へ入ると落ち着く空気が漂っていた。


「おはようございます!」


アリシアが元気よく扉を開く。


「はいはい、おはよう」


レヴィンは依頼掲示板を確認しながら苦笑した。


本日の依頼は、

荷物運搬

倉庫整理

薬草採取

迷子猫捜索

など。


やはり平和だ。


スリアはいつものように窓際席へ座り、ぼーっと外の風を眺めていた。

もはや完全に居着いている。


「あ、いたいた!」


そこへ扉が開き、二人組が入ってきた。


一人は白金(ライトゴールド)色の髪を背中まで伸ばした少女。

年齢はレヴィンと同じで23歳。身長は162cmくらい。


(プラチナ)のヴァルキリーアーマーを纏い、

金のラインが入った、紺色のロングスカートを穿いている。


腰には、美しい反りを持つ名刀『月下美人』。


暗青色(あんせいしょく)の瞳は静かな雰囲気を纏いながらも鋭い。

『カルディア自警団 遊撃隊』を率いる女性剣士。

アオイだった。


そしてその隣には、白銀(ライトシルバー)色のボブサイズの髪を、ツーサイドアップに結んだ明るく元気な少女。

年齢はレヴィンやアオイと同じで23歳。身長は160cm程。


(プラチナ)のヴァルキリーアーマーを纏い、

淡い水色のミニスカートを翻す。


手には、細槍斧『ベク・ド・コルバン』。


紫苑晶(しおんしょう)色の瞳を細め、笑みを浮かべる彼女は、ナナミ。

アオイの幼馴染でもある。


「おはよう、レヴィン」


「相変わらず平和そうだね」


アオイの後にナナミが続いた。


「そっちは?」


「普通。ナナミが朝から魚屋で値切ってた」


「いやだって。高かったんだって!」


「そうには見えなかったけど?」


「アオイは世間知らずすぎるの!」


いつもの軽口。

その空気感から、互いの信頼関係が自然と伝わってくる。


だが、アオイはふと表情を少しだけ引き締めた。


「……そうだ。今日は少し気になる話があるの」


「気になる話?」


「北区の青霊草(せいれいそう)盗難事件」


その言葉に、レヴィンの表情も変わる。


青霊草(せいれいそう)


かつて、カルディア周辺で群生していた、希少な薬草。

現在は国の管轄下にあり、カルディア北区にて管理している。


細長い蒼葉を持つ草。

夜になると、淡い青白色に発光する。

発光理由は内部へ微量の高純度マナを蓄積しているため。

微かな清涼感のある香りを持ち、吸い込むと気持ちが落ち着く。


カルディアでは『海霧の癒し草』とも呼ばれる。


この高純度マナのおかげもあり、

治癒促進、魔力促進、精神安定など、

医療薬草として重宝されている。


ではなぜ、国管理植物として、

カルディア北区の専用区域で栽培されているのか。

それは、とある特殊精製を行うと『魔素』へ変質するためだ。


青霊草(せいれいそう)内部には高純度マナ、精神安定因子が含まれている。

それらを歪めることでマナ侵食、精神汚染因子へと変化する。


その危険性から国の管理対象となっているのだ。

当然、無許可採取は禁止とされている。


「最近また被害が出てるらしいの」


「盗難事件、だよね?」


アリシアが首を傾げる。


「ただ、少し妙なのよ」


アオイは静かに続けた。


「普通の窃盗なら必要分だけ持っていくわ。でも、今回は明らかに過剰量が持ち去られているの」


「転売目的……?」


「それにしては雑すぎるというか…」


ナナミが腕を組む。


「しかも現場、なんか気味悪いんだよね」


「気味悪い?」


「隊員の話だと周囲のマナが乱れているとか。あと、変な痕跡が残っているのよ」


ギルド内へ、少しだけ沈黙が落ちた。


その時だった。

窓際にいたスリアが、ふと外を見たまま呟く。


「……風、なんか変」


全員の視線が向く。


スリアは、いつものふわふわした空気ではなかった。

どこか不安げに、窓の外を見ている。


「北の風が……ざわざわしてる」


レヴィンは静かに目を細めた。



* * *



黄昏が、北区を赤く染めていた。


青霊草(せいれいそう)群生地。

淡い青色に発光する植物群が、夕暮れの中で幻想的な光景を作り出している。


だが、その美しさは乱されていた。


「……酷いな」


レヴィンが低く呟く。


群生地の一部が荒らされている。

根元から無理矢理引き抜かれた痕。

踏み荒らされた土。


そして何より──、空気が重い。


「マナが乱れてる……」


アリシアの言葉にアオイが周囲を警戒する。

スリアは静かに風へ触れていた。


「ここ、嫌な感じする……」


精霊である彼女がそう言う以上、ただ事ではない。

レヴィンは荒れた地面へしゃがみ込む。


「盗難っていうより……何かを探してるみたいだな」


その時だった。

ふっ、と風が止む。

虫の音すら消えた。

不自然な静寂。

誰もが息を呑む。


しかし次の瞬間には、再び風が流れ始めていた。


「……今の」


ナナミが辺りを見回す。


だが、そこには誰もいない。

ただ黄昏だけが、静かに広がっていた。



* * *



──その頃。


群生地のさらに奥。


人の立ち入らない森陰で、黒ローブの人物が静かに青霊草(せいれいそう)へ手を伸ばしていた。


細い指先が、淡く光る草を撫でる。


「……まだ、足りない」


低い声。


その瞬間。


周囲のマナが、ぴり、と不気味に揺れた。

風が止む。

空気が凍る。

次の瞬間には、その姿は霧のように黄昏へ溶けて消えていた。


レヴィン達はまだ知らない。


この小さな異変が。

カルディアの穏やかな日常を揺るがす“始まり”である事を──。

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