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第86話 月光を纏う剣

ほのかは、必死に粘っていた。


怖くないわけがない。

ゴブリンリーダーの曲刀は、一撃ごとに空気を裂いた。

まともに受ければ、双剣ごと腕を持っていかれる。

避け損ねれば、そのまま終わる。


それでも、ほのかは下がらなかった。


右へ跳び、左へ滑る。

双剣を交差させ、刃の腹で曲刀の軌道をずらす。


完全には受けない。

受けられるわけがない。


だから、逸らす。

流して逃げ、また踏み込む。


苦境の中にあっても、その動きにはどこか華やかさがあった。


踊り子の双剣。

その名の通り、ほのかは踊るようにゴブリンリーダーの前で踏みとどまっていた。


だが、それは決して優雅な踊りではない。


息は荒く腕は痺れ、足は震えている。

ジャケットの下では、何度も衝撃を受けた身体が悲鳴を上げている。


それでも、ほのかは笑おうとした。

しずくは戻る、絶対に戻る。

なら、自分はそれまで踊り続ければいい。


「っ、重いって!」


曲刀の一撃をぎりぎりで外へ逃がす。

反動で腕が痺れ、足が石畳を削るように滑る。


それでも倒れない。


倒れたら、後ろにいるミコトへ届く。

そうなれば、しずくの回復が止まる。


だから倒れない。


「ミコト!まだ!?」


「もう少しです!」


ミコトは、しずくの側で必死にヒールを重ねていた。


裂けた傷口に、淡い光が染み込む。

流れ出ていた血が、少しずつ止まっていく。

柱へ叩きつけられた背中の痛みも、完全ではないが呼吸できる程度には戻っていく。


「しずくさん、聞こえますか!」


声が遠い。

でも、届いていた。

しずくの瞼が、わずかに震える。


「…ミコト」


小さくかすれた声、ミコトの目に涙が滲みかけた。

けれど、泣いている暇はない。


「飲んでください!」


ミコトは初級ポーションの栓を抜き、しずくの口元へ当てた。

しずくは半ば無意識のまま、それを飲み込む。

喉を落ちていく薬液が、身体の奥に熱を広げた。

冷えていた指先に、感覚が戻る。

霞んでいた視界が、少しずつ輪郭を取り戻す。


血が止まり、身体に熱が戻る。

痛みが、痛みとして認識できるところまで戻ってくる。


まだ痛い、まだ重い。

呼吸をするだけで胸が軋む。


それでも動ける。

しずくは、ゆっくりと身体を起こした。


左腕には銀盾がある。

さっき、自分が動けない間にも守ってくれた相棒。

ほのかを守った、蒼い光。


しずくは、その縁をそっと撫でた。


「ありがとう」


盾が答えるように、淡く蒼く光った気がした。


すぐそばに、支給品のロングソードが落ちていた。

吹き飛ばされた時に、手放していたものだ。


しずくはそれを拾い上げた。

指はまだ少し震えている。

握り込むだけで、脇腹に痛みが走る。


けど、手放さない。

目の前では、ほのかがもう限界に近い動きでゴブリンリーダーの曲刀をかわしている。


慣れない近接で。

怖いはずなのに、逃げずに立ち向かっている。


しずくのために、前に立っている。


ミコトが自分を繋ぎ止めてくれた。

ほのかが時間を稼いでくれた。

二人がいたから、まだここにいる。


なら、戻らない理由はない。


しずくは叫んだ。


「ほのか!スイッチ!」


ほのかの目が、一瞬だけこちらを向く。

その顔に、はっきりと安堵が走った。


「待ってた!」


ほのかが大きくバックステップする。

同時にしずくが駆け出した。


二人がすれ違うその一瞬。

言葉はない。

ただ、目だけで頷き合った。


任せた。

任された。


ほのかは後ろへ下がりながら、荒い息を吐いた。

声は小さい。

でも、笑っていた。


「だから言ったじゃん、動ければ絶対立つって」


ミコトが、しずくの背中を見て小さく息を呑む。


まだ完全に治っていない。

傷も痛みも残っている。

けれど、しずくは立っている。


銀盾を構え、剣を握り、再び前に出ている。


ミコトは唇を引き結び、杖を握り直した。


「支えます。今度こそ、絶対に」


しずくが前に立つ。


ゴブリンリーダーは変わらない。

シャーマンを失っても。

ほのかに足止めされても。

しずくが戻ってきても。


その目に動揺はない。

目の前の障害を除去する。

それだけだ。


しずくがロングソードを構えた時、システムウィンドウが開いた。


いつもの青白いものではなかった。

赤ではない、白でもない。

淡い月光のような、奇妙な色。


そしてしずくの頭の中に、またあのやる気のない幼い声が響いた。


『あーもう、起きたならさっさとやれ』


しずくの指が、ロングソードの柄を握り締める。


『私の力を、少し貸してやる』


声は相変わらず気だるげだった。

布団から出たくないのに、仕方なく手だけ伸ばしているような声。


それなのに、その言葉だけは妙に深いところへ届いた。


『こんな所で立ち止まるなよ』


システムウィンドウの文字が、乱れる。


【〇の〇〇の支援効果が発動しました】


【夜の魔法 月の剣】が武器に付与されました。


ロングソードが淡く光った。

白銀とも違う、青白い月光とも違う。

静かな夜を、そのまま刃に宿したような光。


そして、刃の周囲に薄い冷気がまとわりつく。

赤い月光がもたらした、あの嫌な冷たさではない。


もっと澄んだ冷気。

夜の底に沈んだ水のような、本物の月明かりのような。


しずくは息を呑んだ。


「…月の剣」


ほのかもミコトも固まっていた。


「え、なにそれ…」


ほのかの声が漏れる。


さっきまで自分が必死に時間を稼いでいた相手の前に、しずくが戻ってきた。

それだけでも胸が熱いのに、その剣は明らかに普通ではない光を宿している。


ミコトは、システムウィンドウとしずくの剣を見比べたまま言葉を失っていた。


「夜の魔法?でも、さっきのシャーマンのものと違う…」


『なに今の!?』

『月の剣!?』

『支援効果!?』

『誰の支援!?』

『しずく覚醒!?』

『剣が光ってる!』

『冷気出てるぞ!』

『さっきの赤い夜魔法とは違う感じする』

『うおおおおお!!』

『反撃開始だろこれ!』


しずくはそれらを見ていなかった。

目の前のリーダーだけを見ていた。


ゴブリンリーダーは、月の魔法も意に介さず曲刀を振り下ろす。


しずくは、軽く銀盾で受け流した。

さっきより見える。


曲刀の重さと腕の流れ、さらに踏み込みの癖。

リーダーが次にどう動くか、盾が教えてくれる。


しずくは受け流した勢いのまま、ロングソードを横へ走らせた。

月の剣が、リーダーの腕を掠める。


深い傷ではない。

けれど、刃が触れた場所に白い霜が走った。

リーダーの動きが、ほんのわずか鈍る。


「効いてる!」


ほのかが叫んだ。

その声にはさっきまでの焦りではなく、はっきりとした希望があった。


ミコトも、はっとして杖を構える。


「冷気で筋肉の動きを鈍らせています。今なら、リーダーの速度を落とせます!」


ゴブリンリーダーは、初めてしずくの剣を認識したように目を細めた。

それでも退かない。

曲刀を構え直し、再び踏み込んでくる。


しずくは銀盾を前に、ロングソードを構えた。


怖さはまだあるし、痛みもある。

身体も完全じゃない。


でも、一人で立っているわけじゃない。


ほのかが横で機弩を構え直す。

さっきまで震える足で前に立ってくれた友達が、今はいつもの位置からこちらを見ている。


「しずく、射線作って!」


「…うん」


ミコトが後ろで杖を掲げる。

泣きそうな顔をしていたのに、最後まで魔法を乱さなかった友達が今も背中を支えてくれる。


「支えます。無理はしないでください」


「…わかった」


左腕には相棒がいる。

右手には月の剣がある。


そして、背中には二人がいる。

それだけで、しずくはまた前へ進める。


頭の中で、あの少女の声がまたぼやいた。


『ほら行け、さっさと終わらせて寝ろ』


しずくは、少しだけ息を吐いた。


「…うん」


そして、一歩踏み込んだ。

偽物の月が浮かぶ夜空の下、蒼い盾と月光を纏う剣を手に。

しずくは再び、ゴブリンリーダーの前へ立った。


ほのかが、すぐ横で機弩を構える。


「しずく復帰」


その声は震えていなかった。


ミコトも、しずくの背中へ回復の光を準備しながら頷く。


「ここから、三人で押し返します」


しずくは、ゴブリンリーダーを見据えたまま小さく頷いた。


反撃の狼煙はもう上がった。

これは、誰か一人が耐える戦いではない。

三人で支えあう戦いだ。

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