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第85話 倒れた盾と、立つ双剣

ほんの数秒前まで、勝てる空気だった。


シャーマンを落とし、赤い光も消えた。

残るはリーダーだけになった。


それは、全部がひっくり返った。


ほのかもミコトも、視聴者も。

何が起こったのか分からなかった。


『え?』

『なに今の!?』

『しずく!?』

『スタン!?』

『シャーマンまだ生きてたのか!?』

『やばいやばいやばい』

『回復!早く!』

『しずく起きて!』

『これ致命傷じゃない!?』


「しずくさん!」


ミコトの声が震えている。

それでも、杖を握る手だけは前へ出た。

今すぐ回復をしないと、最悪の事態になる。


しかし、その前にゴブリンリーダーが動いた。

曲刀を構え直し、柱の根元に倒れたしずくへゆっくりと歩き出す。


その動きに、焦りはない。

任務を遂行する兵士のように、確実にとどめを刺すために。


ほのかの顔から、血の気が引いた。


「させるか!」


機弩を構える。


ミコトも、震える声で詠唱を始める。


【ヒール】


しずくはまだ動かない。

銀盾を抱えたまま、柱の根元で倒れている。

裂けたジャケットから、赤が広がっている。


ほのかは、機弩の照準をリーダーへ向けた。

しかし、すぐに思い直す。

普通に撃ったところで、あのリーダーは止まらない。

チャージショットを溜める時間もない。


その間にも、リーダーはしずくへ近づく。


だったら…。

ほのかは腰のホルダーから、踊り子の双剣を抜いた。


ダンシングソードではない、その程度であれは止まらない。


刃が震えていた。

いや、違う。

震えているのは双剣じゃない、ほのかの手だ。


ゴブリンリーダーは、柱の根元に倒れたしずくへ向かっている。

歩調は変わらないし、焦りも怒りもない。

ただ、倒すべき敵へと歩く。


ほのかは、リーダーの前に回り込んで双剣を構える。


見よう見まねだ。

近接戦闘なんて、しずくみたいにできるわけがない。


それでも、ここを通したら終わる。

しずくが殺される。

その一言が頭に浮かんだ瞬間、震える足を無理やり黙らせた。


「ミコト!」


声が震えた。

それでも叫んだ。


「しずくをお願い!」


ミコトは顔を上げる。


泣きそうな顔だった。

でも、杖だけはしずくへ向いている。


「はい!」


『ほのか前に出た!?』

『無理だろ近接は!』

『でも時間稼ぐしかない』

『ミコト急いで!』

『しずく起きて!』

『リーダー止まれ!!』

『ほのか逃げろ!』

『いや逃げたらしずくが終わる』


ゴブリンリーダーが、ほのかを見下ろしていた。

その目には、侮りも怒りもない。

障害物を認識しただけだ。


無表情のまま、曲刀が振られた。


「っ!」


ほのかは横へ飛ぶ。

刃がかすめた風圧だけで、腹の奥が冷える。

一撃もらえば終わる、それが分かる。


ほのかは双剣を構え直した。


「こっち見ろ!」


自分でも、声が上ずっているのが分かった。


リーダーが踏み込む。

曲刀が横へ薙がれる。


ほのかは双剣を交差させて受けた。

受けた瞬間、後悔した。


「ぐっ…!」


両腕が軋み、衝撃が身体の芯まで響く。

受けちゃだめだ、流さなきゃだめだ。


しずくがやっていたことが、どれだけおかしかったのか今さら分かった。

あの子は、ずっとこれを受けていた。

ずっと前に立っていた。


「…ごめん」


思わず言葉が漏れた。

誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。


しずくにか、今まで頼りすぎていた自分にか。


それでも、今は止まれない。

ほのかは歯を食いしばり、刃を滑らせるように外へ逃がす。

ぎりぎりで曲刀の軌道を逸らした。


だが、リーダーは止まらない。

次の一撃が来る。



その頃、しずくは朦朧とした意識の中にいた。

痛い寒い、身体が遠い。


誰かが叫んでいる。


ほのかの声、ミコトの声。

どれも水の底から聞こえるみたいだった。


動かなきゃ。

そう思うのに、身体が動かない。

その時、耳元で幼い少女の声がした。


『おい』


しずくの意識がかすかに震えた。


知らない声、幼い声。

頭の中に直接落ちてくるような声。


『ちょいギャルが踏ん張ってるぞ、しっかりしろ』


ちょいギャル。

その言い方で、ほのかのことだと分かった。


しずくは動こうとするが、痛みが全身を縛っている。


『あー、無理すんな』


声は幼いのに、まったく慌てていない。

むしろ、面倒くさそうだった。


『それともまた、○〇○に負けるのか?』


その名前が、頭の中に響いた。

初めて聞く名前のはずだった。


なのに、胸の奥がぞわりと冷えた。

嫌な感じがした。


怖いとは少し違うし、怒りとも違う。

もっと深いところを、爪で引っかかれるような不快感。


その名前を知ってはいけない。

でも、知らなければならない。

そんな矛盾した感覚。


しずくの指先が、かすかに震えた。


『反応したか


少女の声が、気のない調子で呟く。


『まあいいや、特別サービスだ』


しずくの左腕。

銀盾がかすかに震えた。


『少し力を貸してやるから、回復するまでおとなしくしてろ』


言葉の内容だけなら、頼もしい。

けれど声には、全くやる気がなかった。


『あー、だる。ほんと面倒…』


全面に出ていた。

面倒だなぁ、という気配が。

その気配と共に、しずくの銀盾の縁が淡く蒼く光りを放ち始めた。


ほのかは、必死にリーダーの攻撃をかいくぐっていた。

曲刀が低い起動を描く、足を狙った一撃。


「やば…」


双剣を下げようとするが、間に合わない。

思わず目を閉じた時、蒼い薄膜がほのかを包んだ。


曲刀がその膜に触れると、澄んだ音が響いた。


「え?」


ほのかが目を見開く。

防いだのは、ほのかの双剣ではない。


柱の根元、倒れたしずくの左腕。

そこにある銀盾から、細い蒼光が伸びていた。

まるで、盾が遠くから手を伸ばしたみたいに。


リーダーの曲刀が、わずかに逸れる。

ほのかを斬る軌道から外れた。


「しずく…?」


ほのかの声が震える。


しずくはまだ倒れている。

それなのに、銀盾だけが蒼く光っている。


『今の何!?』

『しずく動いてないよな!?』

『盾が守った!?』

『蒼い光出た!』

『なにこれ!?』

『銀盾やばい』

『しずく、倒れてても守ったのか!?』


ミコトも驚いた。

だが、すぐに自分を叱りつけるように首を振る。


今は見るな、考えるな。

自分が成すべきことはなんだ。


【ヒール】


ミコトの杖先から、強い光がしずくへ注がれる。

赤く染まった脇腹、浅く乱れた呼吸。

一つずつ、回復の光が染み込んでいく。


「出血を止めます…もう一度!」


ミコトの声が震えている。

でも、魔法は乱れていない。

しずくの傷が、少しずつ塞がっていく。


ほのかは、その間もリーダーの前に立った。

蒼い薄膜が消える。

今のは、何度も使えるものではない。

そんな気がした。


「ありがと、誰か知らないけど」


ほのかは小さく呟き、双剣を構え直した。


リーダーがまた動く。

今度は、ほのかを確実に排除しに来る踏み込み。


「っ、来い!」


足は震えている。

腕も痛い。

双剣の握り方も、きっと雑だ。


でも、ここで退いたらしずくが死ぬ。

なら退けない。


ほのかは曲刀の一撃を、今度は真正面から受けなかった。

双剣の片方で刃の腹に触れ、もう片方で軌道を押す。


しずくの真似。

全然うまくないし、形もぐちゃぐちゃ。


それでも、ほんの少しだけ曲刀が逸れた。

その隙に後ろへ跳ぶ。


「ミコト!あとどれくらい!」


「もう少しです!」


ミコトの額に汗が浮かぶ。


「致命傷は塞ぎます。でも、完全回復は無理です!」


「動ければいい!」


ほのかが叫ぶ。


「しずくは、動ければ絶対立つ!」


その声が、しずくの意識の底に届いた。

幼い少女の声が、また耳元でぼやく。


『ほら、言われてるぞ。動ければ立つんだってさ』


しずくは、痛みの奥で息を吸った。


『いい友達じゃん、大事にしろよ』


銀盾の蒼い光が、ほんの少しだけ強まる。


しずくの指が動いた。


『まだ起きるなって言ったろ、回復中だ。ほんと話聞かないな、お前』


少女の声は呆れていた。

けれど、その声の奥にほんのわずかだけ笑っているような響きがあった。


『あと二十秒。そしたら好きにしろ』


二十秒。

しずくは、朦朧とした意識の中でその数字を掴んだ。


ほのかが耐えている、ミコトが自分を繋ぎ止めている。

なら、立たなきゃいけない。


柱の根元で、しずくの呼吸が少しだけ深くなった。

ほのかは、その変化に気づいた。


しずくが戻ってくる。


「…ほらね」


ほのかは、泣きそうになった顔を無理やり笑顔に変えた。


「絶対、戻ってくるんだよ」


ゴブリンリーダーが、再び曲刀を振り上げる。

ほのかは双剣を握り直した。


泥臭くてもいい、不格好でもいい。

腕が折れそうでもいい。


しずくが戻るまでは、自分が前に立つ。


「来いよ、リーダー」


ほのかは、震える足で一歩前に出た。

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