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第83話 ミコトの一手

ミコトも、ゴブリンシャーマンへ対処したい気持ちはあった。


むしろ、すぐにでも止めたい。

赤い月光。

闘技場全体に降り注ぐ、凍てつく夜の魔法。


その原因がシャーマンにあることは、ミコトにも分かっている。

けれど、動けない。


【キュア】


淡い聖水の光が、しずくの背中へ飛ぶ。


しずくの腕や肩にまとわりついた霜が、ぱきぱきと音を立てて剥がれた。

だが、完全には消えない。


頭上の赤い月もどきが光っている限り、凍傷はまたじわじわと戻ってくる。


【ヒール】


続けて、回復の光を飛ばす。


リーダーの曲刀を受け流すたび、しずくの腕には衝撃が蓄積していく。


直撃は避けている。

だが、衝撃までは消えない。

小さな傷と打撲が、確実にしずくを削っていた。


ミコトはしずくを注視しながらも、必死で頭を巡らせる。

シャーマンを見て、魔力の流れを読みたい。


だが、しずくから目を離せばその瞬間に前衛が崩れる。


「しずくさん、あと少しだけ耐えてください!」


「…うん」


しずくの返事は短い。

けれど、その声には余裕がなかった。


ほのかは柱の陰から飛び出し、横へ走った。


凍傷で足が重い、呼吸も白い。

それでも、射線を取らなければいけない。


シャーマンはリーダーの背後にいる。

しかも、曲刀を振るうリーダーの巨体が、まるで壁のように射線を塞いでいる。


「くっそ、上手い位置取りしてる」


ほのかは舌打ちする。


ただ後ろにいるだけじゃない。

リーダーが動くたび、シャーマンもわずかに位置を変える。

攻撃役ではなく、支援役としての立ち位置を守っている。


ゴブリンのくせに。

そう思いかけて、ほのかはすぐに訂正した。

これは、普通の二層ボスじゃない。


ほのかは腰の双剣へ手を伸ばした。

踊り子の双剣。

ダンシングソードなら、リーダーを迂回してシャーマンへ届くかもしれない。


そう考え、双剣を抜こうとする。


「…え」


抜けない。

柄を握ったのに、鞘から抜けない。

物理的に引っかかっているわけじゃない。

手応えがおかしい。


まるで双剣そのものが、何かに怯えているように。

外へ出ることを拒んでいるように。


ほのかの背筋がぞわりとした。


「こんな時に!」


もう一度引く。

抜けない、踊り子の双剣が震えている。

赤い月光に照らされた刃が、鞘の中でかすかに鳴っていた。

まるで、あの月もどきを見たくないとでも言うように。


「っ、だめか!」


ほのかは即座に諦め、98式を構え直す。


今は原因を考えている暇はない。

シャーマンの杖、そこだけを狙う。


呼吸を止める。

赤い冷気で指先が鈍い。

それでも、鷹の目が標的を捉える。


弾丸はリーダーの肩越しに抜け、シャーマンの杖へ向かった。

だが、シャーマンは首を傾けるように杖を動かした。


赤い霜が空中に浮かぶ。

薄い膜。

さっきと同じ防御。


「またか!」


ほのかの声に焦りが混じる。

射線は取れた、狙いも悪くない。

なのに、弾かれる。


有効な一手がない。


チャージショットを撃てば貫けるかもしれない。

だが、溜めの一瞬が怖い。

その間にリーダーがしずくを崩せば終わる。


麻痺弾も弾かれた。

双剣は抜けない。

機弩の通常弾は通らない。


ほのかの目が細くなる。


「ミコト!シャーマンの防御、何か抜け道ない?」


「見たいですけど、今はしずくさんから目を離せません!」

「恐らく、遠距離射撃攻撃にのみの障壁とは思います!」


その声も切迫していた。


しずくは、防戦一方だった。

ゴブリンリーダーの曲刀が振るわれる。


横薙ぎからの切り返し。

足元への低い一撃。

上段からの叩き割り。


すべてが重い。

しかも単調ではない。


熊のような暴力ではない。

ホブゴブリンのような武術でもない。


もっと別のもの。

決められた役割を、淡々と遂行する動き。


しずくは銀盾を斜めに入れ、曲刀を流す。

火花ではなく、赤い霜が散った。


腕が痺れる。

足の裏が滑りそうになる。

だが、強靭な体幹が踏みとどまらせる。


銀のバックラーが、しずくの呼吸に合わせて角度を作る。

曲刀が来る位置を、ほんの半歩先に教えてくれる。


右から来る、次は下。

踏み込みは浅い。

崩しではなく、圧をかけてくる。

まるで、この敵を知っているように。


相棒が、しずくの腕の中で生きているようだった。


もし盾が強化されていなかったら。

しずくは、そう思って背筋が冷える。


もう崩れていた。

腕を持っていかれていた。

足を止められて、次の一撃で終わっていた。


それでも、リーダーに焦りはない。


しずくが受け流しても。

ほのかが横へ回っても。

ミコトが回復を重ねても。


ゴブリンリーダーは、表情ひとつ変えずに曲刀を振るい続ける。


怒らない、笑わない。

挑発にも乗らない。


ただ、前に立つしずくを削る。

確実に、淡々と。


そこでしずくは直感した。

こいつは、武人じゃない。

ホブゴブリンのように、戦いを楽しむ相手ではない。

強者を認め、笑い、勝負を求める存在ではない。


これは、軍人だ。


与えられた役割に徹する者。

前衛として敵を抑え、後衛のシャーマンを守る者。

自分が倒すことよりも、自分が崩れないことを優先する者。


動揺しない、焦らない。

恐らく、ほとんど乱れない。


「…最悪」


しずくは小さく呟いた。


曲刀がまた来る。

受け流すが、衝撃で肩が軋む。


リーダーが一歩下がる。

シャーマンから引き離したいのに、一定の距離以上は離れようとしない。


役割を分かっている。

このままでは、削り負ける。


自分が崩れた瞬間、リーダーは後衛へ届く。

ミコトが止まれば凍傷が進む。

ほのかが狙われれば、シャーマンを落とす手段が消える。


全部、リーダーの狙い通りになる。


頭上の赤い月もどきが、静かに闘技場を照らしていた。

赤い光が、しずくの銀盾に降り注ぐ。

その中で盾の縁の蒼だけが、かすかに抵抗するように輝いている。


しずくは、その光を見た。

赤に染まらない、蒼い光。


その瞬間、胸の奥で何かが小さく噛み合った。


「ミコト」


「はい!」


「しばらく私は見ないでいい」


「え?」


ミコトの顔が青ざめる。


「でも」


「リーダーはなんとかするから、シャーマンをどうにかして」


「分かりました」


このままじゃ埒が明かないのは、ミコトも理解している。

ミコトは、しずくから視線を切った。


しずくは、ゴブリンリーダーの前に立っている。

キュアとヒールを途切れさせれば、そのまま押し切られてもおかしくない。


それでも、ミコトは見た。


「神宮さん!」


「なに!」


「リーダーを、麻痺弾で一瞬だけ止められませんか!」


ほのかが、すぐに意味を察する。


ミコトは早口で続けた。


「見ている限り、しずくさんの攻撃は多少通っています」

「たぶん、あの防御膜はリーダーには機能していません!」


「なるほど!」


ほのかが麻痺弾へ切り替える。


赤い月光の中、リーダーが曲刀を振り上げた。

しずくは銀盾を構える。

だが、腕はもうかなり重い。

ポーションを飲む隙もない。


その瞬間を、ほのかが狙い撃った。


乾いた音と共に、麻痺弾がリーダーの左肩へ命中する。

リーダーは一瞬だけ身じろぎした。

普通のゴブリンなら、それだけで崩れていただろう。


だが、リーダーは倒れない。

それでも、わずかに動きが止まった。


曲刀を振り下ろすはずだった腕が、ぎしりと固まる。

足の踏み込みが遅れる。


「しずく、今!」


「っ!」


しずくはその隙を逃さなかった。

距離を取る。

懐から初級ポーションを取り出し、栓を歯で抜くようにして開けた。


一気に飲む。

喉を通る薬液が、体の中に熱を広げる。

腕の痺れが少し引き、裂けるようだった肩の痛みが鈍る。


「…まだ、いける」


『麻痺入った!』

『今の隙でポーション偉い!』

『しずく耐えろ!』

『ミコト何する気?』

『シャーマン止めないとマジで詰むぞ』

『リーダー硬すぎる』

『ほのかの判断早い』

『しずく、盾役としてマジで成長してる』


ミコトは、シャーマンの杖を見据えていた。

赤い月もどきへ向けて掲げられた、骨と木片の杖。


なら、攻撃を通すのではなく。

奪えばいい。


ミコトは短く詠唱する。


【ホーリーバインド】


聖なる紐が、杖先から伸びた。

普段なら、それは紐ごと飛んでいき敵の身体へ絡みつく。

動きを止めるための魔法だ。


けれど、今回は違う。

ミコトは紐の端を、自分の右手に残したまま放った。


聖なる紐が、蛇のように空を走る。

狙うのはシャーマン本体ではない。


赤い月光と繋がっている、あの杖。


「絡め!」


紐が杖へ巻きついた。

ぎゅっと締まる。

ミコトの右手に、確かな手応えが返ってきた。


「このっ!」


ミコトは両足を踏ん張り、思い切り引いた。

シャーマンの身体が、ぐらりと前へ傾く。


「ギッ!?」


シャーマンも、ミコトの狙いに気づいた。


杖を奪われる。

そう理解した瞬間、シャーマンは赤い月光の魔法を維持したまま、両手で杖を抱え込むように掴んだ。


小柄な身体で、必死に引き戻す。


「くっ!」


ミコトの腕が震える。

シャーマンは体格だけなら通常のゴブリンと大差ない。

だが、ミコトも小柄だ。

聖なる紐が、ぎしぎしと軋む。


「ミコト!」


ほのかは機弩を下ろし、ミコトの背後へ回った。


「貸して!」


ミコトの手元で光る聖なる紐を、ほのかも掴む。

そのまま、二人で引く。


「せーのっ!」


「っ、はい!」


女子高生二人が、全力で聖なる紐を引いた。

シャーマンが甲高く叫ぶ。


「ギィィッ!ギギィッ!」


杖を抱え込み、後ろへ下がろうとする。

だが、踏ん張りが足りない。


小柄な体躯、細い腕。

女性とはいえ、二人相手では単純な力比べでは分が悪い。


「引っこ抜けぇぇ!」


ほのかが叫ぶ。

視聴者コメントが爆発した。


『綱引き始まった!?』

『杖を奪う発想!?』

『ミコトちゃん天才か!?』

『ほのか物理参戦w』

『抜け!抜け!抜け!』

『シャーマン相手に綱引きは草だけど熱い!』

『いやこれ正解だろ!』

『防御膜を攻撃で抜けないなら奪うのか!』


しずくは、その間に再びリーダーの前へ出ていた。

麻痺はもう切れかけている。


ゴブリンリーダーの腕が動き出す。

曲刀が、また赤い光の中で持ち上がる。


しずくは銀盾を構えた。


「…行かせない」


リーダーがシャーマンを助けようと一歩踏み出す。

その進路へ、しずくが割り込む。


ミコトたちが杖を引いている。

シャーマンの魔法維持が乱れている。


なら、ここが勝負だ。


「ほのか!」


しずくが叫ぶ。


「引いて!」


「言われなくても!」


ほのかとミコトが、さらに力を込めた。


聖なる紐が強く輝く。

シャーマンの足が石畳を滑る。

杖を掴む指が、一本また一本とずれる。


「ギ、ギギィィィッ!」


シャーマンが必死に叫ぶ。

だがもう遅い、耐えきれずにシャーマンの指が全て剥がれる。

杖がシャーマンの手から抜けた。


「えっ」


ほのかが勢い余って後ろ向きに倒れた。

ミコトも一緒に尻もちをつきそうになりながら、必死に踏みとどまった。


聖なる紐に絡め取られた杖が、床を滑るように飛んでくる。

そのまま、ミコトの足元へ転がった。


骨と木片でできた粗末な杖が、シャーマンの手元から失われた。


頭上の赤い月もどきが、ゆっくりと色を失い始める。

闘技場に降り注いでいた赤い光が、薄くなる。

赤い霜が、石畳の上でぱきぱきと音を立てて崩れていく。


しずくの腕にまとわりついていた凍傷の痛みも、少しずつ遠ざかっていった。


システムウィンドウが開く。


【状態異常 凍傷(軽度) 解除】

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