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第82話 蒼い盾と赤い月光

そんな三人の戸惑いをよそに、システムウィンドウが静かに浮かび上がった。


【二層ボス部屋】

【討伐対象:ゴブリンリーダー/ゴブリンシャーマン】


「システム上は、普通のボス部屋扱い」


ほのかの声は、冷静なようで少し震えていた。


ミコトが杖を握りしめながら、入ってきた石扉を見た。


「撤退しますか」


その問いに、しずくはすぐ答えられなかった。

撤退するべきかもしれない。


データベースと違う。

夜空があり、月ではないものが浮かんでいる。


明らかに異常だ。


しずくは背後を見た。

開いたままの石扉は、まだ閉じていない。


戻れる、そう思った瞬間だった。


円形広場の奥、倒れた柱の影から、低い唸り声が響いた。

石畳の向こう側で、二つの影が立ち上がる。


一体は大きい。

通常のゴブリンより遥かに大きく、異様な雰囲気があった。


太い腕に分厚い胸板。

手には大きな曲刀。

ゴブリンリーダーだ。


もう一体は、その後ろにいた。


痩せた体。

骨と木片で作ったような杖。

顔には、白い塗料のような模様。

首からは、小さな骨飾りがいくつも下がっている。


ゴブリンシャーマン。


データベース通りのボス。

しかし、その背後に広がる夜空とのっぺりした偽物の月のせいで、何もかもが別物に見えた。


ミコトが、頭上の白い円をちらりと見上げた。


「魔力反応が変です」


「どこから?」


「上と…シャーマンです」


その言葉と同時に、シャーマンがゆっくりと杖を掲げた。

杖の先端に、薄い白い光が灯る。


ミコトの表情が強張った。


「普通のゴブリン魔法じゃありません!」


しずくの視界の端で、白い月もどきが静かに浮かんでいる。

見られている、そんな気がした。


赤い○に認識されています。

あの言葉が蘇る。


呼吸が少し乱れた。


「しずく」


ほのかがしずくの傍でささやく。

いつもの明るさはない。


「怖いなら下がる?」


しずくは、銀盾を握る手に力を込めた。

怖いに決まっている。

でも、自分が前に立たなければいけない。


しずくは、小さく息を吐いた。


「…大丈夫」


その声は震えていた。

けれど、逃げる声ではなかった。


ミコトが、しずくの背中を見る。


「支えます」


ほのかも、98式を構え直した。


「じゃあ、作戦通り行こう」


その言葉に、しずくは小さく頷く。


リーダーを止め、シャーマンを落とす。


空がおかしくても。

月が偽物でも。

システムが何かを隠していても。

目の前にいる敵を倒さなければ、先へは進めない。


しずくは、ゆっくりと前へ出た。

銀盾の縁が、かすかに蒼く光る。


その光だけが、偽物の月明かりの中でて確かなものに見えた。


ゴブリンリーダーがこちらへ歩みを始めた。

ゴブリンシャーマンが、杖を空へ掲げる。

白い月もどきが、何もない顔で三人を見下ろしている。



二層ボス戦が、異常な夜空の下で始まった。


シャーマンの掲げた杖に、魔力が集まる。

骨と木片を組み合わせたような粗末な杖だ。

だが、その先端に集まる魔力は、粗末などという言葉では片づけられなかった。


ミコトが息を呑む。


「待ってください。あれ、本当にゴブリンの魔法じゃ…」


言い終えるより早く、頭上の月もどきが変化した。

白くのっぺりとした円、月のようで月ではないもの。


それが、内側からじわりと赤く染まっていく。

まるで白い紙に血が滲むように。

あるいは、夜空に浮かぶ穴の奥から赤い何かがこちらを覗き返したように。


これまで闘技場を照らしていた月光のような光が、一瞬で赤く変わった。


しずくの背筋が冷える。

赤い○に認識されています。

あの壊れたシステムウィンドウの文言が、頭の奥で蘇る。


赤い光。

今、頭上の月もどきが赤く染まっている。


偶然だと思いたかった。

そんな都合のいい考えは、すぐに身体の異変で吹き飛ばされた。


「寒っ!」


ほのかが声を上げる。


赤い光を浴びた瞬間、しずくの腕に白い霜がまとわりついた。

銀盾を握る指先が強張る。

膝がわずかに重くなる。

呼吸が白く変わる。


寒さ、というより凍りつく感覚だった。


筋肉の動きが鈍る。

足元の石畳に、薄い霜が広がっていく。


ミコトの肩にも霜が降りていた。

杖を握る手が小さく震えている。


その時、三人の前に赤いシステムウィンドウが開いた。


【状態異常 凍傷(軽度)】


「凍傷!?」


ほのかが叫ぶ。


視聴者コメントも一気に荒れる。


『なにこれ!?』

『月が赤くなった!?』

『凍傷!?』

『火じゃなくて氷!?』

『ボスこんな技あった!?』

『データベースにないぞこれ!』

『また赤いの来た!?』

『配信は切れてない!切れてないけど怖い!』


しずくは足を動かそうとする。

一歩踏み出すだけで、いつもより身体が重い。

強靭な体幹の補正がなければ、もっと露骨に崩れていたかもしれない。


ゴブリンリーダーが、低く唸った。

曲刀を構え、赤い月光の中をこちらへ歩いてくる。

その動きは、霜の影響を受けているように見えない。


「リーダー、来るよ!」


ほのかが機弩を構える。

だが、指の動きがわずかに遅い。


「くそ、手がかじかむ!」


ミコトは震える息を整えながら、頭上の赤い月もどきとシャーマンを交互に見た。


「これは…」


その顔色が、さらに悪くなる。


「ミコト?」


ほのかが、ミコトの様子に気が付く。

ミコトは、杖を握り直しながら言った。


「夜の魔法です」


「夜?」


ほのかが問い返す。


「月光や闇、冷気を複合的に扱う高位魔法体系です」

「普通は、相当高位のマジシャンでなければ使えないはずです」


ミコトの声が震えている。

恐怖だけではない。

知識としてありえないものを見てしまった時の震えだ。


「少なくとも、二層のゴブリンシャーマンが扱える魔法ではありません」


「じゃあ、あれは何!」


ほのかが叫ぶ。

ミコトは答えられなかった。


その代わりに、シャーマンが甲高く笑った。


「ギギギ!」


杖を掲げたまま、赤い月もどきへ何かを祈るように鳴く。

その声に合わせて赤い光がまた強くなり、霜がさらに深くなる。


しずくの頬に、冷たい痛みが走った。


「キュアは?」


ほのかの声には、焦りの色が見える。

ミコトは。すぐに杖を自分の胸元へ寄せた。


「試します!」


淡い光がミコトの手元に集まる。


【キュア】


しずくとほのか、そしてミコト自身へ光が順に流れる。


しずくの指先の冷たさが、少し和らいだ。

体にまとわりついていた霜が、ぱらぱらと剥がれる。


赤いウィンドウが更新された。


【凍傷(軽度) 緩和】


「解除じゃない!」


ほのかが声を上げる。

ミコトも苦しそうに頷いた。


「赤い光が、状態異常を上書きし続けています」

「キュアで軽くはできますけど、月の光を浴びている間は完全解除できません!」


その言葉に、しずくは頭上を見た。

赤い月もどき、あれが原因。


シャーマンの魔法が、あの月もどきを通して闘技場全体へ降っている。


「じゃあ、シャーマンを止める」


しずくが言った。

その声は、自分でも驚くほど低かった。

あの赤い光に見られているようで、息が詰まりそうだ。


けれど、考えることは単純だった。

シャーマンが杖を掲げて魔法が続いている。


なら、あの腕を下ろさせればいい。

ほのかも、同じ結論に至ったらしい。


「シャーマン最優先」


機弩を持ち直し、シャーマンへの射線を探る。


そして、ゴブリンリーダーがしずくに迫っていた。

赤い月光の下、曲刀を振りかぶる。


しずくは銀の盾を構える。

足が重い。

霜が靴底にまとわりつく。

それでも、銀盾は左腕に馴染んでいる。


リーダーの曲刀が振り下ろされる。

重い衝撃、アタッカー型でなければ受け流しきれなかったかもしれない。


だが、しずくは真正面から止めない。

銀盾を斜めに入れる。

縁のミスリルが蒼く光る。

赤い月光の中で、その蒼だけが異物のように澄んでいた。


曲刀の軌道が流れる。

刃が石畳を叩き、火花ではなく赤い霜が散った。


「っ!」


腕が痺れるが、強靭な体幹が効いている。

重い一撃でも膝が崩れない。


ミコトが、すぐに杖を掲げた。


【クァグマイア】


リーダーの足元が、しずくを巻き込まないように泥へ変わる。

しかし、赤い月光の下で泥の表面に霜が走った。

泥沼の動きが、いつもより鈍い。


「凍ってる…」


ミコトの顔が歪む。

それでも、完全に無効ではない。

ゴブリンリーダーの片足が沈み、動きがわずかに遅れる。


しずくは銀盾でリーダーの曲刀をもう一度弾き、身体を半歩ずらす。

リーダーとシャーマンの間に、わずかな隙間が生まれた。


「よし!そこだ!」


ほのかが98式から麻痺弾を放った。


しかし、シャーマンは杖を掲げたまま軽く振った。


骨飾りが揺れる。

赤い霜が空中で固まり、薄い氷の膜のようなものが弾丸の前に生まれた。

麻痺弾が弾かれる。


「防いだ!」


ほのかの声が裏返る。


『シャーマン強すぎない!?』

『二層ボスの動きじゃない』

『夜の魔法って何!?』

『しずく逃げて!』

『月がヤバい』

『赤い月、シャーマン強化してる?』

『これ本当に通常ボス?』

『撤退判断してもいいぞ!』


しずくの耳に、コメントの一部だけが入る。


逃げて。

その言葉が、少しだけ頭をよぎる。


撤退するべきかもしれない。

だが、ゴブリンリーダーが泥沼を力任せに踏み破り再び迫った。


逃げるなら、いま背中を向けることになる。

それはできない。


銀盾を構える。

赤い光に、霜がまとわりつく。

指は冷たい、足は重い。


でも、盾は動く。


蒼い縁が、しずくの呼吸を拾う。

リーダーの曲刀が横薙ぎに来る。

しずくは盾で流してから、踏み込む。


アタッカー型の筋力補正を乗せて、銀盾の縁でリーダーの腕を打つ。

鈍い音がして、リーダーの腕がわずかに跳ねた。


「効いた!」


ほのかが叫ぶ。


「しずくさん、リーダー引き付けてください!」


「…うん!」


そのまま、返す刀でロングソードを振るう。

跳ねた腕に刃が走り、リーダーの腕に赤い筋が走った。


その間に、ほのかが走る。


凍傷で足は鈍い、かろうじて動きを保っている。


「ミコト、もう一回キュア!回り込む!」


「はい!」


キュアの光が三人を再び包む。

霜が少しだけ剥がれる。


完全には治らない。

だが、動ける。


ほのかが柱の陰へ滑り込み、シャーマンへの新しい射線を探す。

しずくはリーダーの曲刀を受け流しながら、赤い月もどきを視界の端に感じていた。


見られている。

そんな感覚はまだ消えない。


でも、今はそれどころじゃない。

目の前のリーダーを止める。

ほのかの射線を作り、ミコトの魔法を通す。


それだけだ。


ミコトが、赤く染まった夜空を見上げながら声を絞る。


「夜の魔法は、たぶん月光を媒体にしています!」


「つまり?」


ほのかが叫ぶ。


「シャーマンの杖と、月もどきとの接続を切れば止まる可能性があります!」


ほのかの口元が、少しだけ上がった。


「じゃあ、狙う場所は決まった」


柱の陰から、ほのかが機弩を構える。

狙いはシャーマン本体ではない。

赤い月もどきへ掲げられた、骨と木片の杖。


「しずく!リーダー止めといて」


「わかった!」


しずくは、迫る曲刀の前で足を踏みしめた。

銀盾が蒼く光る。

赤い月光と、蒼い盾の光がぶつかるように揺れた。

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