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第76話 ダンジョンとは何か

しずくママは、三人の話をある程度聞き終えるとそこで湯呑みを置いた。

そして、ふっと視線を上げる。


「ダンジョンって、そもそも何だと思う?」


突然の問いだった。

しずくとほのかは、思わず顔を見合わせる。


「何って」


ほのかが少し首を傾げる。


「突然、世界各地にゲートが現れたやつですよね?」


「…私も、そう思ってた」


しずくも小さく頷く。


虹色のゲート。

その先にある未知の空間。

そこへ人が入り、魔石を持ち帰る。


それがダンジョンだと、ずっと思っていた。


けれど、ママは肯定も否定もしなかった。

ただ、静かにミコトへ視線を向ける。


「ミコトちゃんは?」


ミコトは、少しだけ背筋を伸ばした。

こういう問いに対して、まず正確な答えを返そうとするのがミコトらしい。


「教科書通りでよければ」


そう前置きして、ミコトは話し始めた。


「一九七〇年、冷戦の真っ只中に、世界各地へ突如として虹色のゲートが出現しました」

「各国はまず個別に対応を開始し、日本では自衛隊が主導して調査と戦闘に当たりました」


その声は、図書準備室で勉強を教えてくれる時と同じだった。

落ち着いていて、無駄がない。


「ダンジョン内へ入ると、アタッカーやマジシャンなどの職業と固有スキルが付与されました」

「ゲート内では現代火器が正常に機能しなかったため、日本では機弩が開発されました」

「これが今日まで探索者の主兵装になっています」


ほのかが小さく頷く。

機弩。

自分たちが今、当たり前のように使っている武器。

けれど、ダンジョンが出現しなければ生まれなかったものだ。


「ダンジョンから採れる魔石は、高効率なエネルギー源として世界を一変させました」

「日本では、魔石の安定確保を目的として政府主導で探索者協会が組織され、多くの民間人も探索者としてダンジョンへ潜るようになります」


「当時は、日本全体で魔石を得て国を良くしようという空気が強かったそうです」

「その流れの中で、自衛隊のイメージも大きく改善されました」


「その後、探索者協会は段階的に民間主導へ移行しました」

「ダンジョン先進国となった日本はエネルギー大国化し、それまでのアメリカとの関係も大きく変わり、より対等な同盟関係へ移っていったとされています」


ミコトはそこで一度言葉を切る。

少しだけ表情を引き締めた。


「ダンジョンの正体については、大きく二つの説があります」


ほのかが小さく「おお」と声を漏らす。

しずくも、自然と姿勢を正していた。


「一つは、異世界へのゲート説です。素材や魔石を物理的に持ち帰れることが根拠です。ただし、システムウィンドウの存在はうまく説明できません」


「二つ目が、VR空間説です。こちらはシステムウィンドウの説明はつきますが、逆に素材や魔石を物理的に持ち帰れる理由が説明できません」


「つまり、どちらの説も決め手に欠けています」


ミコトは、最後に静かに言った。


「これが、教科書や一般公開資料で確認できる範囲の内容です」

「表向きの話、と言ってもいいと思います」


客間に少しだけ静かな間が落ちる。

しずくママは、ミコトを見て小さく微笑んだ。


「満点」


「ありがとうございます」


ミコトは少しだけ照れたように頭を下げる。


ほのかが感心したように言った。


「やっぱミコト、そういうの強いよね」


「暗記は得意です」


ミコトが真面目に返すと、ほのかが少しだけ笑った。

けれど、しずくママはそこで話を終えなかった。


湯呑みに口をつけてから、静かに言う。


「でもね、それは何が起きたかの説明なの」


三人の視線が集まる。


「歴史としては正しいわ。けれど、私が聞いたのはそこじゃない」


ママは、しずくたちを順番に見る。


「ダンジョンって、何なのか」

「自然現象なのか、誰かが作ったものなのかってこと」


しずくは、少しだけ息を呑んだ。


問いの角度が、変わった。

さっきまでの話は、知識だった。

教科書に載っていること。

社会で共有されていること。

みんなが知っているダンジョンの歴史。


でも、ママが聞いているのはその奥だった。


「異世界説もVR説も、結局はダンジョンがそこにあるものだって前提で話しているのよ」

「でも、あなたたちが今日見たものは、そういう前提にちょっと合わない」


ほのかがゆっくり頷く。


「認識ってやつですか?」


「そう」


ママは即答した。


「自然現象が、認識していますなんて言い方をするかしら」


しずくの背筋に、また冷たいものが走る。


赤い○に認識されています。


あの壊れかけた表示、不自然な日本語。

あれはただの異常ログというより、明らかに意思を持った何かの反応だった。


ミコトが、小さく口を開く。


「つまり、ダンジョンは場所ではなく…装置、ということですか」


ママは、少しだけ目を細めた。


「私は、その可能性を強く疑ってる」


「装置…」


ほのかが繰り返す。


「何のための?」


「そこが問題なのよね」


ママは苦笑するように言った。


「人類を助けるための装置かもしれないし、選別するための装置かもしれない」

「あるいは、もっと別の目的の副産物かもしれない」


しずくが小さく尋ねる。


「選別って…何を」


「適性…かな。力、あるいはもっと別の何か」


その声は、怖がらせようとしているものではなかった。

自分が見てきたものを、慎重に言葉にしている声だった。


「職業とスキルを与える」

「魔石を持ち帰らせる」

「現代火器が使えない環境を作り、機弩のような技術体系を生み出させる」

「人間側を、ダンジョンに合わせて変えていく」


一つずつ言葉を置くたびに、その意味が重くなる。


「これって、ただの穴や異世界の入口にしては、出来すぎてるのよ」


ミコトが静かに頷いた。


「たしかに、システムがあまりにも統一されています」


「そう、しかも世界中で」


ママは続ける。


「職業付与も、ステータス補正も、ウィンドウ表示も、素材や魔石の持ち帰りも」

「全部バラバラじゃなくて、一つの思想で設計されたみたいに揃っている」


ほのかが、少しだけ顔をしかめた。


「それって、誰かが作ったって方が自然ってことですか?」


「少なくとも自然発生した謎空間よりは、そっちの方が私は納得しやすい」


客間の空気が静かに張る。

しずくは、自分の膝の上で手を握った。

ママの言うことは怖い。

でも、どこか納得もしてしまう。


今日見たものは、ただの洞窟の奥の変な部屋ではなかった。

あれは、何かの機能に触れた感じがした。


あれは、こちらが条件を満たしたから反応した。

そんな気がしてならない。


ミコトが、慎重に口を開いた。


「では、月の魔女は…その装置の管理者、でしょうか」


ママはすぐには頷かなかった。


「管理者かもしれないし、番人かもしれないし、端末みたいなものかもしれない」


「端末?」


ほのかが、少しだけ嫌そうな顔をする。


「人じゃなくて?」


「見た目が人でも、中身が人とは限らないでしょ」


その言葉に、しずくは十層で母たちを待っていた月の魔女の姿を想像した。


美しい女性。

強すぎる存在。

未来を見せる者。

仮の証として杖を渡す者。


それはもう、普通のモンスターの枠には収まらない。


ほのかが腕を組みながら、頭を振った。


「なんか、一気にSFっぽくなってきた」


「もしくは神話ね」


ママがさらっと返す。


「でも、ダンジョンって昔からそうよ」

「現実の話をしているはずなのに、少し掘ると神話かSFみたいな話になる」


ミコトが、壁画のことを思い出すように言った。


「太陽と地球と月。そして、何かが離れていく図」

「もしあれが、本当に天体の位置を示しているなら…失われた月か、替えられた月の記録かもしれません」


ママは、その言葉に対して否定しなかった。


「そういう読み方もできるでしょうね」


しずくは、思わず顔を上げる。


「替えられた月?」


ママは少しだけ視線を遠くへ向けた。


「月が消えたという表現も、月が奪われたという表現も、全部そのままの意味とは限らない」

「本物の月が失われて、別の何かがその位置に座った。そういうことかもしれない」


ほのかが、小さく声を漏らす。


「それ、だいぶ怖いんですけど」


「怖いわよ」


ママはあっさり言う。


「十層であれを見せられた時、本気でぞっとしたもの」


しずくは、母の顔を見る。

その時の母は、きっと今よりずっと若かった。

その若い母がぞっとしたものを、自分たちは今日ラボの最奥で少しだけ覗いてしまったのだ。


ミコトが静かに尋ねる。


「教科書に載らないもう一つの仮説は、あるんですか」


ママは少しだけ笑った。


「あるわよ」


三人が思わず前のめりになる。


「これは学説じゃなくて、深層まで潜った人たちのあいだで時々囁かれる程度のもの」


ママは、一拍置いてから言った。


「ダンジョンは異世界でもVRでもなく、箱だって説」


「箱?」


しずくが繰り返す。


「人類を入れて、何かを与えて、何かを引き出す箱」

「試験場、観測装置。呼び方はいろいろあるけれど、言っていることはだいたい同じ」


そして、静かに続けた。


「今日あなたたちが見たのは、その箱の内側の仕組みの欠片かもしれない」


沈黙の後、ほのかが声を出す。


「それ、もう完全に普通の高校生が聞いちゃいけないやつでは」


「そうね」


ママは否定しない。


「でも、聞いてしまったのよ…もう」


しずくは、息を飲んだまま動けなかった。


聞いてしまった。

見てしまった。

認識されてしまった。


もう後戻りできない感じがする。


その時、ママが少しだけ声を和らげた。


「ただ、忘れないで」


三人の視線が向く。


「今のは仮説よ。証明された真実じゃない」


「怖がるのは自然だけど、怖さに引っぱられすぎると見えるものも見えなくなる」


ミコトが静かに頷く。


「はい」


ほのかも、真面目な顔で頷いた。

しずくも、小さく息を吸う。


「…うん」


ママはそれを見て、ようやく少しだけ笑った。


「今は順番に考えなさい」

「協会に伝える」

「情報を整理する」

「次に行くかどうかは、月島さんたちとも相談する」

「そして、学校のテストもちゃんと受ける」


最後の一言で、ほのかが思わず顔をしかめた。


「そこで現実に戻すんですか…」


「大事なことでしょ」


「それはそうなんですけど」


「今だからよ」


ママがそう言うと、ミコトが小さく笑った。

しずくも少しだけ口元が緩む。

重い話のあとに、ちゃんと現実を戻してくる。


やっぱり、ママは強い。

そしてその強さは、ただ戦えるだけの強さじゃないのだとしずくは思った。


ダンジョンの正体が何であれ、月の魔女が何者であれ、赤い月が何を意味していようと。

今、自分たちがやることはちゃんとある。


順番に。

一つずつ。


しずくは、湯呑みに残ったお茶を見つめながら、小さく頷いた。


「……わかった」


その返事は、さっきまでより少しだけしっかりしていた。

続きが気になる方は、ブクマお願いします!

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