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第71話 赤い○に認識されています

台座の赤い点が、じわりと明るさを増した。


ただの赤ではない。

夕焼けのようでいて、夕焼けよりもずっと不安になる色だった。


沈む前の陽の色ではない。

何かが燃え尽きたあとに残る、冷たい残光みたいな赤。


その光が、台座の中心からゆっくりと滲み出す。

床を這い壁を撫で、小部屋全体を薄く染めていく。


壁画の赤い丸と台座の赤い点。

色が同じだった。


「なに…これ」


ほのかが小さく呟いた。

いつもの軽さが消えている。

ミコトも、杖を握ったまま一歩だけ後ろへ下がった。


「魔力反応が…変です」


「変?」


ほのかが聞き返す。

ミコトは、赤い光から目を離さない。


「魔力の流れが止まってません」


「止まってないって、どういうこと?」


「動いています。見えないところで…何かが」


しずくの視界には、半透明のシステムウィンドウが開きかけていた。

いつものように、すっと浮かび上がるはずの青白い枠。


けれど今日は違った。

表示されかけて、引っかかる。

文字が崩れ、ノイズが走る。

枠の端が欠けてちらつき、また消えかける。


まるで、見えない何かに無理やり割り込まれているみたいだった。


しずくが息を呑む。

システムが壊れているように見えた。


そして…ようやく浮かび上がったウィンドウは、半分壊れたような表示だった。


文字が歪んでいる。

枠の端が欠けている。

ノイズが、細い虫みたいに画面の上を這う。


その中に、かろうじて読める一文だけがあった。


【赤い○に認識されています】


「…は?」


ほのかの声が裏返った。

ミコトも、完全に固まっている。


しずくは、その文字列から目を離せなかった。


認識されています。

誰に?

何に?

赤い○って何?


壁画の赤い丸。

台座の赤い光。

月の話とお母さんが見た未来。


全部が胸の奥でつながりかける。

でも、つながってはいけない気もした。


「…認識って何」


ほのかの声が少しかすれている。


「こっち、見られてるってこと?」


ミコトが慎重に言葉を選んだ。


「たぶん…そういう意味だと思います」


しずくの背中に、ぞわりと冷たいものが走る。


見られている。

どこから?

この小部屋のどこかから?

いや、もっと遠くからかもしれない。


ダンジョンの奥。

月の向こう。

あるいは、壁画の赤い丸そのものからなのか。


台座の赤い点が、さらに強くなる。

小部屋の空気が重くなる気がした。


息を吸うだけで、胸の奥が押されるようだった。

壁画の線が、赤い光を受けてうっすら浮かび上がる。


太陽らしき丸。

地球らしき丸。

赤い丸。

そして、遠くへ去っていくような小さな丸。


そのすべてが、生き物みたいに見えた。

描かれているのではなく、こちらを見返しているように見えた。


「これ、まずくない?」


ほのかが、本気で警戒した声を出す。


「かなり」


ミコトも即答する。


しずくは左腕の銀盾を少し持ち上げた。

何から守るのかも分からないのに、身体がそう動いた。


その時、台座の赤い光が一度だけ強く脈打った。

まるで鼓動みたいに。


同時に、小部屋の壁のどこかから低い音が響いた。


風ではない。

石が擦れるような、重い音。


「…動きましたね」


ミコトが壁の一角を見た。


しずくとほのかもそちらを見る。


壁画の描かれた石壁の下、床との境目。


そこが、わずかに開いていた。


ほんの数センチ。


でも、確かに隙間が生まれている。


「隠し扉?」


ほのかが小声で言う。


「……たぶん」


しずくは、喉の奥が乾くのを感じた。


赤い光に認識された。

その直後に、隠し扉。

偶然だとは思えない。


ミコトが、ゆっくりと首を振る。


「認証…みたいなものかもしれません」


「認証?」


「わたしたちの何かに反応して、向こうが何かを返した」


その言い方が、あまりにも機械的だった。

だからこそ余計に怖かった。


ほのかが笑えない顔になる。


「二層だよね、ここ」


「…そのはず」


しずくが答える。


「そのはずって言い方やめて、ちょっと怖い」


ほのかがそう言った時、またシステムウィンドウがちらついた。

ノイズ混じりに何度も開こうとして、開けない。


まるで、この空間ではシステムそのものが安定していないみたいだった。


「ダンジョン側から、何か干渉されてる?」


ミコトが呟く。


しずくは、台座の赤い点を見た。

淡い夕焼け色の小さな月みたいに、石の台の上で静かに灯っている。

それを見た瞬間、しずくの胸の奥で何かがきゅっと鳴った。


懐かしいような。

でも、絶対に懐かしんではいけないような。


「…しずく?」


ほのかの声で、しずくは顔を上げた。


「なにかわかるの?」


しずくは少し迷った。

わかるわけじゃない。

でも、完全に無関係とも思えない。


「…わからない」


正直に言う。


「けど…お母さんの話と、無関係じゃない気がする」


ミコトも小さく頷いた。


「わたしもです」


ほのかは少し考えてから、端末を取り出した。


「とりあえず、全部撮る」


ほのかは、赤い台座、壁画、隙間の空いた壁の写真を何枚も撮った。

ミコトも、魔力の流れを見ながら位置関係を記憶しているようだった。


その間にも、隙間は少しずつ広がっていく。

石が動く音。

壁の奥から、冷たい空気が流れてくる。


それは洞窟の冷たさではなかった。

もっと乾いていて、もっと古い。

長いあいだ誰にも触れられなかった場所の空気。


「開くね」


ほのかの乾いた声がやけに響いた。

しずくは、銀盾を前にしたままその隙間を見つめた。

真っ暗だ、ただの通路ではない気がする。


もっと深い何かへ続く、嫌な暗さだった。

光を飲み込むような暗さ。

覗いたら、向こうから覗き返されそうな暗さ。


「…どうする」


今すぐ入るか。

ここで引くか。

協会へ持ち帰るか。

しずくは、即答できなかった。

二層のラボの最奥で、こんなものが出てくるなんて聞いていない。


しかもシステムが壊れかけ、赤い○に認識されたなんて表示まで出た。

普通ならここで帰るべきだ。


でも、壁の奥から流れてくる空気に、しずくはなぜか少しだけ知っている感じを覚えてしまった。

それがいちばん嫌だった。


ミコトが静かに口を開く。


「今日は、ここで止めた方がいいかもしれません」


ほのかもすぐに頷いた。


「私もそう思う。これはラボの奥の隠し部屋で済ませていい感じじゃない」


しずくは少しだけ息を吐いた。


「…うん」


その返事をした瞬間、台座の赤い光がふっと弱くなった。

まるで、こちらの判断を聞いたかのように。


小部屋の空気が、ほんのわずかに軽くなる。

けれど、隙間の向こうの暗さだけは変わらずそこにあった。


ほのかが最後にもう一枚。壁画と赤い台座を撮る。


「月島さん行きだね、これ」


ミコトも頷く。


「写真と壁画の解釈もまとめます」


その声は少し震えていたけれど、ちゃんとしていた。


しずくは、最後にもう一度だけ赤い丸を見た。

夕焼けみたいな赤。

不安になる赤。

地球の傍に居座る赤。


お母さんが見たという、月が失われた未来。

その話が、ただの昔話ではない気がしてしまう。


しずくは、無意識に相棒である銀盾を強く握った。


今日はここで帰る。

その判断は正しいはずだ。


でも、たぶんこれは終わりじゃない。

その予感だけが、静かに胸の奥へ沈んでいった。

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