第67話 ゴブリン製薬、需要あります
倒したゴブリンたちは、光になって消えた。
残ったのは魔石と素材だけ。
「今回は、ローグライクドロップはなしだね」
ほのかがしゃがみ込みながら言う。
「…まあ、毎回当たりってわけでもないし」
しずくも頷いた。
ミコトは、割れた小瓶の破片を避けながら慎重に薬品棚へ近づく。
しずくとほのかも、それに続いた。
棚には、小壺がいくつも並んでいた。
形はどれも雑で焼きも甘い。
けれど、中に入っているものは雑では済まなさそうだった。
しずくが、壺の一つへそっと手を伸ばす。
システムウィンドウがゆっくりと開いた。
【小壺爆弾】
小さな壺に火薬を詰め込んだ粗末な爆弾。
衝撃で爆発する信管が内蔵されている。
「…爆弾」
しずくが小さく呟く。
ほのかが、すぐに顔をしかめた。
「爆弾だったか~」
ミコトも頷く。
「粗末ですけど、近距離で食らったら十分危ないですね」
しずくは棚を見回した。
小壺は一つじゃない。
五つ、六つ…それ以上ある。
「…こんなの、投げられたらやだ」
「ほんとにね」
コメント欄もざわついていた。
『小壺爆弾って名前がもう嫌』
『ゴブリン製の手榴弾じゃん』
『狭い通路で投げられたら終わるやつ』
『ラボ、思ったよりちゃんと兵器作ってる』
ミコトが大釜の方へ視線を向けた。
「こっちも見ます」
今度はぐつぐつ煮えている大釜を覗き込む。
紫とも緑ともつかない液体が、とろりと泡立っていた。
ひどい匂いだ。
しずくが息を止めて見ていると、またウィンドウが開いた。
【ゴブリンの強壮剤】
そういう意図で使われるゴブリン謹製の薬。
瓶などに入れて持ち帰ることができる。
そこそこ需要があるのか、そこそこの額になる。
ほのかが、なんとも言えない顔で復唱した。
「そういう意図って、どういう意図?」
「たぶん、言葉通りです」
ミコトが真顔で返す。
しずくは、前髪の奥で少しだけ遠い目になった。
「…売れるんだ」
「そこそこ需要があるって書いてあるね……」
ほのかが、微妙に引いた顔で釜を見た。
「探索者業界、広いなあ」
ミコトは少しだけ顔を赤らめてから言った。
「薬効があるなら、まあ…そういう用途も、あるんでしょうけど…」
「なんか急に生々しいんだよね」
ほのかがぼやくと、コメント欄も反応に困っていた。
『強壮剤w』
『そういう意図って何だよ』
『説明文が急に生々しい』
『需要あるのか…あるんだろうな…』
『ゴブリンラボ、変な方向にも実用的』
しずくは釜の中を見ながら思った。
武器だけじゃない。
薬も爆弾も、こうして自分たちで作っている。
「…ちゃんと、ラボだ」
「しかも思ったより実用品作ってる」
ミコトは、棚と釜を見比べてから小さく提案した。
「小壺爆弾は危ないので、回収するなら慎重に」
「強壮剤は、瓶に移せるなら売却用に持ち帰る価値はあると思います」
「持ち帰るの?…これ…」
ほのかが若干複雑そうな顔をする。
「ただ、釜ごと持っていくのは無理なので、空き瓶か保存容器が必要です」
「今はないよね、さすがに自分の水筒にこれを入れたくないし」
「じゃあ今回は、こういうアイテムがあるって知れただけでも収穫かな」
しずくは、小壺爆弾の棚を見た。
「…ほのか、爆弾は?」
「数個なら回収したい」
ミコトも賛成する。
「うまく使えば、敵対ゴブリン相手にも有効かもしれません」
「ゴブリン製爆弾でゴブリンを吹っ飛ばすの、ちょっと皮肉だね」
ほのかが笑う。
しずくも、少しだけ口元をゆるめた。
三人は慎重に小壺爆弾をいくつか回収し、釜の位置や棚の様子も軽く記録した。
ラボは、単なる稼ぎ場じゃない。
ここには、ゴブリンたちの仕事場でもある。
それがわかっただけでも大きい。
その時、ほのかがまた顔を上げた。
「来る」
気配察知が反応したのだ。
「ほのか、近い?」
「二部屋奥かな?今の音でようやく反応した感じ」
ミコトが杖を握り直す。
「小壺爆弾を持っている個体かもしれません」
「だよね」
ほのかが98式を構える。
しずくも新しい銀盾を少し前へ出した。
小部屋を一つずつ潰しながら、ラボの奥へ進んでいく。
そのやり方は地味だ。
そして三人は、次の小部屋へ向けてまた静かに移動を始めた。
金属を叩く音が、ぴたりと止まっていた。
ほのかが目を細める。
気配察知が、奥の動きをはっきり捉えたのだろう。
「さすがに気づいたね」
その声とほぼ同時に。
通路の先、奥の二部屋からゴブリンたちが湧き出してきた。
数は七。
前に短剣持ちが五。
後ろに二匹、何かを肩へ当てている。
「…あれ」
しずくが目を凝らす。
粗末だが、形は見覚えがある。
木と金属片を無理やり組み合わせたような、歪な射撃武器。
クロスボウだ。
「ゴブリン製?」
ミコトが小さく呟く。
出来は雑だ。
けれど、矢を飛ばすという一点に限れば十分脅威になる。
しかも、この狭い通路だ。
真正面から撃たれれば厄介だった。
ゴブリンたちも、さっきの鍛冶部屋や薬品部屋の連中とは違う。
短剣持ちは、ただ突っ込んでくるだけじゃない。
二匹が左右に開き、残る三匹が正面。
後ろのクロスボウ持ちが、隙間から射線を通そうとしている。
「ラボの兵隊って感じ!」
ほのかが舌打ちする。
コメント欄にも一気に緊張が走った。
『クロスボウ持ち!?』
『こいつら連携してる』
『ただの雑魚ゴブリンじゃないな』
『ラボ産装備で武装してるの怖い』
『前衛で足止めして後衛が撃つ形じゃん』
「ミコト!通路中央に泥沼!」
「はい!」
ミコトの杖が光り、短く詠唱が通る。
【クァグマイア】
通路の中央、ちょうど前衛五匹が踏み込む位置へ泥沼が広がる。
だが、ゴブリンたちは一瞬だけ止まった。
知っている。
それが危険だと理解している動きだった。
「ギャッ!」
「ギギッ!」
先頭の一匹が短く叫ぶ。
その合図で、左右の二匹が壁際を走った。
泥沼の端を抜けようとしている。
「賢い!」
ほのかがすぐに機弩を構える。
しずくも79式を上げる。
「左から落とす!」
しずくの射撃が左の一匹の足を払う。
泥沼の縁で体勢を崩したところへ、ほのかの正確な一発。
額を撃ち抜かれ、ゴブリンが光になる。
だが、右の一匹は抜けて来た。
しずくが前へ出て、銀盾がほとんど思考より先に動く。
振るわれた短剣を銀盾が斜めに受け、刃を流す。
そのままゴブリンの身体が外へ流れ、体勢が開く。
「…このっ」
しずくは79式をほとんどゼロ距離で撃った。
胸元へ三発。
ゴブリンがのけぞるのを見逃さず、ほのかの銃弾が喉を抜いた。
残る前衛は三。
そいつらはもう泥沼に踏み込まざるを得ない。
足が沈み速度が落ちる。
だが、その後ろ。
クロスボウ持ち二匹が、短剣持ちの隙間から狙っていた。
「しずく!」
ほのかの警告と同時にクロスボウの弦が鳴る。
鈍い音と共に、太い矢が放たれた。
しずくは銀盾を構えた。
今までの矢より重い。
でも、新しい銀盾は正面で受けてもわずかに流してくれた。
重い衝撃と腕に残る痺れ。
けれど、盾は割れない。
矢は中央のミスリルに当たり、少し軌道をずらされて床へ落ちた。
しずく自身が息を呑む。
『盾えらい!』
『クロスボウ受けたぞ』
『ミスリル、仕事してる』
『強化してなかったら今の危なかった』
ミコトは、泥沼のゴブリンへ狙いを定めた。
【光輪】
聖なる輪が、泥沼の上を滑るように飛ぶ。
前衛ゴブリンの肩を裂き、そのまま後方へ。
クロスボウ持ちの片方の腕を切り裂く。
「ギャアッ!」
クロスボウが手から離れ、ゴブリンがたたらを踏んだ。
そこを、ほのかがすぐに狙い撃つ。
弾丸が奇麗に頭部へ吸い込まれていく。
「クロスボウ、あと一匹!」
だが、残ったクロスボウ持ちは諦めない。
床に膝をついて低い位置から、ほのかへ狙いを定めた。
「うざっ!」
ほのかが、射線から外れるように横へ跳ぶ。
太い矢が金髪をかすめる。
しずくは泥沼でもがく前衛三匹の一番前へ踏み込んだ。
銀盾で一匹を押し込み、さらに泥へ沈ませる。
二匹目の短剣を流し、三匹目の顔面へ銃床を叩き込む。
「ミコト!」
「はい!」
ミコトの杖先が輝く。
【ホーリーバインド】
聖なる紐が、最後のクロスボウ持ちの腕と胴に絡みつく。
照準がぶれ、動きが止まる。
前衛三匹は泥の中だ、つまりゴブリン達は全員まともに動けない。
ほのかが少しだけ悪い笑みを見せた。
98式を構え、膝立ちになる。
「悪いけど、試し打ちさせてもらうね」
【チャージショットⅡ】
放たれた一撃は、前衛ゴブリンの胴体を貫きいても勢いを落とさない。
そのまま、クロスボウ持ちの胸をも貫通した。
しずくが思わず声を漏らす。
「うわ…チャージショット強くなってる」
ほのかがにやりとする。
「でしょ?」
『貫通きた!』
『チャージショットⅡつよ』
『前衛ごと後衛抜いた!』
『ほのか火力上がってる』
『今の気持ちよすぎる』
残る前衛二匹は、もう完全に泥沼の中で射的だった。
しずくとほのかの射撃で一匹が消え、最後の一匹はミコトの光輪で首を断たれた。
通路に残ったのは、泥沼と、消えたゴブリンの残滓だけ。
ほのかが肩の力を抜きながら、構えを解く。
「ラボの連中、ちゃんと連携してきたね」
「…うん」
しずくも頷いた。
寝ぐらのゴブリンより、明らかに役割分担をわかっていた。
武器を作るだけじゃない。
使い方も、ある程度考えている。
しずくは銀盾を下ろしながら、奥へ続くラボの気配を見た。
爆弾に強壮剤。
そして、自作のクロスボウ。
この場所は、ただの巣ではない。
ゴブリンたちが備えている場所だ。
だからこそ危ない。
でも、だからこそ得られるものもある。
三人は、まだ奥に続くラボの気配を感じながら、次の戦利品へ向けて静かに歩き出した。
続きが気になる方は、ブクマお願いします!
また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!




