第68話 移動砲台を止めろ
魔石と素材を回収してから、さらに奥へ進む。
通路が終わり、広間と呼んでいい空間が現れた。
床には、ガラクタのようなものが雑多に転がっている。
折れた金属棒に、ばねのようなもの。
割れた車輪、用途のわからない板、意味不明な留め具。
「…なにこれ」
しずくが小さく呟く。
ほのかが周囲を見回しながら言った。
「ゴブリンの失敗作置き場って感じ」
たしかにそう見えた。
武器と呼ぶには中途半端。
道具と言うにも用途不明。
けれど、ただのゴミではない。
どれも一度は何かを作ろうとした痕跡がある。
ミコトが、床に落ちていた金属片をそっと拾い上げた。
「これ、クロスボウの部品っぽいです」
「ってことは、試作品とか?」
「たぶん」
ゴブリンラボ。
その呼び名が、また少し現実味を帯びる。
広間の奥には、粗末な木の机があった。
脚は歪み、天板には焦げ跡や油染みが残っている。
その上に一枚の紙が置いてあった。
「図面?」
ほのかが小さく呟く。
しずくたちは、慎重に近づいた。
机の上の紙には、たしかに何かが描かれていた。
線は雑で汚れもある。
でも、ただの落書きではない。
大型のクロスボウのようなもの。
そして…。
「獣?」
ミコトが紙の一角を指さす。
そこには、四足の獣らしき輪郭が描かれていた。
その背に箱のようなものが据えられている。
さらにその上へ何かを取り付ける線。
しずくの背筋に、嫌なものが走る。
「これ…やだな」
ほのかも同じことを思ったらしい。
「私もすごくやだ」
その時だった。
広間のさらに奥、続いている通路の先から軋むような音がした。
何か重いものを引きずるような音が続く。
同時に獣の荒い鼻息。
「来る」
ほのかの声が低くなる。
気配察知が、はっきりと反応を捉えたのだろう。
「ゴブリンが二、いや三」
「あと、これはボアかな?」
しずくが銀盾を少し持ち上げる。
ミコトも杖を握り直した。
通路の奥から、甲高いゴブリンの声が聞こえる。
短く、せわしない。
命令しているようにも聞こえた。
そして、またあの引きずる音。
ほのかが、机の図面と通路の奥を見比べる。
「嫌な予感しかしない」
しずくも小さく頷いた。
ミコトは、音がする暗がりの奥をちらりと見る。
「広間に入られる前にクァグマイアを置きましょう」
ほのかが同意を示す。
「広間の中で暴れられるより、通路から出てくるところを止めたいね」
しずくは、机の上の図面をもう一度見た。
もし、あれが今から出てくるものだとしたら。
通路の奥の暗がりで、何かの影が動いた。
金属の擦れる音と、ゴブリンの興奮した声。
三人はほとんど同時に構えた。
広間の空気が、ぴんと張り詰める。
次に現れるのは、ただのゴブリンでもただの獣でもない。
そんな確信だけが、嫌なくらいはっきりあった。
そして、通路の奥から姿を現したそれを見て、三人とも一瞬言葉を失った。
「は?」
最初に声を漏らしたのは、ほのかだった。
出てきたのはボアだ。
だが、ただのダンジョンボアじゃない。
一回り大きい。
筋肉の厚みも、首の太さも違う。
その背には、無理やり組み上げた土台のようなものが載せられていた。
革製の装着具で、胴体にきつく固定されている。
そして、その土台の上。
大型のクロスボウめいた兵器が据え付けられていた。
木と金属を雑に組み合わせた代物。
その後ろに射手なのだろう、ゴブリンが一匹当然のような顔で鎮座していた。
さらに脇を固めるように二匹。
そいつらは、小壺を手にしている。
ゴブリンラボ。
その名前が、今ようやく完全に腑に落ちた。
ただ武器を作っているだけじゃない。
運用まで考えている。
獣に兵器を載せ、射手を置く。
護衛に投擲役まで付ける。
簡易の移動砲台だ。
ほのかが、乾いた笑いを漏らした。
「なにあれ、ボア戦車?」
ミコトの眉が少し上がる。
「笑えませんね」
ボアは鼻息を荒くしながら、前脚で床を掻く。
射手ゴブリンは、もうこちらを見ている。
土台の上の大型クロスボウも、ゆっくりとしずく達へ向けられつつあった。
脇の二匹のゴブリンは、小壺を揺らしながらにやにやしている。
その時、システムウィンドウが開いた。
【ラボ製試作兵器 ボアバリスタ】
ゴブリンラボで試作された移動式射撃兵器。
ダンジョンボアに大型機弩を搭載している。
突進力と射撃能力を併せ持つ。
「試作兵器って出たんだけど」
ほのかが嫌そうな顔と共に、ぼやくように言葉を吐いた。
コメント欄も一気に流れ始めた。
『豚戦車?』
『ボアバリスタwww』
『いや笑えないやつだろこれ』
『ゴブリン、発想が嫌すぎる』
『ラボ製試作兵器って出たぞ』
『二層で出していい兵器じゃない』
ボアバリスタの射手ゴブリンが、甲高い声を上げた。
「ギャッ!」
脇の二匹が左右に散る。
壺を投げるための位置取りだ。
そして、射手が大型クロスボウのレバーを引いた。
「来る!」
ほのかが叫ぶ。
しずくは咄嗟に前へ出て、銀盾を構えた。
だが、撃ってきたのは矢ではなかった。
大型クロスボウの先端から放たれたのは、太い槍のような一本。
「うそっ」
ほのかが横へ跳ぶ。
しずくは銀盾を斜めに構え、真正面で受けずに流そうとする。
轟音が響き、しずくの身体が大きく下がる。
重い。
今まで受けたどの矢より重い。
だが、工房帰りの新しい銀盾は、中央のミスリルが衝撃を散らす。
縁の蒼い光が、ほんの一瞬だけ強く返った。
完全には止められない。
けれど、軌道は逸れた。
投げ槍めいた射撃はしずくの横を削るように抜け、背後のガラクタの山へ突き刺さる。
しずくが息を呑む。
新しい盾でなければ、たぶん腕ごと持っていかれていた。
コメント欄がさらに荒れる。
『今の受けたのやばい』
『強化してなかったら終わってた』
『ミスリル盾、仕事が重すぎる』
『ボアバリスタ普通に殺意高い』
だが、安心する暇はない。
脇のゴブリン二匹が、ほぼ同時に小壺を投げてきた。
「しずくさん!」
「任せて!」
ミコトの声とほのかの声が重なる。
しずくは左。
ほのかは右へ。
しずくは銀盾で小壺を打ち払う。
空中で割れた壺から、赤い火花が散った。
小型の火薬壺だ。
爆風が銀盾の表面を叩き、熱が頬をかすめる。
それでも盾は揺らがない。
一方、ほのかは転がるように回避しながら叫んだ。
「ミコト、戦車に泥沼!」
「はい!」
ミコトの杖が光る。
【クァグマイア】
奥の通路の出口、ボアバリスタが広間へ出る直前の位置に泥沼が広がった。
ボアが勢いよく前へ出ようとして、前脚を取られた。
巨体が一瞬だけ沈む。
「止まった!」
ほのかが98式を構える。
「射手を落とす!」
だが、射手ゴブリンは土台の陰へ身を伏せた。
さらにボアの頭が揺れ、照準がぶれる。
ボアが怒ったように吠える。
その上で、射手が無理やり次弾を装填しようとする。
脇のゴブリン二匹も、次の小壺を取り出した。
「忙しい!でも、嫌いじゃないよ!」
ほのかが叫ぶ。
しずくは、ボアの左前脚へ滑り込むように近づいた。
97式から弾丸をばら撒きながら、ボアの動きを逸らす。
「射手ごと引きずり下す…」
ボアがしずくの射撃を嫌がるように、ほんの少しだけ体制が崩れた。
「今!」
しずくが叫んだ。
ミコトの光輪が飛び、ほのかの機弩が火を吹く。
聖なる輪がボアの左脚を裂き、ほのかの弾丸も左脚へ集中する。
そして、泥沼に足を取られた移動式試作兵器は、左脚側ががくんとさらに深く泥へ沈みこんだ。
『連携うまい!』
『足狙い正解!』
『移動砲台を泥沼で止めるの強い』
ボアバリスタの上で、射手ゴブリンが怒鳴る。
まだ倒れてはいない。
だが、動きは確実に止まりかけている。
ゴブリンラボの試作兵器が唸り声を上げる中、三人は次の一手へ動き出した。
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