第65話 優雅な紳士の軽機弩
ミコトが、小部屋の入り口にクァグマイアを展開する。
出入り口の床が、ぬるりとした泥沼へ変わっていた。
その手前で、ほのかとしずくが並ぶ。
二人とも機弩を肩へ入れ、照準はすでに小部屋の奥へ向いている。
ミコトは一歩後ろ。
けれど視線だけは、小部屋だけではなく周囲全体へ配っていた。
別の部屋から何か出てくるなら、すぐに次の泥沼を置くつもりなのだろう。
「いくよ」
ほのかの小さな声。
次の瞬間、二丁の機弩が火を吹いた。
乾いた銃声が、小部屋の金属音を食い破る。
鍛冶作業をしていたゴブリンたちは、何が起きたのか理解するより先に弾丸を浴びた。
一匹は肩を撃ち抜かれ、もう一匹は作業台に体をぶつけながら悲鳴を上げる。
「ギャッ!?」
「ギ、ギギッ!」
完全なパニック。
打ちかけの鉄片を放り出し、ゴブリンたちは本能に従い出口へ走った。
つまり、しずくたちの方へ。
だが、一歩目で足が沈む。
「ギャ?」
二歩目で膝まで取られる。
粗末な木靴ごと泥に呑まれ、勢いよく出ようとした身体が前につんのめる。
さらに後ろの個体がそれにぶつかり、出口前は一瞬で渋滞した。
「うわ、刺さるね」
ほのかが予想以上の効果に驚きの表情を見せる。
けど、引き金を引く指は冷静だった。
泥沼でもがくゴブリンたちは、もはや的だ。
ほのかの射撃が正確に頭を抜く。
しずくは、前に出ようとする個体の胸元へ短く叩き込む。
流石に足が止まった個体に外すことはない。
泥で足を止められ、射線の雨に晒されたゴブリンは、そのまま一匹ずつ光になって消えていく。
ものの数秒。
それだけで、小部屋の鍛冶ゴブリンたちは全滅した。
残ったのは、打ちかけの金属片と粗末な工具、そして魔石と素材だけ。
視聴者コメントが、一気に流れる。
『クァグマイアえぐい』
『出口封鎖つよすぎる』
『ゴブリンからしたら地獄』
『ガンナー二枚と泥沼は犯罪』
『ミコトちゃん急に戦術の幅広がったな』
ほのかが、コメントをチラ見しながら呟いた。
「これ、やばいね」
しずくも小さく頷く。
「…強い」
ミコトはまだ周囲を警戒したまま、小さく息を吐いた。
「ガンナーとクァグマイア、かなり相性いいです」
良すぎた。
足を止め射線を通す。
狭い通路で敵の数を殺す。
ラボみたいに小部屋が並ぶ地形なら、なおさらだ。
「これ、ゴブリン側からしたら最悪だよね」
「…うん」
しずくはそう返しながら、消えたゴブリンたちの跡を見た。
思った以上に、形になっている。
だがその時、ミコトの視線がすっと右へ動いた。
「来ますね」
短い警告。
次の小部屋から、甲高い怒鳴り声。
さらに、その奥の部屋からも物音が連鎖する。
最初の一室を落としたことで、ラボ全体がようやく異変に気づいたのだ。
ほのかが、機弩のマガジンを交換しながら腰を落とした。
「よし、素早く回収しよっか。長居すると囲まれる」
ミコトが、通路を塞いでいたクァグマイアを静かに解除した。
泥沼だった床が、じわじわと元の石と土へ戻っていく。
その間に、三人は手早く魔石と素材を回収した。
「…効率いい」
しずくが小さく呟く。
ほのかも、しゃがみ込みながら頷いた。
「うん。これ、ラボ攻略めっちゃ向いてる」
その時、ミコトが足元に小さな箱が落ちているのに気づいた。
しずくとほのかの視線も、そこへ向く。
鍛冶ゴブリンの小部屋に、不自然なくらい綺麗な箱。
嫌な予感と期待が、半々。
しずくがそっと拾い上げる。
金属製らしい、ひんやりとした感触。
システムウィンドウが開いた。
【ローグライクドロップ:折りたたみ式軽機弩エンフィールドMK2】
古き良きエンフィールド銃をモデルに、折りたたんで腰に装着できるようにした英国製の軽機弩。
オシャレかつ、優雅な紳士にオススメです。
性能的には79式よりも劣るが、携行性だけは勝る。
通常弾と麻痺弾が装填されており、レバーで切り替え可能。
「…え」
しずくが、思わず声を漏らした。
ほのかが、すぐに食いつく。
「ちょっと待って、なにそれ」
箱を開くと、中にはたしかに軽機弩が収まっていた。
細身でどこか古風な意匠。
木目調のグリップに、金属部分は鈍く光る黒鉄色。
全体に妙な品がある。
しかも、折りたたみ式。
構造を軽く起こしてみると、腰に提げられるくらいにはコンパクトになる。
「かっこいいですね、これ」
ミコトが珍しく、素直に見た目の感想を言った。
「でしょ!?」
なぜか、ほのかのテンションもあがる。
しずくは、79式と見比べる。
たしかにぱっと見でわかる、79式の方が軍用らしい実用性がある。
威力も連射性も、たぶん上だ。
でも、このエンフィールドMK2には別の強みがあった。
「麻痺弾、切り替えられる」
「そこだよね」
ほのかの目がきらりと光る。
「通常弾と麻痺弾をレバー一本で切り替えって、かなり偉い」
いちいち別マガジンへ交換するより、咄嗟の判断がしやすい。
ラボみたいな狭い小部屋戦では、なおさら便利そうだった。
「性能は79式より下でも、サブウェポンとしてはかなり強いかも」
腰に折りたたんで携行できる。
麻痺弾を即切り替えできる。
これは主武装じゃない。
でも、持っていると対応力が増える武器だ。
ミコトが、小さく首を傾げる。
「紳士向けなんですね」
「そこいる?」
ほのかが思わずつっこむ。
しずくは、ウィンドウの説明文をもう一度見た。
オシャレかつ、優雅な紳士にオススメです。
そこだけ、妙に主張が強い。
「…ローグライク、たまに説明がぶれる」
「わかる」
ほのかが深く頷いた。
コメント欄も当然盛り上がっていた。
『英国製きたw』
『優雅な紳士って誰向け』
『説明文の癖が強い』
『麻痺弾切替は普通に有能』
『サブ武器として当たりでは?』
『ほのか絶対好きなやつ』
ほのかが、じっとエンフィールドMK2を見る。
その視線にしずくは気づいた。
「ほのか使う?」
「え」
ほのかが顔を上げる。
しずくは、軽機弩を持ち直しながら言う。
「共有できるし、ほのかの方がこういうの上手く使えそう」
ほのかは一瞬だけ黙ったあと、少しだけ笑った。
「ありがと」
「…うん」
「麻痺弾があるなら、拘束の手段が増えますね」
ミコトの言葉に、ほのかがにやりと笑う。
「クァグマイアで止めて、私が麻痺入れる」
「かなり嫌らしいよね」
「…敵なら会いたくない」
しずくがぽつりと返すと、ほのかが笑った。
「味方でよかったね」
「…うん」
視聴者コメントがさらに流れる。
『敵視点だと地獄パーティ』
『泥沼、麻痺弾、盾、射撃。嫌すぎる』
『ゴブリンかわいそうになってきた』
『でも相手ゴブリンだから問題なし』
エンフィールドMK2をほのかが腰に装着した後、、三人は改めて前を見る。
ラボの通路。
まだいくつも小部屋がある。
金属音も薬品臭も奥から続いている。
最初の一室は、うまく落とせた。
しかも、新しいローグライク武器まで引いた。
流れは悪くない。
ほのかが、新しいジャケットの袖を軽く直しながら歩き始める。
「よし、次の部屋いこ」
ミコトも杖を握り直す。
しずくは左腕の銀盾を少しだけ持ち上げ、79式を構えた。
ラボ攻略は、まだこれからだ。
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