第64話 ゴブリンラボ、見学開始
歩き始めてすぐ、三人の視界の端に光の線が走った。
「あ…」
ほのかが小さく声を漏らす。
しずくの前にも、ミコトの前にも、半透明のウィンドウが開いた。
レベルアップ。
しずくは思わず息を呑んだ。
身体の奥がじわりと熱を持つ。
視界がわずかに澄み、手足の感覚が一段軽くなる。
【レベルアップ:しずく 4 → 5】
基礎ステータス上昇
固有スキル:ローグライク4 → 5
ロック枠 3 → 4
【既存スキル強化】
物理攻撃アップⅠ→Ⅱ
ガード強化Ⅰ→Ⅱ
魔法攻撃アップⅠ→Ⅱ
「…ロック枠が増えた」
しずくが小さく呟く。
それだけでもかなり大きい。
装備の自由度が、また一段広がる。
ほのかの方でも、ウィンドウが流れていた。
【レベルアップ:ほのか 4 → 5】
基礎ステータス上昇
器用・敏捷大きく上昇
固有スキル鷹の目4 → 5
器用補正上昇
射撃攻撃の基礎倍率上昇
既存スキル強化
チャージショットⅠ→Ⅱ
威力上昇
貫通能力追加
「うわ、チャージショットに貫通ついた」
ほのかが、ちょっと怖い笑みを浮かべた。
「これ、絶対やばいやつじゃん」
そして、ミコト。
一番大きく変わったのは、むしろ彼女かもしれなかった。
【レベルアップ:ミコト 3 → 4】
基礎ステータス上昇
魔力・精神力大きく上昇
固有スキル魔力調律3 → 4
消費MP軽減率上昇
【新スキル取得】
水属性魔法の才能付与
地属性魔法の才能付与
【キュア】
聖+水属性の複合魔法
毒・麻痺・火傷・出血などの異常回復
【ピュリファイケーション】
聖+水属性の複合魔法
一回で2リットルまでの水を浄化
【クァグマイア】
指定地点中心5×5mの泥沼を一定時間設置
範囲内対象の行動を阻害
ミコトが、表示を見つめたまま固まる。
「…一気に魔法が増えました」
その声には、驚きと戸惑いと少しの喜びが混ざっていた。
「キュアまで生えたの!?」
ほのかが身を乗り出す。
「え、待って」
「それ状態異常治せるってこと?」
「体力そのものは戻らないみたいですけど」
「でも十分やばいでしょ」
火傷、麻痺、毒、出血。
ダンジョンで面倒なものばかりだ。
それを解除できるのは、明らかに大きい。
そして何より、クァグマイア。
しずくは、その説明文を見ながら思った。
通路での戦いに小部屋での待ち伏せ。
絶対に刺さる。
ミコトもそこに気づいたのか、少しだけ目を上げる。
「ラボ向き、かもしれません」
ほのかがにやっと笑った。
「二層の敵、ゴブリンだもんね」
「泥沼で足止めしてから、私が撃ってしずくが盾で抑える」
「…すごくいい」
しずくがぽつりと返すと、視聴者コメントも一気に盛り上がった。
『ミコト大当たり成長すぎる』
『キュアやば』
『泥沼きた! ラボ攻略向き!』
『しずくロック枠4えぐい』
『ほのかの貫通チャージショット怖い』
今日の二層探索は、思っていたよりずっといい滑り出しだった。
ほのかが98式のリロードをしながら、顔を上げる。
「よし」
それから、少しだけ悪い顔で笑った。
「ラボ、行こっか」
「なんか今日は稼げる気がする」
しずくは、左腕の銀盾を軽く持ち上げた。
相棒は、まるで応えるみたいに静かに馴染む。
ミコトも、強化された杖を握り直した。
三人は、レベルアップの余韻を胸に、ゆるやかな下り坂の先。
ゴブリンラボへ向けて、もう一度歩き出した。
下り坂を降りていくにつれて、空気がじわりと変わっていった。
湿った洞窟の匂いに混じって、鉄の熱い匂い。
それに、鼻の奥をつんと刺す薬品臭。
「やだなこの匂い」
ほのかが顔をしかめる。
「火薬っぽい匂いも、少しします」
ミコトが少しだけ鼻をひくつかせた。
その一言で警戒が一段階上がる。
ほのかはその場で立ち止まり、目を細めた。
気配察知を広げているのだろう。
「寝ぐらほどじゃないけど、ゴブリンの反応がある」
「何匹くらい?」
「正確には数えづらい、ばらけてる」
そう言いながら、ほのかが小さく首を振る。
「一カ所に固まってるんじゃなくて、複数の小部屋に散ってる感じ」
「巡回してるのもいるかも」
ラボ、という呼び名が急に現実味を帯びる。
寝ぐらみたいな群れの巣じゃない。
もっと、役割で分かれて動いている空気だ。
さらに近づていくと、はっきりとした音が聞こえて来た。
金属を打つ音と、甲高いゴブリンの声。
下り坂の先は、少し開けた横長の通路になっていた。
左右に扉のない小部屋がいくつも口を開けている。
ほのかが壁際からそっと覗く。
しずくとミコトも、その後ろから視線を伸ばした。
「…うわ」
ほのかが思わず漏らす。
一つ目の小部屋。
そこには粗末な作業台があり、ゴブリンが二匹赤く熱した鉄片を叩いていた。
武器…というより、刃物や矢じりの類だ。
出来は雑だが、数を作るには十分そうだった。
二つ目の小部屋。
木箱や樽が積まれ、その間で別のゴブリンたちが何かを漁っている。
「ほんとにラボだ」
しずくが小さく呟く。
ミコトも眉を寄せた。
「ろくでもないですけど」
その時、ほのかが軽く手を上げた。
「待って」
三人は動きを止める。
「右の一番奥、ちょっと大きい反応」
しずくの背筋が冷える。
ホブゴブリンほどではない。
でも、普通のゴブリンよりは濃い。
ほのかが続ける。
「あと、ここのゴブリンたち、戦闘態勢っていうより作業中っぽい」
「たぶん、まだこっちに気づいてない」
「…先手取れるね」
しずくが言うと、ほのかが頷く。
「寝ぐらみたいな波にはならないかも」
「その代わり、小部屋ごとに処理しないと横からどんどん出てくる」
ミコトが小声で提案する。
「でしたら…」
「最初の小部屋の前に【クァグマイア】を置きます。
「出てくる足を止めて、その間に一室ずつ制圧しますか?」
ほのかの目が光る。
しずくも頷いた。
泥沼は、たぶんすごく刺さる。
ミコトは深く息を吸い、杖先を通路の中央へ向ける。
【クァグマイア】
地の魔力が床へ広がる。
石と土の床がぬるりと沈み、指定した一帯が泥沼へ変わった。
広さは五メートル四方ほど。
通路の中央をきれいに塞ぐ形だ。
「おお…」
ほのかが素直に感心する。
「これ、かなり当たりでは?」
ミコトは少しだけ緊張した様子。
「効いてくれるといいんですけど」
「ゴブリンは絶対いやがる」
しずくは、新しい銀盾を左腕に馴染ませながら79式を持ち直す。
今日はガンナー型。
でも強化された盾がある。
前に出ても、そこまで怖くない。
ほのかが小声で作戦をまとめる。
「手前から攻めよう」
「金属音で他の音がごまかされてる間に、弓とか刃物の供給役を落とす」
ミコトが頷く。
「しずくは?」
しずくは、通路と泥沼と鍛冶部屋の入口を見た。
「出てきたやつ止める」
ほのかがにやっと笑う。
「それでお願いね」
小部屋から、また金属音が響く。
別の部屋からは、ぐつぐつと煮える音。
ゴブリンの笑い声まで混ざる。
まだ気づかれていない。
でも、次の一手で全部が戦場になる。
ほのかが98式を構えた。
「じゃ、ラボ見学始めますか」
しずくは前髪の奥で目を細めた。
強化された銀盾とミコトの杖。
そして新スキル。
それら全部を試すには、たしかにちょうどいい場所かもしれなかった。
三人は音を殺して小部屋の一つ目へ向けて静かに踏み出した。




