第59話 甘いものと、びっくり箱会議
太田は、銀のバックラーとミコト用の試作杖を無造作に。
いや、たぶん本人なりには丁寧に抱えた。
そのまま奥へ向かいながら、振り返りもせずぶっきらぼうに言葉を投げる。
「一週間で仕上げとくから、取りにこい」
それだけ言うと、もう話は終わりだと言わんばかりに工房の奥へ引っ込んでいく。
三人は、その背中を呆然と見送った。
「すごいですね、いろいろ」
最初に呟いたのはミコトだった。
ほのかも頷く。
「なんか、職人って感じだったね」
しずくも、小さく息を吐いた。
「…うん」
相棒が手元から離れたことに、少しだけ不安もある。
でもそれ以上に、仕上がりが楽しみだった。
その空気をふっと和らげるように、しずくママが言った。
「じゃ、ちょっとお茶でもしましょうか」
しずくが顔を上げると、ママは軽くウインクした。
「当然、ママのおごりよ」
ほのかの顔が、ぱっと明るくなる。
「え、いいんですか!?」
「もちろん」
ミコトが少し遠慮がちに言う。
「…あの、そこまでしていただくのは」
「いいのいいの」
ママは、いつものやわらかい笑顔で言った。
「今日は、しずくのお友達に会えた記念もあるし」
その一言で、しずくの胸がちょっとだけ熱くなる。
お友達。
ママが当たり前みたいにそう言った。
ほのかはもうその言葉を自然に受け取っていて、「やったー」と素直に喜んでいる。
ミコトも、少しだけ照れたように目を伏せながら、でもちゃんと嬉しそうだった。
しずくは、前髪の奥で少しだけ目を泳がせた。
お友達。
まだ、その言葉に慣れない。
でも、嫌じゃない。
ママはそんな三人を見回して、小さく笑う。
「ほら、甘いものでも食べながら、びっくり箱を開けるかどうか会議でもしたら?」
「それ採用!」
ほのかが即答した。
「ていうか、甘いものってクレープですか!パフェですか!ケーキですか!」
「選択肢が多いわねぇ」
ミコトが小さく手を挙げた。
「モールの二階に、少し静かな喫茶店があります」
「いいじゃん」
ほのかが乗る。
「ミコト、案内役つよい」
しずくは、そのやり取りを見ながら少しだけ口元を緩めた。
工房を出ると、モールの空気がまた戻ってくる。
買い物客の声、明るい照明、甘い匂い。
探索者エリアの少し張った空気から、普通のショッピングモールのやわらかい空気へ。
しずくママが、自然に三人の真ん中へ入る形になって歩き出す。
「そういえば、びっくり箱は今日は開けない方向?」
ほのかが、少しだけ顔をしかめた。
「うーん…気になるけど、外れた時のショックが甘いものでも癒えない可能性が」
ミコトも同意する。
「最悪、卵の殻でしたよね」
「卵の殻はきつい、数日引っ張りそう」
しずくも小さく頷いた。
「…きつい」
ママがそれを聞いて吹き出した。
「ずいぶん慎重なのね」
「だって三十万なんですよ!?」
ほのかの表情は真剣だ。
「三十万を卵の殻に変換する覚悟、まだないです」
「言い方」
しずくがぽつりと返すと、ほのかが「ほんとにね!」と笑う。
ミコトも、少しだけ肩を揺らした。
そのやり取りを聞きながら、ママはふっと楽しそうに目を細めた。
「いいわねぇ」
「…お母さん?」
「こういうの」
「ダンジョンで命がけの話もして、装備の相談もして、そのあと甘いもの食べようって言ってる感じ」
でも今の三人には、妙に自然だった。
こういう青春もありかもしれない。
モール二階の喫茶店は、本当に少し静かだった。
木目のテーブルに、落ち着いた照明。
探索者エリアほど緊張感はなくて、でもファミリー向けの騒がしさもない。
窓際の席に四人で座る。
しずくとほのかとミコト、それにママ。
メニューを見て、ほのかがすぐに悩み始めた。
「待って、パフェもケーキもある」
「クレープはないわね」
ママが楽しそうに言う。
「今日はパフェでいいんじゃない?」
「いいですね!」
ミコトはメニューを軽く眺める。
「紅茶のセットにします」
「ミコトの紅茶好きは、ぶれないねぇ」
ほのかが笑う。
しずくはそんな三人を見ながら、自分もメニューを開いた。
少し前までなら、こういう場所で何を頼むか考えるだけで落ち着かなかったかもしれない。
でも今は、不思議と平気だった。
みんながいるからか。
ママがいるからか。
それとも、自分の中で何かが少し変わったからか。
ママがふと、しずくの耳元に唇を寄せた。
「よかったわね」
しずくが顔を上げる。
「…なにが」
ママは、わざわざ説明しなかった。
ただ、向かいのほのかとミコトを見て、やさしく笑うだけだった。
しずくは前髪の奥で少しだけ目を伏せて、それから小さく頷いた。
「…うん」
注文が決まって、店員さんを呼ぶ。
それぞれ違うものを頼んで、また少し笑う。
来週には、強化された盾と杖が戻ってくる。
びっくり箱は、まだ開いていない。
いまはそれでいい気がした。
お茶と甘いものの時間の中で、しずくはふと思う。
ダンジョンで生き残ることも大事。
強くなることも大事。
でも、こうして戦いの外で笑える時間も、きっと同じくらい大事なんだと。
それを知れたことが、少しだけうれしかった。
注文した甘いものが運ばれてきて、テーブルの上が少しだけ華やかになった。
ほのかは大きめのチョコパフェ。
ミコトは紅茶と小さなフルーツタルト。
しずくは、少し迷った末にいちごのショートケーキ。
そしてお母さんは、落ち着いた顔でモンブランを選んでいた。
「でね」
お母さんが紅茶をひと口飲んでから、何でもないことみたいに言った。
「びっくり箱なら、ママも探索者時代に何個か開けたことあるわよ」
三人の手が止まる。
ほのかが、真っ先に食いついた。
「えっ、マジですか」
「マジよ」
お母さんはさらっと頷く。
「まあ、全部ハズレだったけど」
「夢がない!」
ほのかが、頭を抱える。
そんな様子を見ながら、しずくママはくすっと笑う。
「夢はあるのよ、現実は別ってだけ」
ミコトが、少しだけ身を乗り出す。
「ちなみに、何が出たんですか」
「一個目は、片方だけの靴下」
「しかも右だけ」
三人の表情が明らかに曇る。
「二個目は、すごくよく切れる爪切り」
「びっくり箱とは…」
ほのかのつっこみが鋭い。
ミコトも、さすがに少しだけ目を丸くしていた。
「武器ですら、ないんですね」
「一応、道具ではあるわね」
「三個目は、たぶん何かの卵の殻」
「うわ」
今度は三人同時だった。
ほのかが、顔をしかめる。
「ほんとに卵の殻あるんだ…都市伝説じゃなかった…」
しずくは、回収袋の中の青い箱を思い出して、少しだけぞわっとした。
「だから、あんまり期待するものじゃないのは確かね」
それから、少しだけ目を細める。
「夢はあるけど」
その言い方が、妙にびっくり箱らしかった。
ほのかは、パフェのスプーンを持ったままうなる。
「うーん…三十万で売れる現実と、卵の殻の可能性」
「つらいですね…」
ミコトも小さく頷く。
しずくは、ショートケーキにフォークを刺しながら考える。
開けたい気持ちはある。
でも、それは中身が楽しみというより、怖いもの見たさに近い。
「おすすめするなら、今は保留かしら」
「お金が本当に必要になったら売ればいいし、余裕ができて外れても笑える時に開けてもいい」
ミコトがカップを置きながら、静かに頷いた。
「お祭りのくじ、みたいな扱いですね」
「そんな感じ」
「戦力として期待して開けると、だいたい心が折れるわ」
それは説得力があった。
ほのかが、パフェをひと口食べてから宣言する。
「じゃあ決めた」
二人の視線が集まる。
「びっくり箱は、今は開けない」
しずくも頷き、ミコトも続く。
「で、いつか外れてもネタになる日に開けよう」
「…で、具体的には?」
しずくが聞くと、ほのかは少し腕を組みながら目を閉じた。
「ボス討伐記念とか。登録者一万人記念とか」
「最後の、ほのかの趣味が出てる」
しずくが言うと、ほのかが笑った。
「そりゃ配信者だし」
ミコトも小さく笑う。
しずくママは、そのやり取りをどこか楽しそうに見ていた。
「いいんじゃない」
「箱ってね、開けるタイミングも中身の一部みたいなものだから」
その言い方が、妙にきれいで。
しずくは少しだけ胸に残るものを感じた。
今はまだ開けない。
でも、いつか開ける日が来る。
その日には、今より少しだけ強くなっていたい。
今より、少しだけいろんなものを笑えるようになっていたい。
「じゃ、びっくり箱は未来の楽しみってことで」
喫茶店のやわらかい空気の中で、青い箱はまだ閉じたままだ。
開けないと決めたことで、逆に少しだけ特別なものになった気がした。
それは、ただのギャンブル箱じゃない。
三人で、いつか開ける約束みたいな箱だった。
続きが気になる方は、ブクマお願いします!
また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!




