表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/75

第58話 見積もりと、出世払い

太田が作業台の引き出しを開けると、そこから出てきたのはノートパソコンだった。


「見積もりをするから、少し待ってろ」


「…え」


しずくの口から、素の声が漏れる。

ほのかも、思わず二度見した。


「そこで、パソコン出てくるんだ…」


ミコトも、少しだけ目を丸くしている。


工房の空気は完全に昭和だ。

油と鉄の匂い、無骨な道具に木の看板。


そこに急に現れる、わりと新しめのノートパソコン。

違和感がすごい。


太田はそんな三人の顔を見て、少しだけ眉をひそめた。


「なんだ」


「いや…」


ほのかが言葉を選ぶ。


「なんか、すごく失礼なんですけど」


「すでに失礼だな」


「めちゃくちゃ似合わないなって…」


「似合う似合わねぇで仕事してねぇよ」


太田はぶっきらぼうに言いながら、慣れた手つきで端末を開いた。

意外にリズミカルにキーを叩く。


しずくは、その様子をぼんやり見ていた。


風貌は完全に職人だ。

でも、見積もりや在庫管理まで頭に入っている。

たぶん、こういう人が本当に工房を回している人なんだろう。


太田は、画面を見たままぶっきらぼうに言った。


「必要だから覚えたんだよ」


こっちの空気を読んだみたいな返しだった。


ほのかが小さく笑う。


「職人さんのそういう台詞、なんかかっこいいですね」


「褒めても安くはならん」


即答だった。

それから少しして、太田が画面をこちらへ向ける。


「これだ」


三人が覗き込む。


しずくは、数字を見た瞬間に思考が止まりかけた。


「…あ」


ほのかが、先に口を開く。


「うわ」


ミコトも、少しだけ息を呑む。


「やっぱり」


それなりに高い。

というか、かなり高い。


二層での稼ぎ、昨日今日の成果。

それを合わせても、まだ足が出る。


しずくは、静かに画面を見つめた。

高い、本当に高い。


でも、法外にぼったくってる感じではない。

むしろ、やること全部やるから高いという感じだった。


素材の扱い、加工工程、調整、仕上げ。


太田は腕を組んだ。


「ミスリル使う時点で安くはならん」

「しかも共鳴までやるなら、なおさらだ」


ミコトも納得したように、頷く。。


「でも、内容を考えると妥当だとは思います」


「無茶な値段は出してねぇ」


ほのかが、画面としずくを交互に見る。


「しずく、どうする?」


しずくはすぐには答えなかった。

昨日まで戦いが脳裏をよぎる。


熊との激戦。

津波のような、ゴブリンの群れ。

ホブゴブリンの重さも知った。

ミミックの狡猾さも見た。


あの盾が、さらに自分に合う形で強くなる。

しかも、消えないロック装備として残る。


それはたぶん、今後ずっと効いてくる。


ミコトも、少し遠慮がちに口を開く。


「わたしの杖の分、今回は後回しでも」


しずくが顔を上げる。


「…え」


「やっぱり、盾の方が優先度高いと思うので」


また、それを言う。

しずくは、少しだけ眉を寄せた。


「…でも」


太田が、そこで口を挟んだ。


「片方だけ削るなら、もう少し落とせる」


ほのかがすぐに聞く。


「どのくらい?」


太田は数字を打ち直して、新しい金額を出す。


確かに下がる。

かなり、現実的な額になる。


しずくは、その金額を見ても、すぐには頷けなかった。


ミコトの杖も、必要だ。

ミコトは昨日も今日も、回復と拘束で助けてくれた。


しずくが黙っていると、しずくママが後ろからふっと笑った。


「悩んでる顔ね」


「…うん」


「いいことよ」


ママは、しずくの肩越しに画面を見ながら言う。


「道具に払うお金をちゃんと重く感じられるのは、大事」


それから、さらっと続けた。


「足りない分は、今回はママが貸してあげようか?」


「え」


しずくが振り返る。

ほのかも、ミコトも目を丸くした。


ママは何でもない顔だ。


「貸すだけよ、出世払い」


ほのかが、小声で言う。


「しずくママ、かっこいい…」


ミコトも、少しだけ呆然としていた。


「い、いいんですか?」


しずくは、少しだけ困った顔になる。


「…でも」


「別に甘やかすわけじゃないわよ」

「あなたたち、ちゃんと考えてここに来たでしょ」

「ミスリルを売らないで、装備に変える判断もした」


その声はやわらかいけれど、少しだけ力がこもっていた。


「そういう前向きな投資なら、家族として応援する価値はあるわ」


太田が、横でふんと鼻を鳴らす。


「後で揉める金の話は、先にきっちりしとけ」


「もちろん」


ママが即答する。


「貸した額と、返済条件は紙にする」


「しずくママ、そこまでやるんだ」


ほのかがちょっと引きつつ感心している。


しずくは、しばらく黙っていた。

お金は重い。

だからこそ、軽く決めたくない。


今、ここで見送ったら、きっと次の強化はずっと先になる。

その間にも、自分たちは潜る。


しずくは、ゆっくり顔を上げた。

それから頭を下げる。


「お願いします」


太田ではなく、まずママへ言った。


しずくママは、小さく頷く。


「いいわよ」


それから太田へ向き直る。


「両方で進めてください」


太田も頷いた。


「まかせておけ」


ミコトが申し訳なさそうに、呟いた。


「あ、ありがとうございます」


しずくは、今度はミコトを見る。


「ミコトと一緒に強くなりたいから」


ミコトが、目を見開く。


しずくは少しだけ恥ずかしくなって視線を逸らしながら続けた。


「杖も、いる」


それから、ミコトが小さく頭を下げた。


「はい、一緒に強くなりましょう」


ほのかが、横でにやにやしている。


「しずく、たまにそういうのまっすぐ言うよね」


「…いま言わないで」


「照れてる」


「…うるさい」


太田はそのやり取りを見て、少しだけ口元を上げた。


「じゃあ、正式受注だ」


パソコンを閉じる。

さっきまでの違和感ある絵面が、今はなぜか少ししっくりきた。


「盾は一週間。杖はそれに合わせて仕上げる」


ミコトが、はっと顔を上げる。


「そんなに早いんですか」


「ミスリルの量がそこまでじゃねぇからな」

「フルオーダーの全身防具じゃあるまいし」


でも、その言い方の裏に、腕への自信が透けて見えた。


しずくは、作業台の上の自分の盾を見た。

今のままでも、十分助けられてきた相棒。


でも、次に戻ってくる時は、もう少しだけ自分の盾になる。

そのことが、なんだか嬉しかった。


ほのかが、しずくの肘をつつく。


「今までの稼ぎ、ほぼ飛んだね」


「…うん」


「でも、たぶん安い投資だよ」


しずくは、小さく頷いた。


「…そう思う」


工房の無骨な空気の中で。

しずくは、自分たちが少しずつ先のことを考えて戦う探索者になってきている気がした。

続きが気になる方は、ブクマお願いします!

また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ