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第57話 最初の一歩

太田は、作業台の前に丸椅子を三つ引っ張ってきた。


「座れ」


ぶっきらぼうな言い方だったけれど、声に追い払う感じはない。

しずく、ほのか、ミコトが並んで腰を下ろす。

しずくママは、その少し後ろで腕を組みながら見守っていた。


太田はまず、しずくの銀のバックラーを手元でくるくると返しながら言った。


「で、嬢ちゃん」


「は、はい」


「盾、どう使ってる」


しずくは一瞬だけ言葉に詰まった。


どう使ってる、と言われても。

受けて流す。

たまに殴る。


頭の中で散らかった言葉を拾い集めていると、ほのかが横から助け舟を出した。


「しずくの盾って、壁みたいに真正面から止める感じじゃないんです」


太田が目だけで続きを促す。


「角度つけて流すんですよ。で、相手の体勢崩したところを殴るか、私が撃つか、ミコトが魔法を合わせるか」


太田はふんと鼻を鳴らした。


「受けじゃなくて、崩しの盾か」


しずくは、小さく頷く。


「…はい」


太田はそこで、今度はしずくをじっと見た。


「ちょっと立って、こう構えてみろ」


しずくがおずおずと立ち上がり、銀バックラーを左腕に構える。

太田の視線が、上から下まで流れる。


立ち方、肩の位置、腕の長さ。


「手首は柔らかいな」


しずくが少し驚く。


「…え」


「柔らかいから流せる。だが、そのぶん真正面の重い衝撃は苦手だろ」


図星だった。

熊とか、ホブゴブリンとか。

まともに来る重い一撃は、毎回かなり怖い。


しずくがもう一度頷くと、太田はバックラーの縁を指で弾いた。


「なら案は一つだ」


作業台の上のメモ用紙を引き寄せ、ざっと線を引き始める。

無骨な手なのに、線は妙に迷いがない。


「縁をミスリルで強化する」


紙の上に、盾の輪郭。

その外縁に太い線。


「中央にも、ミスリルをはめ込む」


今度は盾の中央に丸い意匠。


「縁と中央で、ミスリルの共鳴を起こす形にする」


しずくが目を瞬く。


「…共鳴?」


太田は頷く。


「ミスリルは軽いだけじゃねぇ、魔力の流れを拾いやすい」

「外縁と中央をミスリルで組んだうえで、間を繋ぐ」

「すると、受けた衝撃と魔力が散りやすくなる」


ミコトが、少し前のめりになる。


「それって…もしかして」


「受け流しだけじゃなく、魔法も弾きやすくなる」


太田が言い切った。


「完全無効化じゃねぇが、散る」

「特に直射系の魔法や、単発の魔力弾は相性がいい」


ほのかの目が光る。


「それ、かなり強くないですか?」


「使い手次第だ」


太田はあっさり言う。


「ミスリルだから、斬撃にも衝撃にも耐性がつく」

「今の盾の取り回しを殺さずに、弱点だけ底上げできる」


しずくは、紙に描かれた盾の案を見つめた。


流しやすい盾。

重い一撃にも少し強くなる。

さらに、魔法も散らせる。


かなり理想に近い。


しずくママが後ろから満足そうに言う。


「いいじゃない」


太田は、そこでしずくに釘を刺すように言った。


「ただし」


しずくが顔を上げる。


「過信はするな」

「これは流し損ねた時の保険と、うまく流した時の伸びしろだ」

「棒立ちで受ける盾じゃねぇからな」


しずくは、その言葉にむしろほっとした。


都合のいい万能装備じゃない。

今の戦い方を伸ばす強化。

それなら、信用できる気がした。


「…それ、すごくいいです」


しずくが言うと、太田は短く頷いた。


「だろうな」


次に、太田の視線はミコトへ向いた。


「嬢ちゃん、杖見せろ」


「…はい」


ミコトは少し緊張しながら、自分の杖を差し出した。

太田はそれを受け取り、柄を撫で、先端を見て、軽く振る。


「悪くはねぇ、さすが協会の品だ、全て最低限の基準はある」


ミコトは素直に頷いた。


「ちょっと待ってろ」


太田は一度奥へ引っ込むと、短い杖のような物を持ってきた。

それを机の上に置きながら、ミコトのほうを見る。


「これは、初心者向けのマジシャン用に試作したもんだ。レンタル品を弄るわけにはいかんから、これをベースに考える」


「は、はい」


太田はそう言ってから、また紙に線を引く。


今度は杖だ。

先端に小さな意匠。

杖身には細い流路みたいな線。


「杖の先端にミスリルをあしらう」


ミコトが息を潜める。


「増幅用の石座みたいなもんだ」

「そこに向かって、お前さんの手から流れた魔力が、綺麗に真っ直ぐ行くようにする」


さらに、杖を指でなぞる。


「杖そのものにも、ミスリルを薄くコーティングする」


ほのかが口を挟む。


「全部ミスリル製じゃなくて?」


太田は首を振った。


「全部ミスリルにすると軽すぎるし、高くなる」

「だから芯は木のまま、表面と流路だけ薄く乗せる」


ミコトは、じっと図面を見ていた。


太田は説明を続ける。


「ミスリルは魔力との親和性が高い」

「嬢ちゃんの手から、先端の増幅用ミスリルまで、なるべく濁りなく流れるようにする」


「濁りなく?」


「無駄な減衰が減れば、同じ魔力でも魔法は伸びる」

「威力だけじゃなく、制御もしやすくなる」


ミコトの瞳が、少しだけ明るくなる。


「【光輪】も制御しやすくなります?」


「少なくとも、発動時のロスは減る」


「【ヒール】のロスも?」


「減るだろうな」


ミコトは、それを聞いて小さく息を吐いた。

かなり前向きな表情だ。

というか、もう頭の中で使っているのかもしれない。


ほのかが笑いながら言う。


「ミコト、もう買う顔してる」


「し、してません」


否定しつつも、声がちょっと弾んでいる。


しずくママが後ろから補足するように言った。


「ミコトちゃんは魔力の扱いが繊細ぽいし、太田さんの案はかなり相性いいと思うわ」


太田は紙を置いて、今度は三人全体を見た。


「で、問題はミスリルの量だ」


空気が少し引き締まる。


「拳大一個で、盾と杖の両方を理想通りは無理だ」


ほのかが腕を組みながら、太田を見る。


「どっちかを、優先する形になります?」


「そうなる」


しずくとミコトが、ほぼ同時に顔を上げた。


「しずくさんの盾、優先でいいです」


「……いや、ミコトの杖」


二人の声が重なる。

少し間をおいて、ほのかが吹き出した。


「そこ、仲良く譲り合わないでよ」


「でも、しずくさんの盾の方が前衛で重要ですし」


「…魔法が安定した方がいい」


太田は、そのやり取りを黙って見ていた。

それから、少しだけ口元を緩めた。


「悪くねぇな」


しずくとミコトが、同時にそちらを見る。


「そういうの、嫌いじゃねぇ」


そして、指で図面を二回叩く。


「やりようはある」


ほのかが先に反応した。


「両方いけるんですか?」


太田は頷いた。


「盾に主に強化する」

「杖は本格強化じゃなく、下地だけ仕込む」


盾の方には太い線、杖の方には細い線を描き足す。


「盾は縁と中央の共鳴までやる、杖は先端補助と薄い流路だけだな」

「これなら両方に手が届く」


ミコトが小さく呟く。


「最初の一歩…ですね」


「そうだ」


太田は言い切った。


「一気に完成品を目指すんじゃねぇ」

「強化ってのは段階だ。まずは今の戦い方に、確実に返ってくる分だけ入れる」


しずくは、その言葉に妙に納得した。


一気に最強装備。

そういう話じゃない。


少しずつ。

でも、確実に強くなる。


それは、なんだか今の自分たちに合っている気がした。


ほのかが、うんうんと納得したように頷く。


「やっぱ工房って、こういうのがいいよね」


太田が鼻を鳴らした。


「大手は大手でいい」

「だが、細かい戦い方まで見るのは個人の強みだ」


しずくママが、にこっと笑った。


「太田さん、昔から口は悪いけど面倒見はいいのよね」


「余計なこと言うな」


しずくは、紙の上の盾と杖の案を見つめた。

ただの鉱石だったミスリルに、少しずつ未来の形が見え始めている。


太田は最後に、しずくとミコトへ順番に視線を向けた。


「で、やるか?」


短い問い。

でも、重い問い。


しずくは、迷わなかった。


「…お願いします」


ミコトも、姿勢を正してから軽く頭を下げた。


「お願いします」


太田は、ふん、と短く息を鳴らした。


「よし」


その声には、職人の顔があった。


「じゃあ、細かい寸法取るぞ」


ほのかが、嬉しそうにしずくの肩をつつく。


「しずく、おめでとう」


「…まだ、おめでとうではないよ」


「そういうとこ真面目だよね」


ミコトも、小さく笑った。


無骨な昭和みたいな工房の中で。

しずくは、自分の相棒が少しだけ未来へ進む音を聞いた気がした。

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