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第56話 ミスリルの使い道

しずくママは、三人を連れて探索者エリアのさらに奥へ進んだ。


企業系ショップの並ぶ明るい通りから少し外れると、空気が変わる。

人通りはまだあるけれど、店先の雰囲気がどこか職人気質になる。


ガラス張りのきれいな店舗。

展示品のように並んだ武具。

試着スペースのある店。


そういう売り場の顔から、少しずつ工房の顔つきへ変わっていく。


「個人工房なら、太田さんかな」


しずくママが、歩きながら言った。


「元探索者でね、おじいちゃんの後輩でもあるのよ」


「え」


しずくが反応する。


「…おじいちゃんの?」


「若い頃は前衛で、かなり無茶した人」


世間話のように、さらっと言う。

そんな会話を聞きながら、ほのかが小声でささやく。


「しずくの家、探索者ネットワーク広くない?」


「…わたしも、最近知った」


しずくがぽつりと返すと、ミコトが少しだけ笑った。


そして見えてきた、太田工房。

そこだけ空気が違った。


令和のショッピングモールの中にあるはずなのに、ここだけ昭和だ。

いや、平成の初めですらないかもしれない。


看板は木製。

字体は太い手書き風。

店先には、無骨な鉄の盾や、使い込まれた槌の見本が吊られている。

ガラスケースの中も、企業ショップみたいな映えはない。

ただ、磨かれた金属と革が、無言で並んでいる。


奥からは、かすかに金属を打つ音。

油と鉄と、少し焦げた革の匂い。


なんというか、味がある。

三人は思わず足を止めた。


「お母さん、ここすごいね…」


「でしょ、見た目はこんなんだけど腕は本物よ」


ほのかが、店構えを見上げる。


「めっちゃ強い武器しか作らなさそう」


ミコトも、小さく頷く。


「防具も、ちゃんと硬そうです」


企業系の整った店とは正反対だ。

でも、不思議と嫌な感じはしない。


むしろ、ちゃんと相談したら、ちゃんと答えてくれそうな空気がある。

しずくママは、そのまま無遠慮に引き戸を開けた。


中はさらに濃かった。

壁に工具、棚に素材。

奥には炉と作業台。

床の隅には、削りかけの金属片が積まれている。

しかも全部、雑然としているようで、たぶん職人本人にはちゃんと位置が決まっているやつだ。


「太田さーん」


そのまま、ためらいなく奥へ声をかける。


奥の作業台の向こうから、低い声が返ってきた。


「おう」


少しして、男が出てくる。

見た目は、六十前後くらい。

白髪まじりで腕が太く、顔もごつい。

エプロンみたいな前掛けをしているのに、それでも元探索者の空気が隠れていない。


男は、しずくママを見るなり片眉を上げた。


「なんだ、珍しいな。今日は試験品の苦情か?」


「違うわよ、うちの娘たちの相談に乗って欲しくて」


「娘たち?」


太田さんの目が、しずく、ほのか、ミコトの順に動く。


その視線は鋭い。

でも、嫌な鋭さじゃない。

装備と立ち方と身体つきを、一瞬で見ている感じだ。


「この娘がしずく、私の娘ね」

「あと、パーティ組んでるほのかちゃんとミコトちゃん」


「ほう」


太田さんの視線が、しずくで止まる。


「こいつが、先輩の孫か」


先輩というのは、たぶんおじいちゃんだ。

しずくは少しだけ背筋を伸ばして、小さく頭を下げた。


「…佐倉しずく、です」


ほのか達も続く。


「神宮ほのかです」


「白澤ミコトです」


太田さん鼻を鳴らす。


「若いな」


それだけ言ってから、しずくママの方を見る。


「で、今日は何だ」


お母さんは、さらっと答えた。


「ミスリル鉱石の相談かな」

「主にしずくと、ミコトちゃんの装備で」


太田さんの目が少しだけ細くなる。


「ミスリルか」


その一言で、空気が変わった。

しずくは、回収袋から拳大の蒼い鉱石を取り出した。


工房の照明の下で見ると、また違った。

青さの奥に、細い銀の筋が走っている。


太田はそれを受け取ると、無言で重さを確かめ、角度を変え、爪で軽く叩いた。

澄んだ音が鳴る。


「ほう」


短いけれど、さっきまでとは違う声だった。


「高純度だな」


ほのかが、すぐに食いつく。


「使えます?」


太田さんは、まだ鉱石から目を離さずに言った。


「使える。だが、何に使うかで話が変わる」


太田は顔を上げ、しずくを見た。


「お前、前衛か?」


しずくは少しだけ迷ったあと、答える。


「…日によります」


「は?」


ほのかが横から補足する。


「固有スキルが、ちょっと特殊で日替わりビルドなんです」


「なんだそりゃ」


太田の眉が少し上がる。

ミコトも慌てて、フォローを入れる。


「で、でもだいたい前衛です」

「前衛魔法使いですから、しずくさんは」


「面倒くせぇな」


その一言に、しずくがちょっとだけしゅんとしそうになった。

そんな様子を見ながら、太田は逆に少しだけ口元を上げた。


「だが、面白い」


はっとしたしずくが顔を上げる。

太田はしずくの目を見ながら、静かに言った。


「で、何をどうしたいんだ?見せてみろ」


しずくはリュックから、相棒の銀バックラーを取り出して渡す。

太田は、バックラーを受け取るとすぐにバランスを見るように手首で返した。

軽く叩き、縁を撫でる。

内側の固定具まで確認する。


「…なるほど」

「お前、受けるより流すだろ」


しずくの目が前髪の奥で、少しだけ瞬く。


「…はい」


「元の作りは悪くない。ミスリル使うなら、硬さを足すより流しやすさをさらに伸ばす方がいい」


ミコトが小さく息を呑む。

ほのかも、すぐに頷いた。


「それ、しずくらしい」


しずくママは腕を組んで、満足そうに言う。


「でしょう?」


しずくは、少しだけ胸が熱くなった。

まだ何も決まってない。

でも、ちゃんと自分の戦い方を見てくれてる。


太田は、今度はミコトへ視線を移した。


「嬢ちゃんは?」


ミコトが姿勢を正す。


「マジシャンです」


「杖は?」


「今は協会のレンタル品です」


「ふむ」


短い返事。

でも、ちゃんと見ている。


太田さんは、再び三人を見回した。


「悪くねぇ組み方だな」


ほのかがちょっと嬉しそうに笑う。


「でしょ?」


「まだガキだが」


「そこは否定しないです」


しずくママがそこで口を挟む。


「太田さん、まずはしずくの盾にミスリル使うならどうなるかをざっくり見積もってあげて」


「わかった」


太田は、ミスリル鉱石を作業台の上に置いた。


「よし、まずは話を聞く」


無骨な工房の空気の中。

しずくは、少しだけ息を吸った。


ショッピングモールの探索者エリア。

企業ショップの次は、昭和みたいな個人工房。

でも、ここで始まる話は、たぶん今日いちばん大事な話になる気がした。

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