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第55話 家ではゆるく、外では鋭く

追加加工の内容は、思っていたよりずっと良心的だった。

いずれかの耐性を一段階上げても、値段は一割増し程度。


ほのかが、値札と追加加工の説明を見比べて素直に言う。


「あれ、思ったより安い」


店員さんが、にこやかに頷いた。


「普段使い前提のラインですから」

「極端に尖らせる加工ではなく、事故耐性を上げる方向なので価格も抑えめです」


なるほど、と思った。


三天堂らしい。

派手じゃない。

でも、生き残るために必要なところを、きっちり埋めてくる。


しかも店員さんは、そこで終わらない。


「あと、こちらは購入者特典で、以後のメンテナンスや修理、補修に割引が入ります」


「おお」


ほのかの目がちょっと光る。


実際、探索者の装備は消耗品だ。

壊れるし、擦れるし、買って終わりじゃない。

その先の維持費まで見えると、一気に現実味が増す。


店員さんは、さらに自然な流れで続けた。


「ついでに三天堂の会員カードをお作りいただくと、ポイントも入りますよ」


「わ、出た」


ほのかの反応にも、店員さんは笑顔を崩さない。


「大型補修や、将来的な買い替え時に意外と差が出ます」


「営業がうまい…」


ほのかがちょっと引きながらも感心した声を出す。

しずくは横で、そのやりとりを見ながら少しだけ思った。


さすが大手企業だ。

末端の店員さんも、ちゃんとしている。

というか、したたかだ。


押し売り感はない。

でも、ちゃんと得だと思わせる順番で話してくる。


ミコトも、値札と説明を見ながら小さく頷く。。


「三天堂は、こういう継続利用前提の仕組みが上手いんですよね」


「ミコト詳しいね」


「祖母が、道具は買ったあとが本番って」


「名言だなぁ」


ほのかが感心しつつ、またジャケットの袖口を引っ張る。

試着したまま、腕を上げたり下げたり、軽く屈伸までしている。


「うん、やっぱ動きやすい」


それから真面目な顔で店員さんを見る。


「これ、耐衝撃の耐性上昇加工込みでお願いします」


「ありがとうございます」


店員さんの笑顔が、営業用なのに感じがいい。


「会員カードはいかがなさいますか?」


ほのかが一瞬だけ迷って、すぐに頷いた。


「作ります。たぶん今後も普通に使うし」


「かしこまりました」


その即断の早さが、いかにもほのからしい。

手続きを待つあいだ、しずくはジャケットをもう一度見た。


新しい装備。

昨日の酸で焼けた服の代わりに、ちゃんと次へ進むための防具。


ほのかは、支払い端末を見ながらちょっと笑う。


「なんかさ」


「うん?」


「こういうの、探索者って感じするね」


それは、少しわかる気がした。

ダンジョンで戦って、傷んだ装備を買い替えて、次に備える。

そういう循環が、妙に現実的だ。


店員さんが、最後に新しいカードとレシート、それから加工受付票を手渡す。


「追加の加工は本日中に終わります。モール内を回っていただいて、後ほどお受け取りください」


「助かります!」


ほのかがぱっと笑った。


店を出ると、ほのかがちょっとだけ得意げだった。


「よし。ジャケット問題ひとまず解決」


ミコトが頷く。


「次は工房、ですか?」


ほのかが、にやっと笑って私を見る。


「次はいよいよ、しずくのミスリル相談会」


しずくは前髪の奥で少しだけ目を瞬いた。

さっきまで、ほのかの買い物だった。

でも次は、自分の番だ。


回収袋の中のミスリル鉱石が、少しだけ重く感じた。

けれど、その重さは嫌じゃない。

少しだけ、楽しみだった。




「しずく?」


店を出ようとした、そのタイミングだった。

試着スペースの奥、店員用カウンターの方から聞き慣れた声がした。


しずくの背中が、ぴたりと止まる。

ゆっくり振り返ると、そこにいたのは…。


お母さんだった。


「…え」


思わず声が漏れる。

しずくの思考が、一瞬止まる。


なんで、なんでここに。


お母さんは、何でもないみたいな顔で立っていた。

私服だけど、いつもの家のゆるい格好じゃない。

探索者の装備だ、それでいて動きやすそうな服。

しかも、肩から腰にかけては軽装のパーツまで着けている。

腕には三天堂の試験タグみたいなものまでついていた。


そして何より若い。

ただでさえ若く見えるのに、探索者用の装備を纏っているせいで、余計に若く見える。

ぱっと見では、社会人になりたてくらいにしか見えない。


ほのかが、しずくとお母さんを交互に見た。


「え?」


ミコトも、ぱちぱちと瞬きをする。


「しずくさんの、お母さん?」


その声には、明らかに困惑が混じっていた。

たぶん二人とも、同じことを思っている。

これで高校生の子どもがいるの?


しずくは、ようやく口を開く。


「な、なんで、お母さんが?」


お母さんは、きょとんとしたあと、ふわっと笑った。


「え?ああ、言ってなかったっけ」


言ってない。

絶対に言ってない。


お母さんは、本当に何でもないことみたいに言った。


「ママ、たまに三天堂さんの装備の試験運用のアルバイトしてるのよ」


沈黙。

しずくの頭の中で、言葉がゆっくり意味を持ち始める。


三天堂の装備、試験運用のアルバイト。


いや、待って。


「…アルバイト?」


しずくが絞り出すみたいに言うと、お母さんはうんうんと頷いた。


「女性用の軽装とか、魔法職向けの装備とか、実際に動いてみて感想出すお仕事」


さらっと言う。


ほのかが、思わずしずくの腕をつついた。


「お母さん、そんなことしてるの?」


しずくは、むしろこっちが聞きたい。


「…し、知らない」


ミコトは、少し遠慮がちに、でも隠せない驚きで言った。


「すごい…ですね」


お母さんは首を傾げる。


「そう?結構あるのよ、こういうの」


その言葉だけなら軽い。


しずくは、話を思い出す。


ダンジョン十層。

月の魔女とブリムスラーヴス。


そんな人が今ここで、たまにアルバイトしてるのよって言っている。

情報の落差がひどい。


その時、さっきの店員さんが奥から顔を出した。


「この子たち、佐倉さんのお知り合いですか?」


しずくママは、にこっと笑った。


「うちの娘と、そのお友達」


店員さんの視線が、しずく達へ移る。


「あら」


少しだけ納得したような顔。


「そうだったんですね。お母さま、いつも試験レポートすごく細かくて助かってるんですよ」


しずくは、前髪の奥で固まった。


やっぱり本当に働いてる。

しかも、ちゃんと有能っぽい。


ほのかが、じわじわと笑いをこらえきれなくなる。


「しずく…」


「…なに」


「お母さん、すごいんだね…」


「…う、うん」


否定できない。


ミコトは、少し緊張した様子でぺこりと頭を下げた。


「は、初めまして。白澤ミコトです」


ほのかも慌てて続く。


「神宮ほのかです」


お母さんは、やわらかく笑った。


「はい、初めまして。しずくの母です」


それから二人を見て、少しだけ目を細める。


「あなたたちが、ほのかちゃんとミコトちゃんね」


「え」


しずくが反応する。


「…知ってるの?」


「聞いたじゃない」


お母さんは当然みたいに言う。


「パーティ組んだって」


それはそうだ。

でも、実際に会うと妙に気恥ずかしい。


お母さんは、ほのかの新しいジャケットの受付票と、まだ傷んだ旧ジャケットをちらりと見て、すぐに察した。


「酸を浴びたのね」


ほのかが苦笑する。


「はい。ミミックに」


「その焼け方、唾液じゃなくて酸霧だもの」


ミコトが小さく息を呑む。

さすがに、見るだけでそこまで分かるのか、という顔だ。


お母さんは、そのまま自然に三人を手招きした。


「せっかくだし、少し見ていく?」


「え?」


しずくが目を瞬く。

お母さんは、試験用の装備が並ぶ奥のスペースを顎で示した。


「今ちょうど、次期モデルの軽装と、魔法職向け補助装備のテスト中なのよ」


ほのかの目が光る。


「ちょっと待って、それ見れるんですか?」


「店頭に出る前の話だから、外では内緒ね」


お母さんがさらっと言う。


ミコトも、珍しく少しだけ前のめりになった。


「補助装備」


しずくは、そんな二人を見てから、お母さんを見た。

なんというか。

家で見るお母さんと、今ここにいるお母さんが、少し違って見える。


いつもの、おっとりした母。

でもその下に、トップ探索者の顔がちゃんとある。


お母さんは、しずくの視線に気づいたのか、ふっと笑った。


「なに、その顔」


「…いや」


しずくは少しだけ言葉を探してから、正直に言った。


「…お母さん、やっぱり、すごい人なんだなって」


お母さんは、一瞬だけ目を丸くしたあと、少し困ったように笑った。


「今さら?」


その返しに、ほのかが吹き出す。


「たしかに今さらかも」


ミコトも、小さく笑った。


しずくは少しだけ頬が熱くなる。

でも、嫌じゃなかった。


お母さんは、改めて三人を見回す。


「で、今日は何しに来たの?」


ほのかが、すぐに指を折って説明し始める。


「私のジャケットの買い直しと、ミスリル鉱石の相談と、あとミミックのびっくり箱の相場確認です」


お母さんが、ぴたりと止まった。


「びっくり箱?」


「はい」


「引いたの?」


「はい」


「ミミック倒して」


「はい」


お母さんは、数秒だけ沈黙したあと、しずくを見た。


「しずく」


「…なに」


「また変なことになってるわね」


しずくは、否定できなかった。


「…うん」


お母さんは額に手を当てるでもなく、でも少しだけ笑って言った。


「じゃあ、まずミスリルの相談先なら、変な工房に行く前にママが候補絞ってあげる」


その一言に、三人の空気が変わる。

ほのかが、ぱっと笑った。


「しずくママ、強い」


ミコトも、素直に頷いた。


「すごく、助かります」


しずくは、お母さんの横顔を見ながら思った。


ショッピングモールの探索者エリア。

三天堂の店内。

お母さんのバイト先。

今日も、思ってたよりずっと話が大きくなりそうだった。

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