第53話 三人で決める、探索者モールの方針
その日も図書準備室には、静かな昼休みが流れていた。
三人でお弁当を食べ終え、片付けもひと段落。
ミコトが慣れた手つきでティーポットに茶葉を入れている。
ほのかは椅子の背にもたれながら、スマホを取り出した。
「一応、ちょっと調べてきたんだよね」
「…えらい」
しずくがぽつりと言うと、ほのかがにやっと笑う。
「でしょ?行こうで終わると、絶対現地で迷うし」
ミコトも小さく頷いた。
「たしかに、事前に方針があると動きやすいです」
ほのかはスマホ画面を二人に見せるように傾けた。
「まず、個人工房系」
そこで指をすっと滑らせる。
「こっちは、オーダーメイドが得意らしい」
しずくが首を傾げる。
「オーダーメイド」
「個人の体格とか、戦い方とか、使うスキルに合わせて細かく調整してくれるっぽい」
ミコトが紅茶を注ぎながら補足する。
「盾の角度とか、重心位置とか、杖の魔力伝導率とか、そういう部分ですね」
「そうそう」
ほのかは頷いた。
「強化プランも、今の装備をどう伸ばしたいかを相談しながら決めるみたい。たとえば、防御重視とか、取り回し重視とか」
しずくは、なんとなく銀のバックラーのことを思い出した。
あの盾は、もうかなり手に馴染んでいる。
でも、さらに自分向けに調整できるなら…たぶん強い。
ミコトが、三つのカップを机に置いた。
今日の紅茶は少し香りが軽くて、花みたいな匂いがした。
「どうぞ」
「ありがとー」
「ミコトありがと」
ほのかはひと口飲んでから、今度は別の画面を開いた。
「で、逆に企業系」
しずくとミコトが顔を寄せる。
「こっちは基本、オーダーメイドなし。既製品の販売が中心」
「強化も、無難って感じらしいよ。細かい調整は難しいけど、きちんとした底上げはしてくれるって」
ミコトが小さく言う。
「量産ラインと規格品前提、という感じですね」
「たぶんそう」
ほのかはスマホを見ながら続ける。
「だから、今すぐ必要なものを買うなら企業系の方が安定してるっぽい。品質も外しにくいし」
しずくは、自然とほのかを見る。
今すぐ必要。
それに一番当てはまるのは、たぶんほのかの防具だ。
ほのかも同じことを考えていたのか、肩をすくめる。
「私のジャケットは、たぶん企業系でいいかなって思ってる」
「そうなの?」
しずくが聞き返す。
「今すぐ使えるやつが必要だし。こだわり出すとお金飛ぶから」
実にほのからしい、現実的な理由だった。
ミコトが少しだけ思案しながら口を開く。
「神宮さんの戦い方だと、軽さと動きやすさを重視した既製品を押さえるのは合理的だと思います」
ほのかは、その言葉に小さく頷いた。
「うん、動きは損なわないのがいいね」
そう言いながら、しずくを見る。
「しずくはどうしたい?」
「わたし?」
「ミスリルどうするかとか」
しずくはカップを持ったまま少し考えた。
ミスリル鉱石。
高かった。
売ればかなりのお金になる。
でも、使えば装備が強くなる。
「…すぐ売るのは、もったいない気がする」
素直にそう言った。
ミコトが、少し嬉しそうに頷く。
「わたしもそう思います」
ほのかも頷いた。
「現金は魅力だけど、ミスリルって普通の当たりの中でもかなり上だし」
「しずくの盾とかジャケットってロック装備で消えないんだよね?」
ほのかが指を立てる。
「そこにミスリル使って底上げできたら、長期的にめちゃくちゃデカい」
その言い方に、しずくは少しだけ胸が高鳴った。
消えない装備。
積み上がる強さ。
ローグライクは日替わりだけど、ロック装備は残る。
そこを強くするのは、たしかに理にかなっている。
ミコトも続ける。
「個人工房なら、しずくさんの盾の使い方に合わせて、受け流しやすい形へ微調整もできるかもしれません」
「…それ、ちょっと気になる」
「でしょ?」
ほのかが笑う。
「だから私の防具は企業系で早めに押さえて、ミスリルの使い道は工房で相談、がいいかなと思ってる」
しずくは、前髪の奥で小さく目を瞬いた。
「ほのか、ちゃんと考えてる」
「失礼だなぁ」
ほのかが笑う。
「お金絡むと真面目だよ、私は」
ミコトが小さく吹き出した。
その空気が和んだところで、しずくがもう一つ気になっていたことを口にした。
「びっくり箱は?」
二人の視線が、自然とそちらへ向く。
ミコトは少しだけ真面目な顔になった。
「正直、相場を見てからでも遅くないと思います」
「うん」
ほのかも頷く。
「三十万で売れるってだけでも十分すごいし。もっと高く売れる店があるかもしれない」
「…開けるのは?」
「最後かな」
ほのかが即答した。
「少なくとも、今はまだ早い」
しずくは、その答えにほっとした。
たぶん自分も、同じ気持ちだった。
開けたい気持ちはある。
でも、それは“何も考えず勢いで”やることじゃない。
ミコトが紅茶をひと口飲んでから、呟いた
「ギャンブル箱は、買う人も売る人も、タイミングを見ますから」
「ギャンブル箱って呼ぶんだ」
「わたしの家では、そう呼んでます」
「なんか生々しいなぁ」
ほのかが笑う。
しずくも、少しだけ口元を緩めた。
机の上には紅茶。
図書準備室の静かな空気。
その中で、装備とお金と強化プランの話をしている。
少し前の自分からしたら、ずいぶん遠い場所まで来た気がした。
ほのかが、スマホを置いてまとめるように言う。
「じゃあ、今日のモールでの方針ね」
指を一本立てる。
「私のジャケットは企業系を優先して見る」
もう一本。
「ミスリルは売らずに、工房で何ができるか聞く」
さらにもう一本。
「びっくり箱は相場と扱いだけ確認して、即決しない」
ミコトがこくりと頷く。
「いいと思います」
しずくも頷いた。
「…うん」
ほのかは満足そうに笑った。
「よし、これで現地でテンパらない」
「…たぶん」
しずくが言うと、ほのかが吹き出す。
「たぶんってつけるのやめて、急に不安になるから」
ミコトも小さく笑った。
本の匂いと紅茶の香りの中で、三人の声が静かに混ざる。
放課後の予定は、もう決まっている。
探索者エリアの企業ショップ、個人工房。
そして、たぶん最後に甘いもの。
しずくは、カップを両手で包みながら、少しだけ胸の奥がそわそわするのを感じていた。
ダンジョンは怖い。
でも、その先にこういう時間があるなら、悪くない。
そう思えるようになった自分が、少しだけうれしかった。
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