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第50話 箱ごと叩き壊せ

ミミックの赤黒い舌が、鞭のようにしなって伸びた。

しずくではなく、後方のほのかへ向かう。


「っ!」


ほのかがサイドステップを踏む。

そのまま横を抜ける、はずだった。


だが、舌は途中で不気味に軌道を変えた。


まるで生きた鞭だ。

いや、生きている。


舌は、ほのかの脇を抜ける直前で、ぐるりと上へ跳ね上がった。

天井近くまで伸びたかと思うと、そのまま大きくしなって…。


ぶちまけた。


「…え?」


飛び散ったのは、唾液じゃない。

しずくは、鼻を刺す刺激臭で直感した。


酸だ。


赤黒い舌が天井側から振るわれ、ほのかの周囲へ雨のように酸を撒き散らす。

点ではなく、面での攻撃。


「ほのか!」


避けきれないと判断したほのかが、腕で顔と頭を庇う。

だが、次の瞬間。


ジャケットの腕部表面から、嫌な音が立った。


「っ、ああっ!?」


銀兎のジャケットではない。

ほのかの装備は、自前の軽装ジャケットだ。


布地が酸に触れた箇所から煙を上げる。

インナーも同時に侵食され、じわじわと焼けるように色が変わっていく。


ほのかの表情が、初めて明確な苦痛に歪んだ。

足が止まる。

止まったところを、ミミックは逃さなかった。


赤黒い舌が、今度は一直線に走る。

しなるでもなく、まっすぐにほのかの胴へ巻きついた。


「ぐっ……!」


ぬめるような舌が、ほのかを締め上げる。


舌の表面には、さっき撒き散らしたのと同じ酸がぬらぬらとまとわりついている。

巻きつかれた場所から、また小さく煙が上がる。


「ほのかさん!」


ミコトの声が裏返る。

しずくも、一瞬だけ呼吸を忘れた。


ほのかは両手で舌を剥がそうとするが、酸で滑る。

しかも、触れた手袋の表面までじわじわと焼けていく。


「っ…これ、やば…」


その間にも、ジャケットとインナーが腐食していく。

布が溶け、繊維が崩れる。

べたりと張りついていた部分が裂ける。


肩口、脇腹、胸元のあたり。

一部肌が露出し始めた。


白い肌に、赤い線。

酸が浅く触れたところが、じわじわと痛々しく色を変えていく。


視聴者コメントも、一気に荒れた。


『やばい!!』

『酸だ!!』

『ほのか危ない!!』

『助けて!!』

『ミミック強すぎる!!』

『これ下手したら洒落にならん!!』


しずくの心臓が、どくんと大きく鳴る。


ミコトも青ざめている。

それでも杖を握る手は震えながら前へ出た。


けれど、巻きついた舌を下手に魔法で撃てば、ほのかごと巻き込むかもしれない。


拘束と、酸による防具の腐食。

最悪だった。


ミミックは、壊れかけた箱の口をぎしぎしと鳴らしながら、獲物を確保したことを喜ぶように舌を締め上げる。


ほのかが掠れた声をあげる。


「…っ、しずく」


その声で、しずくの意識が一気に引き戻された。

舌がほのかを巻き込んでいる以上、下手にそこを狙えない。

なら、箱本体を叩き壊すしかない。


しずくは、背中に背負っていた棘付き棍棒へ手を伸ばした。

回収したばかりのローグライクドロップ。

試し振りもしていないが、四の五の言ってる状況じゃない。


これは刃じゃない、鈍器だ。

箱みたいな相手には、むしろこっちの方がいい。


しずくは棍棒を引き抜く。

棘のついた重みが、両手にずしりと乗る。


「ミコト!」


「は、はい!」


「ほのかを守って!」


ミコトは意味を理解したのか、すぐに杖を向けた。


「障壁!」


淡い聖光が、ほのかの周囲に薄く展開される。

酸そのものを止めきるほどじゃない。

でも、これ以上の侵食を少しでも遅らせるためには十分だった。


しずくは棘付き棍棒を強く握り込みながら、魔力を込める。


【マジックブロウ】


今までは、剣や杖に乗せていた魔法。

でも、今は違う。


棘付きの鈍器の表面を、淡い光が這った。

単純で重くて強い武器に、さらに魔力の打撃が乗る。


ミミックは、まだほのかに意識を取られていた。

舌を締め上げ、防具を溶かし、獲物を固定することに夢中になっている。


今しかない。


しずくは一気に地面を蹴った。


棍棒を両手で持ち上げる。

重いがいまの自分なら、ローグライクドロップなら振り切れる。


「はぁっ!!」


全力の棘付き棍棒が、上から振り下ろされた。


鈍いのに、腹の底まで響く衝撃音。

棍棒が、ミミックの箱本体の上蓋をまともに叩き潰す。


木と肉が混ざったような、嫌な感触。

そこへマジックブロウの衝撃が内部まで突き抜ける。


ミミックが、箱全体をびくんと震わせた。


「ギィィィィッ!!」


悲鳴と共に、ほのかを締め上げていた舌が一瞬だけ緩む。


準備していたミコトが杖を掲げる。


【光輪】


聖なる輪が、舌の根元を横から切り裂く。

一撃では断てない。

けれど、さっきの一撃で箱本体には、すでにひびが入っている。


そこへ、ほのかが歯を食いしばりながら動いた。


「っ…このっ!」


まだ、舌に巻きつかれたまま。

でも、右手だけは少し動く。


腰の踊り子の双剣の片方を、無理やり引き抜いた。

そして、ゼロ距離で叫ぶ。


【ダンシングソード】


銀の刃が、ほのかの手から離れた瞬間に跳ねた。

ほとんど密着した距離。

逃げ場のない軌道で、舌の付け根へ突き刺さる。


赤黒い液が飛び散り、ミミックの舌がついに耐えきれず切れた。


ほのかの身体が、解放された勢いで床へ転がる。

ミコトの障壁が、残った酸の飛沫をぎりぎり防いだ。


視聴者コメントが一気に流れる。


『切れた!!』

『ゼロ距離ダンシングソード熱すぎる』

『しずくの一撃で流れ変わった!』

『三人の連携うますぎる!!』

『まだ終わるな、押し切れ!!』


しずくはそのまま止まらない。


棍棒を引き戻し、もう一度踏み込む。


ひび割れた箱本体。

蓋の蝶番、そこを狙う。


「もう一発!」


今度は側面が凹む。

棘が食い込み、内側の肉を抉る。

ミミックが七転八倒するように跳ねようとするが、もう動きが鈍い。


ミコトが追撃の魔法を放つ。


【ホーリーバインド】


今度の拘束は、口じゃない。

箱そのものの蓋と胴体を縛る。


逃がさないための固定。


「しずくさん、固定しました!」


「…助かる!」


ほのかも、床を転がったまま咳き込みながら、機弩を引き寄せる。


「げほっ…まだ、撃てる!」


頬の横も、服の一部も焼けて痛々しい。

でも、目は死んでいない。


「箱ごと壊す!」


至近距離から、機弩が火を吹く。

箱の正面へ弾丸が叩き込まれる。

木片が飛び、肉のような内側が裂ける。


しずくも、棘付き棍棒を振り抜く。

単純な暴力。

でも、こういう相手にはそれが一番効く。


最後に、鈍器の一撃がミミックをぐしゃりと押し潰した。

一瞬だけ動きを止めたミミックは、そのままぐしゃりと崩れた。


箱の形を保てなくなり、全てが粒子になって消えていく。


しずくは棘付き棍棒を握ったまま、しばらく動かなかった。

ほのかは床に座り込んで、荒く息をしている。

ミコトはすぐにほのかの横へ膝をついた。


【ヒール】


淡い聖光が、ほのかの肩と脇腹を包む。

完全には戻らない。

でも、焼けるような痛みが少しずつ引いていく。


ほのかが、息を吐きながら笑った。


「…あっぶな」


ミコトは涙目になりかけながら、それでも手を止めない。


「神宮さん、じっとしててください…」


「はいはい…」


そう返しながらも、ほのかはしずくの手元を見る。

棘付き棍棒。

そこにまだ魔力の残滓が薄くまとわりついている。


ほのかが、ちょっとだけ笑う。


「しずく」


「うん?」


「その棍棒、思ったより似合う」


「…やだなぁ」


しずくが即答すると、ほのかが吹き出した。

ミコトも、少しだけ肩の力を抜いて笑う。


その笑いが広がったところで、ミミックがが消えた場所に光が集まり始めた。


宝箱のふりをした魔物が、最後に何を残したのか。

三人はまだ荒い呼吸のまま、そのドロップが形になるのを見つめた。

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