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第46話 怪物に通じた技

ホブゴブリンの狙いが、ミコトへ向いた瞬間だった。


「っ!」


しずくの身体が、考えるより先に動いた。

低く跳ぶ。

踏み込むんじゃない。滑り込むように、飛び込む。

ホブゴブリンの死角へ潜り込み、その背中へ組み付く。


「しずく!?」


右腕を取り、脇へ身体を密着させる。

自分の胸と肩で相手の上腕を押さえ込み、手首を抱え込む。

さらに片膝を背中へ差し込み、もう片方の脚で下半身の逃げ道を塞ぐ。


大柄な男と変わらない体格のホブゴブリン。

普通の女子高生なら、組み付いたところでそのまま振り払われて終わる。


でも、しずくは力比べをしていなかった。


祖父に何度も、何度も叩き込まれた動き。

大きい相手ほど、真っ向から勝とうとするな。

関節を取れ。重心を落とせ。

動きの線を折れ。


しずくは自分の体重を、相手の右腕と肩に一点集中で預けた。

肘の向き。肩の角度。腰の重み。

押すんじゃない。

捻り、折り、崩す。


ホブゴブリンの体勢が、ぐらりと揺れる。


しずくはさらに深く身体を沈めた。

自分の中心を相手の重心線の下へ潜らせ、取った腕ごと前方へ落とし込む。


テコの原理。

人より大きい身体も、支点を外されればただの重りになる。


「はぁっ!」


そのまま、しずくは一気に体重を預けた。

巨体が、耐えきれずに前へ落ちる。


ホブゴブリンが、うつ伏せに近い格好で地面を這う。

むき出しの地面に爪が引っかかり、嫌な音を立てる。


でも、しずくは離さない。


右腕を抱えたまま、肘を固定し、肩関節へさらに圧をかける。

膝で背を押し、腰を落とし、逃げる方向を全部潰す。


鈍い音と共に、ホブゴブリンの右肩が外れた。


「ギィィッ!!」


初めて、明確な痛みの叫び。

しずくはすぐにホブゴブリンから飛び退いた。


間合いを切る。

ミコトの前へ滑り込むように立つ。

銀のバックラーを少し引き、杖を低く構える。


合気の構え。


前足に体重を乗せすぎない。

いつでも流せるように。

いつでも崩せるように。


ミコトが息を呑む。


「…しずく、さん?」


ほのかも、完全に目を丸くしていた。


「え…」


配信コメント欄が一瞬止まって、次の瞬間に爆発する。


『は????』

『組み付いた!?』

『女子高生がホブゴブリンに寝技!?』

『なに今の!?』

『合気?合気だろこれ!!』

『体格差どうなってんの!?』

『いや今、完全に制圧しただろ』

『柔道じゃなくて合気の崩しだこれ』


右腕をだらりと下げたまま、ホブゴブリンがゆっくりと起き上がる。

普通なら、それだけで大きく崩れる。

けれど、ホブゴブリンは膝を震わせながらも立った。


左腕だけでバランスを取り、首を鳴らす。


赤く濁った目が、しずくだけを見た。

ほのかでもない、ミコトでもない。


その視線は、獲物を見る目じゃなかった。


値踏みするような。

認めるような。

そして、嬉しそうな。


ホブゴブリンの口の端が、ゆっくり吊り上がる。


まるで言っているみたいだった。


『お前、やるな』


しずくの背筋に、ぞくりとしたものが走る。

直感する。

このホブゴブリンは、ただ強いだけじゃない。


武人だ。


戦うことを知っている。

崩されることも、崩すことも知っている。


だから今、しずくに戦う相手として興味を持った。


しずくは小さく息を吸う。

怖い。

でも、目は逸らさない。


ほのかが、遅れて我に返った。


「しずく、何それ!聞いてない!」


「…わたしも、今やった」


「今やったで済むの!?」


ミコトが、呆然としたまま小さく呟く。


「…格闘戦、できるんですね」


「合気道…」


しずくが短く答える。


「…おじいちゃんに、仕込まれた」


「仕込みのレベルじゃないでしょ!」


ほのかが思わずつっこむ。

でも、その軽口で少しだけ空気が戻る。


ホブゴブリンは、左手だけで右肩を押さえた。

関節を戻そうとしている。


「戻させない!」


ほのかがすぐに機弩を構える。


ホブゴブリンは身をひねって一発を浅く受ける。

もう一発は脚に入る。


ミコトも、即座に杖を前へ出した。


【ホーリーバインド】


聖なる紐が、今度は左腕へ絡みつく。


片腕しか使えない状態で、さらに左腕まで邪魔される。

ようやく、ホブゴブリンの表情に苛立ちが混じった。


「ギ、グ!」


しずくは、その一瞬を逃さない。

今なら、あの武人の意識が少しだけ乱れている。


「今!」


樫の杖へ魔力を流す。

マジックブロウ、杖の先が淡く光る。


真正面からは行かない。

さっきと同じだ。

半歩ずらして、相手の軸を見て、重心の線を崩す。


ホブゴブリンが左腕でしずくを払おうとする。

しずくは銀のバックラーでその腕を逸らした。


そのまま、杖を左脇腹へ叩き込む。

魔力が爆ぜ、の衝撃が深く入る。


ホブゴブリンの巨体が、ついに大きく揺れた。


「ギィ…ッ!」


しずくは前髪の奥から相手を睨む。

武人だろうと、強かろうと。

私は、一人じゃない。


そして、三人なら。


「…倒せる」


小さく呟いたしずくの前で、ホブゴブリンは今度は笑わなかった。

代わりに、低く腰を落とす。


右腕は死んでいる。

左腕と脚だけ。

それでも、まだ戦う構え。


ほのかが舌打ち混じりに苦笑する。


「ほんとにしぶといな、お前!」


ミコトも、震える息を整えながら言う。


「でも…今ので、かなり削れてます」


しずくは、杖を握り直した。


合気の構えのまま、一歩前へ。

ホブゴブリンも、一歩。


湿った寝ぐらの空気が張り詰める。


配信コメント欄は、まだ混乱したままだ。


『いや何見せられてるの!?』

『ホブゴブリン vs JK合気家』

『意味わからんけど熱い』

『しずくの戦闘IQどうなってるんだ』

『体格差バグってる』

『女子高生が大男サイズの魔物を関節で落とすな』

『怖いのにかっこいい』

『これもう前衛マジシャンじゃなくて武術家だろ』


しずくは、そのどれも見ていなかった。

見ているのは、目の前の相手だけ。


武器を失い。

片腕を失い。

それでも折れない敵。


だからこそ、次で決める。

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